皆でお風呂
「わぁ、前も見たけどエリー可愛い!可愛い!」
アレンが素直に褒めてくれるから照れくさくて下をうつむく。
今は皆で水着を着て予約制のプライベート浴場に集まっている。
何故かというと宿に戻ったらアレンが、
「なあ、こんな時なんだし皆で気分転換に混浴行かない?」
と誘ってきたから。
こんな時に何言っているのと少しイラッとしたけれど、それでもこの前は皆が楽しそうに温泉に入っている中、大きい露天風呂に一人ポツンといたのは寂しかった。それにリヴェルの怒りが解けるまで何もできることもないし、次に誘われたら頷こうとも思っていたし…。
「…行こうかな」
するとアレンは「えっ!?」とまさか頷くとは思わなかったみたいな顔で驚くからムッとして、
「アレンがずっと入ろうってしつこく誘ってきてたんじゃないの、嫌なら別にいいわよ」
とそっぽ向くと、
「入る!入る入る!温泉入ろ、一緒に入ろ!」
って必死に引き止めてきた。
アレンは即座に動いて皆を混浴に誘ったけれど、私は同時に皆に話があるのと伝えた。
するとサードが、
「混浴場は客でごった返してるから話し合いなんてできねえぞ。目立つ頭のアレンがいたら勇者御一行だのなんだので騒がれるだろうからな、ただでさえここに俺らが泊まってんのバレてんだぜ?」
それを聞いたアレンの動きは迅速だったわ。その足でプライベート浴場をさっさと予約した。
少し微妙な時間帯だったから予約はすぐに取れて、全員でこのプライベート浴場に入ってきたところ。
きっとここは人と入りたくない人用のお風呂だと思ってたからそんなに広くない薄暗いお風呂かと思ったけれど、それは間違いだった。
木製の匂い漂う浴場はかなり広い。それにガラスの向こうには小さい庭みたいな整った景観が見えるし、日も傾いてほんの少し薄暗くなってきたら照明で庭みたいな場所が照らされている。
これは…人と入りたくないほうのプライベートじゃない、お金を余分に払ってでもゆっくりのんびりくつろぎたいプライベートのほう…。
「いい匂いの温泉です…」
サムラはショックなことがあったはずなのにいち早く温泉に浸かって癒されていて、ガウリスも、
「温泉ではなく周りの木がいい匂いなのでしょうね」
と縁をポンポンと叩いてから中に入る。
そのガウリスの隣にはケッリルが座っている。…まあ魂の状態だから服を着た状態だけど。
プライベート温泉を予約したからケッリルも誘ったのよね。まあ一回断られたんだけれど。それでもアレンが、
「俺らしか居ないんだし、ケッリルも来いよ!なぁ!行こうぜ!なぁ!ケッリル来ないと俺寂しいよ!なぁ!」
と強く誘って、アレンの押しの強さにケッリルが負けたのよね。
でも皆が水着を着ている中、普通に服を着ている状態の人が温泉に浸かっているのを見ると違和感だわ。
ともかく私も温泉に入ろう。
温泉の中につま先を入れる…うん、温度的には良い感じ。そろそろと足を入れて、ゆっくり沈んでいく。
肩まで沈んで一息をつく…ああ、この鼻をくするぐる木の匂い、それもいい温度の温泉…。最高。
と、サードと少し目が合った。
「ん?」
見返すとサードはスッと目を逸らす。何なの。
っていうかいつの間に木製のお盆をお湯の上に浮かべて…それもお酒とコップが乗ってる。
こいつ…他に誰もいないからって好き勝手しているわ…。
「広ーい!」
アレンはそう言いながらジャンプしてドパーン!と水柱を立てながら温泉に飛び込み、サードが、
「酒が零れんだろゴラァ!」
と怒鳴ってお盆を上にあげてお酒にお湯が入らないよう防ぐ。
アレンも私たちしか居ないからって自由だわ…泳いでるし。
ともかく私は皆に声をかける。
「あのね、リヴェルのことなんだけど」
話し始めるとそれぞれくつろいでいた皆が私に視線を移した。アレンも泳ぐのを止めて隣に移動する。
「私、すごく自分勝手に喚いたって反省したの。だからもう少し日にちを置いてからリヴェルに謝りに行こうかと思って。それに無理の一言だけで理由も何も聞かないまま引き下がれないわ」
「やめとけ、お前が行ったらまた言い合いになって終わるだけだ」
サードがコップを持っている手の指を私につきつけて言ってくる。
それは否定もできないけれど、
「それでも誠心誠意謝れば通じるはずよ、ジェノだってリヴェルは人が好きでたまらないって言っていたんだし、心から謝れば…」
「しかし精霊は一度怒ると人に害を与えることもよくあります。姿を二度と現わさなくなる、恩恵を与えるのをやめる、人の命を奪う…よく聞く話です。それを考えるとエリーさんが不用意に姿を見せるのは得策ではないと思いますよ」
ガウリスの言葉に、うう、と申し訳なさでうつむいた。
あの時カッとなった勢いで怒鳴り散らさなければ…いくら反省してももう遅いけど…。
「それじゃあ私は何をすれば…?」
顔を上げて皆に伺いを立てると、サードは私に向かってビシッと言い渡した。
「お前はリヴェル関係で動かなくてもいい、むしろ動くな」
「…」
そうなるわよね、とションボリ落ち込むと、サードはそのままケッリルに視線を移して声をかける。
「なあケッリル」
ケッリルは縁に腰かけたままサードに視線を移した。
「あんた明日リヴェルの元に行って肩に手回して目を十秒見つめて落として来いよ」
「…ん?」
ケッリルはサードの言ってる意味が分からないという顔で聞き返す。
「リヴェルの肩に手回して目を十秒見つめて落として来いよ」
同じことを繰り返すサードにケッリルはしばらく瞬きしてから、
「な…何のために…?」
とおずおずと質問した。
「リヴェルを落とすだめだって言ってんだろ」
「だから、何のために…!?」
意味が分からないとばかりに首を横に振るケッリルにサードはため息をついて、
「リヴェルをてめえに惚れさせてこっちの言うことを聞かせる。いいか、リヴェルの肩に手を乗せて、たった十秒目を見つめるだけだ。それだけでサムラの目が俺らと同じくらい見えるようになるかもしれねえんだぜ?安い行為だろ」
ケッリルは唖然とした表情で、
「…無理だ。相手は精霊で…私も結婚して妻も子供もいるし、相手も人妻だぞ、そんなことできない」
「人妻ってのもいいもんだぜ」
その言葉にイラッとしてサードに向かってお湯をバッシャーとぶっかけた。サードはお酒を優先的に脇に寄せて救出して、自分はお湯をモロに頭からかぶる。
サードは私を睨んで濡れた髪の毛を後ろに無造作に流しつつケッリルの説得に戻る。
「本格的に口説き落としてそんな仲になれって言ってるんじゃねえ、ほんの少しその気にさせてこちらの言い分を聞かせられればいいんだ、それともサムラの視力はこのままでもいいってのか?」
そう言われるとケッリルも断りづらそうで、でも…とかすかに視線を落とす。
「私は女の子に気持ち悪く思われているし…」
「安心しろよ、あんた男の俺から見てもいい男だぜ」
ケッリルはそう言われると、片手で顔を覆って段々とうつむいていく。
アレンはふふ、と笑ってサードを見た。
「おい、ケッリルを口説くなよ」
「口説いてねえよ、ぶっ殺すぞてめえ」
サードがイラッとした口調で返して、腹立ちまぎれにケッリルにもキレる。
「あんたも無駄に後ろ向きになって女に嫌われてるだの気持ち悪がられてるだの思い込んでオドオドしてんじゃねえよ、どうせてめえはもう結婚して自分だけの女がいんだろ、それでも他の女の目も気になるって?他の女の目気にしてあわよくば手でも出すつもりか?ふざけてんなゴラ」
そう言われたケッリルは「そんなこと…」と否定しかけて、あれ…?と顔つきが変わった。
そう言われれば自分は結婚して奥さんも居るのに、何でその他大勢の女の人たちの目をひたすら気にしているんだろう?まるでそう考えているような表情…。
「…そうだ、何で私は今まで他の女の子たちの目をあんなに気にしていたんだ…」
頭にかかってた霧が晴れたみたいな表情でケッリルは呟いている。
…何となくだけど、今ケッリルが長年思い悩んできたことが消えたわ。
本当にサードってこうやって腹立ちまぎれに人の気にしてることを次々と何でもないようにしていくわよね、私だって前ケッリルに色々言っても何も響かなかったのに…。
「ならリヴェルの件は任せたぞ」
サードはケッリルに言い切り、ケッリルは「え」と微妙な顔になったけど…それでも頷いた。
リヴェルの件は終わったみたいだから、あともう一つ皆に伝えたいこと言う。
「実はね、さっき気味の悪い男の人と会ったの」
皆に住宅街付近でぶつかったあの男の人の話をする。だって最後、確実に言っていたもの。「どうせてめえもこの町の奴らも皆死ぬし」って。
あの後「え?」と振り返ったけれど…それでもその男の人にそれ以上関わりたくなくてそそくさと離れていった。すると大浴場で一番に声をかけてきたあのお婆さんが向こうに歩いていく男の人に渋い顔を向けていて…。
話しかけてみると一瞬キョトンとした顔をされたあとに「ああ、あの良い体のお姉ちゃん」ですって。そんな覚え方ないわよって苦笑いしか出なかったわ。
けどすぐさまお婆さんは私に近づいて、気味の悪い男の人を横目で見ながら、
「いいか、あの男には気を付けなよ。あたしは現役時代もその後も色んな男見てきたから、男は一目見ただけでどんな奴か分かるんだ。あいつはろくでもない奴だよ、関わっちゃいけないよ、関わったらろくなことにはならないよ」
その言い方に何か酷いことでもされたのかと思って聞くと、
「いんや、姿はよく見るけど関わったらいけないと思って一切関わってない」
と堂々と返された。
その話を皆に聞かせて、
「まずお婆さんは男の人をたくさん見てきたからろくな人じゃないって思っているみたいなの。それに町の人も私も死ぬって言ってたのよ、きっと危ない人よあの人」
と締める。
するとサードはボソリと、
「そりゃどの町にも頭おかしいのが一人や二人いるだろ」
「…そういう類の話でもないんだけど…」
「そんなに気になるんですか?」
サムラが聞き返すから、私はウーンとあの男の人を思い浮かべる。
「全然お風呂に入っていないみたいで臭かったってのを差し引いても…何かすごく嫌な感じがしたの。何もされていないんだけど、それでも何かされそうな嫌な感じ…」
むしろ見た目的には物乞いの姿に変化していたランディキングの方がよっぽど酷かったわ。でもランディキングの時には今日みたいな同じ路地に居たくないって思うほど嫌な気持ちにはなかった。
とにかくあの男の人が近くにいると嫌な気持ちを掻き立てるような…とにかく近くに居たくないって思ったのよね。
「直感か」
サードがそう言うから頷きかけたけど、頷いたら「直感なんて当てにならねえもんで…」って馬鹿にされそうと頷くのを止めた。
それでも予想外の言葉をサードは続ける。
「そういう時の直感ってのは当てになるもんだぜ。人間最終的に何が頼りになるっつっても直感だ。説明できないが何か嫌な予感がするって時は大体当たる」
あら、意外とサードもそんな言葉で説明できないこと信じるんだ、意外。
そう思っているとフッとため息をつく。
「特に女の直感は恐ろしいもんもあるしな…」
「…」
それはサードの女遊びからきた経験談かしら。
* * *
次の日。私は町中を回ってあの気味の悪い男の人についての情報を集めようとしていた。
リヴェル関係では動くなと言われたし、かといって何もしないまま町中をただブラブラし続けてお風呂に入って部屋でゴロゴロしてぼんやりしているのもどうかと思ったのと、あの男の人はやっぱり危険な感じがするから少し調べて情報を集めようかしらと思って。
あちらこちらで話を聞いて集まった情報は以下の通り。
あの男の名前はキシャ・マワリオ。
手始めに宿屋のおかみさんにその男の人の話をして何か知っているか聞いてみたんだけど、おかみさんは微妙な顔をして、
「その方にはうちも何度かご利用いただいております。…宿泊業者の立場でお客様の身の回りの話をするのは憚られるんですけれど…」
と声を小さめにして、
「あの方はどこかの国で犯罪を犯したのではないかと町中で噂になっていますの。それにキシャ・マワリオの名前も恐らく偽名ですわ。この宿屋にも何度か宿泊いただいてるんですけど、名字のマワリオがオマワリだったりマリオアリだったりと毎回適当で…。偽名を使っていても自分でうろ覚えなんじゃないかしら。
お名前これで大丈夫ですか、とフロントの者が声をかけて念を押しても何か悪いのかとばかりに文句を言ってくるのでそのまま受付しているのですけど…」
おかみさんによると、キシャは一年前にふらっとこの町にやって来て、あちこちの宿屋にはしごして泊まっているんだって。それも町に来てからろくに仕事もせず、毎日ぶらぶらとその辺を歩き回っているだけ。
それでも宿泊するのは割と値の張るいい宿屋のみ。一体そのお金はどこから出ているのかと皆不思議がっていて、だからよその国で犯罪を犯して大金を手に入れて、そのお金で豪遊しているんじゃ…というのが町の人たちの意見。
何でかキシャを見て私は嫌な気分になったけれど、それは私だけじゃなくて町のほとんどの人が同じ気持ちみたいね。
誰もがキシャを見ただけでよく分からない嫌悪感が湧くって口々に言っていた。
やっぱりキシャは危険人物なのかも、もしかして公安局なら色々詳しいんじゃない?少し話を聞きに行こうかしら。
私は町の公安局に向かって歩き出した。
ガウリス
「しかしこんなに立派な浴場なら予約制というのも分かりますね」
サード
「…不倫旅行で来たオッサンと若い女が入ってそうだよな、ここ…」
アレン
「生々しい」
エリー
「最低」
サムラ
「僕の故郷の水浴びと同じですね!」
ケッリル
「絶対違う」




