生活レベルの違いに泣ける
私はカーミに質問を重ねた。
「…あなた、お父さんとお母さんは?」
「いないよ。気づいたら暗殺者だのスパイだの育てる学校みたいなところで集団生活送ってたし、先生はいたけど親と思ったことはねえもん。だってあいつら俺らのこと利用するために育ててんのわかってたしさ。まあ飯が食えたから別にいいけど」
「…」
私は全く想像できない世界でそれが当たり前みたいに育ってきたカーミの言葉を聞くと、少し気持ちが落ち込んできた。
「そういやエリーさん好きな人いる?」
「なんで」
落ち込んだ気分でいたのにいきなり恋バナ?
気持ちが追いつかないまま聞き返すと、
「いや、俺結構特殊な生活送ってるせいかそういう愛情面に疎くてさぁ。たまに女の子に声かけられて話すようになって好きかどうかって聞かれることもあるわけ。
でもよく分んないから分かんないって返すとすっげーキレられるわけよ。家族に愛されて育ってきたエリーさんならそういうのもすぐ分かるのかなぁって」
「…男女間の愛情と家族間の愛情はちょっと違うと思うけど」
そう断りを入れてから私は続けて、
「けどカーミは昨日私のことタイプじゃないって言ってたじゃない。好きだなぁって見た目とか性格の子はいないの?例えば…こんな子が隣にいてくれたらいいなって思った時に心がホワッとしない?それが愛情だと思う」
「心ってどこにあんだろうなぁ。心臓?脳みそ?」
「そんな哲学的なこと私に聞かないでよ、いいから想像してみたら?」
カーミは何故か素直に私の言った通り好みの女の子を思い浮かべているのか、悩むように天井を見上げて「うーん」ってうなる。
「そうだなぁ…髪の毛はシックに黒い子がいいなぁ。そんで小柄でチマチマっとしてて、よく笑顔でそんなに強くなくて、俺が守ってあげないといけなくて…あ」
急に「あ」と言って黙り込んだカーミを見る。
「どうしたの」
声をかけるとカーミは私を見た。
「思えばそういう子、国にいたなって。同じ学校みたいなとこに」
「そうなの」
愛情が分からないって言ってるくせに、気づないうちに好きな子がいたんじゃない。
そう思うと微笑えましくて、
「それなら国に戻ったら声をかければいいわ」
カーミくらい話せる子ならきっとすぐ仲良くなって恋人同士になれるはずだわ。
そう思って言うと、カーミはプッと鼻で笑ってアハハと笑いだす。
「無理に決まってるでしょ」
「どうして?カーミぐらい人懐っこく笑顔で話せるなら…」
「死んだもん」
その言葉に口をつぐむ。
「つーか殺した、俺が」
驚いて聞き返すように「え?」と口をついて出た。
でもその先の話は聞きたくない。
そう思って慌てて話さなくてもいいって止めようとしたけど、カーミの喋るのが早かった。
「学校みたいなとこでそういう女の子居たんだ。そんである時、何十人かずつに分かれて部屋に入れられて、ペアを組んで生き残った一人を外に出してあげますって先生に言われてさ。その女の子とペアになったんだけどその子すっげ弱かったから俺が手繋いで守りながら他の奴ら全員殺して…。
もちろん俺とその子が残ったぜ、でも一人だけ外に出すって先生が言っての思い出して、ああこの子も殺さないといけないんだなって…」
カーミはそこで少し口をつぐみ、
「そうしたら先生言うわけよ『残ったペアの一組を外に出すって言ったじゃない』って。聞いてねえって言ったら『言い忘れたかなごっめーん』って舌出してて…」
カーミは「あーあ」と諦めに近いため息をしてから笑いだす。
「俺あの子好きだったのかも。いっつも笑顔で一緒にいると楽しかったんだ、そんなんじゃスパイにも暗殺者にもなれねえっていっつも先生に怒られるぐらいの優しい性格だったなぁ」
「…」
「殺しちゃったぁ、いい子だったのに」
「…うっ」
あまりに想像できない世界の事を淡々と話されたら耐え切れないぐらい悲しくなってきて、思わず嗚咽が出て涙が出た。
急に泣き出した私にカーミが「何泣いてんの」と顔を覗き込んでくる。
「あなたがあまりにも可哀想で…」
「可哀想?どこが」
「全部。私が家族と一緒に笑って過ごしてる時、カーミは…そんな事をして暮らしてたんだって思ったら…。ごめんなさい、可哀想っていうのも偉そうっていうかおこがましいかもしれないけど…カーミの今までの生活のことを思ったらすごく…」
涙が止まらないままに言うとカーミは、
「可哀想かぁ、アハハそっかぁ」
って繰り返しながら笑っている。でもその笑い声に余計悲しくなってきた。
カーミはこうやって人懐っこい笑顔を浮かべながら人の生き死にを間近に見てきた、それも多くの人を殺して、それが当然で当たり前の環境で育ってきた。
好きな子すら殺した話も笑い飛ばして、弟が死んだこともあっさり受け入れて悲しむこともない。
お父様やお母様、使用人たちに愛されて育ってきた私と全く違う。私が周りの大人から受けてきた愛情のほんの少しも知らないで育てられたカーミのことを思うと涙が止まらなくて、後から後から流れてくる。
「そんなに泣くことないじゃん、本当に俺が可哀想な奴みたいじゃん」
「だって…悲しいんだもの…」
カーミは壁に背中を預けて少し口をつぐんでからドアの方を見る。
「…俺国外に出てからウチサザイ国って変なのかなぁって思い始めたけどさ、エリーさんからみてどうよ、やっぱウチサザイ国で育った俺ってどっか変?」
「実の弟が死んだ話を笑うのはどうかと思う」
「そう?俺はウケたけど。先生にもどうせお前らなんてその辺で野垂れ死ぬ運命だって子供のころから言われて育ってきたから、ああその通りなんだなって」
その言葉にもショックを受けてまた涙が溢れて流れていく。
そしてカーミたち子供にそう言い含め続けた先生とかいう人に対して憎しみと怒りが湧いて悪態をついた。
「その先生って奴、馬鹿じゃない?」
怒りのまま私は続けた。
「そいつの言うことが一番変なのよ、そんな奴の言う通りになんてなるわけない。カーミはただ子供のころから暗殺とかスパイに育てられるためにそうやって都合よく言い含められただけよ。そいつは先生って肩書で呼ぶのすら惜しいただのクソ野郎よ、そんな奴の言葉に惑わされないで。
カーミはこんなに人懐っこい笑顔で人に話しかけられるんだもの。もし私の近所に住んでたとしたらきっと私たち色々と言い合える仲のいい幼馴染になれたわ、それも大人からも可愛がられて年齢も関係なく皆と笑顔で話せるような人だったわ、きっとカーミだったら今からでも普通の生活に戻れるはずよ」
「…」
カーミが何も言わない。スンスン鼻をすすりながら目を動かして見上げると、カーミは何とも言い難い表情で私を見下ろしている。
「俺今までに何人の人を殺してきたと思ってんの?そんな奴がごく普通の生活に戻れると思う?」
「殺したくて殺したわけじゃないでしょ?どうなの?」
「まあね。命令だったからやってたんだ、不可抗力だよ」
…ミラも同じことを言っていたわ。私の首を絞めてくる時に、恨みはないけど不可抗力だからごめんねって。きっとミラも国から離れたら自分の国が何かおかしいって心のどこかで思っていたのよ。
「カーミは親子の愛情を感じ取れたんだから人に寄り添えると思う。じゃなかったら親が子供を抱きしめてる姿を見ても、高い高いしてるのを見ても何の感情も湧かないと思う。羨ましいって思ったのはその中にある愛情を見て取れたからよ。
人を殺すのはもちろん悪いことよ、でもカーミには罪悪感とか人への愛情も残ってる。だから今ならそんな薄暗い生活から抜け出せるはずよ」
カーミは黙り込んで何も言わなくなった。私もそのまま静かに黙っている。
二人で黙り込んで、わずかに開いているドアが風に揺れる音を聞いていると、
「俺いいなあって思ったんだ」
と不意にカーミが声を出した。
カーミに目を向けると、私に視線を移している。
「エルボ国で外をブラブラっと歩いてる時、一人で歩いてる勇者様見かけて同業者かなって思ったんだよ、音がろくに出ないあの歩き方と妙に気配を消してる雰囲気がさ。でも勇者様って目立とうとしてないのに妙に目立つんだよな。
だから変な奴がいるって気になって調べようって思って。ほら俺らすることなくて暇だったから。ところで俺エルボ国でエリーさんたちが泊まってた隣の部屋にずっといたんだぜ」
うそ、隣の部屋に普通にいたの。全然気づかなかった。
「それでエリーさんたちが勇者御一行だって分かってわけ。そんでいいなぁって思ったんだ、楽しそうだなぁって。勇者様怒ること多いけどそれって怒っても受け止めてくれる人がいて、笑い飛ばして、他の人がなだめてくれるって分かってるからだろ?いいなぁって思ったんだ。あの輪の中すっげー温かそうだなぁ、入りたいなぁって」
カーミはそこで区切ってから、
「そんで俺ハミルトンさんがエリーさん襲おうとしたとき、あのベッドの下に居たんだけど」
その言葉にギョッとするとカーミは笑って、
「ああ、いつもはそんなことしてないぜ。俺だってベッドの下じゃなくて上で寝たいもん。あの時はハミルトンさんが何かやらかしそうだからエリーさん助けておこうとしたの。そうしとけば後々勇者様に交渉持ちかける時に有利に働くかなぁって。
でもまあ、あの時は勇者様助けに来て、そんで言ってたじゃん?自分は勇者御一行の意志とは関係なくあちこち動き回って情報を手に入れてるとか」
確かに嘘つき節としてそんなことを言っていたわ。黙ってカーミを見て話の先を促す。
するとカーミは少し真面目な顔になって、
「あの話聞いて、それなら俺でも出来そうって思ったわけ。だから…仲間に入れてほしいなぁって」
「…でも、カーミは私を殺そうとしてるんでしょ…?」
カーミはクッと喉を詰まらせるようにして、大爆笑し始めて膝を叩く。
「殺す気なんて最初から無かったよ。本当はエリーさんが泣き叫んで絶望した所にこの話持ちかけようとしたの。そうなれば確実に断らないだろうって。
なのにエリーさんはグースカ寝るしノリノリで歌うし…こんなに殺すって脅して監禁してんのにそんな風に過ごす人初めてだから俺もどうしようって思ったよ。それなら堂々と話持ちかけたぜ本当」
カーミはそう言いながら、
「エリーさんも今の状態から俺が抜け出せるって言ったよな?そんなに可哀想って思って泣いてくれるほど同情したんならチャンスくれよ。仲間に入れてくれよ」
「…」
こんなろくに素性の知れない、監禁もしてくるウチサザイ国の暗殺者兼スパイの人を軽々しく仲間にするだなんて私の考え一つで言ってもいいものかしら。
そんな考えも一瞬上がったけれど、カーミは後ろ暗い状態から抜け出したい気持ちで…あんまり良くないやり方でもこうやって救いを求めて手を伸ばしてきのよね、その手をここで振り払うことなんてできない。
「分かった。仲間にしてもらえるようにサードにとりなすわ」
「本当!?」
カーミは凄い勢いで身を乗り出して私の顔を覗き込む。
「でもサードを説得できたらよ。サードがうんって言わなければ…もう誰が何を言っても頑として動かないから」
「うん、俺も一生懸命役に立つって言うから、エリーさんからも説得してくれる?」
「ええ」
カーミは小躍りしそうな勢いで喜ぶと、私の額に手をかざして空中で何かを掴む動作をする。その瞬間、体が動くようになった。
「…ああ…動ける…」
むっくり起きて立ち上がって体についたゴミを手で払うと、カーミは「あれ?」と立ち上がった私を見ている。
「何よ」
カーミは不思議そうな顔で、
「いや…普通この魔法で一日以上動けなくしたらしばらく体が強ばって上手く動けないはずなんだけど…おかしいな」
「え?特に寒くも無かったしお腹も減ったりしなかったんだけど…そういう魔法だったんじゃないの?」
カーミはまだおかしいなぁ、って顔をしながら首を横に振った。
「黒魔術がそんなささやかな優しさを付属させるかよ。…変なの。もしかしてエリーさんの体って特殊な稽古を受けてすっげームキムキなんじゃないの、脱いだら凄いんですみたいな」
「…サードに紹介するのやめるわよ?」
「ああん、ウソウソ、ごめんなさいごめんなさい」
カーミは私に取りすがると、行こう行こう、と後ろから両肩に手を置いて地下室から外に出た。
「それにしてもエルボ国からここまでよくあのサードに見つからなかったわね」
サードは自分の周囲からの視線と気配にはすごく敏感なのに、そんなサードからも気づかれなったなんて驚きだわ。
するとカーミは、アハハと笑った。
「そりゃそうだ、勇者様は俺と同業者っぽいけど結局は勇者ってことで常に光の中に立ってる人だろ?俺は生まれた時から誰にも見えない陰で暮らすように言われてんだぜ?経験と重みが違うんだよ、経験と重みが」
エリー
「…ん?待って。ベッドの下に居たって、いつから?もしかして私が寝間着に着替えてた時…」
カーミ
「もう居た!」
エリー
「嫌ぁああああ!」
カーミ
「大丈夫だよ、足首までしか見えなかったし」
エリー
「でも嫌ぁああああ!」




