もしかして…良い人?
カーミがエルボ国でスパイをしていた?…そういえばエルボ国でセンプさんも言っていたじゃない、エルボ国では暗殺者やスパイなどのキナ臭い連中を雇っているって。
そっか、エルボ国で雇われたからお城の中のことも詳しかったんだわ。
…あれ?でもカーミってウチサザイの暗殺者とか言っていたはず。
「あなたってウチサザイ国の人なのよね?」
「そうだよ。エルボ国には仕事で行ったんだ」
色々なことを隠さないといけないはずの職業のくせに聞いたらすぐ教えてくれるわねと思いながらカーミに聞く。
「何でウチサザイ国から遠いエルボ国にわざわざ…」
「うーん、純金の髪を持つ一家が居たからかなぁ」
「…!」
そんな…サードがひた隠しにしているそのことも知ってるの…?
もしかして私たちディーナ家の髪の毛が純金になるって話が周辺の国に広まった時すでにカーミはウチサザイ国が調査に来ていた?
だとしたらどれだけ前から私たちは…ううん、私はカーミに見張られいたの…!?
流石に不気味すぎてゾッとしているとカーミは続ける。
「でも正直エルボ国に行ったはいいけど何しに呼ばれたんだかよく分からないんだよね、未だに。城に入って情勢をウチサザイ国に送れ程度しか言われなくてさぁ。髪の毛が純金になる娘…エリーさんをどうこうすれば良いのかなーって思ったけど俺が行ったころにはもうエリーさん行方不明になってたし」
あ、じゃあ四年前からずっと見張られてたってことじゃないのね。そこは良かった。四年も前からずっとつけ回されていたんだとしたら本当に怖いから。
「ならなんのために?」
「さあ?本当よく分からない。俺に命令してきた奴もろくに詳細言わないまますれ違いになったから。まぁエリーさんも知っての通りファディアント王時代のエルボ国って荒れてたから黒魔術広められそうって思ったんじゃない?
国が荒れてると人は何でもいいから救いを求めるしね。それも国の頭から下を押さえて黒魔術を広められたら楽だろうしな」
「…でもあなた、黒魔術広めてないでしょ?」
エルボ国に居る時、国は確かに荒れていたけど黒魔術が横行していたような気配は感じられなかった。もちろんファディアントも黒魔術に対して嫌そうな態度を取っていたから黒魔術には手を出していないはず。
「まあね。良かれと勝手に動くと逆に俺の身が危ないから素直に城の中で国の情勢をしたためて本国に送ってたよ。
それにしてもさー、あのファディアント王俺たち暗殺者だのスパイだの雇ったじゃん?そうしたらもう満足なのかなーんも命令してこないわけ。もー俺ら何のために雇われたんだって皆でぶー垂れて庭で石投げてたね」
「…」
そんな暗殺者とかスパイって人たちがぶー垂れて庭で石を投げてたの…?怪しい人たちが壁際に座って並んでポンポン石を投げてる様子を想像したら何か笑える。
でも笑ってる場合じゃないと心の中で首を振った。
「じゃあ何であなたは今こうやって私たちの後をつけてきてたの、エルボ国を調べてたんじゃないの?」
まあね、と言いながらカーミは続けて、
「サブリナ嬢が王様になったら俺ら全員クビになって希望があれば兵士として雇うって言われたんだ。けどそうなったらもう俺のエルボ国での役割も終わっただろうなって思ったから俺は勇者御一行と一緒に国を抜けたの」
アハハ、とカーミは笑う。
それならウチサザイ国はエルボ国を黒魔術とかで支配しようとは思っていないのね。
ホッとしているとカーミはがからかうような口調で続けた。
「それにしてもエリーさん余裕だよね?言っとくけど俺エリーさん殺そうとしてんだぜ?何普通に話してんの?」
だってサードに危険な奴と二人きりになったらとにかく話し続けろとか言われてるから…。
まあそんなこと素直に言わなくていいわね。
「皆が助けに来てくれるって信じてるから」
私が逃げ出せそうなことをカーミがポロッと言わないかなぁって期待している所もあるけど、それよりも皆を信頼しているからこそこうやって気楽に構えていられるのよね。
それに私を殺そうとしているはずのカーミこそが普通に私と話しているんだし、今のところ殺してやるって気持ちが全然見えないから普通に話せてるんだし…。
するとカーミは急に黙り込んだ。
その急なだんまりが不気味で「何よ」と返す。
「…希望持ってる人って死ににくいんだよなぁ。絶望した人は死にやすいんだけど」
平坦な声色でカーミは言い、
「なぁ良いこと教えてあげよっか」
コロッと声色が変わった。人懐っこさも感じさせる妙に優しい猫なで声。
それでもカーミが人懐っこい雰囲気を出すと空恐ろしい言葉が普通に出てくるし、要らない。
要らないと言おうとしたけれど、その前にとっととカーミは喋り出した。
「エリーさんがグースカ寝てる時に俺、御一行の皆はどうしてるかなぁって様子見に行ったわけ。そうしたらガウリスさんがエリーさんのこと探し回っててさ」
やっぱり。お昼の時間を過ぎても戻ってこないからガウリスが探してくれていたんだわ。
「それでガウリスさん変装してた俺にも声かけてきたんだよ。身長は百六十センチぐらい、金髪碧眼の長い髪の毛で年は十八、白いローブを着た女の魔導士の冒険者は見ませんでしたかって」
うんうん頷けないけど心の中で大きく頷いて、確かにこれは良いことだわと聞いている。
するとカーミは、ふふ、と笑いながら続けた。
「だから俺も教えてあげたよ。さっきそんな女の子が五十歳ぐらいの筋肉質の冒険者みたいな男二人に引っ張られて町の外に連れていかれてるの見たって。大丈夫かなって心配したけど冒険者の男二人相手じゃ俺もどうにもできなくて公安局に報告しようかと思ってたって切羽詰まった感じでさ」
その言葉に体が固まる。
カーミは更にふふふ、と笑いながら、
「それでどうするかなぁって陰ながら見てたらガウリスさん慌ててホテルに戻って、そんで皆慌てたような足取りで俺が指さした方から…この町から出て行ったよ。これが今から四時間前の出来事」
その言葉に思考が一瞬止まった。
「…嘘」
「ほ・ん・と」
呆然とした私の言葉にカーミはふざけた口調で嘘だと思いたい気持ちを打ち消してくる。
「う、嘘よ…嘘…。皆がそんな簡単に揃って出て行くだなんてあるわけない…。そうよ嘘だわ。サードが…そんな簡単に人の話を真に受けてすぐ立ち去るなんてことするわけない、アレンが誰にも話を聞かないまま出て行くなんてことしない…ガウリスだって…」
「俺、今の今まで全部本当のことしか喋ってないんだぜ?これから死ぬ人騙す意味もないし?」
「…」
心が叩き割れたような気がした。
「嘘…」
「本当だって。町の外に行く皆の姿を俺はしっかり見送ったもんね」
カーミはそう言うとゴソゴソと立ち上がり、
「今頃勇者様たちはエリーさんを連れ去った居もしない五十代の冒険者二人を血眼で探してんだろうなぁ。ここにエリーさんが居るのも知らないままそりゃあ必死に…」
カーミはニコニコ笑っているような口調でドアの方向に歩いて行って、キィと開けた。
「そんで三ヶ月たってもエリーさんが発見できないなら、もう生存は絶望的って思うだろうね?さーて、エリーさんは死ぬのが先かな?精神が崩壊するのが先かな?ま、大体暗闇にずっと居たら精神が崩壊するのが先だけどね」
そう言い残して、カーミはアハハと笑いながらバタンとドアを閉めて立ち去って行った。
* * *
「…」
カーミが立ち去ってからどれくらいたったのかしら。
鬱鬱とした気持ちで横になったままでいるうちにまた眠ってしまったみたいで、気づくとドアの穴からぽっかりと光が見える。
朝になったみたい。でも今が何時なのかさっぱり分からない、耳をすませてみても何も聞こえない。
朝だったら人の生活音が聞こえるんじゃ、って思ったけど…カーミの言う通り本当にこの区域はゴーストタウンなのかも。やっぱり何も聞こえない。地下室だから余計聞こえにくいのかもしれないけど…。
それでも不思議なのよね。
ここに横になったまま一日近くたっているのに特にお腹も減らないし喉も渇かない。それにトイレに行きたいって感覚も襲ってこない。
こんな状態でトイレに行きたくなったらどうしようって密かに悩んでいたけど…全然そんなことがない。不思議だわ。
今は秋も更けてきて朝晩どころかお昼でも風が吹くと冷えるし、ここは日の当たらない地下室だから余計に寒いはずなのに。本当に不思議。
それにしてもこれからどうしよう。カーミの言ってたこと全てが本当なら皆の助けは絶望的だわ。
それでもこんな真っ暗で湿っぽくてカビっぽい地下室のゴワゴワした布の上で誰にも知られずひっそりと死んでいくなんて御免よ。絶対に嫌。
「だけど…」
結局のところ魔法も使えないし体も動かないこの現状、どうやって突破すればいいのか…。
「助けてー!」
とりあえず叫んでみた。
それでも私の声は地下の暗闇で反響して全て吸い込まれていってる気がする。何か内側にこもっているもの、声が。
それでも叫ぶ。
「たーすーけーてー!」
プチゴーストタウン化していても、ここは結局は町の一部。それなら人は少なくても住んでる人も通り過ぎる人もいるはずよ。
「たーすーけーてーー!だれかー!」
それでもやっぱり声は地下室のあちこちに反響して跳ね返って消えてってる気がしてならないわ。自然と防音に優れた造りになってんじゃないのここ。
「だれかー!」
それでもやっぱり外から誰かが助けに向かってくるような音はしない。
アレンだったらもっと大きい声が出るでしょうに。それに舞台女優として主役を張っていたお母様も。
お母様は凄かったわ、どんなにうるさい市場でも遠くまで高く突き抜ける声で、
「フロウディアそれ以上遠くに行かないでー!」
って叫んで、私どころか皆がギョッとしてお母様に振り向いていたもの。あのうるさかった市場が一瞬だけシン、と静かになったのは今でも思い出す。
でもお母様の娘でも私はあれぐらいの声は出せない。お母様は色々と鍛えて練習してああいう声が出せるんだもの、サードには私の声は人の耳に届きやすい音域って言われたけど無理。
…お母様元気かしら。子供のころはよく歌ってもらったのよね。
あ、もしかして叫ぶより歌った方が取りすぎる人も気づいてくれるんじゃないかしら。
うーん…何を歌おう、私歌とかよく分からないし…お母様がよく歌ってくれていた子守歌でいいかしら。
最初の最初ですぐ眠りに落ちていたから最初の「眠れ私の可愛い子」の部分しか知らないけど。
「眠れ~私の可愛い子~♪」
歌っていてもやはり地下室内に声が吸い込まれてってる気がする。それでも自分の声がとてもよく聞こえる。
何となくだけど私の声ってお母様の声に似てるわ。
「眠れ~私の可愛い子~♪眠れ~私の可愛い子~♪眠れ~私の可愛い子~♪眠れ~私の可愛い子~♪眠れ~…」
「ちょっとやめてぇー!」
ノリノリになってきたところで急にバンッと扉が開いて「ッキャーーーーー!」と絶叫する。
ドアの所にいるのはカーミ。カーミは頭を押さえて、
「同じところ無限ループで歌わないでえ!?頭の中残るからぁ!」
「っていうかいつから居たのよ!」
一人でノリノリで歌ってるのを聞かれてた恥ずかしさでとっさに聞くと、
「助けてーって助け求めてる辺りからだけど…あーもうダメ、頭の中無間ループに入り込んでるよこれ…」
扉を開けたままカーミは私の隣にどっかりと座り込む。
「つーか本当に余裕だよねぇ!?自分の今の現状分かってるわけ?助けてって助け求めるのは分かるよ?何で?何で急に歌い始めるわけ?意味わかんないんだけど。それとももう頭いかれちゃったの?何なの?」
「だ、だって…!」
歌った方が通り過ぎる人が気づいてくれる可能性が高いかもって思ったから…。それより…。
「あなたも何でこんなに何度も来るのよ」
死ぬまでたまに様子を見に来る、とは言っていたけれど、こんなに様子を見にくることもないじゃない。
カーミはチロと私を見て、
「もっと激しく泣き叫ぶとかさぁ、絶望してもう何もできないぐらいになったらなぁって思ってるんだけどさぁ…」
はーあ、とカーミはため息をついて頬杖をつく。
「エリーさん女だしすぐ襲えるぐらい隙が多いから誰かの助けがないと何もできなーいってすぐ喚くと思ったのに…。まさかここまで肝っ玉座ってる楽観的な人だとは思わなかった。大人しい見た目に騙されちゃいけないね」
それ…褒めてるの?けなしてるの?どっちも?
するとカーミはふいに顔つきを変えて私を見てきた。
「…でもさ、さっき歌ってた『眠れ~私の可愛い子~』っておかしくない?」
本当に頭の中を歌が無限ループしているみたいでカーミは完璧に歌い上げている。
「どこが?」
「眠れって死ねってことじゃん?それなのに可愛い子って続けるんだぜ?死体好きってこと?」
「は?」
何を言ってるの、と目を動かしてカーミを見る。
「なんでそんな考えになるわけ、眠れってすやすや眠る方に決まってるでしょ、子守歌なのよ?親が子供に歌ってぐっすり眠れるようにする歌なんだから」
カーミはそれを聞いて、あー…と言いながら少し考え込み、
「もしかしてあれ?アリアさんがマリヴァン坊や抱っこしてる時の…あんな感じの時に歌うの?」
お母様とマリヴァンの名前が出てきてギョッとした。
「私の家族に何かやるとしたら、私はあなたを許さないわよ」
まさか何かやるつもりなの、という恐怖と憤りで睨みつけて脅すようなことを言う。するとカーミはアハハ、と笑った。
「やらないやらない。エルボ国遠いもん、今更あんな遠い国戻らないよ」
本当かしら…と疑いの目を向けているとカーミは続けて、
「それじゃあエリーさんもマリヴァン坊やみたいにあんな感じで抱っこされてアリアさんに眠れ私の可愛い子って歌われてたんだ?」
「そりゃあ…お母様の子供だもの」
すると食い気味にカーミは身を乗りだして上からのぞき込んでくる。
「いいなあ!ねえ、母親に抱っこされるってどんな感覚?」
その言葉に思わず口をつぐんで見上げると、カーミはどこかキラキラした目になって、
「親…っていうか子供のころ大人に抱っこされたことねえんだけどさ、俺。抱っこされたまま寝てる子供とかよくいるじゃん?もしかしてあの場所すっげー気持ちいいんじゃねえかなってずっと思ってて」
その言葉にカーミの生い立ちの全てを見た気がした。
そうよ、暗殺者だのスパイだのとして育てられたなら、家族の温もりとは無縁の生活を送っていきたんじゃ…。
どこか混乱しながら私は答えていく。
「…そうね…とっても暖かくていい匂いで、包まれて守られてるっていう安心できる場所だった」
「いいなぁ。俺もう大人だから普通にああやって抱っこされるの無理だろうけどいいなぁ…。あ、それとさ、お父さんに高い高いされたことある?あれもすっげー楽しそうに子供笑ってんじゃん?よっぽど楽しいんじゃないかなって俺思ってるんだけど」
お父様に高い高いされてグルグル回されたこともある。あれはとてもスリルがあって、とても楽しかった。
そのことを伝えるとカーミはまた羨ましそうな顔をして「いいないいな」って繰り返す。
「ウチサザイ国じゃろくに見ない光景だったんだよ、国外に出たらそういうのいっぱい見るようになってさ…最初変なのって思ってたんだけど段々とウチサザイ国が変なのかなって思えて来て。子供のうちに一回ぐらい抱っこされて眠ったり高い高いされたかったなぁ」
カーミって…実は悪い人じゃないんじゃない?
だってこんなに家族の温もりを羨ましく思っている言葉と顔つきを見ると…どうしても悪い人に思えない。
危険な奴と二人きりになったら話し続けろ
外国にて刑務所内でサイコキラーと鍵のかかった部屋で一対一のカウンセリングをしていた先生がいて、ある時看守が迎えにくる時間になっても誰も来ず、どうしようとわずかに困って緊張したら相手は敏感にそれを察知して、
「脅えてんのか?」
とヤバい雰囲気になり、これは無言になったら危険とひたすら会話を続けるうちに相手は笑って気が抜け、
「ふふ、そうだろ怖いだろ」
とからかう雰囲気に変わったからホッとしたとありました。それ以降カウンセリング中にも看守が一人つくことになったそうです。
そしてそれを読んで学んだことは「危険な奴と二人きりになったら話し続けろ、特に相手を笑わせるとなお良い」です。笑いは人を救う(ガチ)




