監禁
カーミの今の言葉に嫌な予感を感じた。
もしかして殺す前に私の体を好き勝手にしようとしてるんじゃ…!?
「な、何をする気!?」
キィッと噛みつくように言うとカーミは「ん?」と上からのぞき込んだまま少し考え込んで、納得の顔つきになってブッハ、と吹き出してゲラゲラと大笑いする。
「何?俺がムラッとして襲おうとしてるって思っちゃった?ちょっとエリーさん自意識過剰すぎじゃないの、こんな出会って数十分で襲われるぐらい自分の美貌と魅力に自信持ってるわけ?すっげー!」
ゲラゲラと大爆笑されながらそんな言い方をされて、今度は気恥ずかしさが襲いかかってきて顔が真っ赤になる。
だってしょうがないじゃない、今まで何度もそんな目に遭ってきてるんだから…!
顔を真っ赤にしつつ恥ずかしさと戦いながら心の中で言い返した。
するとヒィヒィ言いながら笑いを収めたカーミは、
「まあ確かにエリーさん美人と可愛いの中間の顔で綺麗だなーとは思うけど俺の好みじゃないんだよなぁ。でもそっか、エリーさんハミルトンさんに襲われそうになったし、そう勘違いしちゃうのもしょうがないっか」
…え?
眼球だけ動かしてカーミを見上げる。カーミはニヤニヤと私を見下ろした。
「ペルキサンドスス図書館では色々絵本のキャラクターが動いてて大変だったよなぁ。ラーダリア湖では湖の底に沈んで行って戻ってこないから死んだかなって思ったけど気づいたら戻って来たし、ソードリア国ではドラゴンと一緒に魔族の塔に入ったよな?
ついでにガウリスさんもドラゴンなんだって?それにエルボ国では…暗躍したよなぁ、主に勇者様がプレーンになって頭がやられたサブリナ王女を国王にしようとしてさ…」
ペラペラと私たちの今までのことをさかのぼるカーミに、それも私たちパーティの皆しか知らないことを喋っていくカーミに恐怖を覚えて黙りこんだ。
一体カーミはどこから私たちの周りに居たの?一体どこまで私たちのことを知っているの…!?
するとカーミはニコッと笑って立ち上がる。
「この家さ、まるごと俺が三ヶ月契約で借りたんだ。この建物所有してる人に喜ばれたなぁ、なんせこの区域すっげー奥まったところにあるから使い勝手悪いし建物が密集してて日当り悪いしで住む人も借りる人もいないぐらいなわけ。だから周りに住んでる人も居なくてプチゴーストタウン化してんだ」
急に始まったこの場所の話に、いきなり何の話よと訝し気になると、カーミはニコニコ人懐っこい笑顔で私を見ている。
「三ヶ月飲まず食わずでこんな暗い地下室に放置されたら人ってどうなると思う?」
その言葉にサッと血の気が引いた。
周りに住んでる人がほとんどいないこんな所に飲まず食わずで三ヶ月も放置されたら…!
「ま、そういうこと。死ぬまでちょくちょく様子見に来てあげるよ」
カーミは背を向けて立ち去ろうとする。
「ま、待って!何で、何が狙いなの!」
カーミはニコニコとした笑い顔を見せたまま、バタンと扉を閉めた。
地下室の中は真っ暗になった。でも唯一扉に空いている穴から光が漏れていて、暗闇の中にぽっかりと光が浮いている。
…どうしよう。どうやらすぐに殺されるってことはないみたいだけど…それより体がビキビキと引きつってて痛い…。
体の中の筋肉を直接手でつままれて思いっきり引っ張られてちぎられそうになってるみたいなこの痛み…ものすごく辛い。
色々考えようにも体の痛みで考えが回らない。もしかしてずっとこの痛みが続くわけ?たまったものじゃないわ、どうにかならないの。
すると何か優しいものにくるまれたような感覚がした。するとフッと体中の痛みが引いてなくなる。
「え?」
首は動かせないけどキョロキョロと目だけ動かして何が起きたのと確認した。でも特に誰かが居る気配はない。
でも何かしらの安心感に包まれたと思ったら痛みが嘘みたいに消えたのよね今。一体何が起きたの?
もしかして私には魔族の血が流れているから、黒魔術を崇拝して使えるようになる黒魔術はじわじわと効果がなくなっていくとか?だったらもう少ししたら体も動くようになるかも。
そうやって体が動くようになるのを期待して黙って待っていたけれど、どうやら体は動かないみたい。いくら時間が流れても指先一つ動きやしない。
それでもあの痛みが延々と続かなくなっただけでも十分と思えばいいわね、とりあえずこれからどうするか考えなきゃ。
とりあえず私の身に異変が起きたのはガウリスが真っ先に気づいてくれるはず。
「ちょっと冬用の服を買いに行ってくるわ。あ、それとここに来るまでに美味しそうなお菓子屋さんを見つけたんだけど、軽食も取り扱っていたから買い物から戻ってきたらお昼一緒に行かない?多分二時間以内には戻ると思うから」
って出かける前に言っていて、ガウリスも「それなら私は部屋で本でも読んで待っています」って頷いていたもの。
きっと二時間以上たっても私が戻って来なかったら何かおかしいと感じて、この町の服屋さんに私を探しに行って、最終的に私はどこのお店にも行ってないのが分かるはず。
そうしたらきっと皆にも声をかけて探してくれるわ。
情報を手に入れるのが上手なアレンもいるし、頭の回転の速いサードもいる。皆が居るなら私がここにいるのを察知して探しに来てくれる。
…とは思うけど…こんなプチゴーストタウン化した一軒家の地下室に私が居るだなんて答えが割り出せるものかしら。もしかしたら変装したカーミが私に声をかけてここまで走ったのを見かけた人がいるかもしれないけど…。
ううん。思えばここに来るまでに人っ子一人会わなかったじゃない。最初歩いていた大通りには人がいたけれどこっちに向かう路地に入ったら誰とも行き合わなかった。
まあそれでも誰かが助けに来てくれるって思えるけど…まずはここまでのことをまとめてみようかしら。
あのカーミはウチサザイ国の暗殺者兼スパイ。私たちのパーティの中の人たちしか知らないこともほとんど知っている。そして私をここに放置して殺そうとしている。
まとめるとこんな感じね。
…でもなんかおかしいわ。何でカーミはこんな風に時間をかけて殺そうとするのかしら。
黒魔術は全く詳しくないけれど多分一思いに人を殺せる術がたくさんあると思う。それにさっきだってつっかえ棒代わりにしている斧があったじゃない。
私がカーミだったらあの状況、背を向けて地下の中を覗き込んでいる時に後ろから頭に叩き落とすけどなぁ…。そうなったらすぐ終わるのに。
「…」
待って、サードみたいに犯罪に沿って考え始めているわ私。しかもその対象が自分じゃない。やだやだ止めよ。むしろ斧で後頭部叩き割られなくて良かった。
「…」
でも体も動かないし他に話し相手も居ないから考える以外にすることがないわね、じゃあ他のことを考えよう。
そもそもあのカーミはなんであんなに私たちのことに詳しいのかしら。
どう考えてもずっと私たちのそばを行動していたとしか思えない。
ガウリスがドラゴン…龍ってことも、ミレイダがドラゴンになったことも、サードが一番知られたくないエルボ国のお城の中のことも色々知っていたもの。
だとしたらあのカーミってエルボ国の城内にも潜んでたってことじゃない、あんな黄緑色の目立つ派手な頭、どこでも見かけなかったけど…。あ、カツラかぶって隠してたのかも。
それに私がハミルトンに襲われそうになったことも知っていたのよね、そのことを知っているのは私たちとホテルの一部の人と公安局ぐらいのものでしょうし。
…むしろあのカーミって本当いつから私たちの周りにいたの?不気味だわ。
そういえばアレンは少し前に情報屋のお姉さんからウチサザイ国の情報を買ってきた。
どうやらウチサザイ国は自分の国に不利益な情報は抜いて、情報を外に流そうとした人は殺している。
そんな国の暗殺者だのスパイだののカーミが何を考えているかなんてさっぱり分からないわ。とりあえず私たちを一人ずつ分散させて殺そうとしているのかもしれないけど…。
「…」
…うーん、これ以上ここで考えるだけじゃどうしてカーミが私をこんな風にしているのかも、いつからどれくらいの近さで私たちの周りに居たのかも分からないわね…。
サードだったら「まさか…」ってピンとすぐにくるのかもしれないけど。
『てめえとは頭の出来が違うんだよ』
サードのそんな馬鹿にする言葉と顔が鮮明脳内に流れてきてイラッとした。
うん、これ以上考えても無駄なんだから自力で脱出する方法を考えよう。
まず体は動かない、魔法も使えない、体の痛みはなくなったけどまた魔法を使ったらまたあの体の痛みが襲ってくるのかしら…。
「…」
魔法を発動しようかなー、どうしようかなーレベルで魔法を発動しようとすると、軽い筋肉痛みたいな痛みがジン…と腕に広がる。
うん、やっぱり魔法は使えない。
じゃあどうしよう。いくら叫んでもプチゴーストタウン化しているなら助けを求めて大声を出しても誰にも気づかれないかも。でもそれって本当かしら、カーミは嘘をついて私を騙そうとしているんじゃない?
案外と耳をすませたら人の声とか聞こえるかも、だったらその時に大声を出して助けを求めよう。
目をつぶって、周りの生活音、人の足音、人の話し声を聞き取ろうと耳をすませる。
あとはこのまま人の声とか物音が聞こえたら大声で叫んで助けを求めればいいわ。そう、耳をすませてこのまま…集中…集中…。
ふっと目覚めた。
「ハッ」
ガバッと起き…れないわ。
目を動かして扉を見ると、外の光がぽっかり浮かんで見えていた部分がなくなってる。
もしかして夜になった?私いつから寝てた!?午前中からこんな日が暮れるまでずっと寝てたの私!?
こんな殺されそうな状況で助けを求めるために周りの音に集中してたら寝ていただなんて間抜けすぎる。こんなこと誰にも知られたくない…!
「おはよー」
隣から声が聞こえて、ビクッと目を斜め上に向けた。暗すぎてよく見えないけど…声の位置から察するにカーミが壁に体を預けて座っている。
「な、何!殺しに来たの!」
驚いた勢いで叫ぶとカーミから呆れたような笑い声が聞こえてきた。
「だってこんな状況になったんだから泣くか助けを求めて叫ぶだろうなぁって外で聞き耳立ててもちっともそんなことないし静かなままだから、おかしいなって中に入ったら寝てんだもん。
こっちの方がびっくりだよ、どんだけぶっとい神経してんだか…。それも延々と健やかな顔で寝ててかれこれ十時間…眠れるねぇ」
「…」
そんな…私十時間も寝ていたの…。
自分を殺そうとしている人にすら呆れられているのが情けない。
カーミは肩をすくめているような口調で、
「もうここまでくると性的にも殺意的にも襲われてもしょうがないなぁって思っちゃうよ俺。隙が多すぎんだもん、自衛しようって考えがそもそもねえよな?」
「そんなことないもん、隙なんてないもん」
ムッとなって言い返すとカーミは「いやいや」って首を振ってる感じで返してくる。
「多い多い。俺から見たらポワッとしてるもん、絶好のカモにしか見えないし。ハミルトンさんもこりゃすぐ襲えるって判断したと思うぜ」
「…」
あの時のことを思い返すと嫌な気分になって黙っていると、カーミはふふ、とおかしそうに笑った。
「でもそのハミルトンさんも今頃地獄を見てるだろうなあ」
「…何が」
聞き返してみるとカーミはさらにおかしそうに笑った。
「ああいう奴らが捕まってる所は男と女ってしっかり分かれてるわけだ。だから男たちは女に飢えてんだよ。年が若い、顔が整ってる、体が細身って男は女の代わりにされることが多いらしいぜ?男に興味ねえって奴でも飢えてくるとどうでも良くなってくる奴もいるみたいだし」
「…」
いきなりの言葉に何も言えず黙っているとカーミはアレンみたいな軽いノリで続けた。
「ハミルトンさんは顔は中の下ぐらいだけど比較的年齢は若いし体は細身だし髪の毛もロン毛で女っぽい要素あるじゃん?それも相手が強いとヒィヒィ言って逆らえねえしな。だから今は飢えた強い男たちに愛されてんじゃねえかなぁ。おー怖、想像したくもねえ」
カーミはゲラゲラと笑ってから言葉を止め、かすかに私の顔を上からのぞき込んでいる感じがする。声が真上から聞こえてきた。
「わーい、いい気味だざまあみろ~って思った?」
「…」
ハミルトンは嫌いだしむしろ憎いしどうなろうが知ったことじゃない。
それでも…実際にそんな目に遭ってるかもと思えばやめてあげてって思ってしまう。それもそんな逃げられない密閉された空間で、私がされそうになったことをそっくりそのまま受けているとか…。あまり考えたくない。
カーミは私の顔を覗き込むような体勢のままでいる。
暗くて全くその表情は見えないけれど、人懐っこい顔でニコニコと笑っていると思う。何かカーミって人が顔をしかめるようなことを言う時はニコニコ嬉しそうに笑ってるのよね。
「…ねえカーミ。あなたはどこから私たちのことつけてたの?」
何となく聞いてみた。
カーミからは気楽に会話しているような雰囲気が出ているし、サードも危ない奴と二人きりになったら何でもいいからとにかく話し続けろと言っていたもの。
あわよくば逃げられることをポロッと言うかもしれない。
「エルボ国からだよ」
カーミはあっさりと答える。そこで終わらせるかと思ったから気になったことを聞き返そうと思ったらもう少し続けた。
「俺エルボ国でスパイってことで雇われてたんだ」
「ただ、あなたには苦しんだ人の事を考えて反省してほしい。例えば…エリーさんにしようとしたことを自分がされたらどう思いますか?…また会う時まで考え、答えをお聞かせください」
ガウリスがハミルトンと面会した時、予言めいたことをハミルトンに言い残してたっていう。
233話「どうか愛と祝福を(ガウリス目線)」




