野宿で魔法練習
温泉行きたい
「それでさ!その温泉街に混浴があったんだよ。エリー、一緒にどう?」
アレンがふいにそう声をかけてきたが…。
「コンヨクってなに?」
「男女関係なく入浴する温泉施設のことだ」
サードの簡単な説明に私は顔をしかめてアレンを見た。
「入るわけないでしょ、何考えてるのよ」
「いや違う違う、裸じゃねぇの、皆水着着て入るの」
水着着用?へえ、それならまだいいかも。
水着は買ったはいいけど一度しか着たことがないもの。海で着て以降着るような場面もないし何度か売ろうかと思ったけど、一度しか着てないのに売るのも勿体ないからってずっと荷物の一番下に突っ込んでいたのよね。
でもアレンの顔が…水着姿の女の子とお風呂入れるって気持ちが明け透けに伝わってくる。その顔を見ると素直にうん、って言いたくない。
「…やだ」
首を横に振った。
「ええ!?」
アレンは断られるとは思っていなかったとばかりに大げさに驚くと、
「何で!?いいじゃん!」
って続ける。
「嫌よ、男の人と一緒に温泉だなんて…」
「俺と二人っきりじゃなくて皆と一緒に入るんだぜ?それに水着だし海でも水着になっただろ?海はよくては温泉は駄目なの?」
「海と温泉は違うでしょ」
そんな…とアレンはよろけ、バッとサードに向き直った。
「サードだってエリーと一緒に温泉入りたいよな?な?」
あ、こいつこういう話題にすぐ乗っかりそうな…それも口の上手いサードを味方にしようとしてるわ。
でも私は鼻で笑う。
残念だったわねアレン、サードは私に興味ないからその話には乗らないわよ。
余裕の態度でいると、サードは私をチラと見た。
「入ればいいだろ」
「…え!?」
誰がこんなブスと温泉なんて…って言葉がくると思っていたから驚きの声が出ると、サードはアレンを見ながら諭すように続ける。
「こいつが俺を巻き込もうとするならしつけえぞ。今のうちに頷いた方が後が楽だぜ」
アレンはよし味方が増えたぞという顔で後ろで静かにしているガウリス、サムラ、ケッリルの三人に顔を向ける。
「なあ、ガウリスもサムラもケッリルもエリーと温泉に…」
アレンはそう言いながら言葉尻をすぼめてケッリルをジッと見つめる。
「つーかケッリルは風呂入れるの?それ」
「魂の状態だから体は汚れない。それに服も脱げない」
それでもアレンはケッリルにずいずいと近寄って行く。
「けど入ろうぜ、なあ」
「…いや、別に…」
「いい風呂だぜ、多分」
「…いや…」
「エリーも一緒だぜ、なあ」
「…」
アレンの押しの強さにケッリルが黙り込み始めた。
「アレンさん、無理強いはいけませんよ」
見かねたガウリスが横から軽く口を挟む。
「ガウリスもさ、エリーと風呂…」
「嫌がってるエリーさんと共に入ればアレンさんは満足ですか?無理強いはいけませんよ」
「…」
アレンは、クソ、分が悪いぞという顔をしてサムラに目を向けた。
「なぁ、サムラだってエリーと風呂入りたいよな?」
むしろさっきから何で私の名前を使って皆を味方に引き入れようとしてるのよ。
イラッとして文句を言おうとするとサムラはキラキラした目で私を見る。
「温泉…入りましょう。エリーさん」
「え!?」
サムラは夢見心地の表情で、
「温泉とはとても気分がよくなる魔法のお風呂だと聞いたことがあります。僕の故郷では大体川で水浴びしたりするぐらいでお風呂というのもなかったので温泉に入りたいです。エリーさん、僕温泉に入りたいです…!」
サムラはキラキラした真っ直ぐな目で私を見てくる…。
やめて…そんな純粋な真っ直ぐなキラキラした目で私を見ないで…!そんな目で見られると断り切れない…!でも下心ありありのアレンとも一緒に温泉に入るのはヤダ…!
「…あのね、普通お風呂でも温泉でも男女は別々に入るものなのよ?」
説得しようと言うとサムラはキョトンとして、
「何でですか?」
って聞いてくる。
「何でって…性別が違うから…」
サムラはキョトンとした顔のまま、
「どうしてですか?僕の故郷では特に皆気にしないで川に一緒に入っていましたよ?」
…そんなこと言われても…サムラの部族はそうかもしれないけど…。
…ん?待って、もしかしてサムラの部族って全員近くが見えないから、裸を見られても特に気にする人がいなかったの?
するとアレンもそういうことに気づいたみたいで、あれ、とサムラに声をかける。
「サムラってさ…女の子の体とか触ったことある…?」
え?とサムラはアレンを見て、
「少し前にエリーさんに手を引いてもらうために繋いでもらった時が初めてです」
ハッとアレンは悲しげな顔になってサムラをガッと抱き締めると、背中をバッシバシと慰めるように叩く。
「う、うう…!うう…!」
サムラから拷問を受けているような声が出て、アレンは悲しそうな顔のまま振り返る。
「エリー、サムラ可哀想だよぉ、一緒にお風呂入ってあげてよぉ」
そんな意味のわからない同情にかこつけてんじゃないわよと、ふん、と顔を背けた。
するとサードもアレンと同じような同情している声と顔つきでサムラの肩に手を乗せる。
「温泉街に行ったら盛り場に行くか?そういう所なら一つや二つはあるはずだ」
盛り場…?
「盛り場って何?」
「…良い所だぜ」
含みを込めたサードの言葉と意味ありげな笑みに、何となく子供が入れないような場所だと察した。
「そんな所にサムラを連れて行かないでよ」
「こいつだってこんななりしてるが中身はいい爺なんだぜ?可哀想だろそんな綺麗な体のままポックリいっちまったら」
綺麗な体の何が可哀想なのよ、意味が分からないと眉をひそめてガウリスとケッリルを見る。
ガウリスはケッリルにサムラの種族はこういう特徴があって、見た目は少年でもその種族の中では老人で…と話しているけれど、私の視線に気づくと二人同時にスッと私から顔を逸らした。
「よっしゃ、温泉街行ったら盛り場に行くぞサムラ」
サードはサムラの首に腕を回して軽く締め上げながら乗り気になっている。私は面白くなくて、
「だからそんな変な所にサムラを連れて行かないでってば!」
とたしなめるとサードはギッと睨み付けてきた。
「変?変って何が変なんだよ」
何よその喧嘩腰。
私もイラっとして、
「…だからそういう…」
サードは顔を逸らしてチッと舌打ちすると、再び私に強い視線を戻す。
「言っとくがなぁ、そういう所で働いてる奴らだってそれぞれ誇りを持って働いてるんだぜ?それを何だ?体を売る仕事ってだけで変な場所だぁ?」
サードはハッと嘲りのような笑いを浮かべて、
「そこで働いてる女たちが可哀想だ、エリーみてえな一切その世界に関わりもしねえ女にすら色眼鏡で見られて見下されるような言い方されて、しかも変だっていわれてよ」
「…そんな」
別にそんな意味で言ったわけじゃないしそこで働いている人たちを見下してるわけじゃない。
そう言おうとしたけれど、それでもしっかり自分の口から変な所と言ってしまったんだからもう何を言っても言い訳にしかならなくて、口をつぐむ。
そんなつもりで言ったわけじゃない、でも確かに私の今の言い方は色眼鏡をかけて変な所と見下しているような言い方だった。
そうよ、どんな仕事でもそこで働いてる人たちはプライドを持って仕事をしているんだわ。今の私の言葉はそんな人たちにすごく失礼なものだった。
「…ごめんなさい」
申し訳なさが出てきて、深く反省して謝った。
思えばミレルだって最初から高い給料を出す所で働けないと見切りをつけて、とにかくすぐにお金が欲しいから体を売る職業につこうとしたって言っていたわ。
そうやって家族のためにそういう場所で働く女性もいるはず。それなのに私ってば酷いことを…。
自己嫌悪で落ち込んでいるとサードは私を一瞥してからサムラの首をまた腕で軽く締め上げて、
「うるせえ所は黙らせた。温泉街着いたら行くぞ」
と言っている。サムラは首を軽く締められて、ぐえ、という顔をしながらもサードを見上げた。
「そこってどういう所なんですか?」
サードはニヤニヤ笑いながら囁くように、
「楽しみにしてろよ、いい所だぜ…」
「そっちじゃなくて一緒に温泉入る方でエリーを説得して欲しかったなぁー俺…」
アレンはサードの腕を掴んで揺らしている。
「…」
今ものすごく反省して落ち込んでいたのに、何こいつら。反省して落ち込んだ気持ちを返してよ。
* * *
アレンが混浴の話を切り出してから数日後の今現在、野宿をしている。
途中で受けたモンスターの駆除が案外と手間取っちゃったのよね。
それも町と町の間隔が広くて日がくれるのもぐっと早くなったから、無理はしないで日が傾く少し前から今日は野宿ってことになって、手早く簡易テントを作って薪を集めて…。
今は夕食も食べ終わって各自自由時間。私はサムラに付き合って魔法が暴走しないための本を読みながら魔法の練習中。
サムラに教えるため今開いているこの本は、カリータからペルキサンドスス図書館でチョイスしてもらった魔法を暴走しないための本。
でも図書館では一ページも読めなかったから本屋さんで同じ本がないか探してみたらすぐに見つかったのよね、だから即購入した。
それもこの本はカリータが言う通り凄く分かりやすい。
最初にどんなことが原因で魔法が暴走してしまうかが分かるチャート診断があって、サムラに聞きながらたどり着いたのは「いつでも火事場の馬鹿力発揮タイプ」だった。
本の内容によれば、制御魔法を覚えた上で魔法を使うと一の力で九から十の最大限の力が使える。だから体や精神に負担が少なくすむんだって。そういうのは私も知らなかったから「へー」と思いながら読んだわ。
そしてサムラの「火事場の馬鹿力発揮タイプ」は元々強力な魔力を持っている人が陥るケースが多いみたい。
一の力で魔法を使うと意識しても思わず十の力が出てしまう。そのまま十を越える力が無意識に出て暴走する。
まあそれだからサムラは何体もの絵本のキャラクターを操るため幻覚魔法を使った時はその強力すぎる魔法がいい方向にでて暴走せず楽に操っていたんでしょうけど…。
それとサムラのタイプは「魔法を使うぞ!」と集中して力んでしまう真面目な人ほど陥りやすく暴走しやすいとも書いてあった。
思い返してみれば、いつもサムラが魔法を使う時は「む、ムムッ、ふんっ」って集中して力みながら魔法を発動していたもの。
とりあえず本には真面目にやるぞやるぞと集中したり力んだりしないで、肩の力を抜いて魔法を使う練習をするのをお勧めする、って書いていたから…今は肩の力を抜いて精霊魔法を使う練習を一緒にしているけど…。
それでも集中しなければ水の玉は発生しない。それと「ふんっ」と力まないと水が現れても形を保てず地面にピシャッと落ちていく。
そうしたら今度は私に付き合ってもらってるのに全然成果が出ないってサムラが焦り出して集中してふんっと力んで、そうなると水の玉がどんどん膨らんで暴走する方向に動いてしまって私が無効化の魔法でシュルシュルと縮めて消して…。
「…はぁ…」
サムラはションボリしながら消えていく水の玉に想いをはせるようなため息をつく。
丁度いい魔法を使う感覚がよく分からないんでしょうね。
そうは分かるけど結局魔法は個人の感覚だから横からあれこれ言ってもしょうがないもの。
アレンがいくら魔法を使う感覚が分からないサードに「ガッてなって、ヒュッとなって、バーン!」みたいに説明しても、きっとそういう感覚を知らないと頭の回るサードだって説明されてる意味すら理解できないはず。…正直アレンの感覚論の説明は私にも理解できないけど。
うーん、でもロッテだったらもっと、
「まずこうして、こうやって、そんな感じで力を使ってねぇ…」
って感覚でも理論的に説明できるかもしれないけど、私にはそんなことできない。うーん、どうサムラに伝えよう…。
悩んでいるとサムラも悩んでいる顔つきになって自分の手をギュッと握る。
「ちょうど中間だと思うんです。暴走するのと、魔法が発動しないの中間を覚えられたら…完璧に覚えられると思うんです」
「そうやって力まないの、ほら肩の力抜いて。気楽に歌でも歌ってみれば?」
「歌…?」
サムラはフフーンフフーと鼻歌を歌いながら手をかざす。
するとその手の平の前に水の玉をプルプルと現われた。
今まで力を入れなかったら水が出ない、それもそのままだったらプクー、と水の玉は膨らんでいたのに、鼻歌を歌いながらだとある程度の大きさを保ったままプルプルと空中に浮いている…!
私もサムラもハッと目を見開き、サムラは私に向き直った。その途端にプクーと水の玉が膨らんでいくから私の魔法でシュルシュルと縮めていく。
「エリーさん!できた気がします!今できた気がします!」
「ええ、サムラ!今できてたわ!」
それでも今サムラの意識が水の玉から逸れていて暴走しかけてるから、私が抑えているんだけどね?
「エリーさぁん!」
「サムラ!」
サムラが喜びのあまり抱き着いてきて、私もサムラを受け止めてギュッと抱きしめ返す。
でもそんな今も私が暴走しそうなの抑えてるんだけどね?
温泉に行った時背中にガムテープ貼ってる人がいて、何あれと脅えていたら恐らく背中にタトゥー入ってるんだよ、と家族が言ってました。
ああ、体に刺青入れてる人の入浴大体禁止にされてるから…それでも背中に刺青より背中にガムテープの方がある意味インパクト凄くて怖かったです。(あの人のは多分お洒落タトゥーだったけど)




