絞首刑の山で
オアシスでの雨の一件でドラゴンの表面は艶やかさに磨きがかかって、生き生きとしている。
そのおかげか空を飛ぶのも危なっかしくなく安定した飛行を続けていた。
最初はケルキ山まで一ヶ月半もかかると踏んでいたのに、今日の一日…そう、今日の一日だけでドラゴンと出会ったあの山間部から目的のケルキ山付近まで来てしまった。
それも王都の上空を突っ切ってドラゴンが現れたと騒ぎが起きたらいけないから王都を大きく迂回しながらでもたったの一日。
私はドラゴンのトゲのようなたてがみをなでる。最初はゴワゴワしている感触が強かったけど、今は艶々としていて触り心地がとてもいい。
「お腹が空いてるのもあったけど、乾燥でも弱ってたのね、きっと」
「こいつは水辺に居るのが普通の存在だからな」
またサードは自分は何でも知っているとばかりのことを言うから、何度目かの同じ質問をした。
「じゃあサードの生まれ故郷にはこういうドラゴンがいたのね?」
「伝説上にはな。本当にいるって信じてるやつの方が珍しいんじゃねえの?」
またはぐらかされるかと思ったけど、サードは今回あっさり答える。やっぱりさっき殴ったことを悪いと思っているのかしら、だとしたらサードにも悪いと思うそんな気持ちなんてあったのね。
するとアレンも私の後ろからサードに声をかける。
「けど伝説上のモンスターでもモンスター辞典には載ってるはずじゃね?何でこのドラゴン載ってなかったんだろ」
するとサードは鼻で笑った。
「知らねえなら載せようもねえだろ」
「…?」
私もアレンも頭に「?」マークを浮かべて首を傾げた。
モンスター辞典は世界各国のモンスターが載ってるものなのだから、伝説でも存在したという話があればモンスター辞典に載っているはず。
そうなると何でサードはモンスター辞典に載っていないこのドラゴンのあれこれを細かい所まで知っているのという疑問に戻るんだけど…。
するとガクンッとドラゴンが降下を始めて、私たちはドラゴンの毛にしがみついた。
「これがケルキ山?」
眼下に広がるのは緑の小山。
あれ?
私は周囲に広がる果てもない赤茶けた砂漠の光景と、熱気で揺らいで見える王都を見てからケルキ山に目を戻す。
この国はここまでずっと砂漠の広がる大地が続いてきていたのに、ケルキ山には砂漠に似つかわしくない緑が山全体に生えているわ。
ゆるゆると地上に近づくと王都付近にもパヤパヤと緑色の木が生えているように見えるけど、この高さから見ると雑草感がすごい。
ドラゴンはケルキ山の頂上に到着して、私たちは降りて辺りを見渡す。
思ったよりもケルキ山は小さくて、ドラゴンがその長い体で山にグルリと二巻きしたらもう巻き付けないくらいの大きさじゃないかしら
それに全体的に緑に見えたのに周囲はゴツゴツとした石と岩の方が目立っていて、ポツポツと生えてる木なんて大体が頼りないひょろひょろとした細さ。
周囲を見回していて、岩の向こうに不穏な物が見えてウッと引いた。
「ちょっとあれって…」
木の階段、階段を上った先にあるステージ状の板、その板から高く伸びる四角の枠、その枠の天辺からぶら下がる先が丸い形状で括られている荒縄。
あれはどう見たって…。
「絞首刑用の台じゃねえか」
サードがこともなげに言うから私はゾワッとした。
「ウソ、やだやめてよ」
「ウソでもなんでもねえだろ、どう見たって処刑台じゃねえか」
そりゃあ冒険しているんだから、こと切れた人が行き倒れているのを見ることだってある。
でもこうやって人が死んだ(というより処刑された?)地にくるとやっぱり怖いじゃないの。
よくよく見ればその絞首刑用の台は一つだけじゃなくて、高さの違うものが点々と四つ設置されている。
するとサードがふいにある方向に首を動かした。
私とアレンも首を動かすとここに来るまでの一本の道があって、妙に騒ぎながら誰かが駆けて来る足音が聞こえ、サードはドラゴンに目を移し指を動かした。
「隠れろ、見つかると面倒くせえ」
隠れろと言われたドラゴンはウロウロと首を動かしてどこに隠れればと困惑している動きをしていたけれど、どんどん近づいてくる声に時間はないと山の斜面にズズズズ、と頭を引っ込ませた。
微妙に毛と角が見えるけど、ある程度周りの木に擬態できいるから大丈夫、…多分。
するとバタバタと足音を立てて駆けて来るのは白くゆったりとした服を着た浅黒い肌の若い男の人。
何故か手には本を何冊か持っていて、頂上にいる私たちを見つけると驚いたような顔をして息を荒げながら立ち止まる。
「どなたですか?」
若い男の人は汗を袖で拭いながら私たちに問いかけてきた。
その後ろからは黒い肌にヒゲを生やしたお爺さんが息も切れ切れによろよろと登ってくる。
若い男の人に追いついたお爺さんはあまりにも疲れてゼエゼエとしか言えてない。
「あなたがたは?」
二人を一通り眺めてからサードが表用の爽やかな表情になって逆に問いかけた。意訳すると「てめえらが先に名乗れ」ということ。
若い男の人はムッとすることもなく、まだゼエゼエ言いながらも居住まいを直して背筋を正し、腰を九十度に折り頭を下げた。
「これは失礼を、私たちは王都の者です。こちらの方はシャマーン・アウゼル大臣、私はその見習い補佐で名乗るほどの者ではありません」
大臣という言葉で、サードから警戒の混じった空気がピリッと流れる。
一つの国と親しくなると良くも悪くも他の国から目をつけられる。国の権力争いに巻き込まれたら身動きがとれなくて面倒だ。だから絶対に国を動かす権力者とは関わるな。
これは耳が痛いくらいサードに言い含められていること。
だから今まで国や貴族からの依頼には一切手出しをしていないし、お金を積まれて強く頼まれ脅されても一切断ってきているから、私たちは「権力になびかない=庶民の味方」という風に世間に思われているようなのよね。
まあ国の依頼を受けないで一般の人たちからの依頼だけを受け続けていればそう思われるのは当然だろうけど。
「ところで国の大臣らが息を切らしてまでどうしてこの山に?」
サードは当たり障りもなく聞き返すと大臣見習いの人は頭を上げて、
「それにしてもどうやって私たちより先に頂上に?私たちの前に人はいなかったはず…いえ、それよりモンスターのようなものが降り立ってきたので急いで駆けつけた次第なのですが、あなたがたも見ませんでしたか?」
とサードの問いかけには答えずに質問をぶつけて来た。
「…さあ?分かりません」
サードは心の底からの爽やかな笑顔で一蹴した。
あまりに輝く爽やか笑顔オーラに大臣見習いの人も言葉が継げなくなったのか口を閉ざす。
すると後ろのお爺さん…じゃなくてシャマーン大臣が大臣見習いの人の腕を掴んで後ろに引っ張った。
「バカ者、見て分からんか、この人らは…勇者御一行だ」
まだ息も絶え絶えにシャマーン大臣が一喝して、背筋を伸ばしながらこちらに大きい目を向けた。
「このような山に、何の御用でしょうか…。この山は…ヴェッホッ、エホエホ」
まだ話すのは辛かったのかシャマーン大臣はむせて、大臣見習いの人がその背中をさする。もう少しするとようやく落ち着いたようで再び背筋を正して私たちを見た。
「この山は昔、罪人を絞首刑に処した地で勇者御一行がいらっしゃるような場ではありませんが。まさか観光でもありますまい、何か依頼でも受けなさったか?」
昔ということは今は使われていないのね。
でもカラカラに乾いた縄が風に揺れている様は妙に生々しくて、やっぱり嫌な気持ち…。
「実はこの山に素晴しい知識を持つ方がいるとある筋から聞きまして…」
サードがそう言うとシャマーン大臣はわずかに片眉を上げた。でもそれ以上表情を変えないで黙っている。
「けど家っぽいのないよな」
アレンはそう言いながら見渡す。
周りにあるのはゴロゴロの石、ゴツゴツとした岩、ひょろひょろの木、絞首刑用の台がいくつか。
「…このような処刑跡に住む悪趣味な者などおられませんよ」
シャマーン大臣はそっけなく言って、サードはそんなシャマーン大臣を見てから大臣見習いの人の持つ本に視線を移して指さした。
「ところでなぜこの山に持ち歩きが不便そうな本を何冊も持ってきているのです?」
大臣見習いの人は一瞬目が横に動いたけど、すぐに笑顔で、
「これは我々大臣の見習い補佐が使う教育本のようなものです。見習いに必要なことが書いているのでいつも持ち歩いているのですよ」
でも二人の妙に一瞬の間を置いてからのそつのない言い方に笑顔は、何かを隠しているようにも見えるような…。
サードも妙なものを感じてる。だって二人の表情を伺うようにじっくり見てるから。
サードは疑いの心が湧いたらこうやって相手は今何を考えているのかとじっくりと相手を観察する。
そうやってじっくりと二人を見た後、サードは微笑んだ。
「王都の大臣見習い補佐は『つよい植物』『雨はどこからやって来るの?』『さばくのナゾにせまる』という子供向けの本を教育本としておられるのですか?変わっておられますね」
大臣見習いの人はギョッとした顔で本を慌てて背中に隠した。
まさかサードは大臣見習いの人の持つ背表紙の小さいタイトルを読み取ったというの?この五、六メートルは離れているこの距離で?
「…」
「…」
お互いに無言の時間が過ぎていく。
何度か砂混じりの乾いた風が吹き抜けた時、らちがあかないと思ったのかアレンが口を開いた。
「何隠してるのか分かんないけど、俺ら聞きたいことがあって来ただけだから、別にここにいるのが魔族だからって倒しにきたわけじゃないよ」
その言葉に大臣見習いの人もシャマーン大臣もギョッとしてアレンを見て、大臣は渋い顔になりながらうつむき…ため息を一つついた後に口を開いた。
「なるほど、その者が魔族だと分かったうえでここまで来たということですな」
その言葉に今度は私たちが驚く番。
「知ってたの?ここに住んでるのが魔族だって」
シャマーン大臣は頷く。
「どうやらあれこれとよく知っているようですので話しましょう。しかし我々は魔族崇拝者でないことは理解していただきたい。その魔族はわざわざ宮殿まで赴いて『あの山を使ってないなら貸してくれ』と直談判しに来なさった」
「ええ、魔族が、わざわざ兵士のいる宮殿に?」
アレンも驚いて聞き返す。シャマーン大臣も頷き、
「最初は頭のいかれた者が来たと兵士らも追い返しておりましたが…何度もあの山を借りたいと宮殿に来るので反省させる意味で牢屋に入れて尋問したそうなのです。
すると自身は魔族だといい始め、やはり頭がいかれていると兵士は対応していましたが相手は至って正気。それも我々の知らない前魔王のいた頃の魔界の話をし始め、大昔に人間界にあった魔法だと見たこともない魔法を見せつけてくる。
その話を聞く限り軽く百年以上生きているようですが見た目は若い。まさか本当に本物の魔族かと、魔族をまんまと宮殿の中に入れてしまったと宮殿はパニック状態でした」
シャマーン大臣は一旦そこで区切って、話を続ける。
「そこで残り寿命もわずかな私が殺される覚悟で話に応じることにしました。しかし魔族は特に脅しも暴れもせず淡々と話すのみ。…むしろその知識の深さと教養、そしてこんなに人と対等に話をする思慮深い魔族もいるのかと驚かされました。そして『山を借りる代わりにあなた方が必要な知識は最大限ご教授しましょう』と言ってきた」
その言葉とさっきサードが言った本のタイトル、そして王都を囲むように生えている雑草のような木を思い出してハッと気づいた。
「もしかして、砂漠の緑化?」
シャマーン大臣はため息をつきながら深く大きく頷いた。
「ここ数十年でこの砂漠の緑はみるみる少なくなりました。干ばつや木の伐採、水を吸うモンスターの異常な増殖など様々な原因はありましょうが、近ごろでは王都の町中にも砂が侵食してきております。
都の郊外では家に入る砂をかきだすのが一番の労働になって本来の仕事に支障が出て貧困に陥る家もあります。それに加えて飲み水の量も年々少なくなる始末…」
「けど木が生えてたじゃないの、王都の周りに…」
雑草みたいなのが、と続けそうになって慌てて口をつぐむと、シャマーン大臣は嬉しそうに頷く。
「これも全てその魔族の助言のおかげというものです。魔族の指示通り砂地や乾燥に強い雑草を植えることから始め、その植物が定着したら砂地でも生える低木を少しずつ増やしていきました。
木を薪にされないよう国から厳重に国民に注意し、兵士も見回りを続け、なけなしの水を木にかけ続けました。それを繰り返してようやくここまでになったのです。
それにこの山は王都からよく見える山だからと本人自らこの荒山だった所に木々を植え、国民に緑化を呼び掛けております。
そして本人が集めた本も一冊コイン三枚を払えば二週間で返すという条件付きで貸出もしてくれます。この本も今返しに来たところなのです」
と言いながらふと表情を引き締めて、私たちの顔一人ひとりを見ていく。
「しかし本当に倒しにきたというのではないのですな?」
「本当に聞きたいことがあってここにきたんだよ」
アレンが頷きながら言うと大臣見習いの人は興味を持ったのか、
「聞きたい事とは?」
と質問してきた。
「実は…」
私はかいつまんでここにくることになった成り行きを説明する。
新種の水のモンスターのこと、水のモンスターの紛れた水を飲む、または触れたあとに手づかみで食べ物を食べるとその表面の毒で頭痛腹痛が引き起こされること。
それをどうにかしたいけど現状じゃどうにもできないこと、天敵がいないから爆発的に増える可能性があること、だからここに住む知識のある魔族にどうにかならないか聞きにきたこと。
二人は途中から背筋が冷えるようなゾーッとした表情で話を聞いていた。
「それは…確かにどうにかせねばならない案件ですな」
「遠い地の話とはいえ飲み水に毒が混じり病気になるなんて…今の我々には絶望しか感じられない話です」
水が年々減っているこの砂漠の人たちには、水がまともに飲めなくなるのは心底恐ろしい話だったみたい。
するとサードは質問した。
「しかしその魔族の住む所はどこなのですか?あなた方の話ぶりから考えるにここに何度も訪れているのでしょう?」
まあそうよね、本を返しに来たのならここには魔族が居るはずだもの。でもどこをどう見ても誰かが住んでいるような場所はどこにもないし。
キョロキョロする私を見てシャマーン大臣は少しニヤリと笑って、ある方向を指さした。
「そこに立て札がありますでしょう」
その指が向けられる先を見てみると、白い看板が立っていて何か文字が書いてある。こんなに近くにあるのに気づかなかった。
少し近づいて文字を読む。
『三は滑って首が折れる、五は落下し肺が潰れる、十はよろけて地面に当たる、十三ついに首吊った』
「…なんだこりゃ」
アレンも看板の文字を見て呟くとシャマーン大臣は答えた。
「魔族の住む場所に行くヒントです」
「ヒント」
アレンがおうむ返しするとシャマーン大臣は頷き、
「魔術に詳しくない私にはよく分からんのですが、こことは別の場所に住んどるらしいのです。ですが王都からよく見えるここに家が建ったということで興味本位で訪れる者が多くなり、あまりに面倒とのことで立て札を立てとりました。この謎かけを解いた者だけが来れるようにと」
シャマーン大臣はいかにも手作りと分かる簡素な看板をペンペン叩いている。
「…つまりあなたたちはこれを解いたということよね?」
分かっているなら教えてよとばかりに聞くと、シャマーン大臣も大臣見習いの人もニヤニヤ笑ってるだけ。
「お教えはしませんよ。本人曰く『こんな雑な問題すら解けない奴と会う気は無い』とのことですので。それでは」
シャマーン大臣は背中を向けて元来た道へ歩き出して、大臣見習いの人もその後ろをついて行く。
「帰っちゃうの?本は?」
聞くとシャマーン大臣は振り向いた。
「私たちはすぐそこに住んでいるのでいつでも来られますが、勇者御一行様は冒険する身ですからお先にどうぞ。まだこの本の返却期間も余裕があります。ゆっくり謎時をお考えください」
白い歯を見せながらシャマーン大臣は去っていき、大臣見習いの人も最後に一度頭を下げてから大臣の後につき従った。
今まで国の権力者といったら下級貴族を見下し、価値があるとみるや目の色を変えて奪いにかかって来るような人しか知らなかったけど…あんな風に礼儀正しくて大らかな人もいるのね。
ほんの少し国の権力者への偏見が無くなるのを感じながら、私は二人を見送った。
モンゴルと中国辺りの砂漠の緑地化をしようと一人の日本人が立ち上がり、生命力の強い葛を植えようと日本で葛の種(苗?)を集め植えましたが、現地の人たちの家畜に食べられ終わったそうです(後々苦労の末に他の方法で緑地化成功)
そんな話をyoutubeで見ていい話だなぁとその動画のコメントを見ていたら、
「砂漠の緑地化のために葛の種(苗?)を集めようって取り組みが小学生の時にあって、あれどうなったんだろうと思ってたんだが…そうか…家畜に食われたんか…」
というコメントがあって申し訳ないけど笑った。




