夢でも見ているよう
「それじゃあ、あのリギュラという吸血鬼は倒されたのですね?さすが勇者御一行です」
キシュフ城でのあらましを簡単に説明したら、カリータはホッとしたように胸を撫で下ろした。
明日この町を出発するから、私はペルキサンドスス図書館に訪れてカリータにあれこれ伝えに来た。
カリータには絵本のキャラクターの暴走の時から手を貸してもらっていたんだし、あの後どうなったのかということとお別れを言わないとと思って。
でもどうやらあの大男に破壊された本棚も綺麗に直されて、いつも通りに解放されているみたいね。
大男が暴れた方向をみているとカリータが呟いた。
「しかし…ダマンド市長も再び亡くなったのですか…。仕方ないとはいえ残念ですね」
「…でも本人の意思だったから」
「ええ分かってます、吸血鬼になっても人を傷つけたくないその考えはとてもダマンド市長らしいです」
しんみりと二人で少し黙りこむ。今頃はアレンたちがダマンドの家に訪れて、今の私みたいにことのあらましを伝えているはずだわ。
でもこうやって黙っているとあれこれ考えてしまってどんどん気持ちが落ち込んでいくから、私は顔を上げてカリータに、聞きたいことがあるんだけど、と目で語りかける。
カリータは私の視線に気づいたのか顔を上げて、なんでしょう、と目で聞き返してくる。
やっぱりカリータとは目で会話できるわ。不思議。
とりあえず私はあまり周りに聞かれないよう、カリータにもう一歩近寄ってヒソヒソと、
「実は今、黒魔術で苦しんでる人を助けるためにウチサザイ国に向かっているの。そこに黒魔術を使う人たちが集まっているみたいで…」
急に始まった不穏な話にカリータはギョッとしたけれど、それでも真剣な顔で真っ直ぐ私を見て話の続きを待つ。
「だけどほら、黒魔術はあまりいい目で見られないからろくに知ってる人もいないでしょう?この図書館は最古の図書館で歴史が古いっていうし、そういう黒魔術に関する本とかないかしら。
もちろん悪いことに使うためじゃないわ、少しでもどういうものか分かったら安心できることもあるかもしれないし、黒魔術にかけられた人を助けるようなことが分かればいいなって思っているの」
カリータは私の話を最後までしっかり聞くと頷きカウンターに振り向くと、イブラ図書館長に声をかけた。
「イブラ館長、少し席を外します」
声をかけられたイブラは「おお」と軽く手を振って、カリータは私に手で行き先を指し示した。
「こちらへどうぞ」
促されてカリータの後ろをついて行くと図書館から外に出ての裏庭へと歩いて行く。
季節もだいぶ進んでいるから葉っぱもほとんどが芝生に落ちていて、風にあおられてカサカサ音を立てながら飛んで行く。
「この図書館は最古の図書館で歴史の古い図書館です。ですから黒魔術の術をそれは丁寧に書かれた本が一冊だけあります」
その言葉に顔を上げてカリータを見る。
するとカリータは立ち止まって振り向いた。
「勘違いしないでくださいね。魔族を崇拝しているということではなく、知識を残すためです。毒の知識がないと解毒ができないように知識が無ければいざという時慌てふためくしかありません。そして今…黒魔術の知識がなく慌てふためいて困り苦しんでいる人々がおられるのでしょう?」
そう、と頷くとカリータは話を続ける。
「六十万年前、黒魔術は最も盛んに行われていました。それを心良く思わなかった聖職者の人々が黒魔術を使う人々を大いに迫害し、殺害しました。黒魔術狩りとの言葉で残っていますが…」
知っていますか?とカリータが目を向けてくるから、知っているわ、と頷き返す。
「黒魔術は人に多大に害を与えるのだから、黒魔術士全員を殺害し、黒魔術を撲滅する」そんな名目の元、聖職者の指揮で虐殺や拷問が横行した。
いくら黒魔術を使う者相手だからといってあまりにもやることが酷すぎると止めに入った人たちも聖職者に魔族信仰していると名指しされ、パニックになっていた民衆たちに殺されて…。
その時殺された人々の半分以上が黒魔術と関係のない人たちだったのでは、って今では言われてるわ。
そんな黒魔術狩りは五十年くらい続いて次第に事態は収まったけれど、そんな数十万年前の約五十年ほどの出来事は今の時代にも深く記憶されて根付いているくらいのショックな出来事だったのよね。だから黒魔術の話になると、皆どこか体が強ばって緊張して身構えてしまう…。
黒魔術狩りの記憶を頭の中で反すうして思い出しているとカリータはどこか唇を噛みながら下をうつむいて、
「聖職者たちは黒魔術士と共に知識も消えれば黒魔術が完全にこの世から消えると黒魔術の本を一冊残らず燃やすよう世界にまたがって命令しました。それでも今の現状は…」
エリーさんが一番分かっていますよね?とカリータが視線で問いかけてくるから私は頷いて続ける。
「黒魔術を使う人を殺して本を燃やしても、黒魔術を使う人は今でもいる」
カリータも頷き、
「恐らく口伝でひっそりと伝わっていたのでしょう。一度根付いた知識が完全に消えるわけありません。ですから一冊だけ、この図書館に残っているんです」
そう言ってカリータは私の顔を真っすぐに見て、申し訳なさそうな顔で、
「失礼ですけどもう一度確認させてください。エリーさんは黒魔術の知識を毒にするのではなく、薬にするために知りたい。そうなのですね?」
そのカリータの目線を真っすぐに受け止めて、強く頷く。
ミレルの弟どころかお父さんのケッリルまでもが黒魔術…というより魔族の被害に遭っているんだもの。それにラーダリア湖のあの平和な国だって黒魔術士に脅かされていた。
それに何より、通りすがりの旅人もウチサザイ国で捕まって殺されそうになったのよ、それも現在進行形で殺されそうになっている人が今もいるのかもしれない。それなら…。
私はカリータの目を見てハッキリと言う。
「今回の件だけじゃない、世界のあちこちで黒魔術の被害に遭ってる人が居るの。今もきっとあちこちで黒魔術で苦しんでる人たちがいるわ。だから私はそれをどうにかしたいの、助けたいの」
私の言葉を聞いたカリータはニコ、と微笑んで分かりました、とばかりに頷くと、地面に手を向けてよく分らない言葉を呟いた。
すると地面がゴゴ、とこすれる音がして、地面が、雑草が、落ち葉が持ちあげられ、ガゴッと四角形の穴が開く。その穴には階段が見えた。
こんな裏庭に隠し階段なんてものがあったの、さすが最古の図書館だわ…。
そう思いながら階段の下を覗きこむけれど、随分と真っ暗で何も見えない。どれだけ開いていなかったのか中からは土埃が舞ってきて、思わずウップ、とのけぞった。
それでもカリータは躊躇なく階段を下りて、暗闇の下に消えて行く。
…私もついて行った方がいいのかしら。
そう思って階段を降りようと思ったら、すぐにカリータの頭が見えて階段を上がってきた。カリータは階段に足をかけたまま、芝生に腰をかける。
「どうぞ。これが黒魔術の本です」
手渡された薄茶色のすべすべした滑らかな手触りの背表紙の本を私はしっかりと受け取る。
これが…黒魔術の本…。
黒魔術狩りのあった六十万年前からここにずっとあった唯一の本。
すべすべの背表紙を触りながら中を開いてみる。かび臭いにおいはするけれど四隅が茶色く変色している程度で中の文字はしっかりと読めるわ。…ううん、正確にいえば文字はしっかり残っているけれど文字が随分と昔のもので読めない。サードなら読めるかしら、確かロッテに昔の文字習ってたわよね。
そう思いながらペラペラと本をめくり続けていると、スン、と音が聞こえてきた。顔を上げるとカリータは私を見ながら涙を流して泣いている。
え…カリータどうしたの、何で泣いているの。
驚いて、どうしたの、と目で問いかけながらも慰めるようにカリータの肩に手を乗せると、
「これが…私の役目だったのでしょうね」
「…え?」
これはいくら目を見ても分からないから聞き返すと、カリータは泣きながら私を真っすぐに見てきた。
「六十万年前、この図書館は本が大量にある大聖堂でした。それがのちに形を変えて図書館になったのです」
「…そうなの」
急に何の話だろうと思いながら返すと、
「私はその大聖堂で神に仕える修道女でした」
「…え?」
六十万年前にあった大聖堂で、神に仕えていた修道女?カリータが?どういうこと?
私が混乱してろくに返事をしなくても、カリータは構わず続ける。
「私は神に仕える身であるにもかかわらず…当時司祭をしていた男性と…男女の仲になってしまいました。そしてその当時は黒魔術を信仰する者を排除する時代だったのです。私も魔族に魅入られ司祭様を誘惑したふしだらな女だと告発され殺されました。そして彼も魔族と関係を持った邪悪な者と…殺されました」
「…」
何を言っているのとまだ混乱しているけれど、カリータの顔を見る限り一切嘘は言っていないし、作り話をして私を楽しませようとしている顔でもない。
昔あったことをとつとつと話すような語り口…。
カリータは声を詰まらせ鼻をすすり上げ、
「彼に…申し訳なくて…。彼は本当に立派な司祭でした、それなのに邪悪な者と罵られ殺されたのです、私が懺悔のつもりで彼に心の秘密を明かしてしまったせいで…彼も心が乱されてしまったのです。
その罪悪感からでしょうか、私は殺されたあとも大聖堂の中に一冊の黒魔術の本を手に持ったまま居ました。周りから目視されていても私も黒魔術の本も存在をろくに認識されないまま…。黒魔術狩りが収まり、時がたち大聖堂から図書館になってからも」
カリータは手で涙をぬぐい、濡れた目で私を見る。
「これは神から私への罰だと毎日悔い続け、ある日何故自分が黒魔術の本を片手にいつも持っているのかふいに疑問に思いました。
そこで気づいたのです。善良な彼すら殺す黒魔術狩りを二度と起こしてはならない。そして一度根付いた知識がなくなるわけがない。歴史は繰り返します、もし黒魔術の毒がはびこったその時、誰もその毒の知識を知らなかったら?
…また同じことの繰り返しです、私はここから離れられませんが、それでもいずれ現われるはずと思いました。黒魔術を食い止めてくれる人…黒魔術を毒ではなく薬として使ってくれる人。きっとその人に黒魔術の本を渡すのが私が殺されてからもここにいる役目なのだと」
カリータは私の持つ黒魔術の本に触る。
「そう気づいてから何度目かの図書館の改修工事の時に、大聖堂時代に使われていたこの地下倉庫に黒魔術の本を隠しました。それまではただ黙っているだけじゃなく、図書館の仕事をして待っていようと…」
カリータは私にしがみつき、
「あなた達が私がずっと待っていた方たちでした。…ありがとう」
嗚咽しながらそう言うカリータに困惑しながらも私も背中に手を回してポンポン叩いていると、フッとカリータの姿が目の前から消えた。
カリータに回していた私の腕はスカッと宙を切る。
「…え?カリータ?」
たった今までハグされていた感覚も、カリータの髪の匂いも鼻に残ってる。今までカリータが座っていた芝生は潰れていて、地下室へ続く階段も開いている。
それなのにカリータが忽然と目の前から消えてしまった。
「…カリータ?」
地下室に声をかけてみるけど声は返ってこない。まさか転移で図書館の中に戻ったとか?
慌てて図書館の中に入ってカウンターの中にいるイブラに声をかけた。
「あの、カリータは戻ってる?」
するとイブラはキョトンとした顔をして私を見た。
「カリータ?誰ですそれは?エリーさんのお仲間ですか?」
何を言っているのともどかしくて身を乗り出し、
「カリータってここの職員でしょ?さっきイブラにも席を外すって声をかけてあなたも返事をしていたじゃない」
するとイブラは困惑するように「えっ」と言うと、
「何を言っているんです、エリーさんと一緒に外に行ったのはカリナじゃないですか」
その後ろから「ええ?」と間の抜けた声が響く。
「私じゃありませんよ、マルタが一緒に行ったじゃないですか」
「え?私セタが行ったと思ったけど」
「僕ずっとここに居ましたよ」
…え、何それ。全員が全員別の人が私と一緒に外に行ったと思っていたわけ?
困惑しながらも職員の皆に、
「皆カリータって知ってるでしょう?茶髪で眼鏡をかけてて背はこれくらいで二十代後半くらいの横顔が綺麗で真面目そうな仕事の出来る感じの背筋の通った女の人…」
皆に訴えるけれど、皆は私以上に困惑の顔で顔を見合わせてから首を横に振った。
「うちにカリータという職員はいません」
…そんな…なんで皆カリータのことが分からないの…!?あんなに一緒に働いていたのに…!
私は混乱のままにこの図書館で絵本のキャラクターが外に出ているって伝えてきたのがカリータで、絵本のキャラクターが暴走している時もずっと一緒に居て力をかしてくれて、今も外に出てこんなことがあってそうしたら消えてしまったと必死に話していると、イブラはどこかおとぎ話を聞いたかのような顔で聞き終えて、はあ…と感心したようにため息をつく。
「そうか…そうですか…。そうですね、この図書館も随分歴史のある図書館です、そういうことがあっても不思議ではないでしょう」
「何が?」
聞き返すとイブラはどこか羨ましそうな顔で私を見てくる。
「どうやらこの図書館には知らないうちに仕事を手伝ってくれる妖精のような存在がずっと居たらしい。羨ましい、そのような存在がこんなに近くに居ても我々はさっぱり気づけませんでした。ああ、会ってしっかりと話がしたかった…」
* * *
「ええ…じゃあ何、カリータってお、おば、お化け…」
図書館から立ち去って歩いていると、ダマンドの家に行っていたアレンとガウリスと行き合って、出発前に備品を買っていたサード、主食の葉っぱを集めていたサムラとも合流したからカリータの話をすると、アレンは脅えだした。
でもその反応に心からホッとする。
皆にも話して「カリータ?誰それ」って言われたらどうしようと思ってた。
話を聞いたサムラも驚いた表情で、
「それじゃあカリータさんって六十年前からあの図書館に…」
「万が抜けてますよ」
ガウリスが軽く訂正しているとサードは表向きの表情ながらぼやいている。
「ああ、なんだクソ、そうやって消えるんならもっと口説いときゃよかった、もったいねえ、いい女だったのにクソ…」
…何言ってんのこいつ。
呆れながら皆で宿屋に戻っていると、ふと神の祝福をしてくれたあの聖堂が目に入る。
「ねえ、あそこのラディリア修道士にもお世話になったんだから挨拶にいかない?」
「俺パス、めんどくせえ、勝手にやってろ」
私の言葉にサードは一人さっさと歩いて去っていく。あの野郎。変な所は義理堅いのにと見送っていると他の皆は挨拶しに行くのに賛成なのか残ってくれたから聖堂に入っていく。
「あ!」
ドアを開いて中を見て驚いて声を上げた。入った先にラディリア修道士とカリータが仲睦まじそうに手を取り合って立っていたから。
私の声に二人はこっちを見て、ニッコリ微笑んだ。
そしてラディリア修道士が手を振る。
「カリータを解放してくれてありがとう!おかげで彼女が自分で自分に課した罪が解き放たれて共に上にあがることができる。私はこの時をずっと待っていた!」
そう言うとラディリア修道士とカリータはスッと消えた。
「お化っ…!」
アレンがヒッと声を漏らし、二人が消えた後ろで蠢く何かを見つけて、
「うわあああああ新しいお化けえええ!」
と絶叫すると笑い声が響く。
「新しいお化けじゃありません。私はラディリア、ここの修道士です」
え、と皆でその人を見ると、そこにいるのは長い白髭を蓄えたお爺さん…。
アレンがキョトンとしてお爺さんを指さす。
「…ラディリア修道士?」
「そうですよ、私がラディリアです」
「…でも…今の若い修道士がラディリア修道士じゃないの…?」
「…」
お爺さん…ラディリア修道士?は少し目を丸くしてホッホッホッと愉快そうに笑いながら長い髭を撫でる。
「この聖堂には代々修道士の名を騙り成りすます困った存在が長らくおりましてなぁ。愛する人が解放されるまでここにいるとかなんとか言って。私も若い時からどれだけラディリアの名を勝手に使われてきたことか」
ニマニマとラディリア修道士はイタズラっぽく笑う。
「しかしあなたたちは運がいい、彼は何もかもお見通しのような方で助けになってくれる方でしたから…」




