ケッリルの話
「まず私が家族を村に置いて旅を出る原因の話から始めてもいいかい?君たちがどれくらい知っているのか分からないから…知っている所があったら言ってくれ、その部分は飛ばして話そう」
その言葉に私たちが頷くと、ケッリルは淡々と話し始めた。
* * *
ビルファ…息子が黒魔術士に呪いをかけられた話は知っているかい?聖職者をしらみつぶしにどうにかならないか聞いて回っていたのも?
そうか、黒魔術の村があるはずと私が旅に出て音信不通になったところまではミレルから聞いたんだね。
そう、私も元冒険者だからと必死にモンスターを倒し、それで得たお金の大部分は家に送金して残りを旅費に当てながら他国の聖職者に息子のことを相談した。
しかしどこでも顔をしかめられ力になれないと断られることが多かった。
たまに教会の裏に呼ばれることがあって、黒魔術の知識を持っているのか、それとも力になってくれるかと期待をすれば、壷や訳の分からない飲み物を売りつけようと何時間も拘束されることもあったな…。
…そうだよ、そういう聖職者も中にはいた。黒魔術の話をした時点で汚らわしいと聖水をかけられ追い払われることもあったし、魔族の関係者だとの聖職者の一声で町ぐるみで追われることも。…町ぐるみで追われた時にはまいったよ、本気で死ぬかもしれないと思った。
そうしてある宿屋で見知らぬ旅人と同室になったんだ。私も十分に疲れていたが相手の男も十分に疲れた様子で、特に互いに話すことも無くしばらく無言だった。
…それでもあの旅人は無言の空間で私と二人きりなのが耐え切れなくなったのか…それとも話しかけにくい私相手でも話を聞いて欲しかったのか急に話しかけてきた。
「なあ、俺は数日前にウチサザイって国に行ったんだが、そこでとんでもなく恐ろしい目に遭ったんだ。聞いてくれ」
と。
ウチサザイ国は治安が悪いと男は知っていたようだが、その国を避けて通るとなると国を囲むタテハという高く広い山脈と広い大河で遠回りになるからと仕方なしにウチサザイ国を最短距離で突っ切ることにしたらしい。
話を聞いていてとても慎重な男だと思ったよ。
高いお金を払ってでもいい宿屋に泊まり、夜は外を出歩かず、昼もなるべく人通りの多い広い道を道の中心寄りを歩いていたそうだ。
…どうして道の中心をって?道の端を歩いていたら路地裏に引きずり込まれて犯罪に巻き込まれる可能性が十分にあったんだと思うよ、あの国の路地裏は酷い状態だったから。
それと急に近寄って声をかけてくる者がいれば手の届かない距離間をキープし足早に逃げていたとも言っていたね。
だが首都までたどり着き行程も順調、残り半分という所まできて油断が出たと本人は反省しながら言っていたよ。
真昼間から気絶させられ拉致されたらしい。
そして気付くと暗い家の中にいて、縄で縛られて板の上に転がっていたと。
目の前には十歳前後の少女たちがこちらに背を向け楽しそうに大きい鍋の中の液体を長い棒でグルグルとかき混ぜて笑い合いあっていて、仲のいい姉妹が料理をしているのかと起き上がって声をかけようとしたそうだ。
しかし少女の一人が、「今日の公開処刑はどこの家に入っている人か、後ろに転がっている男か」という話を日常の雑談のように始め、その言葉に自分が起きているのが分かったら何をされるか分からないと男は目をつぶり気絶しているふりを続けていた。
するともう一人の少女が「後ろの男はまだ入れる場所が決まってないからそこに置いてるだけだ」と返した。
そのまま少女たちの和やかな雑談は鍋をかき回しながら続いて、
やっぱりこれは死体を入れる量少なかったから固まらない、後ろの男の足を入れてもいいだろうか。
いいや、後ろの男は痩せているから脂肪分が足りない。
太ももは脂肪が多いだろう。
いいや太ももに多いのは筋肉だ。
後ろにいるのが女か赤ん坊だった丁度良かったのに…。
そんな会話をしながら笑い合っていたと。
あまりの会話に男は震えあがって、わずかにでも動いたら殺されるとただただ気絶したふりをして横になっていたら、部屋に入ってきた男二人に担ぎ上げられその場を移動した。
薄目で見ると今までいた場所は頑丈な造りの家でもなく、ごく普通に農村でありそうな木製の家だったという。
外は畑、その向こうに連なる牧場には牛が草を食んでいる牧歌的な風景で、その景色に今聞いた少女たちの話は夢か何かだったのだろうかと思えるほどだったと。
そのまま男は納屋のようなところに入れられた。
次の公開処刑で使うのはこいつか?
そうだろう、どうせ一人旅のもんだからすぐ探しにくる奴もいない。
そんな会話と共に入口からガチガチと金属の音が響いて、
ここの納屋の鍵が馬鹿になって閉まらない。
なら俺が家に帰って工具を持ってきて直しておく。
そうして男たちは去っていった。その隙を見て男は辺りを見渡し、誰もいないのを確認してから無我夢中で納屋から飛び出して、奇跡的に誰にも見つからずその農村から離れたそうだ。
そしてようやくウチサザイ国を抜ける時、兵士に通行手形を見せていたらこう聞かれたと。
「何事もありませんでしたか」
男は早くウチサザイ国から出たい一心で「何もなかった」と首を横に振り返したら、兵士は意味ありげに男を見つめ笑ったという。
「運が良かったな」
…あの旅の男はそこまで話すと顔が青ざめ震えていて、ポツリと言っていた。
「今でも思う。あの時何かあったかと聞かれて、細かいことを言ってたら俺はどうなってたんだろうって」
男にらそれと同時に忠告されたんだ、ウチサザイ国の向こうに行くのなら素直に山でも川でも通って遠回りしていった方がいいと。
その優しさには感謝したが、それでも思ったんだ。
もしかして男が連れ去られたその農村こそが黒魔術士の集まる村なんじゃないかって。
そうだろう?明らかに全員の会話が普通とはかけ離れたものじゃないか、人を煮込む話を和やかにする少女たちに、公開処刑するという男たちの会話…。
行って確かめてみないといけないとウチサザイ国に入国し、男から聞いた話を尊重して安全な宿屋に泊まろうと思ったんだが…お金はほとんどを家に送金していたからあまり質の良くない宿屋にしか泊まれなかった。
それでも何とか身を守りつつ男の言っていた農村の情報を探していたら、ある時鍵を締めていたはずの部屋の中に男が居た。
驚いて逃げようと多少もみ合ったが、相手は魔族のジルだったんだ、敵うはずもなくあっという間に魂を抜き取られて…その後は、知っての通りだ。
* * *
話終えたケッリルの話にアレンは長々とため息をついて呟く。
「マジでウチサザイ国ってすげぇ国だな…」
「本当に…。私たちそんな国に行かないといけないのね…」
ふとサムラに目を向けると、「そんな国から独立するやりとりをしないといけないんだ」と先が思いやられるような表情をしているわ。
サードは…今の話でどんな顔しているのかしら。
チラとサードを見ると、妙に眉間にしわを寄せて黙り込んでいる。そのまま軽く目だけ上に動かして、ケッリルに話しかけた。
「まさか…国とその黒魔術士の集まるバファ村、繋がってるんじゃねえか?」
その言葉に皆が「えっ」と声を上げる。でもガウリスはすぐさま考えられない事じゃないと独り言みたいに呟いた。
「確かに…大体の国で黒魔術は禁止されていますが、国自体が禁止にしていないのならそのような村があって堂々と黒魔術を使おうとも罪になりません」
サードもガウリスの言葉に頷くと、
「それに国が黒魔術を認めてるなら魔族が近くにいるのも認めてるってことだ、もしかしたらウチサザイ国まるごとジルって魔族が牛耳ってるとも考えられる」
サードの考えに、でも、と私は待ったをかけた。
「黒魔術って大体周りから白い目で見られるじゃない?そんな堂々と黒魔術とか魔族を認めていたら周りの国から何か言われたりするんじゃないの?それに冒険者にも何かしら依頼が出たりするかもしれないじゃない」
するとアレンは地図を広げた。
「エリー、これがウチサザイ国王家と魔族がいる首都エーハ。ここがバファ村」
アレンはグルリとウチサザイ国の首都エーハとバファ村を指さす。
ウチサザイ国は結構広い。その広い国の丁度中心にエーハ、そのエーハ郊外辺りにバファ村の記載がある。
「国は広いしエーハもバファ村も国の丁度真ん中らへんだろ?だとしたらでかい家の中心で大声で叫んでも近所に声が聞こえないみたいな…。
ケッリルの言ってた旅人みたいに酷い目に遭った人が運よく逃げられない限り外に漏れるってことは少ないんじゃないかな?話聞いてる限り何か知っちゃった人はとっ掴まえるとか何とかしてしてる感じするし…」
「…」
なにそれ、じゃあ運よく逃げられなかった人は…?
ゾッとしているとサムラもすぐ隣の国で日常のように起きているかもしれないことに私と同じくゾッとしている。
「どうしてそんなことを…」
そう呟くサムラにサードは返した。
「俺がそのジルって魔族だとしたら、人間界にろくにない黒魔術を使って少しずつ他の国を影から弱体化させて手に入れる。そのジルって魔族の目的が他国の支配なのかどうかは知らねえが、魔族は人を混乱させて自分の楽しむ糧にしてるんだろ?だとしたらただ単純に楽しむだけって理由かもしれねえ」
どうなんた?とサードが視線をケッリルに目を向けると、どこか困った顔でケッリルはボソボソ呟く。
「ジルが国と繋がっているかどうかまでは分からない…。ジルの近くに居たのは捕まっていたほんの数時間程度で、あとはリギュラの近くにいたから…」
「何だ使えねえ、捕まったなら捕まったでもっと情報手に入れろよ、てめえ何のためにウチサザイ国に入ったんだ?自分のガキのためつってただ捕まって女に振り回されてただけじゃねえか」
サードになじられたケッリルは萎れながら「申し訳ない…」と聞こえるか聞こえないか程度の声で謝った。サードは足を組んでフン、と鼻を鳴らすと、
「まあいい、他に思い出したことがあれば随時何でも言え。俺は出かける、明日出発、それまで全員勝手に過ごしてろ」
と手早く言うと立ち上がって部屋から出て行った。バンと閉まった扉をケッリルはオドオドした様子で見続けている。
うーん、一方的に自分勝手に喋るサードに脅えてるわ…。初めてサードと会った時の私みたい。
まあ、あの時よりはサードの性格も比較的丸くなっているけれど、噂に聞いていた勇者とかけ離れた言動に戸惑ってるのかもしれないわね。サードはもう裏の言動を見られたからって隠す様子もないし。
「あのねケッリル。サードってあんな感じだけど仲間になった人は見捨てないから…そこは安心して」
ほんの少しサードをフォローするとケッリルは私を見る。
…ああ…やっぱりその目で見られるとダメ…。やっぱりケッリルと五秒以上目を合わせたら危ない。ダメ、相手は既婚者でミレルのお父さんよ、ダメなんだから…。
恥ずかしさにスッと視線を逸らす。
目の端でかすかに見えるケッリルは…どこか傷ついたように私から視線を逸らしてうつむいた。
馴れ馴れしく近づいてくる人に対し、捕まれない距離をキープしつつ逃げる。これは危険を回避するのにとても効果的。
子供が居る人は遊びながら実践で鍛えていくと子供に危険が迫った時役に立つかもしれない。捕まれない距離をキープしつつ逃げる練習。




