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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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終わりと、終わり(後半サード目線)

なおもずぶずぶと槍を深く突き立てるジョナをリギュラは驚いた表情で血を吐きながら下から見上げる。


「ジョナ…?」


口から、鼻から、体から血を流して服を真っ赤に染め上げているジョナは、リギュラを…ううん、リギュラ越しにヤーラーナをギロッと睨んだ。


「何が愛してるよ!私の方がリギュラ様を愛してるんだから!あんたが神だろうが何だろうがリギュラ様は誰にも渡さない!私!リギュラ様は私さえいればいいの!誰にも渡さない、私だけのものよ!あんたと一緒になんて行かせない!」


ジョナは血を吐きながら大声で怒鳴ると、そのまま体から力がぬけて槍から手を離す。そのままグラッと瓦礫の上に倒れて何度か大きく痙攣(けいれん)したあと…動かなくなった。


呆然としながらも血を吐き、咳き込んで崩れ落ちるリギュラをヤーラーナが四本の腕で支える。そのままそっとリギュラに刺さっている槍に触れると、槍はリギュラの体から消えてガウリスの手の内に移動した。

ガウリスは急に手元に槍が現れてギョッとするけれど槍をしっかりと持ち直す。


ヤーラーナはクルリとケッリルに首を動かして微笑みながらおいでおいでと手で招く。


ケッリルはビクッとしたけれど恐る恐る近寄った。


「何か…」


ヤーラーナはリギュラを助け起こすようにして、


「このように抱いておあげ」


と自分が居た場所をケッリルに譲る。


ケッリルは困惑の表情でリギュラのそばにしゃがんで抱えて、顔にかかっている髪の毛を指先で脇に寄せながら顔を覗きこんだ。


「…大丈夫か?」


その言葉にリギュラは笑ったけど、笑うとむせて血を吐いている。


「こんな状態で大丈夫なわけないだろうケッリル、吸血鬼の急所だぞ心臓は。それでもあまり苦しくないんだ、ヤーラーナのおかげだろうか」


それでもリギュラは血の止まらない心臓を見て、おかしそうに笑いだした。


「まったく、ジョナにはやられたよ。まさか自分の命を散らすほどに僕を激しく愛しているとは思わなかった。ジョナだったら男とは結婚せず僕の隣にずっと居てくれたと思うかい?」


「…」


「だとしたらもう少し優しくしても良かったかもね、十代ぐらいの年頃の女なら好いた男ができたらさっさと僕を捨てて消えるだろうと思っていたから」


「…ジョナは、そんな子じゃないよ。ジョナはずっと君だけ見て、君の役に立ちたいと思っていた。そんな子だ」


「…」


リギュラはかすかに笑った顔のままケッリルを見上げ「まあね」と呟くと、元々の飄々とした爽やかな微笑みになる。


「しかし君も僕のせいでそんな姿にされたというのに、よくもまあろくに反抗もしないでここまでついてきてくれたものだね。ありがとうケッリル、愛してるよ」


「…」


ケッリルは黙ってリギュラを見ている。何か言おうとしている雰囲気もするけれど、何を言えばいいのか分からないのか口をつぐんで黙り込んだ。


「…案外すぐに死なないものだな」


リギュラはそう言いながらケッリルをジッと見上げると、ふふふ、と嬉しそうに笑った。


「こうして男の腕に抱きしめられるのが子供のころからの夢だった。最後の最期に夢が叶ったね」


その言葉にケッリルはどこか申し訳なさそうな顔でうつむく。


「…その相手が私ですまない…本当はダマンドという男の方が良かっただろう?」


リギュラは一瞬口をつぐんで、軽く手を振った。


「ダマンドは僕の初恋の大臣に似ていたんだ。孫もいる年齢だったがな、王子として育てられている僕を唯一女として最後まで扱ってくれていた。

だが顔が似ているからって性格も同じとは限らないね、ダマンドには随分嫌われてしまった。あの大臣と同じく僕の言うことなすこと全て受け入れてくれると思った僕が甘かった…いや、他の人を重ねた時点で失礼だったというものか」


と、リギュラは顔付きを変えてケッリルを見上げた。


「…いや待て、もしかしてダマンドに嫉妬したかい?ケッリル」


ケッリルは首を横に振るとリギュラは笑いながら、


「嘘でもいいから頷いておくれよ」


しばらく二人は無言のままで、リギュラはふと口を開く。


「僕が普通の女の格好をしていて君が独身だったら、君は僕を愛してくれたかい?」


ケッリルは少し戸惑って恥ずかしそうな表情をして目をあちこちにむけて口ごもっていたけれど、ヤーラーナが微笑みながら頷くのを見て、


「…きっと、多分」


と頷くとリギュラは心からおかしそうに笑った。


「どうして君はそんなにも色男なのに、全く女慣れしてないんだろうねえ?ケッリル?」


その笑い声を最後に、リギュラはもう何も言わなくなった。


* * *


俺が墓場に訪れるとダマンドは自分の墓の上に座っていて、待っていたとばかりに立ち上がった。


「あの吸血鬼は」

「殺した。他の魔族もだ」


まあウソだ。魔族のドレーはヤーラーナとかいう善の神が魔界に戻して、リギュラは仲間のジョナに殺された。


それでもその言葉にダマンドは心底ホッとした顔でヘナヘナと墓の上に座る。


「良かった…これであの吸血鬼の犠牲者になる者も、不幸になる家族も居なくなるわけだ…!」


「…そうだな」


軽く言葉を返したが、今回の騒動はただドレーの兄のジルを嫌がったリギュラがこっちに移動したという簡単な理由から始まったものだったと、キシュフ城から宿に戻る途中エリーたちから聞いた。


果たして妹を手負いにされたのを知った兄がどう出るのか今のところ分からない。

…が、そんな所まで正直に伝える必要もねえだろ。どうせ今回の依頼はリギュラの討伐とダマンドの殺害の依頼だ。


「…」


視線に気づいたダマンドが顔を上げて俺を見る。脅えた表情はなく、それどころか申し訳なさそうな微笑みすら浮かべて見返された。


「君には嫌な役目をやらせてしまうね」


「構いやしねえ。どうせ他の奴らはやりたくねえだろうし…」


聖剣を抜く。


「聖剣で一発であの世に行った方が苦しまねえだろ、これは俺なりの優しさだ」


抜き身の聖剣に微笑みから緊張のこもった表情に変わるのを見て取って、思わず笑った。


「やっぱり死ぬのは嫌か」


ダマンドは軽く引きつったような、それでも俺の質問に気が抜けたように笑い、


「誰だって死にたくはないだろう、一度死んだ身だがそれでもやはり怖いものは怖い」


と言いながら空の彼方を見た。


「…体がだるくなってきた、そろそろ夜明けか」


ダマンドは自分の墓の棺を開けて中に横たわるが、すぐに起き上がる。


「せめての情けで夜が明けて眠りについてから心臓を打ってくれないか、やはり意識がある時に殺されると思うと怖い」


「構わねえよ」


そっけなく返すと、ダマンドは緊張の顔つきでふう、と棺に横たわる。


「…しかし勇者の君がそのような性格だとは思わなかったなぁ。聞いた話ではどこかの王子のように優雅で爽やかで丁寧な口調だと…」


「ヘラヘラと知らねえ奴に近寄って欲しくねえからそういう顔して線引いてんだ」


棺の外にある大きい石に腰かけて返す。どうせ夜明けと同時に死ぬんだから何を言ったっていいだろ。


するとダマンドは不思議に思ったのかわずかに起き上がって、


「どうしてまた」


と聞いてくる。…まあ、どうせもうすぐ死ぬ奴だ、言ったっていいか。


「俺にある一番最初の記憶が化け物みてえな顔で俺の頭に鉄鍋振り回してくる母親の顔でなあ。この通りの態度で喋ってたらいつまたそうやって殺されるか分かったもんじゃねえ。近寄りがたい完璧ないい笑顔に言葉遣いさえしていれば相手がある程度距離を取るだろ」


「…」


ダマンドは少し口をつぐみ、起き上がって俺を見た。


「君のお父さんは」


「知らねえ。俺の母親は男狂いで色んな男を引き込んでたらしくてな。それに人の行き交いも激しい所だったから他所(よそ)の国の男だったのかもな」


ダマンドはどうか呆然とした表情で目を瞬かせながら俺を見ている。まさか御高名の勇者様の過去がそのようなものだったなんてとか思ってんだろうな。


「よく…生きてくれた」


何だその訳の分からねえフォロー。


黙っているとダマンドは続けて聞いてきた。


「母親に殺されそうになった後は、どうした?」


「通りすがりの男に助けられて宗教施設に厄介になった。それから養子縁組で踊りで生計立ててる家に養子に入った。

そりゃあ人を褒めるのが上手な夫婦でな、満更でもねえからこのまま家を継ぐのも悪くねえって思ってたら養父が俺に欲情して襲われた。言っとくがすぐおかしいと感じて野郎の片目を潰して逃げたから未遂だぜ、そこでまた元の宗教施設で厄介になった」


どうせ死ぬ奴だとアレンとガウリスにも言っていないことを淡々と伝えていく。

しかしその感情のこもっていない淡々とした伝え口にダマンドは激しく傷ついた表情になって首を軽く横に振りながら額を押さえた。


「そんな…」


実母に殺されそうになり、養父には襲われそうになった。そんな俺に同情して傷ついている。

よく他人のことにそこまで入り込めるもんだな、俺だったら他人の生い立ちにゃ興味ねえから「ふーん」程度で終わらせるぜ。


俺は鼻で笑った。


「俺は家族ってのに縁がねえ人生なんだろ」


軽く口をついて出た言葉だったが、全くもってその通りだよな。

母には殺されそうになる、父の顔は見たことがない、養父には襲われかける、養母には…まあ普通に可愛がられたが、舞の稽古でほとんど養父と共いる時間が長かったから今となっては顔すらろくに覚えていない。

そう思うと俺も随分薄情じゃねえか、あの佐渡で唯一自分を真っ当に可愛がってくれた女だったってのに。


家族に縁のない人生って俺のセリフを聞いたダマンドはもっと傷ついた顔で棺桶から完全に起き上がり、俺を見てくる。


「そんなうら若い年齢で人生を諦めたような言葉を言うんじゃない。きっと君にも家族ができる、私にもできたんだから君にもきっとできる」


お、始まったな。中高年のオッサンお得意の若者への説教が。

まあこいつの場合そうだよな。心から死んだことを妻に悲しまれて、同じように子供からも悲しまれて、それも人から尊敬されてる市長だったんだろ?こいつは俺とは違う恵まれた環境でとぬくぬくと育ってきたからそんなことが簡単に言えんだよな。


…そうだよ、そんなてめえに何が分かる?


こいつの幸せな人生を想像したら途端にイライラしてきて、


「俺は家族なんていらねえ、これ以上俺みてえなガキが増えてたまるか」


と吐き捨てるように言うと、ダマンドはどこか悲し気に微笑んで、それでもどこか同士のような目で見返しつつ口をゆっくり開いた。


「これは今まで家族にも言ったことがないんだが」


目をダマンドに向ける。


「私は昔、それは暴力的な父に殴られて育った。母など助けてくれない、自分の代わりに私を殴れと父に懇願する女性で私の顔はいつでもはれ上がってあちこち骨折していた。

生前に足と腰が悪かったのはそのせいだ。大人になってからその当時の私ぐらいの年齢の子供をみると、よくこの体格差で殴られ続けて死ななかったものだと自分でも驚く」


目を見開いてダマンドを見て…でも黙っているとダマンドは続けた。


「そんな生活を送るよりだったらいっそモンスターに喰われて死ぬ方がマシだと家から飛び出した。死ぬつもりだった。それでもモンスターに会わずこの市の、この町に来て…あとはもう生きるのに必死で、どうしてそんな私が市長になれたのかすらも分からん」


ダマンドは優しい目つきのまま続ける。


「私も君と同じ考えだったよ。きっと私が家族を持ったら父と同じように妻を殴り子を殴り自分と同じような子供を作り上げてしまうと思った。家族なんて持つ気などなかった。

それでも妻と出会い、周りの強い勧めでおっかなびっくり結婚し腫物(はれもの)に触るように妻と接して、そうしているうちに娘ができて…私の子が産まれるのも恐怖だった。分かるかな?」


「分かる」


殺してしまうと思ったんだろう。


ガワファイ国で性転換して女になった時、俺の目が次第に女ではなく男に向いているのに気づいた時にはゾッとした。

完全に男としての記憶が消えたら俺は男を相手にするようになるのか、そのうちに子ができてそれを産んだとしたら、俺はそのガキをどうするのか、そしてもしそのガキが腹が減った何か無いのかとねだってきて、俺の手元に鉄鍋があったら…?


あの時感じた恐怖が蘇ってきて体が一回ブルッと震える。


そんな俺の様子を見てダマンドは遠い目で続けた。


「…娘が生まれてから数週間、ちっとも触れなかった、私の手より小さい頭を見ていると何かにつけ殴り殺してしまうと脅えていた。

それでも妻にどうして子供を抱いてくれないと泣きながら怒られ、恐る恐る娘を抱きあげた瞬間…そんな心配は消えた。娘を抱いて、そんな私を眺めている妻を見て、家族ができて良かったとその時心から思ってそれは泣いたね」


「…何で」


ダマンドは、ふっふ、と含み笑いし、


「それは愛する女性と結婚して子供が産まれた父親になってみないと分からない感情さ」


私はこの世の幸せを全て手に入れたとばかりの顔に、またイラッとして悪態をつく。


「そりゃはあんたがたまたまいいパターンだったってことだろ」


「かもしれない、だが男の暴力で苦しむ人間はこの世に二人も誕生せず、私自身も救われた。良いことづくめじゃないか」


「…まあな」


そこは否定しない。それはその通りだから。


チラと顔を上げる。一等空が暗くなってきた。このあとすぐに太陽が昇ってくるだろう、そろそろ時間だ。


「…今目をつぶったら、次はもう目覚めないのか…」


ダマンドも棺に入り横たわりながら呟いた。体感的に夜明け間近を感じているようだ。

俺は立ち上がって棺桶に近寄りダマンドを見下ろした。


「随分と説教されたから俺も最後に説教垂れてやる」


ダマンドはおかしそうにふっふ、と笑い「ぜひ」と見上げてくる。


「俺の生まれた所では、死んだら魂が一旦あの世に行って、また別の肉体に魂が入って生まれ変わるとされてるんだ。だからこのあとお前が死んだら目覚めないわけじゃねえ、一旦あの世に行った後、赤ん坊になってまた目覚めるだろ。次はどんな人生が待ってるか楽しみにしとけ」


「え?また一から始まるってことか?私も?」

「俺の生まれた所の宗教観では誰もがそうなる」


ダマンドは、ほほう、と興味深そうな顔で空を見上げ、しばらく何かに想いを馳せるように黙り込む。


「…それなら今度は普通の家に生まれて両親から心から愛されて、今みたいな家族に囲まれて子供の成長と結婚と孫の誕生を見届けて、それから吸血鬼などにならず普通に寿命で死んで棺に入りたいものだなぁ」


そう言うダマンドはおかしそうに笑いだした。


「欲張りすぎかな」


何言ってんだと俺も笑う。


「ささやかすぎるぜ」


ダマンドはニコニコ微笑んで俺を見た。


「君と楽しい会話ができてよかった、ありがとう」


そう言うダマンドはスッと眠るように目を閉じ、動かなくなった。

顔を上げると太陽の頭が出始めていて光が俺の目を突いてきて、辺りが急速に明るくなっていく。


…眠りについたか。


聖剣を逆手に持ち、ダマンドの心臓に向けて構える。

だが何の悔いもないというその微笑みを見ると剣を振り下ろす心が()えて、苛立って舌打ちした。


「…本当に嫌な役目だな、こいつが悪人だったら何も思わねえのに」


だが安心しろ、苦しまねえよう一発で丁寧に殺してやる。これが俺なりの優しさだ。


俺は息を整え、心臓に真っすぐ聖剣を振り下ろした。

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