ついに来た
アレンに化けたジョナはナイフを取り出すと、掴んでいる私の胸倉の服をビッと切り裂く。
そのままギザギザの歯で私にかじりつきそうになっていて…。
と、ガウリスが空気を切るように槍をブゥンッと振り回してジョナの頭を割る勢いで叩きつける。
ガウリスの槍はジョナの頭を殴打しながらも切り裂いて、ジョナは「ギャアア」って叫びながら吹き飛ばされた。
でもその姿はアレンのままで、まるでアレンに攻撃しているようで…思わず胸が痛んでしまう。
けど相手は殺す気で来ているジョナなのよ、手加減はしていられない。
とにかくこの邪魔な霧を取り払おう!
魔法を発動し、私を中心に無効化の魔法をこのお城全体に広げる。
ずっと真っ白で何も見えなかった周囲から霧がバッと消えて、全体の見晴らしがよくなる。
ジョナは霧が一瞬で晴れたことに驚いたように見回してたじろいでいる。
「うそ!ドレーの魔法をこんな簡単に…!?」
私はそのままジョナに杖を向けた。
「悪いけど今度こそあなたを倒すわ」
「…」
ジリッとジョナが後ろに下がっていく。
かすかに一人じゃ敵いそうにないと思ったのかもしれない、悔しそうなアレンの姿がにモヤモヤと霧になると、そのままザザザッと遠ざかっていく。
「逃がさない!」
逃げられないようガンッと天井にぶち当たるぐらいに床の石材をせり上げ壁を作ったけれど、霧になったジョナは壁の横のわずかな穴からすり抜けて消えてしまった。
「…逃げられちゃった…」
悔しそうに言うとガウリスは、
「エリーさん怪我は…」
と振り向いて、ギョッとした顔をすぐ逸らした。
「あの、着替えた方が」
「…ん?ああ、服が切られちゃったから…」
そう言いながら自分の服を見下ろすと、ローブの下に着ている服とその下のランニングシャツが胸の上から下まで大きくパックリ開いていて、下着と肌が露出してる。
「んのわぁあ!」
意味不明な叫び声を上げながら慌てて服を重ね合わせて、バッとガウリスに、
「見た!?」
と慌てたまま聞くと、ガウリスは食い気味に、
「見てません」
と返してくる。でも…。
「見てないなら着替えた方がって言うわけないわよね?見たんでしょ」
「…」
ガウリスはあっちを見たまま黙り込んで、片手で顔を押さえた。
「…そこまで分かってて何で聞いたんですか…!」
…あ…耳真っ赤…。恥ずかしがってるわ…ガウリスそういうの得意じゃないから…。
さっきまで戦闘モードで槍を振るっていたのに…。
でも見られたのがサードとかアレンじゃなくてガウリスで良かったのかも、二人だったらどこかニヤニヤして色々言ってきそうだから。ガウリスだって見たくて見たわけでもないし…。
とりあえず「着替えてくるわ」って言いながら大きい壁の裏に隠れて服を手早く着替えてガウリスの元に戻る。
これで今日二度目の着替え。やっぱりもう少し着替えの服も増やしておこう、こういうたくさん物が入るバッグもあるんだから。
「首に傷は負っていませんか?」
戻ると、まだ気まずそうにあっちを見ながらガウリスが聞いてくる。でも着替えたんだからこっち見ても大丈夫だってば。
「大丈夫」
と私は言いながら呟く。
「けどまさかジョナがアレンの姿に化けられるだなんて…」
アレンに化ける、の言葉にファジズを思い出した。
ファジズもアレンの姿をして全員に会いに来ていたけど…それでも化け比べはファジズの方が上みたいね。ファジズはあまり突っ込んだ質問もしないで余計なことも言わず日常会話だけで私たちの傍にずっといたんだもの。
ジョナは元々の性格が出ていたのか色々聞き返すとすぐムッとしたり怒鳴っていたし…。思えばあの態度、成人間際の見た目にふさわしい反抗期みたいな感じだったわね。
「サードさんやサムラさんと合流する時にも合言葉を使った方がいいかもしれません」
「でもサムラは合言葉は分からないんじゃないかしら」
「合言葉?色っぽいね、ぜひそれは聞きたいな」
「!」
リギュラの声が聞こえて慌ててそっちを見ると、崩落した瓦礫の上にリギュラがマントを翻して足を組み、座っている。
「やぁ待たせたね、どうやら君たちは朝から僕に会いに来ていたようじゃないか。随分待ちくたびれただろう?」
リギュラは冗談を言いながらニッコリ微笑んで私たちに向かって手を振っている。
けどそんな言葉は無視してリギュラに杖を向けた。
「アレンは無事なんでしょうね!」
リギュラは膝に手を当て軽く後ろにのけ反り、冷たい目を私に返してくる。
「エリーだったっけ?君は僕の付き人のジョナを二回もいたぶってくれたらしいね?」
「そうなんですぅ」
リギュラの後ろから甘ったるい声を出すジョナが現れて、リギュラに後ろから抱き着く。
そしてガウリスと私を指さし、
「あっちの女は私を溺死させようとしたしぃ、あっちの男は私を突き刺したうえに頭を潰そうとしたんですぅ」
…何か一方的に被害者面してるのがムカつく。そっちだって私の心臓の血を飲んで殺そうとしていたじゃない。
するとドレーが現れて、ベリッとジョナを引っぺがした。
「血ぃ流してるくせにベタベタとリギュラ様にくっついてんじゃないわよ!あんたの薄汚れた血でリギュラ様が汚れるじゃないの!」
そのままドレーはリギュラの隣に座って腕を絡めもたれかかりながら、うっとりとリギュラを見上げる。
「リギュラ様みたいな素敵な方には、私みたいな力の強い魔族こそがふさわしいのよ…」
ジョナはムッとした顔で腕を組んでドレーを見下ろした。
「何よ、全然相手にされてないくせに」
ドレーもムッとジョナを見返して、
「はあ?あんた自分が相手にされてるって思ってるわけ?可哀想~、妄想の世界を生きてるのね、ただの付き人のくせに」
「っはぁ?てめえこそ相手にされてねえだろうが性悪女が!いつてめえが相手にされたって!?ええ!?」
「魔族に性悪って言葉は誉め言葉よ、このブス!」
「二人とも喧嘩はおよし、程度が知られるよ」
リギュラの一言に二人はピタリと言葉を止めてシュンと落ち込んで引き下がった。
…何か…ファン?ドレーとジョナはリギュラの熱狂的なファンみたいな感じなの…?
なるほど、だから魔族のドレーがモンスターのリギュラに様付けしてるわけ。
「さて、今日は暗いから少し早めに目覚めてしまった」
リギュラはそう言いながら微笑みを向けて、
「ところでミラというゴーストがいつまでたっても戻ってこないらしいんだ。彼は中々面白い性格で友人として仲良くしていたんだが…もしかして君たちの誰かが殺したかい?」
「…」
何となく気まずくて、視線を少しずつそらしていく。
するとリギュラは、ふぅとため息をついて私に向かって微笑んだ。
「そうか、君が殺したのか」
その声は酷く冷淡で…ヒヤ、と肩のあたりが冷える気がした。
「僕はただ気に入った者と平穏に過ごしたいだけなのに、君という女はどうして人のお気に入り殺したり裏切らせたりと平穏を壊すのかな?聞いたよ、ケッリルが君たちに接触したのはドレーから、ことの真相はケッリル本人からね」
その言葉に私はリギュラに向き直って、
「だって…ケッリルは結婚して子供も二人いるのよ?ケッリルは家族の元に帰りたいの、それを邪魔して一緒にいようとかそういうのおかしいじゃない。可哀想だって思わないの?」
「黙れ、君の声は鈴を転がすように綺麗で聞いてて不快だ」
…それ、褒めているの?けなしているの?
それでもとりあえず黙ると、リギュラがチョイチョイ、と指を動かす。
すると後ろからケッリルが申し訳なさそうな顔をして現れた。その背中にアレンを背負っている…。
「アレン!」
アレンはビク、とかすかに体が動いたけれど、意識が朦朧としているのかそれ以上動かない。いくら何でもお昼過ぎから数時間ずっと気絶したままだなんて長すぎる。
まさか…リギュラが起きて気絶しているアレンの血を吸った?でも神の祝福を受けたのよ?だったら血は吸われていないはず。だとしたら何で?もしかしてレイスになったケッリルがずっと触わっているから延々と生気が吸い取られてるとか…!?
「アレンを返して!」
ゴッと風を起こしてリギュラに放つとドレーがこちらに手を向け、同じように風を放って相殺した。
相手が風を使うならと水の塊を大量に浮かべて、そこからビッと矢のように放った。光線みたいな水は空気を震わせて矢が飛んでいくような音と共にリギュラたちに向かっていく。
するとドレーはチョイと下から上に指を動かした。
すると水の壁が下からせり上がって、光線みたいな水はわずかに水の壁を貫通したけれど、ほとんどが水の壁と一体化して阻まれて消えた。
風も水もダメ?それなら…。
周りの石を風で浮かび上がらせ、つぶてを飛ばす。すると目の前に石の壁が作られて阻まれる…。
壁の向こうからドレーの馬鹿にする笑い声が聞こえる。
「なぁんだぁ、勇者一行の魔導士だっていうし魔族も倒してるって聞いてたからもっと強いと思ったのにこの程度なんだぁ?大したことないわね、私の力で十分に相殺できるじゃない」
ケラケラ笑うドレーの声はふっと静かになって、真顔になったような声色で、
「…ジョナは敵わなかったみたいだけど。よっわ、雑魚、邪魔、死ねばいいのに」
とぼそりと付け足した。
「っはぁ!?何だこのババァ!」
ジョナの怒りの声が壁の向こうから聞こえると、
「っはあ!?こちとら百…いくらくらいじゃボケエ、ピチピチだわボケエ!」
「そんなん地上じゃ十分にババアじゃ!ババア!クソババァ!」
「んっだぁああ!?っざっけんな!弱いくせに威張ってんじゃねえわボケエ!ケツの穴から指突っこんで奥歯ガタガタ言わせたろかゴラァアア!」
なんとも品のない言い争いが壁の向こうからギャーギャー続いていて、ガウリスがかすかに「これは酷い…」という顔で思わず戦闘態勢を崩した。
そんなガウリスの巨体が空中をぐるりと一回転したかと思うと、壁に向かって飛んで行ったのが横目にみえて、いきなりのことに驚きの声が出ないままそっちを見ると、いつの間にやらリギュラがすぐそばにいてガッと私の杖を持つ手を掴み上げる。
えっいつの間に?
リギュラは壁の向こうでまだ口汚く喧嘩して喚いているドレーとジョナに顔を向けた。
「はいはい、喧嘩はおよし。今は勇者共を殺すことに専念なさい」
壁の向こうからハッと我に返った雰囲気で罵り合いがやんで、石のつぶてを阻んだ石壁が床にゴリゴリと沈んでいく。
リギュラはチラと私の顔を見下ろしてきて目が合った。女の人だと分かっていても…やっぱり品のある男性にしか見えない。
「いやこの距離だと本当に惚れ惚れするぐらいの美しいお嬢さんだ。今までどれほどの男に言い寄られたのやら」
そのまま腕をギリ、と締め付けられて「イタ…!」と顔を歪めると、リギュラは憎らしい顔で私を見ている。
「痛がってる時でも随分と美しいんだねえ、君は」
ギリギリと力がこめられて、あまりの力強さに手に持っていた杖が床に落ちた。
「痛い!痛い痛い!離して!」
離すはずないって分かってるけど手が握りつぶされるんじゃないかってくらいで思わず叫ぶ。
「はっはっはっ!離してあげると思っているのか?そうだな、このままずっと君の手を握っていてあげようか、魔法は集中しなければ発動しないだろう?このまま指の一本でもへし折れば痛みで魔法も使えなくなるかもしれないね」
そう言いながらリギュラは私の人さし指に指を絡めてへし折ろうと力を込めようとする…!
「エリーさんを離しなさい!」
「邪魔させないわよ!あんたは壁際で突っ伏してな!」
ガウリスが私に向かって走って来ようとしたけど、ドレーが指を動かして大きい瓦礫をガウリスに次々に飛ばしていく。ガウリスは槍で弾いたり盾で防いだり避けたりしているけれど、途切れなく飛んでくる瓦礫に壁際辺りから中々動けない。
そんなこちらに向かって来れないガウリスを見て、リギュラはいつ私の指をへし折ろうかとばかりにいじりながら、
「そら、君を助けてくれる男はもう居ないぞ、か弱い君一人でどうする?」
まるで「ざまぁ見ろ」とばかりの表情。
その顔にはちょっとイラッとした。
「リギュラ、あなた私を馬鹿にし過ぎよ。私がガウリスとか他の男の人の助けが無いと何もできない弱い奴だとでも思っているの?」
「…はぁ?」
私が言い返したことにリギュラもどこかイラッとしたのか喧嘩を売っているのかとばかりの声を出す。
ねえリギュラ。あなたは私が杖がなくて集中していなければ魔法が使えないと思っているんでしょう。でも私は無意識でも周りに自然があればそれをいくらでも使うことができるのよ。
「これでも私、勇者御一行の魔導士なの。馬鹿にしないで」
フワッと私の髪が舞い上がると同時に風の魔法をドンッと放つ。
シュッツランドで子供たちに襲われそうになった時、小屋をバラバラに破壊したほどの風を。
リギュラは風を放たれるのと同時に消えたのか手を掴まれている感覚が消える。
周りの瓦礫もあちこちに飛散したけど、ガウリスとアレンには当たらないように二人の周辺にだけは無効化の魔法を瞬時にかける。
私の周りの瓦礫は三百六十度全てに吹っ飛んで行って、ドレーとジョナの叫ぶ声が聞こえる。
「いってえぇなクソ!」
口汚く怒鳴るドレーの声、それと天井がガラガラ崩れて落ちてくる音。
私はドレーの声のした方向に指を向けた。
ほとんど岩と言ってもいいほどの上から落ちてくる巨石が全てドレーに向かって突っ込んでいって、「ウオオオオオ!」と少女らしくない野太い声を出しながらドレーは弾き飛ばされながら瓦礫に埋まった。
ジョナとリギュラは?
見回すけど土埃が舞っていて見通しが悪い。
すると後ろからガッと羽交い締めにされた。見ると…ジョナ?
「リギュラ様、今ですぅ!」
ジョナが叫ぶと目の前にゾワッとリギュラが現れて、一度私の頬を撫でる。
「さて、その綺麗な顔を醜くしてあげようか」
そのままリギュラは私の頭を片手でガッと力任せに掴んで、そのまま勢いよく私の首をねじ折ろうと…。
アレン
「ガウリス、ラッキースケベじゃん。いいなぁ」
サード
「で、見た感想は?」(ニヤニヤ)
ガウリス
「だからそういうのやめてください!気まずかったんですからねこっちはぁ!」(顔真っ赤)




