アレン、アレーン!
結局リギュラのいる場所はどこなのか分からなかったけど、どうやら二階じゃなくて一階みたい。まずそこが分かっただけでも良かったけど…。
私は皆のいる方に顔を向ける。
「今ケッリルが言っていたけど、この霧って誰がどこにいるのか術をかけたドレーには分かるのかしら」
だとしたら今ケッリルが私たちと間近で話していたこともドレーにバレたんじゃ?そういう考えも含めて皆に聞くけれど、「うーん…」って考え込むガウリスの声でふっと気づく。
私が一番魔法に詳しい魔導士なのに何を皆に聞いているのよ。…そうよ、いつもは魔法に詳しくなくても色々考えの回るサードがいるからつい聞いちゃったんだわ…。
「だとしたらやっぱり霧を取っ払った方がいいかしら」
とりあえず話を先に進めるために続けると、ガウリスから悩んでいる唸り声がしばらく聞こえて、
「それでもこの霧が取り払われたらもっと進みにくくなる厄介な魔法を仕掛けられるかもとケッリルさんが言っていましたし、その上で合流できた私たちがまたバラバラにされる可能性もあります。そうなればまた時間が取られるのではないでしょうか」
「だなぁ。外の明かりも見えないけどまだ昼を回る時間帯だろうしリギュラは一階にいるって分かったし…今のうちに飯でも食べる?」
こんな時にお昼ご飯?
…でもそうね、今を逃したらお昼も食べられないまま夕方になってリギュラたちと戦うはめになるかもしれない。
私たちはその辺にめいめい座ってお昼の準備をする。
私はこんな時間があまりない時のためにお湯を注いで飲むだけのスープを買ってきた。
町中にいるときにはめっきり冷え込んできたしちょうどいいとすぐ買ったんだけど…しまったわ、ここには湿っている雑草程度しかないから火をつけてお湯にするのは無理っぽい。霧のせいで雑草もしっとりしてるし。
あ、けどアレがあるわ。大きいバッグを買った時にもらったおまけのアレが。
荷物入れから四角い石に糸がくくりつけられている物を取り出した。
これはマグカップの中の飲み物を十分程度で飲みごろまで温めるマジックアイテム。これを使えば火を起こさなくても楽にお湯ができるわ。
「今からお湯温めるけどスープ飲む?ちょっと時間かかると思うけど」
「飲む飲む!」
「いただきます」
アレンとガウリスの声を聞いて小さい鍋に水を入れて四角い石をチャポンと入れる。
初めて使うからどれくらい時間がかかるか分からないけれど、まあ皆と話してるうちに飲み頃になるわよね。
「しかしサードさんとサムラさんはどこにいるんでしょう」
ガウリスが言う。
今のところ二人の声は聞こえない。サードは耳がいいから私たちの声が聞こえたらすぐ場所を特定して寄ってくると思うけど、サムラは…。
うーん、サムラは耳は遠くないけどサードよりは聞こえないでしょうし…心配だわ。
色々と魔法が使えるようにはなったけどこんな敵のいる建物の中でバラバラになって行動するとか初めてでしょうし…きっと不安なはずだわ。
「サムラさんが心配ですね…」
ガウリスは私と同じことを考えていたのかそんなことを言うから「そうよね」と私も頷く。
「とりあえずリギュラは一階にいるって分かったし、先にサムラとサード探す?…まあサードは別に一人でいいとしてせめてサムラだけでも」
さっくりサードを見捨てるような発言をするとガウリスはかすかに笑ってから、
「サードさんも探しましょう。それでもサムラさんを優先して探した方がいいとは思いますが」
ガウリスは優しいわね、あんな地獄に落ちても這い上がって来そうなサードも探してあげるんだ。放っておいてもどうせそのうち勝手に合流してくると思うけど。
…でも普通の霧ならともかく魔法で出した霧の中だったらサードもどうにもならないかしら。それならやっぱり探した方がいいのかも。
「こんな霧が無かったら二手に分かれて探せるのに」
「いえ、それでも敵の懐に入り込んでいるのです。まとまって行動するのが一番ですよ」
それでも私たち、リンカのゾンビの洞窟でもマダイの搭でもバラバラに行動してるわよね、まぁ色々とあったからそうなったんだけど。
「サムラもサードも一階にいればいいけど」
「そうですね、二階に行っているのなら探すのも大変でしょうし…階段がどこにあるのかも分かりませんから」
「とりあえず一階を調べて二人を探しながらリギュラの寝ている場所を探す?」
「ええ、その間に二人が見つかればいいですね。とりあえず視界はよくありませんがアレンさんはこの城の地図もある程度頭に入っているでしょうし。ねえアレンさん」
「…」
「…」
ガウリスがそう言って無言になるから私もアレンの言葉を待って無言になったけど、アレンは何も言わない。
「アレン?」
名前を呼んでからふと気づいた。
こんなにガウリスと話をしているのに、一番お喋りなアレンが静かすぎる。
そういえばスープ飲む?って聞いて「飲む飲む!」と言ったあとから一切アレンが喋ってない。
「アレン!?アレン!?」
アレンの名前を呼んでも返事がない。慌ててアレンが座っていた方向に手を伸ばすけど、そこにアレンの体がない。
「ちょ、ちょっとアレン!?どこ行ったの!?返事して!」
這うように辺りに手を伸ばしても返事もなければ体に手がぶつからない…!
「ガウリス、アレンが消えた!」
その言葉にガウリスの立ち上がる音がして、槍を持って辺りを警戒するように移動している音がする。
「何か物音は?」
「何も…」
そうよ、ガウリスと話してるこの数分の間、アレンが襲われたり消えるような物音は一切しなかった。一体こんな視界のふさがっている中どうやって?いつの間に?
…でも思えばミラもケッリルもこの霧の中で私たちの近くに寄ってきたのよね?だとしたら向こうの人たちはこんな視界が悪い中でも私たちのいる場合が見えていたりするの?これってそういう魔法なのかしら。
うろうろしていると水を暖めている最中の鍋に足がコツンと当たる。
あっ!
私はふと思いだした。そうよ、あれならこんな視界が悪い中でもどこに誰がいるか分わかるかもしれない。
おまけでもらったマジックアイテムの人の心の中がちょっぴり覗ける眼鏡なら。
サムラはこれをかけたら人そのものはよく見えないけど周りに浮かぶ思考とか、モヤモヤしたものはクッキリ浮き上がっ見えるって言っていた。だとしたらこれは視力とか視界が良い悪いも関係なく、人がいたら何かが浮き上がって見えるってことじゃない?
だとしたら周りにまだアレンが居ればアレンの周りに浮かんでいた赤いモヤが浮かび上がるはずだわ。
眼鏡をかけると近くに金色の光に包まれているガウリスのモヤが見える。
やっぱり!これは人が見えなくても周りに浮かぶものは見える。
バババッと辺りを見渡すと、遠くにチラと赤いモヤと濃く青いモヤが見えた。
「あっち!右の遠くにアレンと誰かが…」
と言うとふっと赤と青のモヤが消えた。
「…消えた…」
呟くと金色の光が私の方に顔を動かす。
「遠くが見えるのですか?」
「ほらあのちょっぴり人の心の中が見える眼鏡よ。これならモヤっぽいのが見えるかなって。そうしたら見えたんだけどここから数十メートルぐらい先の所でふっつり消えたわ。曲がり角でもあるのかしら、それか転移で移動したのかも…」
慌てながらガウリスの質問に返しつつ辺りを見渡す。他にモヤは見えない。
「あとは誰も周りに居ない」
眼鏡越しにガウリスを見ていると、ガウリスは槍を下におろした。
「…今回は手ごわいですね、ここまで執拗にバラバラにされるとは…」
ガウリスの苦い声が霧の中に消えていく。
私たちはほんのり温まった水、それとパンを口にねじこんですぐ動き出した。私は人の心の中がちょっぴりのぞける眼鏡をかけたままで。これをかけていればとりあえず誰かが近くに寄ってきたら分かるから…。
「アレンってさらわれただけよね?殺されたりはしてないわよね?」
「…恐らく人の周りに浮かぶモヤは生体反応に近いものだと思います。アレンさんの赤いモヤが見えたのなら生きたまま連れ去られたんだと思いますが…」
何かガウリスが続きを言いそうな感じで黙り込む。何が言いたいの、と促そうとするくらいしばらくしてからガウリスは続けた。
「ここにいるのはリギュラさん、ドレーさん、ジョナさん、それとケッリルさんでしょう?ミラという方は倒したからもう居ない」
うん、と返すとガウリスは、
「今はまだお昼でリギュラさんは動けません。だとしたら動けるのはドレーさん、ジョナさん、ケッリルさん…。しかしアレンさんは背も高く体つきもしっかりしています。しかしドレーさんもジョナさんも見たところ小柄な体の少女です。そう考えるとアレンさんを連れて行ったのは…」
そこで私はカッとなってガウリスの言葉を遮った。
「ケッリルがアレンをさらったとでも言いたいの?」
怒ったような私の声にガウリスはなだめるように、
「考えたらそうだとしか思えないのです。あの少女二人が転移魔法でアレンさんを連れて行ったのなら数十メートル先まで連れていく必要はありません、それにあの少女たちにアレンさんを連れていくほどの力があるとは思えません、吸血鬼として怪力なリギュラさんならともかく。
それにアレンさんならあのように視界がふさがっている中で誰かに触れられたら大声を出すはず、それなのに騒ぎもしないまま連れていかれたのなら、一瞬でアレンさんは気絶させられ、そのまま連れていかれたのではないでしょうか」
…そう言われればそうとしか思えない。
それに一瞬見えたあの青いモヤの形…どう考えてもドレーやジョナより背が高かったし体つきもしっかりしていた。それに肩に人を担ぎ上げているような感じだった。
ジョナが非力なのは一回戦って分かってる、ドレーも入口の広間でケッリルに手を掴まれて振りほどけていなかったから魔族でも腕力は非力なはずだわ。
けどだったら…ミレルたちを心配して涙を流していたあれは全て演技だったとでも言うの?私たちに助けを求めに来たのも油断させるためだったの?それならミレルたちよりこのお城にいる女の子たちを選んだとでも言うの…?
怒りと悲しみがせりあがってきて、少しずつ憎しみに変わっていく。
だとしたら許せない。ミレルがどれだけ傷ついてきたか…ううん、ミレルのお母さんも、弟だって傷ついてきたのよ、それを知った上で家族を裏切るっていうならこっちだって容赦しないわ。
「…もしかしたら我々と接触したのがドレーさんにバレてしまって、色々と責められて仕方なくさらいに来たんでしょうか…」
「…」
ガウリスの言葉で少し冷静になる。
そう言えばケッリルが立ち去る時、ドレーにどこにいるか探られているって言って慌てて戻っていったわね。慌てて戻ったけどそれでもやっぱりバレてたのかしら…。
それにケッリルはああいう優柔不断な感じの性格だし、私…っていうか女の子に対してどこか遠慮がちだもの。
何となく簡単に想像できた。怒り狂うドレーが、
「あんた勇者どもに接触してたでしょ!何やってたわけ!?あーあ、リギュラ様にチクっちゃうわよ、あんたが裏切ろうとしたってチクっちゃうわよ?そうしたらどうなるでしょうね、あんたは気に入られてるから何もないけど勇者たちはそりゃあ残酷なことをされて殺されるでしょうね!
ええそんなのイヤだって!?だったらあんた勇者どもの一人ぐらいさらってバラバラにしてきなさいよ、そう言いつけられてるってあんたも言ってたでしょ!そうしたら黙っててあげるわよ、あんたもここにいんだからちょっとぐらいリギュラ様の役に立ちなさいよねこの顔だけの役立たず!」
って激しく責めたてて、ケッリルはオロオロと困って何も言い返せずにいる図が。
…考えられるかも。
「恐らくケッリルさんは私たちの敵ではないはずです、先ほど交わした会話も全て本心を語っていたと私は感じました。エリーさんはどう思いますか?」
「…私もそう思う。私が痛いって言ったらとっさに手を離した行動も、家族を守るって決めた時のお父さんらしい顔も演技だったとは思えない」
…ううん、思えないんじゃない。思いたくない。どんなに優柔不断でも最終的にはミレルたち家族を守る父親であって欲しいっていう私の希望。
何となくだけどガウリスも私の気持ちを汲み取ったのかそれ以上何も言わないまま進んでいく。
それでもろくに何も発見できないし、アレンやサムラ、サードも見つからない。それどころかドレーやジョナも何かを仕掛けてくることはなく刻々と時間が過ぎていく。
ここに入ってきたのが大体十時半~十一時、お昼ご飯を食べたのはお腹の減り具合から考えて多分十二時前後、それから歩き回って今は何時になったのかしら。
辺りを見渡してみても外の光が乏しくてよく分からない。今日は曇り空で太陽が出ていないから余計に。
と、私と同じ高さ…眼鏡越しに何かが動いた。バッと杖を向けるとヂーヂーと音が聞こえる。
目に映るのは白く光る手のひらサイズの三つの形…。
白く光る三つの形はヂーヂーと音を出しながらプンスカ怒るように小さい手を振り上げて、
「何をする」
「酷いじゃないか急に攻撃しようとして」
「殺すつもりか」
って言ってくる。ああ、これ三匹のネズミなの。
慌てて杖を下ろしながら「ごめんなさい」と謝って、
「あっちの崩落した向こうはどうだった?何かあった?」
と聞く。ガウリスも三匹のネズミがいると気づいたら立ち止まって私の隣に並んだ。
三匹はヂーヂーと抗議するように鳴くのをやめて、ふむ、と各自が腰に手を当てる。
「あっちね」
「あっちには吸血鬼たちがいたよ」
「それとあのアレンって子が青い顔をして運ばれてきた」
その頃サード
「…(くそ、どこに行けばいいんだこれ…壁もねえじゃねえか、まさか外か?)」←魔法の耐性が無いため部屋の中をぐるぐる回ってリングワンダリング中
その頃サムラ
「…(ずっと周りを何かがグルグル回ってる…怖い…黙ってないと襲われるかも…怖い…)」←サードだと気づいてない




