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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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目的地前でもう疲れる

『モーラ

人間の少女の見た目を持つアンデッドモンスター。吸血鬼の亜種のようで血を吸う。しかし吸い口は吸血鬼と異なり首ではなく心臓である。夢魔の要素も濃いとされ、夜になると部屋に侵入し心臓の血を吸って胸を潰すとされているが、部屋に侵入する手口は解明されていない。未だ謎の多いモンスターである。


攻撃…夜中に対象者の部屋に侵入し心臓の血を吸い胸を潰す

防御…戦闘の事例は少ないが直接攻撃、魔法攻撃共に有効のようである

弱点…アンデッドなので聖水や聖魔法に弱いだろうが、ハッキリとした実例がないため確実だとも言えない』


…モーラを調べてみたけど、ほとんど謎だらけじゃない…。それもモンスター辞典には日中も動き回るとか書いてないし、魔法を使うとかも何も書いてない。それくらいあまり現れないモンスターなのかしら。


「………!」


私はモンスター辞典から顔を上げる。

誰かの声が聞こえた。今の声は…ガウリス?


「ガウリス!ここよ!」


モンスター辞典を大きいバッグにしまって声のした方向に向かって歩き出すと、向こうの声もどんどん近づいてくる。そうしているうちにガウリスの姿が遠くの木の影からチラと見えて、ホッとして駆け寄った。


「エリーさん、無事でしたか」


ガウリスが槍で低木の枝を寄せながら近づいてきて、


「他の方は」


って聞いてくる。首を横に振るとガウリスは「そうですか」と言いながら、


「私は向こうからここまで真っすぐ歩いて来ましたが誰も見当たりませんでした」


って手短に状況を説明する。私は質問した。


「一瞬暗くなったと思ったら皆居なくなってたの、一体何があったの?」


「私も良く分からないのです。あの女の子が何か言ったと思ったら周りが暗くなって、暗さが外れたと思ったら林の中にいて周りに誰も居なくなっていて…転移魔法でしょうか」


「うん、皆が居なくなったのは転移魔法かなって私も思った」


でも転移は上級者向けの魔法。ラグナスは転移をポンポン使ってダンジョンから離れた村の入口まで一瞬でサードとアレンを飛ばしていたけれど、あのジョナが魔王側近のラグナスぐらいの術を使えるとは思えない。

だとしたら使ったのは短距離の転移魔法なのかも。ガウリスともこうやってすぐ合流できるくらいなんだから、他の皆もそれくらいの近さにいるはずだわ。


そのことをガウリスに伝えると「それなら皆さんを探しましょう」って歩き出す。

歩きながら私はさっきジョナに襲われたこと、ジョナはモーラっていうアンデッドモンスターだってことを伝えた。


「こんな朝から動けるアンデッドモンスターがいるのですか」


ガウリスも驚いて目を見張るから、私もそうなのと頷く。


「何ていうかモンスター辞典って何でも書いてると思ったけど書いてないこともかなりあるのね。吸血鬼にキスされても吸血鬼になるとか、モーラは朝から動けるとか…」


「そうやって新しく分かったことが次々に追加されてあの分厚さになっていますからね、そのうちモンスター辞典を作る会社に吸血鬼とモーラのことで新しく分かったことを送りましょうか」


「…お願い、やめて」


魔界の軽度の毒を持つ水のモンスター…あれのことをほぼ一日かけてあれこれ聞かれ続けてゲンナリした身としてはもう二度とあんなものに関わりたくない。


「それでも後の方々の役に立ちますよ」


…そんな澄んだ瞳で言わないでよ…ガウリスもあの面倒くささを体験すればもう二度とやらないって言うわ…。…でもガウリスって人のためならいくらでも時間を使いそう。あんなハミルトンのためにも一人であれこれ調べ回っているぐらいだもの。


良かれと思って情報を送って、モンスター辞典を作る会社から人が派遣されて、延々と部屋に拘束される私たちの未来が簡単に想像できた。


「と、とりあえず色々とことが終わったらね、ね、お願いだから。本当に長い間拘束される羽目になるかもしれないから…」


「分かっています、折を見て情報を送ります」


ああ…どうあっても情報は送るつもりなの…。どうしよ、後でサードにチクってガウリスを止めてもらおうかしら…。

それより先にそのサードたちを見つけないと。


「どこー…」


「!アレンの声だわ」


ガウリスと目を合わせて駆け足で走り出す。アレンは延々と「皆ーどこー!」って叫んでいるから声を頼りに進んでいくと、アレンは茂みの中、フラフラと手探りしながらへっぴり腰で、


「皆どこー?帰っちゃったのー?俺を一人にしないでー」


って泣きそうな顔でうろついていた。


…何してんの?


「アレン!」


声をかけるけどアレンはフラフラと私たちとは正反対の方向に向かって進んでいく。私はアレンに近寄って背中をバシバシ叩いた。


「アレン、聞こえないの!?」


背中を叩かれたアレンは「うわああ」って叫びながら振り返って、あれ、とキョロキョロする。そのまま私を見下ろして泣き笑いの顔になった。


「わあああ!エリー怖かったよー!」


そのまま強くしがみつかれる。


「ちょっとどうしたの、何がったの」

「それがさ…」


アレンが言うにはジョナが魔法を使った直後から周りが真っ暗闇になって何も見えないし何も聞こえない状況になって、ずっと助けを求めてフラフラさ迷っていたみたい。


もしかしてそれって簡単な目くらましの術かしら。


モンスターに襲われたときに相手の視覚と聴覚を一時的に奪って、その間に逃げる魔法があったはずだわ。それで体に衝撃があれば解除される。

冒険者になった辺りにサードに目くらましの術を覚えろって言われて、でも私そういう魔法は使えないって言ったら舌打ちされて、それがとてもショックで申し訳なくて、その術の内容だけでも覚えておこうとすすり泣きながら本を読んだのよね…。

あの時の私はサードのちょっとした態度ですぐ傷つく少女だった。今は腹立つ、殴る、としか思えないけど。


でもこれでハッキリした。ジョナは転移と目くらましの魔法を同時に発動させた。だとしたら魔力は結構高いのかもしれない。

リギュラは日中動けない対策で魔力の高いジョナに命令していたのかも、キシュフ城に向かう道端を見張って私たちが現れたら倒すようにと。


だとしたらジョナ以外にも日中にも動き回れる魔力の高いアンデッドモンスターが他に控えているのかもしれない。それならこれから会う知らない人は全員警戒しないと…。


とにかくサムラとサードを探さなくちゃと顔を上げて「あっ」と茂みの遠くを指さした。


「サードだわ!」


サードは聖剣の鞘に長い紐をくくりつけてその紐を口にくわえてる。聖剣は半分引き抜いて鞘を水平にして…何やってるの?


サードを見つけた私たちは声をかけながらサードの元に向かうけどやっぱり私たちの声は聞こえていないみたいで、サッといつもと同じスピードで走り出した。


「速っ」


アレンが驚いたように叫ぶ。私もあまりのいつも通りの走りに、


「えっ?あれ前見えてる?」


と驚くとガウリスは首を横に振って、


「いえ見えているなら私たちにすぐ気づくはずです」


そうよね、と三人でサードの名前を呼びながら必死に追いかけるけど、前が見えていないはずのサードはものすごく速くて追い付けない。


それどころか木にぶつかると思ったらすぐ横に逸れて斜めに逸れてと不規則な動きをしながら猛スピードで進んでいくから動きの予測が全然できない。

ガウリスがあっちに進むかと予想して向かっても反対側に曲がっていく。


そんなサードを追いかけて捕まえようと必死なガウリスとアレンから私はどんどん引き離されて、遠くから走り続ける三人を見てふっと冷静になる。


わぁ…まるで大の大人が林の中で本気の鬼ごっこをしているみたい。それも逃げる人が無駄に速すぎて決着が全然つかないやつ。朝早くで周りに人がいなくてよかった、勇者一行がこんな朝からガチの鬼ごっこしてるだなんて思われたくない。


「おいあそこにサムラがいるぜ!」


アレンが指さす向こうには杖で地面を払うように動かして、どこか不安そうな顔でトコトコ進むサムラが見える。


そんなサムラに向かってサードが聖剣の鞘を突き出しながら進んでいく…!


「ああ!サムラ逃げてー!」


叫ぶとサムラは顔を上げた。私の声に反応したってことは術は解けてるみたいだけど…それでも目がよく見えていないから猛スピードで進むサードに気づけてない。


「おぶぅ!」


サムラの顔にサードの鞘の先が当たって、サムラに当たったサードは横に逸れて走っていった。

サムラは顔を抑えながら「…痛い…」って泣きそうになっていて私たちはサムラに駆け寄った。


「大丈夫!?」


私が声をかけているうちにアレンが湿布薬を取り出してサムラの顔に貼る。


「…今何があったんですか?顔に何かが…」

「サードがね…」


「僕サードさんに叩かれたんですか?」

「…そうよ!」


実際は不可抗力な部分もあるけど丁寧に説明していたらサードを見失ってしまうから頷いておいた。

サムラは、そんなどうして…ってショックを受けているけど細かく説明している暇はない。

いや、ちょっとまって、三人でサムラに駆け寄ってるうちにサードが見当たらなくなった。


「私たちはサードさんを追いかけます、お二人は無理なさらずついてきてください」


そう言ってガウリスとアレンは走っていって、私はサムラにこっちに行くわよと手を引きながら、


「サムラは魔法はすぐ解けたの?暗くなるのと音が聞こえなくなるのは?」


「暗くなったと思ったら皆さんの声が聞こえなくなって、皆さんがどこにいるのか分からなくて…」


鞘の当たった顔を押さえながらサムラがそう答える。つまり私、ガウリス、サムラはすぐ目くらましの術は解けたのね、勝手に。

もしかして魔力の強さが関係しているのかしら。だとしたらやっぱりガウリスには魔力あるんじゃない。


そう思いながらあっという間に遠くにいるガウリスとアレンを見失わないように追いかけて……。


それからどれくらいの時間がたったのかしら。


サードを追いかけ追いかけ、私が魔法を使って木々でサードの周り取り囲んだところでようやくサードの足が止まって捕獲できた。


「ちょこまか逃げんじゃないわよバカ!」


腹立ち紛れにサードの頭を木の枝でバンと叩くとサードは目くらましの術が解けて木に取り囲まれているのに気づくと、


「敵か!?」


って警戒しだす…。ああ、まだ何も始まってないのにもう疲れた。

サードを追いかけ続けた私たちはぐったりとその場に膝をつくやら肩を落とすやら。


訳が分かってないサードにガウリスが今までのことを説明していて、私は休憩を兼ねて座りながら辺りを見渡す。


少し高い斜面から街道が見える。冒険者の格好をした人たちがポツポツ歩いてるわ。

ああ…日が昇るのと同時に町を出たというのに冒険者が町を出る時間になってしまったの。


大体宿屋のチェックアウトの時間は十時まで、それならもう九時半ぐらいにはなっているかしら。


「ったく、要らねえ時間使っちまった」


サードはイライラとした顔で斜面を下りはじめていく。そんなサードをジト目で見ながら、


「サードが無駄に走らなかったらもっと早めに捕まえられたのよ…」


と嫌味を言うと、


「どこかに抜け道があると思ったんだよ、悪いか」


と睨み返された。

ため息をついて街道に戻ると、もと来た道をアレンが戻ろうとする。


「アレン、そっちに行ったら町に戻っちゃうわよ」

「いやキシュフ城に向かう道過ぎちゃったんだよ」


ああなるほど、と皆で歩いていってキシュフ城に向かうための道を曲がったけれど、どうやらサードを追いかけているうちに随分と目的地から遠くに離れてしまっていたようね。


そうして進んでいく私たちはピタリと足を止めた。

道がイバラで覆いつくされている。


そりゃあ人が全然来ていない所だから自然に覆われているのは普通かもしれないけれど、このイバラの生え方はどう見ても人為的なバリケードね。

自然のイバラはこんな広範囲に、それも背の高い木々を飲み込むほど上に広がらないはずだもの。


でもこれなら大丈夫、私の力でどうにかできる。


人差し指を突きつけると、緑色だったイバラはじわじわと変色して茶色くなってカサカサに乾燥していく。あとは風の魔法を思いっきり道の向こうまで放つとイバラは細かく砕けて飛んで行った。


同じようなイバラの妨害は何度かあったけど私の魔法で何のそのでズンズン進んでいくと、斜面の上に段々と城らしき建物が見えてきた。


赤っぽい石造りのお城…。あれがキシュフ城ね。

ここから見ても酷い有り様だわ、お城の左半分がほとんど崩落しているじゃない。ツタもお城全てを覆うように張り巡らされているし…。すごく不気味な雰囲気。


どうひいき目に見てもモンスターが巣くっているとしか思えないわ。


「…今何時だろ」


アレンが頭を上げて太陽を探すから私も一緒に空を見上げる。


今日は曇り空。雨はふりそうにないどんよりした雲間からは太陽の光がほんの少し見えている。

アレンは太陽の位置を確認すると呟いた。


「…十時半から十一時半くらいかなぁ…」


うーん、本当なら七時ごろにはお城の中に入っていたはずなんだけどね…もうお昼に近いじゃない。


それでもまだ日は高いしお城のマップもある。それさえあれば迷って時間をロスすることもないわ。


近づくとお城の扉もほとんど朽ちていて、斜めに外れている。ロドディアスの居た古城より酷いわね本当。

扉の隙間から身を滑らせて中に入ってみると、あまりの荒れ果てように「うわ」と声が漏れる。

朽ちている城内にまでツタが侵入しているし、床材の石を押しやる勢いで雑草が生えそろっているし、ほとんど地面も見えている。

もう自然に還っている途中じゃない。それも二階もあるはずだけど入口のここから空も見えている…中を歩いている時に崩れたりしないわよね?


アレンは地図を広げながら、


「とりあえず部屋がちゃんとある所から調べようか?」


ってサードに聞いて、サードも「そうだな」と頷きながらサムラに声をかけた。


「おいサムラ、あの三匹のネズミ出せ」

「はい」


むん、とサムラが集中すると、目の前に三匹のネズミが出てきた。

サードはネズミたちに向かって崩落しているお城の左側を指さす。


「お前ら小さいからあっちの崩れてる所にも入れるだろ。できる限りあっちがどうなってるか調べてこい」


するとネズミの一匹が顔と手を上げた。


「またクルミ入りのライ麦パンを食べさせてくれるか?」


他の二匹も、


「ただ一斤は食べ切れなかったからあの半分の量が好ましい」

「それなら見に行こうじゃないか」


と続ける。


三匹の言葉にサードは「分かった分かった」と適当にあしらうようにしながらシッシッと追い払うように手を動かす。


「約束だぞ」

「ああ約束だ」

「約束は守らなければ」


ネズミたちはシュルルンッと崩れている方向へと走って行った。


素早く走るネズミたちを見て、サードを見る。


本当にこいつ、使えるものは何でも使うわよね。人間だろうが神様だろうが魔族だろうが絵本のキャラクターだろうが…。


「やあ良かった、危ない所から逃げ出せて」

「あそこは危険だ、すぐそばに魔族が居る」

「怖い怖い」


かすかにネズミたちの会話が聞こえて、バッとネズミたちを再び見る。でも三匹はあっという間に崩れた瓦礫の向こうに行ってしまったのかもう姿が見えなくなっていて、慌ててサードに視線を移した。

するとサードもしっかりと今の言葉が聞こえたみたいでもう聖剣を引き抜いて辺りを見渡してる。


「何だどうした?」


ネズミの言葉を聞いていなかったアレンはのんびりしていて、そののんびりした声にイラッとしたサードが、


「このフロアのどこかに魔族がいるんだよボケ!」


と怒鳴り返した。


その言葉にはアレンとガウリス、サムラも驚きの顔になって各自戦闘態勢に入った。


だけど何で魔族がこんな入口に?魔族は大体一番奥いるものって決まっているじゃない。それより魔族って、もしかして例のウチサザイ国の魔族?ハミルトンにリトゥアールジェムを持ってこいって命令した…?


全員で辺りを注意深く見渡すけれど、目に見える範囲で私たち以外に動いているものは見えない。

あまりに静かな時間が過ぎていく…もしかしてネズミたちは何か勘違いでもしたのかしら。


肩の力を抜いた。


と、背の高い草の向こうから炎の玉がゴッと上空に上がったかと思うと、ガクンと曲がって私たちに向かって飛んで来た!

Q、サード、目くらましの術くらってる時何やってたの?


A、暗闇を走る時に忍者がよくやっていたものです。

刀の鞘を半分抜き身にし、鞘につけている下げ緒を口に噛み刀を水平に保って走ります。走ってて木などがあったら半分抜き身にしていた鞘がチンとしまるので体に衝撃は来ず、目の前に障害物があると分かります。

あとはその要領を繰り返し、障害物にぶつかったら進む方向を変えて走ると暗闇の中を普通より速く走ることができるそうです。

でも木の根っこや石で転びそう、崖があったらどうするのとも思うんですけどね。絶対これやって「うっ」と暗闇の中で転んで身もだえる忍者もいたと思うんですよ私は。萌えますね。

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