膝を突き合わせて
夕方。
図書館で調べものを終えてホテルに戻るともうサードとサムラは部屋の中にいた。
「早かったわね」
「サムラもほぼ十分に練習したからな」
サードが簡単に答えているうちにアレンとガウリスが窓枠と入口に聖水をチョロチョロと撒いて、他に危ない所はないかと見て回って危なそうな所にも聖水を撒いた。
それを見てからサードは私たちに座るよう促して、
「で、お前らの方はどうだ、調べものは」
と聞いてくる。私たちは各自自分のベッドに座って一ヶ所に集まるようにベッドの隅に寄ると、まるで皆で膝を突きつけて語り合うかのような近さになった。
「じゃあとりあえずミラグロ山のことからでいい?」
アレンがそう言いながら図書館で調べたことを伝えていく。…まあ、サードに調べろって言われたミラグロ山とウチサザイ国のこと、そのどっちもほとんどアレンとガウリスの二人で調べあげたから、私はあんまり力になってないけど…。
ミラグロ山はこの国、ウチサザイ国、それにタテハ山脈からも離れた国にある火山性の山。
山の中腹には地元の人や観光客が憩う広場と展望台がある程度の、そこまで知名度があるわけでもないごく普通の山。
「ただ山のふもとは温泉がいっぱいあって宿泊で繁盛してるんだってさ。山より温泉街に関する情報しか入らなかったんだけどサムラ温泉に入れってことかな」
そんなわけない、って皆の視線がアレンに集中する。
「ラディリア修道士はミラグロ山って言っていたんだから温泉は関係ないでしょ」
とりあえず視線だけじゃなくて言葉でも突っ込んで、サムラに視線を移す。
「サムラ本当にミラグロ山って聞いたことないの?ここに来るまでに立ち寄ったとか…」
「いえ、なるべく平坦な道を歩こうと思って進んで来ましたから」
と、サムラがフッと何か思い出した顔になって、自分のベッドの脇に置いてある荷物入れをゴソゴソと漁ってから紙を取り出した。
「もしかしてこれにミラグロ山って書いてたりします?」
サムラの取り出して広げた紙…それって確かレンナがマーシーからってサムラに渡した手紙よね?
皆で覗きこむ。
そこには『サムラへ』と出だしがあって、
『もし魔法を使い続けても視力が改善されないならミラグロ山にいる精霊のリヴェルの元にいってみなよ。どうなるかはリヴェル次第だけど、相談には乗ってくれるはずだ。仲介の手紙も入れておくからね』
と続いている。その後ろにはまた手紙があって、
『ミラグロ山のリヴェルへ
ご無沙汰しています、ラーダリア湖のマーシーです。今回この手紙と共に行った子は特殊な事情が重なって非常に弱視であり…』
って書いてあって、最後まで見ていくと、
『私の手には負えず、魔法の眼鏡を使用しても視力の改善は見られませんでした、よければこの子の力になってくれたら幸いです』
そして三枚目にはミラグロ山の簡略された地図みたいな絵…。
サードはそれを見てサムラに怒鳴り付けた。
「てめえこういうのあるならさっさと出しやがれ!」
怒鳴られたサムラはヒッと息をのんで、
「すいません、すいません、レンナさんにマーシーさんからって渡されてたんですけど文字が細かくてろくに読めなくて後で誰かに読んでもらおうと思ってたらそのまま忘れちゃって…年のせいか忘れっぽくて…」
「都合の悪い時だけ年寄りぶるんじゃねえよ」
イライラしながらサードが言うけれど、サムラはいつも自分は老人って言っているからそんな都合よく年寄りぶってないわよ。本当にただうっかり忘れてただけじゃない。
それでもサムラの手紙を見てラディリア修道士が何でそんな誰も知らないミラグロ山のことを口にしたのか分かったわ。
ミラグロ山にはサムラの視力を改善してくれるかもしれない精霊…それも手紙の内容からしてマーシーが下手に出ているんだからマーシーより力のある精霊がいる。
でもサムラがうっかり忘れていたから、ラディリア修道士はサムラに重要なことだと思うと言ってくれたのね。
それにしても本当に不思議な人だわ、誰も知らないものが分かるだなんて。
「じゃあミラグロ山行ってみる?えっと…今はウチサザイ国に真っすぐ向かってるけど、そっち行くなら今の大きい道を逸れて…」
アレンがそう言いながら地図を引っ張り出して道のりを考え始めるけれど、サードはアレンを睨みながら軽く首を横に振った。
「まずミラグロ山に行くのはいいとして道のりの計画はあとだ。今は何が優先か分かるだろ」
リギュラを倒すのが先。そういうことね。
納得して地図を畳むアレンを見てサードは私たちに視線を向けて続ける。
「そのリギュラのいたウチサザイ国のことはどうだ、まあ良い国じゃねえことはとっくに分かるがな」
「それがさ、図書館で調べてて面白いことが分かったんだよ」
「面白いこと?」
アレンの言葉にサードが反応して顔を上げる。
「『りっぱなおうさま』の王様いるじゃん、絵本の」
皆が頷くとアレンは続ける。
「絵本の王様のモデルってさ、昔あったマジェル国のハリストって王様がモデルなんだって。
『世界残酷為政者物語』って本にハリスト王が載ってるってカリータから聞いたから読んでみたけどすっげ残酷な人でさ、うわーこれ以上読みたくねぇーってくらいのことやってて」
「…それがウチサザイ国と関係あんのか?」
サードの言葉に勿体つけるようにアレンはむふふ、と笑ってから、
「そのマジェル国が滅んだ後にできたのがウチサザイ国なんだって。ハリスト一族が全員死んでマジェル国が滅んでウチサザイ国ができたっぽいんだけどさ。それでもそのハリスト時代から数百年たってるんだけど、その時のダメな所が今も続いてんのかも」
それと、とアレンは身を乗り出して、
「俺は先にウチサザイ国の情報集めようと思ってすぐ図書館に行かなかったんだけど、ウチサザイ国の魔族がいるとかそういう情報は全然なかった。
ただものすごく危ない国で、一人じゃ行かない方がいいとか、行くなら腕利きの冒険者かボディガードを雇えって言われてるくらい危ないみたいだぜ。ウチサザイ国を避けるように大きく迂回するのが一番の安全対策だとも言われてた」
「そんなに危ない国なの?」
思わず口を挟むとアレンはあっさり頷く。
「うん、すごく治安が悪くて評判も悪い。周囲のウチサザイ国と接してる国もあんまり関わりたくないからって国境越えの審査所すごく離してあるし壁とか鉄格子作って厳重に警備してあるんだって。
それくらいしないと好き勝手に不法入国繰り返して色々と盗んでくんだってさ。ついでに国と国の間の離してある区間はどこの国でもないんだぜウケる」
ええ…そんな国と国の間を空白にして距離を取るくらい嫌われてるの…?そりゃあ良い国ではないとは思っていたけれど、そこまで…?
うーん、ちょっとウチサザイ国に行くのが嫌になってきたかも…。
するとガウリスが口を開く。
「私はウチサザイ国の宗教観について調べました。ハリスト王が実在の人物なら、絵本の中で王様が倒した神も実際に信仰されていたのか気になったので」
「ふん?」
サードは興味があるのかないのかって感じで鼻を鳴らす。何となくその表情は「てめえは神ばっかりだよな」と言いたげな感じ。サードは信仰心もないし興味もないものね。
ガウリスは続ける。
「とりあえず今は廃れた宗教のようです、恐らくマジェル国がある時代には盛んに信仰されていたんだと思いますが…。それと真偽のほどは分かりませんが、神はハリスト王の行き過ぎた行動を諫めに訪れ、王に殺害されたという逸話があるそうです。絵本の神が訪れたのはこの逸話を織り混ぜているようですね」
「えっ、そのハリストって王様、本当に神様を殺しちゃったんですか、っていうか本当に地上に現れたんですか」
サムラが驚きの声を上げるとガウリスは「ええ」と頷いてから、
「それでも噂話のようですよ。ある時に光るものが空から現われてハリスト王のいる城に入り、そのまま空に戻っていったという不思議な現象が起きました。
それからしばらくしてハリスト王やその一族が次々に死を遂げたので、行動を諫めに来た神をハリスト王が殺したのではないか、だから一族が次々と死ぬのではないかと人々が語っていたようです」
その話にはどこかサードも興味を持ったのか食いついた。
「その殺された神の名前は分かるか?どんな特性がある?」
あら、サードが神様のことについて詳しく聞こうとするなんて珍しい。
そう思って黙って聞いているとガウリスは首をかしげて、
「すみません、そこまでは分かりませんでした。その宗教に関する本な無くて…」
するとすぐにサードから興味の色が薄れてぶつぶつと文句を始める。
「…そこがもう少し分かれば、あの使えねえ神のキャラクターがもっと使えるようになったかもしれねえのに…何だ、本当にあいつただ殺されるしかねえのか、神のくせに使えねえ…」
こいつ、絵本のキャラクターだからって普通に神様を手足のように使おうとするわね…。
夢の中でファリアにこういう風に自分たちを使うのは感心しないからやめろって釘さされたの忘れてる?
そういえば…図書館の中の片付けは大体終わっていた。あとは巨大な大男に破壊されたのと同じ本棚が届いて本を並べなおしたら再開できるってカリータは言っていたわ。
それとアレンが勝手に侵入して色々やったカフェだけど、ちょうどよく食材の管理にやって来たカフェの経営者と料理人の二人が来てたから、アレンと私とガウリスの三人で頭を下げて謝ったのよね。
勝手に厨房に侵入されて色々食材使われたとか…嫌な顔されるだろうなぁと思っていたら、二人は、
「ペペロンチーノ風の何か?え、それどういう料理です?」
「食材何使いました?どうやって料理しました?」
ってアレンに色々聞いて実際に作り上げて試食して、
「うまっ、これアレンさんが考えた料理ってことでカフェの目玉商品にしていいですか?うまっ」
ってろくに怒られることなく終わった。あんまり気にしない人たちで助かったけど、そこはもう少し気にした方がいいと思う。
カフェでのことを思いだして、ふっとガウリスを見た。
ガウリスは図書館でウチサザイ国…ううん、マジェル国の神様のことを調べ終わったら別のことを調べ始めていたのよね。
チラと見てみたら魔法石の小難しそうな分厚い本を開いて熱心に読んでいて、
「魔法石?何か知りたいことあるの?少しくらいなら私知ってるわよ」
って何となく近づいてみたら慌てて本をバンと閉じて、
「いえ、タイトルが少し気になって見ていただけです」
って本をすぐに戻した。
そこまで慌てて閉じて戻すような本でもないのに、何であんなに焦っているような感じだったのかしら。何だかここ最近のガウリスのよそよそしさが相まってすごく気になる…。
「…どうかしましたか?」
別の方向を見ていたガウリスが私の目を見て聞いてくる。
ふっと気づくと、ぼんやりしながらガウリスを凝視しているのに気づいて慌てて首を振った。
「ううん、別に」
つい考え事をしながら顔をジロジロ見てしまった。失礼なことをしたわ。
ガウリスは不思議そうにしていたれど、別に、と私が言ったから納得したような顔で身を引く。でもどこか私の態度が引っかかったのかもう一度私に向き直って、
「何か気になる事でもあったのですか?大丈夫ですか?」
って聞いてきた。
…うーん、聞いていいものかしら、ガウリスはあんまり聞いてほしくないって感じだったけれど…。
それでも私が長く口をつぐんで曖昧な表情を浮かべていると、ガウリスは何か深刻な悩みなのかって顔になっていく。
「ああ、そんな顔をするほどじゃないのよ、別に言いたくないならそれでいいの。ただガウリスは何を調べていたのか気になって…ほら、ラーダリア湖の精霊の国の時からガウリス一人で行動すること多くなっていたじゃない?」
ガウリスはそれを聞くと少し気まずそうに口を引き結んで目を横にずらすから、私は慌てて早口で続ける。
「別にいいのよ、プライベートで調べたいことなんて色々あるでしょうし、少し気になっただけだから…」
それでもわざわざ口に出してるんだから気にしてるって言ってるも同然。しかも慌てて弁解しようとしたらプライベートだからって気を使っているようでろくに使ってもいない言い方になっちゃった。
これじゃあただのおせっかい焼きっていうか、人の行動をいちいち詮索しようとする趣味の悪い人だわ。
私は慌てて大きく首を横に振る。
「言わなくていい!ごめんなさい今の言い方良くないわね、何も言わなくていい、これ以上何も聞かないから!」
続けたらもっと話が変な方向に行くと感じて話を終わらせようとすると、ガウリスはそんな私をジッと見て、かすかに申し訳なさそうな表情をする。
「ラーダリア湖からずっと気にしていたんですね?すみません変に気を揉ませることになってしまって」
「いいのよ、別にお互いパーティを組んでいるけどプライベートもあるもの」
逆にガウリスが謝ってうなだれかけたから、私は謝らないでとガウリスの肩に手をかけてそれ以上頭を下げないでと力を込める。
「その…エリーさんには聞かせられないと思っていたんですけど…リトゥアールジェムについて調べていたんです」
リトゥアールジェム…?それってハミルトンが期限付きでウチサザイ国の魔族に探して持って来いって言われてた物よね?
でも何で私に聞かせられないって思ったの?
ガウリスは私の表情を伺うようにして、
「その…ハミルトンさんが捕まってから、公安局にハミルトンさんに会いに行ったんです」
え、何でわざわざあんな奴に。
そんな表情が出てしまったのかガウリスが口をつぐみかけて、慌てて「それで?」って先を促す。
ガウリスは私の反応を気にしながら、
「…その時約束したのです、残りの年数で死なないよう助けると。だからリトゥアールジェムを探してウチサザイ国の魔族の元に持って行けば、ハミルトンさんも死なずに済むと思って…」
「それは…分かったけど、なんで私に内緒にしようとしていたの」
するとアレンはツンツンと私の腕をつついてきた。
何、とアレンを見ると、
「ガウリス、エリーに気ぃ使ったんだと思うぜ」
「てめえを襲った奴だぜ?そいつを助けたいって話聞きたいのか?」
アレンに続いてサードが毒つくように言ってくる。
…あ、そっか。そういうこと、だからガウリスは一人で色々と調べようと動き回って、私に隠すために何も言わないでいたんだわ。
今日本を慌てて閉じたのもリトゥアールジェムに関係する魔法石の本を読んでいるのを見つかったら…。
今まで感じていたガウリスのよそよそしさの正体が分かって、何となく気が抜けた。なーんだ、そんなことかって感じ。
「ガウリスが調べてるなら私だって手伝うわよ」
ガウリスが、え、と私を見てそっと気づかうように聞いてくる。
「そのような…ことをした人を助けるなど嫌ではありませんか…?」
そりゃあハミルトンは嫌い。今でもあの時のことを思い出すとゾワッとして全身に鳥肌が立つし怒りも湧いてくるし気持ち悪いしハミルトンがどうなろうが心の底から知ったことじゃない。
でも…。
「あんな奴はどうだっていいの。それでもガウリスのためなら力になるわよ、だからそんなこと変に隠さないで、隠された方が気になるんだから」
非難がましく言いながらもフッと思い直して、
「でも本当に言いたくないプライベートのことは黙ってていいからね!今回は私の聞き方が悪かったから言ってくれたんでしょうけど!」
と付け足すと、ガウリスも何となく内緒にしないといけないことを明かして心が軽くなったのか、ふっと微笑んで頷く。
「にしてもあんなゲスをよく助けたいだなんて言うぜ、信じらんねえ。このまま黙って見殺しにした方が世の中のためじゃねえの」
サードは毒ついている。アレンはサードを肘で小突いてからガウリスに視線を向けた。
「で、ガウリス一人で今まで調べてきたんだろ?何か分かったこととかある?」
「はい、まずリトゥアールジェムあちこちの魔道具店で販売されているようです」
え、そうなのと顔をあげる。でもガウリスは難しそうな顔をして、
「リトゥアールジェムは高度な魔術を使う時に使用する宝石のような物らしいです。それでもそのほとんどは魔力のある人が人工的に作り出したもの。
しかしハミルトンさんが探していた物は精霊が関わって作られた…恐らく純度の高い物なのだと思われます。これは一般的に売っている物ではないみたいで、精霊の関わった物が欲しいとどこで言っても本気で言ってるのかとまともに相手をしてもらえませんでした」
ガウリスはそこで一旦口をつぐみ、
「ラーダリア湖の精霊の国…あそこで頂いた宝石こそがリトゥアールジェムなのではと思ったのですが、どうやら違うようです。精霊の国でリトゥアールジェムのことを聞いたら湖ではなく地上で作られるものだと聞きました。今の所それくらいの知識しか得られていません」
そっか…そんなに見つからない物なのね、精霊の関わったリトゥアールジェムは。
「でもこれからは私も手伝うからね」
「俺も手伝うぜ」
「僕も手伝います!できる範囲でいいなら」
アレンもサムラも頷くけれど、サードは大きくため息をついた。
「それより先にリギュラ殺さねえといけねえだろ、他の事に集中してると足元すくわれるぜ。結局キシュフ城の図面は手にいれたが中にいるかもしれねえモンスターの情報は一切無えんだからな」
そうなのよね、いくら聞いて回ってもキシュフ城の内部に居るモンスター情報はなかったのよね。そもそもキシュフ城に行く人自体が居なかったし。
来年取り壊す予定で、内部調査にいく冒険者を募っている途中だったって話は聞いたけど。
「でもリギュラは魔族でもないし、魔族のダンジョンみたいにモンスターを配置しておくとかするかなぁ?」
アレンがそう言うとサードは口を軽く噛んで少し考える顔つきになる。
「そこがよく分らねえから不気味なんだよ」
「…」
少し考えてからの不気味って言うサードの言葉が一番不気味に感じるんだけど。不安にさせないでよ。
外国で某過激派組織に与していた人が母国に帰ろうとしたけどそういう組織にいた人だとバレて、それもそんな奴を自国に入れたくないと出国しようとした国と入国したい国のどちらからも入国拒否されて、国同士のわずかな隙間に一人取り残され行けず戻れずで助けを求めている人の動画があって、何やってんだろって思いました。
昔話の悪いことをした人の末路って感じ。




