次々と与えられるミッション
「キシュフ城の情報もリギュラの情報もねぇなぁ…」
「そうね…」
情報集めで外に出たアレンと私だけど、今は通りに面した喫茶店のテラスで飲み物を飲んでいる。
ハロワに行って吸血鬼…リギュラに関連する情報が何かないか調べてみたけれど、リギュラがやったような情報は特になかった。どうやらダマンドを吸血鬼にした以外は派手に動き回っていることはないみたいね。
それとキシュフ城のことも調べてみたけれど、とりあえずお城のことは昨日サードがことごとく調べて来ていたからそれ以上の役に立ちそうな話も特になかった。
リギュラとキシュフ城、どちらにしてもこれ以上は情報は集まらないってアレンは見切りをつけて、
「情報集まんないから飲み物でも飲もうぜ」
って私を誘って私も素直にテラスに座って紅茶を飲んでいるけれど…。
「吸血鬼と戦うっていうのにこんなにのんびりお茶をしてていいのかしら」
「いいんじゃね?いくら調べても無い情報は集めようがねぇもん」
いつもはそういう情報が集まらないって時にアレンがひょっこりと必要な情報を持って帰ってきたりするんだけど…でもそんなアレンが無理っていうなら本当にそれ以上情報が集まらないのかも。
情報集めはアレンの得意分野なんだから、私がそれでもどうにかならない?ってせっつくのも何か変よね。
紅茶を一口すすっているとアレンは飲んでいたコーヒーをお皿に乗せた。
「そういやリギュラ、ウチサザイ国から来たんだって」
「ウチサザイ国…って、今向かってる?」
私も紅茶をお皿に乗せて聞き返すとアレンは頷く。
「そう。そんでダマンド言ってたじゃん、リギュラは魔族と関わりがあるって。もしかしてその魔族ってなんとかジェム持って来いってハミルトンに命令した魔族なんじゃねぇかなって。
昨日はそのリギュラと関わってる魔族となんとかジェム持ってこいって言った魔族が同一人物か聞けなかったんだけど、どう思う?」
「…」
どう思うって今ここで簡単に聞かれても困るのよ。
「むしろその話はサードに話した方が良いんじゃない?どうしてサードに言わなかったの?」
アレンはケロッとした顔で答えた。
「だって昨日リギュラ来てからずっとピリピリしてたから今その話すんのアレかなぁーって。タイミングはみてたんだけどさ」
アレンなりに気を使ったのね。でもそうね…何となく私の考えだけど…。
「いくらなんでも魔族が何人も一つの国の中でウロウロしていることはないと思う」
特にハミルトンから聞いてたウチサザイ国の魔族の印象はとても荒っぽいし、魔族らしい力こそ全て、力で人を脅しねじ伏せるし人は虫けら程度にしか思ってないような感じだったもの。
そんな魔族の傍に魔族が何人もいたら喧嘩ばっかりで最終的に喧嘩が殺し合いになりそうじゃない。
その私の考えをアレンに伝えると、
「俺も何となく同じ魔族なんじゃないかなーって思うんだよ。いやー、昨日リギュラの身の上話ばっかり聞いてて部屋の中に入られたからさ、もう少しウチサザイ国のこと聞いておけばよかったな」
「あんまり危険なことに首を突っ込むようなことしなくていいわよ、吸血鬼に襲われたけどアレンが無事で本当に良かったって皆思ってるんだから無茶しないで」
アレンはへへ、と笑って後ろ頭をかく。そのままフッと自分の服を見下ろして「あ」と声を漏らしながら、ラディリア修道士からもらっていたエンブレムを取り出した。
「どうせだからリギュラ対策で皆の分のエンブレムも買っておこうぜ。ラディリア修道士からもらったこれリギュラに近づけたらすげえ嫌がってたんだ」
「けどそれ…聖職者の人から貰った物だから効いたんじゃない?」
そういうアンデッドに効果のありそうなエンブレムは神に仕える神官、神父、シスター、牧師、修道士がよく身につけているけれど、その辺のアクセサリーショップでも同じようなものがお洒落感覚で売っているもの。
聖職者から渡されたものとお店で一般的に売られているアクセサリーだと効果が違いそう気がする。特にラディリア修道士は色々と不思議な人みたいだから余計に。
「ダメかなぁ。いいと思ったんだけど」
アレンはそう言いながら、ふといいことを思いついたような笑顔になった。
「それならリギュラ対策で毎日皆でにんにく食べようぜ!美味しいし体にいいし!」
「…やだ」
悪い提案じゃないけど、ダマンドに臭いこっちを向かないでって言われた挙句に吐き戻されたのはものすごくショックだった。それにこれから毎日皆と会話する度にニンニクの臭いが漂ってくるのもちょっと嫌だ。
「えーダメ?」と言うアレンを無視しているうちに私にもある考えが浮かぶ。
「それならニンニクを持ち歩いた方がいいんじゃないの?臭いがダメなんでしょ?」
私の言葉にアレンはなるほど、と言いながら続けた。
「でもそれよりなら聖水持ち歩いた方がいいんじゃね?」
私も、自分で言ったアレンも即座に「それだ!」って顔で一斉に立ち上がった。
「そうよ、聖水を手に入れて窓際とかドアの入口にちょっと撒いたら…」
「アンデッドは入ってこれないし、いざとなれば身も守れる!」
二人でワッと手を取り合い、そして思いついたら即行動とばかりに一気に飲み物を飲み干してから駆け出した。
* * *
向かった先はラディリア修道士のいるあの聖堂。ろくに人を信用しないしすぐ疑ってかかるサードがあの修道士は本物と言っていたから信頼できる。
そうやって聖堂に向かって行く途中でガウリスを見かけた。でも一人で調べたことがあるとか言っていたし、アレンはプライベートだからあまり気にしない方がいいとも言っていたし…。
声をかけない方がいいかしらと悩んでいるとアレンは、
「よーガウリス!調べもの終わったー?」
って普通に小走りで声をかけながら駆け寄って行く…。
アレン、あなた私にはプライベートだからとか言っていたくせに…。
それでもガウリスは迷惑そうな感じでもなくて、振り返って私たちを見つけるとすぐ微笑む。
「いえ、中々進みませんね…」
「何について調べてんの?俺らリギュラのこともキシュフ城のことももう情報集まんないから手伝うぜ」
アレン…あなたプライベートって言葉分かって使ってた?
でもここまでくると変に気を使っている私が間抜けみたいね。
私は二人の近くまで小走りで駆け寄ってアレンと並ぶと、ガウリスを見上げる。
「アレン程役に立たないと思うけど私も手伝うわよ、何について調べているの?」
「…ええと…」
ガウリスの表情が親しい微笑みから困ったような微笑みになった。
何だかそこはあまり聞かれたくない感じね…。
するとアレンがピンときた顔でガウリスの隣にソソッと並んでヒソッと話す。
「エロ本買いたいのか…?昨日俺がエロ本みたいにリギュラに襲われそうになったとか言ったから女の子に襲われる系のが欲しくて…」
「違います」
アレンのヒソヒソ話にガウリスがキレよく突っ込んで離れる。
「だってガウリスが人前で言えないことならそんなことかなって思うじゃん」
「何でですか」
ガウリスは迷惑そうな顔をしながら私たちを見て、話題を変えようと思ったのか聞いてきた。
「で、お二人はどこに向かっていたんです?」
「俺ら?俺らは聖水買いにいくところ、ほら昨日の聖堂にリギュラ対策で買っておけばいいんじゃねぇかなって」
なるほど、ってガウリスは頷く。
「いい考えかもしれません、リギュラさんに襲われても聖水を周囲に撒くか自身にかけたら嫌がって触れられなくなるはずですからね」
なるほど自分に聖水をかけて自衛するって方法もあるんだわ。
「ガウリスも一緒に行く?それとも調べもの続ける?」
とりあえずガウリスが何を調べているのかは結局分からないけれど、あまり聞いてほしくもないみたいだから深く聞かずにどうする?って声をかける。
「そうですね、ここでは情報もなさそうですからご一緒します」
…情報が、ない?
ペルキサンドスス図書館でも分からなかったの?あ、ペルキサンドスス図書館はきっとまだ休館中ね。
それにしてもガウリスは何について調べているのかしら…。
あれこれ考えながら聖堂にたどり着いてドアを開ける。
するとすぐそこに三人の魔女の魔女が入口で頭を抱えてうずくまっていた。
「ん!?」
驚いて魔女を見ると、魔女はうんざりとしたうつろな顔で私たちを見上げて「腐る…体が腐る…」って言いながらまたうつむく。
「え?どういうこと…?なんでここに三人の魔女の魔女が…!?」
まさか普通に出歩けるようになったわけじゃないわよね、どうして…。
「エリー、アレン、ガウリス、どうしました?」
奥の方から聞こえてきたのはサードの声。パッと顔を奥に向けると、巨大な大男が窮屈そうに膝を抱えて大人しく座っているのが一番に目に入ってきた。
そのまま広い視点で見回してみると、立派な王様に数え切れないくらいの大量の兵士、それに狼、ゾンビ、エルフ、オーガ、オーク、ドワーフ、それと長椅子と長椅子の間にみっちり詰まっている黒いドラゴン…図書館の中で見たキャラクターたちが今すぐ戦えそうな姿勢で揃っている。
そのキャラクターたちの前にいるのはサードとサムラ、それとラディリア修道士。
「サード、どうしてここに…」
「ここでサムラの魔法の練習をしようと思いまして、ラディリア修道士に協力願ったのです」
…ああなるほど、あまり人が来ない広いこの聖堂で練習するつもりだったの。でもそれって来客が少ないって暗に言ってるも同じじゃ…失礼じゃない?
チラとラディリア修道士を見ると私の視線に気づいたのか微笑まれて、
「勇者御一行に協力できる機会なんてそうそうありませんから存分に活用いただいて結構ですよ。それにこんな魔法を間近で見れることもありませんからね」
どうやらラディリア修道士は全然気にしていないみたい、良かった。
そう思いながら近づいて、一人のキャラクターが目に入った。
あら、こんなキャラクター居たかしら。
どこか気難しい顔をして腕を組んでいる長い黒髪の上半身が裸で下半身は一枚の布を巻いた程度の服装の男の人。頭にはベールをかぶっていて首と手首にジャラジャラと金属類の飾りをつけている…。
「これなんの絵本のキャラクター?図書館では見なかった気がするけど」
私が聞くとサードは答えた。
「『りっぱなおうさま』に出てきた王を説得しにきて殺された神です」
サードはそう言いながらため息をついて、
「神ならば今敵対しているものに対抗できるかもと思ったので、他のキャラクターと共にサムラに完璧に出していただこうと思ったのですが、作中だとこの神は王を説得し、そして説得を諦めて殺されたので他のキャラクターたちのように攻撃方法がないのです」
そう説明しながらもサードは神様のキャラクターを睨んだ。使えると思ったのにろくに使えねえって言いたげね、何となく。
すると神様だというキャラクターは眉間にしわを寄せてサードを睨みつける。
「私は神だぞ、わざわざ生き物を傷つけるようなことはしないのだ」
そのまま厳しい表情で偉そうにふんぞり返った。そんな神様をサードは何もできねえくせに偉そうにしやがって、と言いたげな表情をしている。…もちろんラディリア修道士には見えない位置で。
「それで、皆さんはどうしてここに?」
「ああそれなんだけど」
サードの言葉にアレンが今までのこと…情報はもう集まらないことの説明を始めて、聖水を買いに来たって伝えた。
するとラディリア修道士は、
「聖水ならありますよ。一つコイン二十枚ですがよろしいですか?」
「人数分だから銅貨一枚か、うん大丈夫」
アレンがサクッと計算して銅貨一枚支払った。
「ありがとうございます、今持ってきますね」
銅貨一枚…。まあそこそこの値段よね。
銅貨に満たないコイン百枚で銅貨一枚。銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚…。
銅貨は金・銀ときて次に並ぶ貴重なお金だけど、銅は加工しやすくて広く普及しているし、少し値段のするものを買う時だと使い勝手がいいからよっぽどお金に困ってない人は大体持ってるのよね。
まあ安い値段のもの一つに銅貨で支払おうとすると店の人からすごく嫌な顔をされるんだけど。私も冒険を始めるまで一人で買い物をしたことがなかったから、値段の感覚が分からなくてちょっとした物に銅貨で支払おうとして、おつりが無いから帰って、って買い物を拒否されたのよね、懐かしい。
聖水を取りに行ったラディリア修道士を見送って、アレンはサードに声をかける。
「それとサード。リギュラなんだけどさ、ウチサザイ国から来たんだってよ。リギュラって魔族と関わってるってダマンド言ってたじゃん、さっきエリーにも話したんだけど…」
アレンはさっき私に言ってきたことをサードに伝えた。ハミルトンになんとかジェムを持ってこいって命令した魔族とリギュラの関わってる魔族は同一人物なんじゃないかって。
サードは最後まで話を聞いてラディリア修道士も居ないから裏の顔で答えた。
「断定はできねえ。だがあり得なくはねえ」
ノーでもなければイエスでもないわけね。
サードは何か考え込むように上を見上げて、外に出ているキャラクターたちを見ている。
「…リギュラ関係で特に調べるもんがねえならウチサザイ国についても調べとけ。歴史、風習、宗教何でもだ。ペルキサンドススの図書館員たちにはいずれまた休館中に訪れるかもしれねえとは伝えてあるから表から入れ」
だから何でそういう休館中の所に入れって堂々と言うかしら。それもそういう図書館じゃないと調べられないようなことを…。
言い返そうとするとラディリア修道士が聖水を持ってくるところで、あまり言い合っている姿を見せたくなくて黙り込む。
一人ずつに聖水を渡してサムラにも手渡した。
意識が逸れたらキャラクターたちが暴走するんじゃないかとヒヤッとしたけれど、これだけ大量のキャラクターを出していてもサムラは平気みたい。普通にキャラクターたちから視線を逸らしてラディリア修道士から聖水を受け取った。
するとラディリア修道士はふっとサムラと視線を合わせる。
「あなたはミラグロ山に行きますか?」
「ミラグロ山?」
サムラは聞き返しながら私たちを見渡す。その皆の目はアレンに集中した。アレンは地名とかに詳しいから。でもアレンも首を傾げた。
「ミラグロ山…?」
アレンは地図を荷物入れから取り出して広げて、
「それってどこ?この辺の山?」
って聞くとラディリア修道士は軽く首を傾げる。
「さあ…どこにあるんでしょう」
アレンがコケた。ラディリア修道士はうーん、と顎をなでながら、
「今、このサムラを見ていて頭の中に『ミラグロ山』という文字が聞こえたんです。何となくこの子に関りが…いいえ、重要なことではないかと思うのですが」
文字が聞こえる…?それどういう感覚?
とりあえず私たち全員がミラグロ山なんて知らないみたい、重要じゃないのって言われたサムラも。
「サムラの故郷近くの山脈の名前だとか?」
私が聞くとサムラは首を横に振って、
「いいえ…そういう山の名前は聞いたことありません」
サードはチラとラディリア修道士を見て、私たちに向き直った。
「ではミラグロ山についても調べていただけますか?私たちはもう少しここで練習していきます」
…結局図書館に行かないといけないじゃないの。
うーん、できればお休みってなってる所に無理やり入っていくようなことしたくないんだけどなぁ。
でも調べておかないと何してたんだってサードが文句言ってくるわよね…。
…カリータ、ごめんなさい、今から図書館に行くわ。
店員
「コラーーー!金払ええええ!」
エリー
「ハッいけない!」
アレン
「あっ、ごめーんうっかり忘れてた、テヘペロ」(お金を渡す)
うっかり金を払い忘れた勇者御一行の武道家アレン・ダーツ、魔導士エリー・マイ。それを追いかけた店員、ナロイド・モリア(64)。勇者御一行に武器も持たず怒鳴りつけながら単身追いかけ金を請求した店員として、勇者御一行の笑い話と共に彼の名前も後世に語り継がれていく。




