今日一日の成果
「ダマンドの殺害を頼まれた?実の娘に?」
マーリーからのもう一つの依頼を宿で皆に伝えるとサードが呟く。
マーリーはもう一つ依頼を、と言った後に苦しい顔つきで、
「リギュラを殺した後…父を…父も…屍の状態に戻してください…」
と言ってきて、アレンは驚いたように、
「そんな、実の親を殺せって依頼すんの?」
って思わず言ってしまって、すぐさま「あ」と慌てて口をふさいで「ごめん」と謝っていたわ。アレンの言葉には私も何を言ってんのよと肘で強くお腹を突いて制裁を加えた。
マーリーはアレンの言葉に眉間にしわを寄せて泣きそうになるのを我慢した表情で、ポケットから折りたたまれた紙を取り出して私たちに渡してきた。
「朝に父が煙突から落としてきた手紙です、読んでください」
私とアレンはその手紙を見た。
私たち勇者一行と会った、だから吸血鬼に関してはもう大丈夫だろうということが書かれていて、最後の方にはこうあった。
『私はこのような人を苦しめるアンデッドとして生き永らえたくはない。後ほど私からも勇者御一行に依頼するが、皆ももし御一行と行き合ったのならリギュラと共に私の命にも終止符を打ってもらえるように話しておいてくれ。そして御一行が家に行くころには私は死んだものと思うように。そのあとは皆で仲良く元気で暮らすんだよ、それが私の望みだ』
…あの手紙を思い出すと今でも胸が締め付けられるわ。だって本当に最後のお別れの手紙だったから。
手紙を返すとマーリーは大事そうに手紙を受け取って、深々と私たちに頭を下げるとそのまま去っていった。その後ろ姿も悲しいという言葉を体現しているくらいしぼんで影が差しているようで…。
あの時の手紙とマーリーの後ろ姿を思い出すだけで私の気分はすごく落ち込んでいく。
それでもアレンはとっくに気分の切り替えが終わっているのか、いつも通り手に入れた情報を伝え始めた。
「とりあえずマーリーの話から聞いたリギュラはダマンドの愛人みたいに振る舞って奥さんがキレてたって感じだな。それとマーリーからキシュフ城内のマップが市史に載ってるかもって話だったからペルキサンドスス図書館行ったんだけど、休館になってて入れなかった」
まーしょうがねぇよなー、ってアレンは頭をかく。
でもそれはそうよ、昨日絵本のキャラクターたちが図書館の中を大暴れしていたし、巨大な大男が本棚をめちゃくちゃに破壊して本も散らばっていたから今頃片付けで大忙しなんだわ。
ついでに隣接するカフェに行ってアレンが食材やらなにやらを勝手に色々使ってしまったことも謝ろうと思っていたけど、図書館が休館になっていたからカフェも閉まっていたのよね。
するとサードがスッとテーブルの上に紙を乗せてきたから、ん?と顔を近づけてみる。
えーと、『キシュフ城設計絵図』…?
アレンは目を見開きながらマップを見て、
「え…キシュフ城のマップ?どこで見つけてきたのこれ」
と聞くと、サードはアレンの質問に答えるように口を開いた。
「ペルキサンドスス図書館」
アレンは頭を即座に上げる。
「え?休館だったじゃん」
サードは馬鹿か?と見下すように笑いながらソファーに寄りかかってあごを上げる。
「俺たちはあの図書館のピンチを救った勇者一行だぜ?その本人が行ってんのに入れねえ方がおかしいだろ」
…つまり休館なのに勇者権限を使って無理やり中に入ったのね…?アレンといいサードといい、どうして入っちゃいけないって所に入って行こうとするの…?マナーを守りなさいよ…。
呆れながらもテーブルの上にあるキシュフ城のマップをみて、
「で、休館中の建物に無理やり入ってこれを探してきたってこと」
と嫌味も交えて聞くと「まあな」と嫌味をあっさりスルーしてサードは頷く。
「ダマンドもマーリーも言ってた通りキシュフ城は随分荒れてるみてえだな。そんな手入れのされてねえ荒れた城を放っておいたらモンスターの温床になるだろうって生前のダマンドが言って来年取り壊す計画があったんだってよ。その流れであの城の歴史だのなんだの調べてたみてえだから簡単に絵図が手に入った」
…そうなんだ、来年壊す予定だったんだ。でももしもっと早くにそのキシュフ城を壊していたら…リギュラはその城に居つくことはなくて、ダマンドも殺されることがなかったのかしら。
そんなことをぼんやり思いながら城のマップを見ているとサードは続ける。
「それとリギュラはあの城に関係してる奴かと思って色々調べてみたが、キシュフ城に関する人物にリギュラって名前は見当たらなかった。
それに市史だのこの辺で起きた事件だのも調べても吸血鬼が居たためしはない、だからリギュラは他の所から移り住んできたのかもしれねえ。俺が調べてきた情報は以上だ」
サードはそこで区切るとサムラに視線を移す。
「サムラ、お前は借りてきた絵本全部読んで文字とキャラクターと攻撃方法頭に叩き込んだか」
この半日足らずで人に求める要求の量じゃないのよ。
色々すぐ覚えるサードと同じレベルを人に求めるんじゃないわよ、そもそもサムラは至近距離しか見えなくて本を読むのに苦労しているんだから。
サムラをかばおうとすると、サムラはサードの言葉にキラキラした目で大きく頷く。
「はい!文字と攻撃方法はまだ覚えきれてないですけど、キャラクターの姿は全員覚えてダマンドさんみたいに幻覚魔法で姿を作り出すこともできたんです、とりあえず一番出しやすいのが三匹のネズミなんですよ」
むん、と力を込めるとテーブルの上に三匹のネズミが現れた。
「おおー!昨日みたいにぼやけてない!」
アレンはネズミの一匹の頭を指先で撫でる。
「ちゃんと触れる!毛もフワッフワ!」
アレンに指の腹で頭をしゃかしゃか撫でられている一匹は「おおう」と言いながら前後によろけていて、二匹のネズミたちは顔を見合わせて、
「こんなに外に出られるなんて珍しいな」
「そうだね、珍しいね」
って話し合っている。
そんな三匹のネズミを見たサードは自分の荷物入れに手をスッと入れた。
「ちょうどいい、例のブツだ」
何の闇取引の台詞よと思ったけれど、その言葉と同時に取り出されたのは一斤のライ麦パン。それもクルミがたくさん練り込まれているやつ。
そのパンをテーブルの上に乗せると、三匹のネズミたちは上から降りてきたクルミ入りライ麦パンに大喜びで、はわぁっと飛び跳ねている。
「ライ麦パンだ!」
「それもクルミ入り!」
「しかも一斤まるごと!夢のようだ!」
ネズミたちは嬉しそうにパンの周りを駆け回って、手で千切ってはムシャムシャと食べ始めている。
…可愛い。
小さい生き物が一生懸命食べ物を頬張っている姿がものすごく可愛い。
それにしてもサードは何気なく約束をしっかり果たしたわね。いつ外に出るかも分からねえ絵本のキャラクターだからパンが用意できない~とか、そのうち用意する~とか言って約束をのらくらと先延ばしにしてなかったことにしようとすると思ってた。
変な所で義理堅いのよねえ、いつもそうならいいのに。
すると私の隣にボッと何かが現れた気配がしてふっとそっちに目を向ける。
視線を横に動かすとすぐ隣に立派な王様が立っていて、思わずガタタと椅子から立ち上がって距離を取った。
「人物のキャラクターもこの通りです、サムラさんはとても魔法の使い方が上手なようであっという間にこの通りの姿で出すことができたんですよ」
ガウリスがそう言いながら立派な王様の隣に並んで肩に手を乗せ紹介するように手を向けると、立派な王様は馴れ馴れしく触るなとばかりにガウリスの手を払いのけた。
「けど昨日ガウリスが絵本にある通り倒して王様は消えたんじゃないの?」
「恐らく一時的に消えるだけで、消えてもまた魔法を使えばこのように外に出るようですね」
私の疑問にガウリスが答えると、ほお、とサードは立派な王様の目の前まで進んでニヤニヤ笑いで話しかけた。
「気分はどうだ」
サードのニヤニヤ笑いを見た王様はギロッとサードを睨んで、チッと舌打ちして顔を逸らす。
…でも何となくだけど、昨日より随分大人しい気がするわ。昨日はずっとイライラしてすぐ怒鳴り散らして何度も殺すって連呼していたのに。
でも少し大人しいからって信用できない。気を抜いたら殺されるかもしれないわ。
警戒して距離を取っているとサムラが王様の馬、それと兵士を何人もポンポン出した。
外に出てきたキャラクターたちはそれぞれが自由に部屋の中を動き回っているけれど、王様がギロリと睨むと兵士たちは慌てて隊列を組んでビシッとその場に立つ。
「今は出しただけで特に何も考えていない状態です。何も考えなかったら皆さん自由に動くんですけど、こうして欲しいと思えばある程度その通りに動いてくれるんです」
そうサムラが言うと王様はヒラリと馬に乗って、
「攻撃態勢!」
と剣をジャッと抜き言うと兵士たちはザッと盾を前に、槍を盾の隙間からだしてその姿勢で止まる。
「今は攻撃っぽいことお願いしますって頭の中でお願いしました」
サムラの説明にサードはなるほど、と頷きながらすぐ近くの王様の馬の首周りをペンペン叩く。
「私の馬に触るなこの裏切り者の勇者が!」
「何だ昨日の記憶あんのか、絵本のキャラクターのくせに」
王様の言葉にサードは少し驚いたような顔をして、でもすぐ興味を無くしたように視線をサムラを向けた。
「この半日でよくここまでできたな。上出来だよくやった」
まあ珍しい、サードが何の悪態も嫌味もなくただ褒めるだなんて。それくらいサムラはいい意味でサードの予想を裏切った成果をみせたみたいね。
サードはキャラクターたちを見ながらサムラに質問する。
「ダマンドは兵士をまとめて出したら力が暴走したがサムラはどれくらい出せる?」
「とりあえず十五人くらいは出してみました」
その言葉に私はギョッとしてサムラを見て口を開いた。
「力は暴走しなかったの?大丈夫だった?」
サムラの魔法は強くてラーダリア湖でも昔の私みたいに周りにたくさんの被害を出すレベルだったのに、こんな人もいる宿の中でそんなに一気に出して大丈夫だったの?
心配しているとガウリスは安心させるように微笑みながら首を縦に振った。
「大丈夫でしたよ。それにカリータさんもおっしゃっていましたが、これは強力な幻覚魔法なのでしょう?
エリーさんは以前人の手に負えない雷が扱いやすいとおっしゃっていましたが、もしかしたらそれと同じように吸血鬼になったダマンドさんが手に負えなかったこの強力な魔法はサムラさんにとって扱いやすいのかもしれません」
…吸血鬼の手に負えない幻覚魔法が扱いやすいって…ある意味すごいわね。
サムラの魔力、底知れないわ。
それにしてもと馬に乗った王様をチラと見てみる。
今は剣を下にさげているだけで昨日みたいに殺す殺すって怒ったり怒鳴ったりしない。まあその表情はものすごく不満だらけで何かあればすぐ剣を振り回しそうだけれど。
「それにしても昨日より王様大人しいな」
私が思っていたことと同じことをアレンが言う。「そうよね?」と返すとサードも会話に参加してきた。
「操ってる奴の精神状態なんじゃねえか?昨日ダマンドは俺らに殺されるかもしれねえって思って落ち着かない状態だったから全員がそれにつられて攻撃的だったじゃねえの」
すると座ってライ麦パンを食べている三匹のネズミも会話に参加してくる。
「その通り」
「幻覚魔法は使用者の精神状況に大いに左右される」
「どうであれ心が強い者じゃないと幻覚魔法は使えないんだよ。心が弱いと幻覚に飲み込まれるからね」
精神…心が強い…。
ダマンドとサムラを思い浮かべたらすぐ納得できる。
だって二人は本当に心が強いもの。
ダマンドは吸血鬼になって手助けしてくれる人たちがいない中、体が次第に弱りながらもリギュラを倒そうと一人必死に動き回っていた。
サムラは病弱で周りがよく見えない老齢の年齢なのに部族の皆のために山を下りて一人ずっと歩き続けていた。
並の精神力じゃそこまでできないと思うわ。
そう思っているとサムラは困ったように私たちに視線を向けてくる。
「でも王様は放っておき過ぎると人を殺そう頑張ってしまうんです、どうしてでしょう」
…それは…王様の元々の特性だからだとしか言いようがないわね。
私はサムラに言い含めるように伝えていく。
「あのね、王様は自分の性格は攻撃的だって分かって苦しんでいるの。でも絵本のストーリー上そういう性格じゃないと作者が伝えたいことが皆に伝わらないからそういう風に動くしかないのよ、しょうがないの」
私の言葉にサードはふーん、と呟いた。
「なるほど、思考は回っても決められた設定は変えられねえってか」
そう言いながら王様を見る。
「三匹のネズミは精霊が作り出したキャラクターだから分かるが、てめえは昨日の記憶があるなら自分で色々考える力もあるんだろ、あんただけか?それとも他の本のキャラクターも?」
「知るか。ただ終わりがない、誰かが絵本を開けば話が始まる、終わったと思ったらまた始まる…最悪だ!」
「そりゃ随分なムゲン地獄だなあ」
サードは楽しそうによく分からないことを呟いているとアレンがサードに声をかける。
「ところでサムラも普通にキャラクター動かせるみたいだし、神の祝福も受けたし、城のマップもあるしどうする?明日の朝からリギュラ倒しに行く?」
吸血鬼討伐のことを今夜どっか飲みに行く?みたいなノリで聞くんじゃないわよ。
するとサードは首を横に振った。
「サムラにはもう一歩先の事をやってもらう。キシュフ城に行くのはそれが完璧に出来たらだ」
サムラの表情が固まった。僕はまだ何か覚えるんですかって言いたげな弱った表情で、サードはそんなサムラの顔を見てイラッとしている。
「てめえ眼鏡の件が終わったからあとはただついて行くだけとでも思ってんのかよ」
「そ、そんなことは…」
あわわ、とサムラは首を横に振っているけれど、サムラは同行しているだけの依頼人なんだから普通だったらそんなこと覚える必要も怒られる必要もない立場の人なのよ、依頼人をこき使おうとしているサードがおかしいのよ…。
そう思いながらサムラをかばおうとして…ふっと気づいた。
サムラのほっぺに赤みがさしている。それも疲れて頭に血が昇っているような赤みじゃなくて血色が良い健康的な色。
「サムラ、肌の血色良くなってない?」
最初に会ったころは肌の青白さに何かの病気かと思うくらいで、朝になると顔から血の気が余計に引いていていて倒れるんじゃないかって心配する生白さだった。
なのに今は健康な少年そのもの色つきじゃない。
アレンは私の言葉を聞いてそういえば、とサムラに視線を移す。
「思えば前は歩くの辛そうだったのに湖からこっちに来るまででもそんなに疲れてなかったよな、サムラ」
「そうですね。以前ほど息も切れなくなってきましたよね」
ガウリスもそう言いながらサムラを見ている。
ということはもしかして、魔法の眼鏡屋さんのマーシーが想像で言っていたことは案外当たっていたのかも。
「マーシーの言っていた通り体に魔力が溜まりすぎて影響が出ていたってことね。ラーダリア湖からここまで毎日少しずつでも魔法の練習をしてきたんだもの、だから悪影響になるくらいの魔力が少しずつ抜けて健康になってきているんだわ」
そう言いながらサムラと目を合わせるように身をかがめて手を動かしてみる。
「目は?前より少しハッキリしてるとかはない?」
私の言葉にサムラは少し眉を垂れさせて軽く首を横に振る。
うーん、どうやら体調は良くなってきているみたいだけれど視力に変わりはないみたい。残念。
「けどさあ、体の中に魔力が溜まると体の具合が悪くなって、それで少しずつでも外に出していけば具合がよくなるって…。なんかそう考えると魔力ってさ…」
アレンがそこで一旦言葉を区切って、プス、と笑いながら続けた。
「屁みてぇだな」
その言葉にサードがブフォッと吹き出した。
「じゃあなんだ、強力な魔法は強烈な屁ってことか」
サードが笑ったのが嬉しいのかアレンは顔を輝かせて、
「だから空を飛ぶ魔法って屁で飛んでるってことじゃねぇかな!?」
って続けて、サードは何言ってんだ馬鹿かってアレンの背中をベッシ、と叩いている…。
こいつら…。嫌な話で楽しそうに盛り上がるわ…。
するとサードはふっと私を見て笑いを噛みしめながら視線を逸らして、アレンは私を見てハッとした顔つきで慌てた。
「いやエリーがすげえ屁こいてるだなんて誰も思ってねえから!」
何その妙な方向からのフォロー。
「…もうその話はいいからやめて?」
怒りを押し殺した声で言いながらプイッと顔を背けるとアレンは、
「ごめんってぇ、エリー、ごめぇん。俺が悪かった、可愛いよエリー、許してぇ」
って両肩を後ろから掴んで軽く揺らしてくるけど、私は全力で無視をする。こんな時に可愛いって言われても何も嬉しくないのよ。
サードは笑いながらも窓から外を見て、かすかに真顔になって振り向いた。
「そろそろ日ぃ暮れるぞ」
その言葉に窓の外を見ると、町の中が真っ赤な夕日に照らされていて太陽が沈んでいくところ。サードは窓の外にまた視線を移すと、
「これからがリギュラが動き出す時間だ。いいか、日暮れ辺りから朝になるまで一切キシュフ城やリギュラの身辺を探っている姿は見せるな。今まで集めた情報も借りた絵本も全部隠しておけ」
って完全に笑いを収めて、真面目な顔でアレンを見た。
「特にアレン。お前は日が暮れたら自分の部屋に誰も入れるな、外にも出るな。廊下から俺らが呼びかけても開けなくてもいい。何かあったら全力で叫べ。首にはエンブレムをつけたまま寝ろ。いいな」
注意事項をつらつらいい連ねるサードにアレンはキリッした顔で頷いた。
「うん分かった!」
サードはダマンドと同じようにこいつ大丈夫かよ…って言いたげな顔になる。
まぁ、アレンはいつもこうだから…。でもやっぱり何か心配だわ。
屁で空を飛ぶのはね、河童。あと屁こき女房の姑と舅。




