ドラゴンといっしょ
「というわけで、このドラゴンは人の言葉も分かっており人に対して敵意はありません。むしろ今まで人を一人も傷つけたこともない平和的な性格のドラゴンです」
サードが村人たちにそう説明する。
「…平和的な性格、ですか…」
パシとフシのいた村の村長とその村人たちが目をぱちくりさせながらドラゴンを見上げ、ラリの村の村人たちもおっかなびっくりといった体で遠巻きにドラゴンを見ている。
そして私とアレンはサードの説明を聞いていて小声で会話を交わした。…とは言ってもアレンの小声は普通の会話程度の大きさだけど、ヒソヒソ話す。
「サードはあのドラゴンは人だって言わないのかしら」
「言わないみたいだな」
このドラゴンは元々人だったって伝えたほうが皆も安心するんじゃないかしらと思うんだけどね、という考えをよそにサードはドラゴンに手と視線を向けて話を続け、
「このドラゴンには元々過ごしていた所へ責任をもって連れて行きます。いずれ国からの兵士がここに来るでしょうが、その時にはそのように伝えていただけますでしょうか」
パシとフシの村の村長と、ラリの村の村長がそれぞれ顔を合わせて、
「別に断る理由はありませんが…」
「けどその…本当に大丈夫ですか?ドラゴンと共に行動するのは…」
と心配そうに聞いてきた。
色々言いたいし聞きたいこともあるけど、人間の言葉を理解するドラゴンを間近にして滅多なことが言えないし聞けない感じね。
そりゃあ私だってサードに聞きたいことは山ほどある。
本当にこのドラゴンは新種なの?元々人間だったっていうけど、どうしてこのドラゴンが人間だって思ったの?人からドラゴンになるものなの?何よりサードはその新種のドラゴンのこと知ってたわよね?他にも色々…。
でも何もかも分かっている、とばかりに落ち着き払っているサードの隣でどうしてどうしてと質問攻めをしていると、
「ああやっぱりすごいのは勇者様だけで、この人はその連れってだけなんだな」
と顔で小馬鹿にする人がいるから、こういう時は私も何もかも分かっているのよ、というフリをして後から質問することにしている。
そして何もかも分かっているサードは村長二人のまごついた聞き方に優雅に微笑みながら頷いて、
「大丈夫ですよ。このドラゴンに敵意はありませんし、元々住んでいた所に連れて行くだけですから。それとも一緒にドラゴンと過ごしたいと言うのなら我々は引き下がりますが」
「い、いやいや滅相も無い!」
ドラゴンに居座られたラリの村の村長はものすごい勢いで頭を横に振るけど、そりゃそうよ。敵意が無かったとはいえ、いつドラゴンが襲ってきて殺されるかも分からない恐怖に数日間さらされていたんだもの。これ以上ドラゴンと一緒なのはお断りのはずよ。
村長たちの様子を見たサードはここでの仕事は終わったなという顔で私たちに振り向く。
「ドラゴンの問題も解決しましたし…我々は行きましょうか」
「え?」
その場にいる皆から声が漏れる。村長、パシ、フシ、ラリ以外の私とアレンからも。
そりゃ頼まれたことは終わったかもしれないけど、あまりに早すぎない?そりゃあケルキ山に向かう目的はあるけどそこまで急いでいるわけじゃないのに。
「そんな…もうちょっとゆっくりしていってもいいじゃないですか」
「そうそう、もっと勇者御一行の冒険話も聞きたいし、ドラゴンに敵意も無いんですから」
周りにいる人たちが引き止めようとするけどサードは申し訳なさそうに微笑む。
「気持ちは有難いのですが、我々も先を急ぐ身ですので」
別に急いでないのよ。むしろドラゴン征伐を求められるのが嫌で遠回りのルートへ逸れたくせに何言ってんのこいつ。
それでもサードが嘘をついていると知らない村人たちはそれは残念そうに肩を落とし、
「そう…ですか」
と言うと、同じく残念そうな村長二人は目配せをして顔をサードに向ける。
「ゆっくりしていただけないのは残念ですが、ドラゴンを相手にこんなに早く解決してくださったのです」
「お礼といってはなんですが、わずかながらでも餞別を用意します。それまでもう少々待っていただけませんか」
二人の村長はそれぞれ村人に指示をだし、村人たちも指示に従って動き出した。
大人たちが一斉に動く中、好奇心の強い子供たちはドラゴンに触ろうと恐る恐る近づいていて、サードはそんな子供たちにフッと目を移しドラゴンに指を向ける。
「喉の逆さになっている鱗には触ってはいけませんよ。村が潰れますからね」
サードのその一言で子供たちはザッと引いた。
「ちょっとサード、脅かしすぎよ」
いくら子供への注意だからって村が潰れるは言いすぎじゃないのと思い注意すると、サードは真顔で私を見た。
「本当です。そこだけは触れてはいけないものなんです」
「…」
やっぱりこいつ、モンスター辞典にすら載っていないこのドラゴンのこと色々知ってるわよね…?
そんな疑問の視線を投げかけるけど、サードはもう私から視線を外し村人たちとの談笑に戻っているから私の視線なんて全然見ていない。
少しするとお金、持てるだけの食料品、火を起こす時にあると嬉しいチップ、そして飲料水をもらった。
二人の村長は申し訳なさそうに、
「申し訳ありません、材木はたくさんあるんですが旅に必要なものとなるとあまりいいものがなくて…」
と言う。それでもサードは頭を何度か横に振ると自分の胸に手を当てた。
「何を仰いますか、その気持ちだけで我々は十分にありがたいのですよ」
そしてニッコリと微笑むと、周りの女の子たちからキャー!と黄色い歓声をあげる。
いつものことだけど、サードの本性を知ったらこの黄色い声は絶望の悲鳴に変わるのかしら。この男の本性も知らないで可哀想に…。
「では、また何かあったら駆けつけますので」
あんなに渋々と来たくせしてよく言うわ。
呆れながらも、行きましょうと私たちに促すサードの後ろを歩いていくと、ドラゴンもゆっくりうねりながら、ふわ、と空中に浮かび上がった。
村人全員から「おお…」と感動のこもった声が漏れて同じ動きで上を見あげる。
まぁ、こんなに間近で怪我人も死亡者もなく生きてドラゴンの飛ぶ姿が見れるのは奇跡そのものだものね。
後ろからは私たちに「さようならー、ありがとうー!お気をつけてー!」と大きく手を振り別れを告げる声がずっと聞こえてくる。
私たちは何度も振り返り手をふり下山のルートを進む。
村人たちの別れを告げる声が聞こえなくなってきたころ、近くを飛んでいるドラゴンを改めてジッと見て疑問に思って呟いた。
「…それにしてもこのドラゴンは羽がないのにどうやって飛んでるのかしら」
「風に乗ってんだろ。風と雨を動かすような存在だからな」
あっさりと答えるサードに私は今まで我慢して聞かなかったことを聞こうとすると、アレンがズイッと前に出た。
「つーかこのドラゴン本当に人なのか?なんで分かったんだ?新種のドラゴンじゃないのか?何で人がドラゴンになったんだ?なあ?なあ?なあ?」
アレンもずっと気になっていたのか矢継ぎ早に質問してサードの肩を掴んでユサユサと揺すぶっている。
サードは面倒くさそうに顔をしかめ、肩を動かしてアレンの手を払いのけた。
「どうだっていいだろ」
「よくないわよ、自分だけ分かってるとかずるいじゃないの!教えてよ!」
私の言葉にサードは余計に面倒臭そうな顔をした。でも何か言うまで引きそうにない私たちの表情をみて無視したら余計に面倒臭くなりそうと踏んだのか話し始める。
「俺が夜に見たシルエットと、他の奴らから聞いた話で推測したんだ。俺だって実際にリュウ…。…ドラゴンなんか見たことはねえが、この姿ならどこぞの天候を操る水辺の神的な存在か、人間が何かやらかした罰でこんな姿になったとかそんな所だろうと踏んだ。そんな話を聞いたことがあるからな」
話し終えると同時に上空を飛ぶドラゴンにサードが目を向ける。
「お前、東の果てから来たわけじゃねえだろ?」
ドラゴンはサードに頭を向け首を横に振った。それより人の言葉を本当に理解しているのね。
するとアレンは「へー」と言いながら、
「ってことはサードの生まれ故郷は東の果てなのか?そこってどこ?地図で探すから国名教えて」
「えっ、アレン知らなかったの!?」
私より長くサードと旅をしているアレンですらサードの生まれがどこか知らないなんて、と驚いているとサードは鼻で笑って、
「教えてやんねえ」
とだけ返す。それでも私は納得いかない。
「何よそれ、サードってどこの生まれなの?サードの故郷にはこういうドラゴンがいたの?いたんでしょ?だから色々と手の形とか喉の逆さの鱗とかそういう特徴も知ってるのよね?ねえ?」
私もアレンに負けず矢継ぎ早に質問するけどサードは私の言葉を無視して歩いていく。
それでもこんな時に秘密主義気取ってんじゃないわよと更に突っ込んで聞こうとするとサードはピタリと止まってドラゴンを見上げた。
「おい、お前。背中に乗せろ」
サードの言葉にドラゴンはすぐさまスルスルと地面の上に降り立ち、どうぞと言わんばかりに黙ってこちらを見ている。
「はっ」
ドラゴンの背中に乗れるという考えられない状況にサードにあれこれ突っ込んで聞いてやるという気持ちが吹っ飛んだ。
「マジで?マジで乗っていいのか?」
アレンは子供のように興奮しながら近寄ってよじ登って、サードは軽々とドラゴンの上に登って、私も、
「お願いね」
と言いながら恐る恐るドラゴンの背中によじよじと登りアレンに手を引っ張られ背中に乗った。
首周りから背中に生えている毛は固くて座り心地は…まぁ良いとは言えない。でも掴むところがあるんだから落ちる心配はないわよね。
フワリと地面からドラゴンが離れ、空中に浮遊していく。
「うおお、怖ぇえ」
そう言いながらもアレンの声は興奮していて楽しそう。
周りの木が見る見るうちに下になって、見晴らしのいい上空をゆっくりと進んでいく。
ドラゴンは風に乗ってる。サードがさっきそう言っていたから、ドラゴンは自分の周辺に激しい風でも起こして飛んでいるのかしらと思ってた。羽もないし。
けど実際はドラゴンの周囲には髪がたなびく程度のゆるゆるとした風しか流れていない。とても心地のいい緩い風を受けながらこんな高い所で地上を見られるなんて…すごく最高。
どこまでも続く山と森、所々にある村と町とそこに続く道。もっと遠くにはこの国の中心都市があるはずだけど、さすがにそこは遠すぎて見えない。
「隣の国境近くになったら俺らを降ろして、お前は国境の向こう側で人に見つからねえよう隠れて待機していろ、いいな」
サードが指示するとドラゴンは喉の奥から唸り声をあげる。まるで命令するなと怒っているように感じるけど、別に怒っていなさそうだからこの唸り声がデフォルトの声なのかも。何も分からなかったら絶対怒ってると勘違いして脅えちゃうわよね。
「これだとあっという間に隣の国に行けそうだな」
アレンの言葉通り、あっという間に国境の境にある審査所が見えて来た。するとドラゴンはスルスルと地面に降り立って私たちを地面の上におろす。
「本当にあっという間だったわね…」
ドラゴンをどうにかしてと東の審査所で言われてパシとフシの居る村まで一日かけて歩いたのに、空を飛んだらほんのわずかな時間でたどり着いたわ。
ドラゴンから降りてドラゴンの顔がみえるところに歩くと、ドラゴンは目を私に向けている。
怖い顔だけど、よく見れば目は大きいしキラキラと輝いてるし可愛いとも思えなくもない。
「ありがとうね」
ドラゴンの鼻の頭をなでると、その怒っているような顔がどこか微笑んでいるようにも見みえてくる。
「じゃあ、審査所の向こうで待ち合わせだな」
アレンももう慣れたもので、ドラゴンの口端を容赦なくペチペチと叩いた。
ドラゴンはその言葉を聞くとふわりと浮かんで、ぐんぐん空に飛び上がって細い棒並みの大きさになるほど高い上空を飛びながら、隣の国のほうへと向かって行った。
「そういえばサード、なんで村人たちにあのドラゴンが人だって言わなかったんだ?」
歩き始めてふと思い出したのかアレンが聞くとサードは答えた。
「説明すんのが面倒だった。それに国の兵士に見つかったら新種のドラゴンだなんだの騒ぎで国の研究者が来るかもしれねえだろ?」
その言葉に私もアレンも「ああ、なるほど…」と納得とうんざりした表情で頷いた。
だからサードは急いでいるふりをしてさっさとあの場を立ち去りたかったのね。
ロドディアスの古城から流れ出た毒を含む水のモンスター。
これは今まで地上にいなかった新種だと、医師団は国の研究施設に報告をしたようなのよね。そしてすぐさま国の研究者がやって来て、私たちは延々と質問攻めにあった。
見た目はどうだった?直径・高さ・幅は?色は?攻撃方法は?どこで出会った?どのように倒した?弱点は分かるか?どれくらい数がいたか?その毒は他のモンスターと似た所はあるか…。
午前中から陽が沈むまで延々とそのような質問攻めにあい、そのモンスターがいた古城の場まで連れて行ってくれないかと言われたサードが丁重に断っていたのを…私はまだ痛む頭とお腹を抱えて聞いていた。
そう、まだ具合が良くなかった私も新種のモンスターを実際に見て毒を喰らった貴重な人材としてずっと話合いの場に参加させられていた。
「確かにモンスターを知ることで他の人が助かるかもしれないけど…」
あの時のことを思い出してゲンナリしていると、アレンも大きく頷く。
「でも具合が悪いエリーを無理やり参加させといて今どんな気分だって言った時には怒っていいかなって思ったもん俺。気分悪いに決まってんじゃん」
サードもウンザリしたように、
「あんな弱っちい小せえのであれくらい拘束されんだ、ドラゴンの新種で、しかも元は人間だなんて言ったら何日拘束されるか分かったもんじゃねえ」
「そうね、きっと学会で発表して研究者向けの雑誌に掲載されて研究者の皆が新種のドラゴンって完全に認めるまで拘束されるかもね。十年くらいかかるかしら、ふふふ」
ジョークのつもりで笑いながら言ったけど、現実に起こりそうで自分で言っておいて全く笑えない。それに二人もドン引きの顔になったから黙り込んだ。
まずそんな話はもういいわとサードに顔を向ける。
「ところでドラゴンの姿から人間に戻すって、どうやるの?」
「知らねえ」
私とアレンはこけた。
「じゃあなんで戻りたいかって話持ち掛けたの!?」
問い詰める私の言葉にサードは顔だけ振り向いてケロっと答えた。
「どうせ知識のある魔族のいるケルキ山に行くんだろ。そいつが何か知ってるんじゃねえの」
なんて男…!
こいつ人間に戻す保証もないのにあのドラゴンに自分たちに協力するよう持ち掛けたの!?
「もし…その魔族でも戻す方法が分からないってなったらどうすんだよ、怒るんじゃないか?いくらなんでもドラゴン怒らせたらヤバいって」
心配するアレンの言葉にサードは聖剣の柄をポンポン叩く。
「そん時はこれの出番だ」
私は額を押さえた。
本当、なんて男なの…。




