ダマンドの娘
ガウリスとサムラは絵本の残りを読みに宿屋に戻りサードは一人でさっさと行ってしまったから、私とアレンは二人で情報を集めに行くことにした。
とりあえずリギュラのいるキシュフ城についての情報から探そうと歩きだしてしばらく。
「あのう…」
と声をかけられて振り向いた。見るとストールですっぽりと頭と顔を隠した女の人が立っていて、どこかオドオドと脅えた雰囲気で周囲を見回している。
一目見ただけでも何かあった、だから目立つ頭のアレンを見つけて勇者一行だと声をかけにきたんだと分かる。
私とアレンがすぐさま女の人に向き直ると、女の人は身を乗り出して声を抑えながら聞いてくる。
「勇者御一行ですよね…?」
「ええそうよ。何かあったの?」
すぐさま事情を聞こうとする構えをみたら女の人はどこかホッとしたような泣きそうな表情をして、もう一歩近寄ってきた。
「私はダマンド前市長の娘のマーリーと申します、昨日ダマンド…父と会ったんですよね?」
その一言に私は驚いて思わず目を見開いてアレンに目配せする。アレンも私を見ていて、すぐさまお互いにマーリーに視線を戻した。
確かに憂いの帯びたこのグレーに近い青い瞳と目の形…ダマンドと似ているわ。
アレンが何か言おうと口を開きかけるけれど、マーリーの方が先に喋りだす。
「先ほどラディリア修道士と行き合ったんです。あ、ラディリア修道士ともお会いしたんですよね?先ほど行き会ったら聖堂に勇者一行がいらしたとおっしゃっていて…そうしたら何か悩みがあるのなら勇者一行を訪ねてみなさいと言われたので探していたんです…」
もしかしてその修道士って神の祝福をしてくれたあの修道士のこと?ラディリアって名前だったの。思えばあの人自己紹介も何もしなかったわね、向こうが私たちを知っていたからこっちも聞くの忘れていたけど…。
「何か本当に色々分かってるような人だなぁ、そのラディリア修道士」
アレンが呟くとマーリーも頷いて、
「あの方は本当に不思議な方です、人の目に見えないものが見えているって皆さん言っているんですよ」
って軽く頷きながらひそひそとした小声で、
「本当は家に招いてゆっくりお話をするところをこんな道端ですいません、吸血鬼に家がバレてしまっているから冒険者の方を招くことができなくて…昼で吸血鬼は動けないのは知ってます、でもどこからか見張られている気がして不安で…」
きっとこの何かに脅えているように小声で話すのも、頭と顔をストールで隠しているのもリギュラを警戒してのことなんだわ。
「そりゃそうよ、怖いのは当たり前よ」
私の言葉にマーリーは泣きそうに眉を垂れさせて頷く。
「それで?」
アレンが落ち着かせるように優しく声をかけるとマーリーはアレンに目を向ける。
「あなた方に依頼したいんです。お願いします、あの吸血鬼を…リギュラを討伐してください」
ダマンドの娘だと紹介された時からそう言われると予想していたから、当然のように私はすぐさま頷いて、
「大丈夫、昨日ダマンドからも同じことを言われてとっくにリギュラ討伐の依頼を受けているわ。今もそのために動いているのよ」
その言葉にマーリーはしばらく無言になって、そっと身を寄せてくる。
「…父は今どうしていました?苦しんでませんでしたか?今朝あなた方と会ったから吸血鬼はどうにかなるかもしれないって簡単な手紙が煙突の下に落ちていたんですが、父自身のことは全然書いてなくて…」
ダマンドは家族に害がいかないようになるべく接触を避けているのね。
それにしてもマーリーを見ていると、まるで戦争でお父様たちと生き別れた昔の私が重なって胸が痛むわ。
エルボ国から離れた四年の間、ずっとお父様たちは生きているのか、無事なのかと不安な気持ちだったから…。
「大丈夫、無事よ」って言って安心させたい。サンシラ国の神々にそう言ってもらえてホッとした時みたいに。
でもそうすると少なからず嘘をつくことになる。
ダマンドは無事には無事だけれど空腹で酷く弱っている状態なんだもの。リギュラが何か臭いなって顔をしかめる程度のニンニクの臭いで吐き戻してしまうくらいに。
どう伝えようか迷っているとアレンが口を開いた。
「大丈夫、ダマンドすげえ強い人だから」
アレンは続ける。
「やっぱり市の上に立ってただけあるよ。自分が辛い立場だってのにこの市の人たちが自分とか自分の家族みたいに苦しむのを止めないといけないって一人で動き回ってたんだもん、責任感すげぇと思うぜ」
アレンの言葉を聞いたマーリーは心配そうな表情を崩して、かすかに目を潤ませながらも笑った。
「生前からそうだったんです、自分より市のこと優先で動き回る所…。自分の体のこともっと考えてよ、って怒ることも多かったんですよ。そうですか、父は…吸血鬼になっても全然変わらないんですね」
ダマンドのことを思い出しながら話すマーリーは段々と涙目になって声が震えてきて、少しうつむいたあと私たちを真っすぐ見る。
「…改めて、依頼をお願いします。本当はハロワを通すことでしょうが、そんなことをしたらあのリギュラにバレてしまうかもしれません。リギュラを倒していただいたら私たちの家に来てください、前市長ダマンドの家といえば大体の人は分かりますから、報酬はその時にお支払いいたします」
「ええ。その依頼、しっかり受けたわ」
強く頷きながら言うと、マーリーはどこかホッとしたように顔と肩から力が抜けた。
きっと今の今までリギュラの影に脅えていたのと、吸血鬼になったダマンドの身が心配だったのとで気を張っていて、私たちに依頼した形でその重圧から抜け出せたんだわ。
「…ところでさ」
アレンはマーリーにそっと声をかける。
「思い出すのも辛いだろうけど、リギュラのことで知ってること教えてくれないかな。今リギュラとかリギュラのいるキシュフ城のこととか、何でも情報集めようとしてんだ」
アレンの言葉にマーリーは潤んでいた目をぬぐって、真面目な顔で頷いた。
「分かりました、私が覚えている限りのことは全て話します。まずキシュフ城ですけど、ここの町を抜けた街道の外れの森の中にあるお城です」
それはダマンドも言っていたわ。
そう思いながら先を促すよう見ていると、マーリーは続ける。
「それでも使われなくなってかなりたっていますし、誰も管理せず放置している状態なのでとても荒れていると思います、アンデッドが棲みつくにはちょうどいい場所かもしれません」
「キシュフ城中のマップとか分かんないかな」
マーリーはアレンの質問に「んー…」と難しい顔でしばらく考え込んで、
「ペルキサンドスス図書館にこの市の市史があると思います、その中にもしかしたら載っているかもしれません。あのお城は市外なので本当に載っているかよく分かりませんけど、もしかしたら。…すみません、キシュフ城のことはこれ以上分かりません」
「だったら、リギュラのこと教えて。でも辛くなったら無理に話さなくてもいい、言える範囲でいいから」
アレンの言葉にマーリーは口を引き結んで、強い目でアレンを見返す。
「…大丈夫です。とりあえずリギュラが家にやって来たときのことから父が亡くなるまでの全てをお教えします、役に立つ内容があるか分かりませんから、できる限り全てを」
* * *
父が初めてリギュラを連れてきた時、私は一目で好きになりました。顔色が酷く悪いとは思いましたけど、それでも顔立ちはスッキリしていて清潔ですし、品もあるのに近寄りがたくない飄々とした方で素敵な男性だと思いましたから。
…今は大嫌いですよ。
それでもその時は顔色の悪いただの人間の男性としか思っていませんでしたから、お近づきになりたいとリギュラと父が飲み合っている所にあれこれ口実を作って参加していましたし、父も話に混じりなさいと迎い入れてくれました。
父は私がリギュラに好意を持っているのをすぐに察したんだと思います、それでも互いに年齢もちょうどいいし、父はリギュラを家に招くほど気に入っている様子でしたから息子候補にちょうどいいと思ったんでしょう。
それでもリギュラは私がいると酷く不機嫌になり、父と二人になるとコロッと機嫌がよくなっていました。
そんな私が去る時に父を真っすぐ見るリギュラの熱っぽい目を見て何となく気づきました、もしかしてリギュラは父に好意を抱いているんじゃないかって…。
そりゃあ男性が好きな男性が居るのは分かります、でもやっぱり…自分の父親が男…しかもかなり年若い男の人に熱い視線を向けられていると思うとちょっと…気分的に受け付けられなくて…。
母もリギュラの視線に女の勘が働いたんだと思います、
「私あの人気持ち悪いわ」
と私やメイドにこぼすようになりました。もちろんメイドもリギュラの父に対する態度と、それ以外の女の私たちに対する態度があからさまに違うのであまり快く思っていませんでした。
でも父はそんなリギュラの視線なんて一切気づいていませんでした。父はリギュラのことを楽しい会話ができる友人として、そして私のお婿候補として毎晩のように家に招き入れていました。
そうやって家に招かれて応接に通されるリギュラは次第に母に向かって「ダマンドはお前より僕と話したいんだよ」とばかりの勝ち誇った顔をするようになりました。
ええ、まるで本妻を挑発する愛人のようでしょう?
母もしばらく我慢していましたが、次第に鼻についたんでしょう、最初は軽い調子でリギュラを家に連れてこないでと父に伝えていたんですが、あまりにも聞き流されるのでついに怒り出したんです。
それでも父は対応の良いリギュラしか見ていません、何で母がそう怒るのか少しも分かっていなくて、どうしてそんなにリギュラを嫌うのか、理由があるのなら教えて欲しいと困惑しながら聞いていました。
母はそれまでのうっ憤を晴らすように怒りながら説明しました。
それでも話を聞き終わった父は呆れたように母を諭していました。
「バカバカしい、私は彼を友人として好いているがそれ以上どうにかなるとでも思っているのか?それも相手が女性なら私にもこう怒られる道理もあるだろうがリギュラは男だぞ、冷静に考えなさい」
息子といってもおかしくない年齢の男に嫉妬していると父に受け取られては母も何となくバツが悪かったのか、それ以上強く言うことはなくなりました。
それでも一応父も母に気を使ってリギュラを家に連れてくる頻度は各段に少なくなったんですよ。
けどそうやってリギュラがたまにしか家に来なくなってからです、リギュラとお酒を飲んでいると父が顔色も悪く倒れるように眠ることが多くなったのは。
それもリギュラは父とは正反対の血色のいい顔で足取りも軽く去っていて…。
…首に噛まれて血を吸われた痕はなかったのか、ですか…?
それがあったにはあったんですけど全然目立たない程度だったんです。引っかいて少し血が出てかさぶたができている程度で…。父が吸血鬼になったと戻ってきた後です、父の首の中々治らなかったあの二つのかさぶたは吸血鬼に血を吸われた傷痕だったんだって分かったのは。
* * *
「これがリギュラが家に来て、父が亡くなるまでの話です。参考になる話があればいいのですけど…」
話をし終わってマーリーがそう締めくくる。
それにしてもマーリーたちは未だにリギュラが男だと思っているのね、リギュラは女の人なのに。
…女の人だって伝えようかしら。でも伝えたからって結局ダマンドがリギュラに殺されたのは変わらないし、余計に嫌な気分にさせてしまうかもしれない。
するとマーリーは真っすぐ私を見ているから、ふっと目を上げて視線を合わせた。
マーリーはどこか覚悟を決めたような悲壮な顔つきで口を開く。
「それともう一つ。別の依頼もお願いします」
世の中には耳に鼻を突っ込んで血を吸う吸血鬼もいます(国籍不明、メモした紙行方不明)鼻息がフンカフンカ入ってきてギャーってなりそうですね。
イギリスの吸血鬼は片目をつぶって英国新聞を読んでいるそうです。ただのイギリス紳士じゃん。
追記
メモ見つけました。イギリスの吸血鬼色々間違ってたので上のあえて残しときます。違いをお楽しみください。
・ドイツ南部バイエルン地方の吸血鬼は両手の指を組み合わせ、目を片方あけて寝る
・イギリスの吸血鬼はタイムズ新聞を読み、黒い傘を持ち歩く
・トランシルヴァニアの吸血鬼はハイヒールとバアさんが大好き
・ブルガリアの吸血鬼は鼻穴が一つ
・アイルランドの吸血鬼は血の味が嫌い
・ロシアの吸血鬼は牧師を見ると顔が紫色になる
・アメリカの吸血鬼は鼻で人の耳から血を吸う




