立派な王様の倒し方
「えー!ちょ、王様敵に回しちゃっていいのー!?」
アレンが驚いたように王様とサードを交互に見ているとサードは、
「そのネズミらがいればあとは原因が特定できます。だったらもう王の臣下の立場など要らないでしょう」
王様はカッと目を見開くと剣を振り上げると馬に乗ったまま突進してきた。皆各自避けて…ううん、カリータはアレンが、サムラはガウリスが手を引っ張って危なくない遠くに逃げる。
サードは聖剣を引き抜くと王様の刃をキィンッと弾き上げた。でもこの世の何でも切れるサードの聖剣はそのまま王様の剣を真っ二つに切り裂いて、切られた剣先は回転しながら床にカンカラカラと音を立てて落ちていく。
王様は真っ二つに切られた自分の剣を驚いたように見て、そこから後ろにいる兵士たちをグルリと見て短くなった刃を振り回す。
「貴様らも攻撃しろ!殺せ殺せ殺せ殺せ!」
それでもさっきまで私たちに攻撃するそぶりを見せた兵士たちは戸惑った様子をしている。兵士たちの視線の先には、神と認識されているガウリスが立っているから。
「王様、神に刃を向けるなどとてもじゃないができません!」
「どうかお許しを!」
兵士たちは王様に向かって懇願するけれど、王様は激怒の表情で命令に従わない兵士たちを片っ端から短い剣で切り付けて、兵士全員をあっという間に倒してしまった。
そのまま王様に倒された兵士たちはスゥ、と姿が薄くなって消えていく。
消えた!?…そうだわ、絵本の中で兵士たちは王様に殺されてしまうからストーリー通り死んだってことになるんだわ。
一人で自分の兵士を全員を一振りで倒してしまった王様を見てアレンは驚いた顔をしてカリータに聞いた。
「あの王様ってあんなに強いの?」
質問されたカリータは少し考えて、
「そうですね、原作でも一人で自国の兵士全員を殺して神様にも刃を向け殺してしまった程ですから、そう考えると実力はあるんだと思います」
「何それチートじゃん」
アレンが何か言っているうちに魔女が指先に光を灯し始めている。
それを見たサードはシュンッと目に見えない速さで何かを魔女に向かってぶん投げる。それは魔女の眉間にドッと深々と刺さって、魔女はほうきからズルリと落ちて床に落下した。
…あれ、今まで使っていたフォークじゃない…。うわ、あんなに深く刺さってて痛そう。ううん、痛そうどころじゃなくて即死してるじゃない。
ほうきから落下した魔女を馬で踏みつけ、肩を大きくいからせて腕をブルブル震わせている王様はサードをギロリと睨み下ろす。
「私の剣で真っ二つに切り裂いてやる!勇者、まずは貴様だ!楽に死ねると思うな!」
そんな怒る王様を前にサードはやれやれ、と肩をすくめた。
「剣を真っ二つに折られたのに実力の差が分からないのですか?王であるのならば戦況を見極め一時退いて態勢を整えるくらいの選択肢を選ばくては」
サードはそう言いながらも聖剣を構える。
「まあ私からしてみたら、たった一人になった横暴な王をここで処刑するのが最も最善な選択肢ですがね。それでもいいのならいくらでもお相手いたしましょう」
優雅な顔に裏の顔を交え、悪どく笑いながら王様を見上げる。
いくらカリータから見えない位置だからって、その表情とそのセリフは本当に悪役そのものなのよ。
王様はピクピクと怒りで口端を震わせていたけれど、かすかにニヤ、と馬鹿にした笑いを浮かべる。
「殺すだと?この私をか?」
余裕の見える顔つきになって王様はサードに剣を向ける。
「やれるものならやってみろ!私を殺すことなど貴様ごときにできるはずがないのだからな!」
王様の言葉に私はハッとしてサードに伝える。
「サード!絵本のキャラクターは本の中で死んだって書いていない限り倒しても復活するのよ!伝えてなかったっけ!?」
伝えそびれたかしらと慌てて伝えるけれど、サードは私をチラと見た。
「聞きましたよ。ガウリスが大男にしたように絵本に則った方法で攻撃すれば倒すことができ、絵本の中で死んだ・倒されたという表記が無ければ完全に消えず、この王は最後の最後まで一人生き残っているということも」
「…!」
サードの言葉にハッと気づく。
そうよ、この立派な王様は一人最後まで生き残っているんじゃない。だったらどんなに攻撃して倒したとしても、一時的に行動不能になるだけですぐ動きだす…。
それでもサードはそれは楽しそうにニヤニヤしながら「逃げんじゃねえぞ」って顔をして聖剣をヒュンヒュン回し、どの位置から王様に斬りかかろうか狙いを定めている。
「しかしあくまでも目的はこの王を倒すことではなく、このように絵本のキャラクターが動きだす原因を見つけること。
この王は私が引き付けておきますからエリーたちは原因を探りに行っていただけますか?私は王に最期まで付き合ってさしあげます、元々は一番の臣下で右腕だったのですから」
さーて、手始めにどうやって殺してやろうかなとでも言いそうなサードの言動にフッと王様の表情が我に返ったような真顔になる。
そして何か思考が巡って不気味なものを見るような目でサードを見始めた。
何となくだけど、絵本のキャラクターである王様でもここまできてようやく気付いたみたい。
サードの思考回路も性格も実力も、その全てが王様を上回るほど性質が悪いってのが。
それも楽しそうにこれから自分を殺す気だって。
何となくサードとこれ以上関わったら自分の身が危険と判断したのかもしれない。馬の手綱を引いて一歩二歩さがると、忌々しそうにサードと私たちを睨んで逃げて行った。
サードは去っていく王様を見送って、聖剣を眺めながら小声で悔しそうに囁く。
「せっかく聖剣で何度も切り刻めると思ったのに逃げんじゃねえよ…」
何を悔しそうな声で不穏なことを言っているの。
…でもそういえばずっと昔にぼやいていたわね。力を入れなくても聖剣は一発でスパッと何でも切れるから聖剣本当の実力が分からない、いくら切っても真っ二つにならない丈夫な練習台があればいいのにって。
その練習台に王様がもってこいだと思ったのね?最後まで死んだ表記のない王様だから聖剣で色々試せるって。
でもいくら死なないからって、本物の人間みたいなキャラクター相手にそんなことしようとする…?
引いているとサードはくるりと振り向いた。
その顔はもう表向きの表情に切り替わっていて、
「アレン、サムラ。あなた達もついてきてください、そろそろこの騒ぎも解決するでしょうから」
アレンは頷いて、サムラはアレンを見上げる。
「あの、絵本のキャラクターについて行かないように服を掴んでていいですか?」
「オッケー、何だったら手繋ごうぜ」
「ありがとうございます」
アレンとサムラは手を繋ぐ。
「なんか弟できたみてぇ…。何だかんだで弟も欲しかったんだよな俺」
「僕お爺さんですよ」
ホッコリ喜んでいるアレンにサムラは軽く突っ込んでいる。皆でゾロゾロ図書館内に戻る通路を進みながら、私は改めてフードの中にいるネズミたちに尋ねた。
「この図書館の中で絵本のキャラクターが動く原因って…」
私が最後まで言うより先にフードの中から声が聞こえる。
「君は何度も見ているはずだよ」
「人間の姿をしてうろついている」
「君たちも怪しいと疑っていた、それは黒い…」
バンッと図書館の中に戻ると、王様がギョッとした顔で私たちを見る。そして大声で喚いて図書館の中を自由に動き回っている絵本のキャラクターたちに喚いた。
「この勇者は今まで見た中で最低で最悪の男だ!確実に殺さねばならん、確実にだ!こいつはこの世に生かしていていい男ではない!さもなくば貴様らの命もないものと思え!」
いつもだったら「その通りサードは最低で最悪の男よ」って頷くけれど、言っている本人があの王様だもの。そっくりそのままあなたに返すわとしか思えない。
「殺せ!全員で殺せ!肉片をあたりにまき散らせ!」
一斉に絵本のキャラクターたちが動き始めた。するとネズミたちがフードの中で喚く。
「いたぞあそこだ!」
「真っ先に二階に逃げていった!」
「早くあいつを倒さないと我々も危ない!早く早く!」
ペチペチ後頭部を叩かれて、私はどこと二階に向かう階段を見るけれど、誰も上がっていない。でもシュッと二階を素早く動く影が見えた。
「あそこだわ!」
私が言うより先にサードは動いた。全ての絵本のキャラクターを無視してカギ縄を手早くほどくと、グルグル回して走りながら本棚に駆け上がって二階にカギ縄をぶん投げて、手すりに引っ掛けたらそのまま大きく揺れつつ腕の力だけでぐんぐん登って行く。
すると後ろから「キィィィィ」と金切り声が近づいてくる。
振り向くと復活した魔女が目をギラギラさせて猛スピードでほうきで突っ込んでくる。
「勇者はどこだ!あいつをガムにしたら飲み込んでクソにしてケツからひり出してやる!」
何て嫌な表現…!
ヒッと思っているとガウリスがザンッと行く手を阻んだ。
「あなたに神の祝福を!」
魔女はキィィィと叫んでもんどりうって「耳が腐る!耳が腐る!」ってその辺をゴロゴロ転がっている。
アレンは何事?って驚いた顔をしているから、この魔女は神様を称えるような言葉に拒否反応を起こすのよって伝えておいた。するとアレンの顔がハッと何か楽しそうなことを思いついた表情に切り替わる。
「そっか。これって言ったもの勝ちでその役になれるごっご遊びみたいなもんなんだっけ?」
「ごっこ遊びって…」
こんな緊急事態なのに子供のお遊びみたいなこと言わないでよ、私は王様に首を切られそうになったし、カリータも大男に襲われて食べられそうになったんだから。
そんなアレンの後ろでゴロゴロ転がっていた魔女が耳穴から汚いものを堀り出して捨てるような動作をしながら起き上がった。アレンはそんな魔女の脇に屈むと歌いだす。
「♪神様~はおっしゃられました~彼のものを~愛し~♪…愛し…愛し~…♪…ルルー」
聖歌…?アレン聖歌うたえたの?
まあ、ものすごくうろ覚えで最初しか歌えてないけど、それでも神様が大っ嫌いな魔女にはものすごく効いているわ。
「イ"ヤァアアアア!脳みそにカビが生える!脳みそにカビが生えるぅうう!」
って耳を押さえながらブリッジする勢いでのたうち回っているもの。
「ええ何これすっげぇ楽しいー!じゃあ俺世界最強になっちゃおうかなぁ!俺最強ー!」
わくわくと楽しそうなアレンの「俺最強ー!」の大声は広い図書館いっぱいに響き渡る。そして絵本のキャラクターたちは最強設定になったアレンにヒッと身構えた。
アレンはそんなキャラクターたちの反応は気にせず、手を繋いでいるサムラをチラと見る。
「サムラも最強になりたいよな?」
「え…いや別に僕は…」
「男だもんな!なりたいよな!」
「いや僕は別に…!」
アレンが楽しさのあまり目を輝かせながら思考が暴走し始めていて、サムラの言葉をろくに聞かない。そのまま困惑しているサムラを小脇に抱えると、
「俺は世界最強だー!サムラなんて俺よりめっちゃ強いぞー!」
と突っ走りだした。絵本のキャラクターたちは、ヒイッと逃げ惑い始める。
「待てー!」
「来るなぁあああ!」
偉そうにふんぞり返っていたエルフが全力ダッシュで逃げるけれど、すぐアレンに追いつかれて体がガッとぶつかる。
ちょっと体が当たっただけなのにエルフは「ぐっは!」と言いながらもみくちゃに回転して前に弾け飛んで、そのまま本棚に激突して倒れた。
アレンの暴走でキャラクターたちが散り散りに逃げていって、そのめ目は私たちから完全に逸れた。それにアレンとサムラは最強の位置付けになったから絵本のキャラクターたちも敵わないみたい。ちょっとサムラの棒が頭をかすった程度で悲鳴をあげて倒れていくもの。
なら今が原因を捕まえるチャンス。
私はカリータに視線を向けた。
「カリータはこの一階でなるべくアレンの傍に居てくれる?私たちはこの騒ぎの原因の人を捕まえに二階に行くわ。二階はもしかしたら危ないかもしれないから」
カリータは頷いて、視線で「気を付けてくださいね」って言ってくれる。
任せてよと視線で返して私はガウリスを促して二階に行くために階段に向かって走った。
途中絵本のキャラクターたちが現れたけど、それでもアレンとサムラから逃げるのに必死で目の前を通り過ぎていくばかり。
勢いを殺さないまま階段を登り始めると、ガウリスが何かに気づいて後ろに向かって丸い盾を向ける。
それと同時に剣が空を切りながら飛んできた。それでも一歩先に察知していたガウリスは盾で剣を弾き飛ばす。
床を回転しながら飛んで行った剣は、馬の足元にぶつかって止まった。
「…立派な、王様…」
目つきがどこかおかしくなっている王様がユラユラと揺れながら馬から降りて、弾き飛ばされた剣を拾い上げて、サードの聖剣で切られて半分になっている剣をガウリスに向ける。
「貴様が…そもそも神が居るのが悪い…神は良い、魔族は悪い、そんな基本の考えがあるからこの世の中、私に逆らうものが多くなる…!善悪の考えがあるから皆私の行動が悪いと思い逆らう…!そんな考えさえなかったら私はいつでも正しい!全てが正しい世界になる!」
…何言っているの?善悪の考えが無ければ全員が正しくなる?まぁそれはその通りかもしれないけど、それって自分の悪事を正当化しようとしているだけじゃない。
その考えはおかしい。そうとしか思えない。
ガウリスは痛ましそうな顔をすると王様に向き直って話しかけた。
「あなたを作り出した作者はそれは酷い国で生まれたそうです」
王様は少し動きを止めてガウリスを見る。
「あなたの作者の国は滅亡してもうありません。しかしその作者が過ごした当時の王はまさにあなたそのままの姿であったそうです。現実にこのような王が居たと、そんな大人を増やしたくないと自ら絵を描き『りっぱなおうさま』を創作したと絵本の後書きにありました」
王様の目つきが馬鹿にしているのかと吊り上がって、剣を振り上げてガウリスに斬りかかる。でもガウリスはその場を動くことなくカンと軽く剣を槍で払いのけた。
「剣より槍の方が距離が取れます、そして私は盾を持っているのであなたより防御に優れています、私は階段の上からあなたを見下ろす位置にいるので地形的にも有利です。それにあなたの剣は折れています。あなたが私に勝つ見込みはほぼありません」
ガウリスは少し言葉を止めて優しく語りかける。
「あなたは作者が作り出した通りの王様になっています、しかし先ほどサードさんと対峙した際にあなたは考えを巡らせ退きました。あの時のように思考を巡らせてみませんか、どうしてあなたはそこまで人を殺そうとするのですか、そこに意味などないでしょう?」
王様の動きが完全に止まった。そのまま力が抜けて剣をだらりと下に向ける。
「…意味?」
力が抜けたと思った王様の手にギリギリと力が入って、憤怒の表情で階段の下から私たちを見上げてくる。
「私だって知らん!知らん知らん知らん!気に食わん気に食わん、だから殺す、殺す!誰だろうが殺す、敵だろうが味方だろうが神だろうが皆殺して全員この世から消してやる!」
もうそれしか考えられないんじゃないの、やっぱり危険人物だわと思っていると、王様は頭を抱えて唸りながら身を震わせる。
「知っている!私のような性格の者がどれだけとち狂っているかなど!そうだ私は絵本のキャラクターだ!絵本のページをめくられるたびに眉をひそめられるための存在、誰彼構わず殺し続けるおぞましい姿を見せつける役目を作者に永遠に課せられた存在!
変われん、おかしいと思っても何も変われない!ページの最初から最後まで同じことを繰り返すことしかできないのだ私は!だから殺す、殺す殺す殺す、最後の一人になるまで殺し続ける!」
その言葉に今度は私とガウリスが動きが止まった。
王様に自分は絵本のキャラクターだっていう自覚があったのという驚きもあるけど…。
つまり、作者がこういう横暴なキャラクターに作りあげたからこの王様はひたすら怒って人を殺しているの?それも何かおかしいって気づきながらも何も変われない、そのまま最後の一人になるまでずっと同じことを繰り返す…。
ガウリスも私と同じことを考えていたのかもしれない。傷ついたような顔になって、
「辛くはありませんか」
って声をかけた。王様は目を見開くと、
「黙れ黙れ黙れぇえ!私みたいな立派な王様はこの世に一人で十分だぁああ!」
と折れた剣を振りかぶる。ガウリスは少し躊躇したけれど、ギッと口をひきしめて槍を振りかぶった。
「黙れ!孤独を極めた横暴な者ここに眠れ!」
ガウリスは階段の上から槍を王様の顔から背中にかけて斜めに深く貫いた。王様は串刺しになったまま地面に倒れそうな姿勢で辛うじて立って、驚いた顔をしている。
「…お前…その言葉…どこで…」
王様はそう言うとスゥと透明になって消えた。




