助けてくれー!
ガックリうなだれているとガウリスは私の肩を叩いて立ち上がらせる。
「とりあえず今までで分かったことをサードさんに伝えましょう。サードさんも今探っている途中でしょうから」
「そうは言っても…どこにいるのよ、サードは」
吹き抜けからキャラクターがうようよしている一階を覗き込みながら言うとガウリスは、「うーん…」と頬をかく。
「…『バイク・マッケンローを探せ』みたいですね」
カリータの呟きに私もガウリスも少し笑った。
『バイク・マッケンローを探せ』なら私も知っている。有名な子供向けの絵本で、ウジャウジャと似たような服装、似たような体型の人たちの中から主人公のバイク・マッケンローを探し出す絵本。
まあ私は友達が持っている絵本を借りて見ただけだけどね。それも友達はもう全部のページにいるバイク・マッケンローに丸を付けていたから、私は探し出す楽しみも達成感も何もなかったけど。
とりあえずサードは王様の近くにいると思う。それに王様は馬に乗っているし赤いマントを羽織っているし何かあればすぐ怒鳴るからどこにいるかすぐ分かるかも…。
そう思って二階から立派な王様を探そうとするけれど、やっぱり死角になる部分の方が広いから中々見つけられない。今の所王様も落ち着いているのか怒鳴ったりしてないし…。
「サードー、ちょっとこっち来てー」
対面の会話でも聞き取れるかしら程度の声で呼んでみた。
するとガウリスがおかしそうにふふ、と笑って、
「流石に聞こえないでしょう」
って苦笑する。私も、
「そりゃ、聞こえる訳ないわよね」
ってふふっと笑い返した。カリータも「もうエリーさん」って和やかに笑っていると…一階をスタスタと誰かが私たちが見下ろしている縁の方に歩いてきている。それも本棚の上にあがって、何かをヒュンヒュンと振り回したと思ったら何かをブンッと投げてきた。
その何かは私が手をかけていた辺りの縁にガッと引っかかる。
「ぎゃっ!」
驚いて跳ね上がっているうちにその誰かはギッチラギッチラと縄をきしませながら私たちの目の前にヌッと姿を現す…。
それは…いや分かってる、分かっているけどビックリするのよ…!
「サード…!」
ドキドキする心臓を押さえながら落下防止の柵を乗り越えてこちらにヒョイとやって来たサードに声をかけると、サードはカリータが居るから表向きの顔でニッコリ微笑んだ。
「呼びましたか?」
「呼びましたかって…さっきの私の声が聞こえたの?」
驚いて聞くとサードは微笑んでくる。
「まあ、わずかにですが」
「…」
ここまでくるとすごいを通り越して怖い。どれだけ耳がいいのよサード。
それでも来てくれたのならそれでいいわ。
「私たち、絵本のキャラクターが外に出る原因が誰なのか分かる一歩手前まできているの。ところでサードは三匹のネズミっていうシリーズ絵本は読んだことある?」
「いいえ、名前は知っていますが読んだことはありません。それが何か関係あるのですか?」
…有名な人気作品を読んでいない仲間だわ。
そう思っているとサードはさっさと話の続きを言えって促す雰囲気になるから、その三匹のネズミたちの説明と、そのネズミたちから聞いた話を全て伝えた。話を聞き終わったサードは、
「ならうろついているキャラクターの中にこの原因を作った犯人が居ると…」
「それが誰かってネズミたちに聞こうとしたら、聞き方を間違えて知らないって言われて終わっちゃって。知っているでしょって決めつけて聞いたらダメみたいなの」
「…」
サードはあごに手を当てて少し考え込むと、ガウリスとカリータに視線を向けて聞いた。
「他にそのネズミにしてはならない決まり事やお約束はあるのですか?」
二人はそう聞かれると、腕を組んだり斜めを上を見上げて少し考え込んでから口を開いた。
「ネズミは危険な所から逃げ出す、その特性もしっかり三匹は持っています。危ないと感じた所からはすぐに走って逃げ出してしまいますね」
ガウリスの言葉には思い当たる節があるわ。魔女がやって来たとき、危ないって走って逃げていったもの。
するとカリータはガウリスの言葉の後に、
「お約束かどうかは微妙ですけれど、クルミ入りのライ麦パンを御馳走になった時は大喜びで、悩み事を持っている人にとても友好的になることが度々あります」
クルミ入りのライ麦パン…ああ~思い浮かべたら思い出しちゃった、夕ご飯食べる時間帯だからお腹空いているの…。
クルミ入りのライ麦パンなら私だって今食べたいわ。特に中がふわふわで耳は少し固めでクルミがふんだんに入っているのだったら最高…。
「ところでそのネズミたちはどこへ消えたのです?私も会って話してみたいですね」
…まあ確かに私よりならサードが話した方が原因の人にすぐたどり着くと思う。サードは口先が上手いもの。
私はネズミたちが去っていった方向に指を向けて、
「あっちに走って行ったけど、今はどこにいるか分からないわ。とりあえず攻撃性の高いキャラクターのことは警戒しているみたいだから一階にはいないはずだけど」
とは言ってもこの図書館は広いもの、あの小さくてすばしっこい三匹を探すとなるとすごく大変そう…。
サードはグルリと周りを見渡すと、わざとらしい困った口調で呟き始めた。
「いやぁ参りましたね、ここまで原因を特定するのが難しいとは。いやぁ困った困った、どうにか解決する糸口が見つかればいいのですが。早く解決しないとあの立派な王様がこの図書館の外に出ていこうとしていますし、そうなったらとても大変なことになりますよねえ」
その言葉に「えっ」と私は声を詰まらせてからサードに聞く。
「本当に王様は外に出ていこうとしているの?」
「ええ、この中に他に人はいないと見て、この近くにある城を占拠しに行って全員殺すと私に言ってきました。とりあえずあれこれ言って止めていますが、あの性格ですからそろそろ痺れが切れそうです」
そんな…図書館の中だけでもこんな騒ぎなのに、外に出ていってしまったとしたら…!
青ざめていると、サードはカリータに顔が見えない位置でニヤと悪い顔で笑う。
「それに悩み事を解決するようなキャラクターならこう言っておけば勝手に寄ってくるはずです。物語は起承転結の起がなければ話が始まりません、そして主人公なら物語が始まりそうな場所には必ず近づいてくるはず」
するとシュルルルと滑るような音がかすかな音が聞こえてきた。この音…三匹のネズミの走る音だわ!サードの言う通り、本当に近づいてきた。
そうよ、そういえば私たちが色々困っている時とか考えが行き詰っている時に三匹はやってきていたじゃない、だからよく行き合っていたんだわ!
顔を巡らせるとネズミたちはまっすぐ私たちの所に走ってやってくる。
「人を引き留めるためには…」
ネズミの一匹が何か言いだそうとしている時、サードは足をパッと前に出してそのネズミをヒョイと軽く蹴り上げた。そのまま軽々と浮かび上がったネズミをサードはガッとキャッチする。
「うわー!助けてくれー!」
ヂーヂーとサードに捕まったネズミの一匹が叫ぶ。
「シーン!」
「何てことをするんだ!」
どうやらサードに捕まったネズミはシンって名前みたい。残りの二匹が慌てたように立ち止まってヂーヂーとサードの足の周りをウロチョロしている…。
「ちょっとサード!そんな酷いことやめなさいよ!」
私の言葉にサードの足元をウロチョロしているネズミたちも、
「そうだ!シンを離せ!」
「離さないなら我々にも考えがあるぞ!」
ってヂーヂー文句を言っている。ガウリスは少し慌てて、
「あ、あの、主人公の彼らを敵に回すと悪役と認定されて大変なことになるかもしれませんよ」
ってサードを諫めた。でもサードはシンを離そうともせず、
「いえ、私は良い話を彼らにしようと思っています」
するとネズミたちは、
「何がいい話だ!」
「こんなことをして!」
「助けてくれー!」
二匹は怒っているけれど、シンだけは助けを求めて両手を上にあげておぶおぶしている。…ちょっと可愛い。
そんな三匹にサードはゆっくりと話しかけた。
「こんな話でもですか?クルミ入りライ麦パンを一斤まるごとあなたたちにご馳走しようと私が思っているという話でも?」
その言葉に足元のネズミたちはハッと動きが止まった。シンだけはおぶおぶしながら「助けてくれー!」って言っているけれど。
「クルミ入りライ麦パンを…一斤?」
「一斤とは…あれだろう?食パンを切る前の丸ごとの状態の…」
二匹は喜びに震えているような動きを見せながらサードに問いかけると、サードはニッコリしながらゆっくり頷く。
「あなたたちにご馳走したいのですが、どうでしょう?」
ハワァッと二匹は両手で口を押さえて飛び上がると、ホワホワした夢見心地の雰囲気になっているわ。
その顔を見ているだけで、フワフワの丸ごとのクルミ入りライ麦パンに埋もれながら食べている自分達を想像しているのが何となく分かる。
「それは魅力的なお誘いだな」
「しかしシンが捕まったままだ」
「助けてくれー!」
チラチラともったいぶるようにサードを見ながら二匹はこしょこしょ話していて、シンは相変わらず助けを求めている。サードは二匹に向かってしゃがむと、優しく声をかけた。
「私たちは今大変な悩み事を抱えています。その悩み事が解決できたのなら、私はあなたたちに必ずご馳走しましょう。約束です、どうですか?」
うわぁ、絵本のキャラクター相手に交渉してる…。
二匹のネズミはこしょこしょ話して、考えがまとまったみたい。サードを見上げて、
「分かった。約束だよ」
「ただし二つ、君に要求することがある」
二匹の言葉にサードは「何でしょう」と聞くと、二匹は続けた。
「危険な場所からは我々の判断で逃げることを許可すること」
「あと今すぐシンを解放すること、この二つだ」
その言葉にサードはシンを床の傍まで近寄らせて手を離した。シンは「おおう」と泣きそうな声を上げながら二匹に近寄って、
「死ぬかと思った、こんな怖い思いをするのは初めてだ」
と泣き言をいって、他の二匹はシンを抱きしめて背中をポンポン叩きながら、
「それでもクルミ入りのライ麦パンを一斤食べられることになったんだ」
「辛いあとには喜びがある、よく頑張ったね」
って慰めている。
するとカリータは驚くように目をパチパチさせながらサードを見た。
「三匹のネズミを協力者にするなんて、どのシリーズ内の誰もできなかったことなのに…サードさんはすごいですね」
「仲間を人質にしてたし口先が上手いから、そいつ」
ボソッと言うとカリータに見えない位置からサードが私の背中をギリィ、とつかんだ。
「ちょっとやめて」
ビシッとサードの手を叩くと、サード表向きの表情ながら私をわずかに睨んで、すぐ視線を逸らす。
「ガウリスとカリータさんは一旦アレンとサムラの元に行って、情報共有のため今までのことを伝えていただけますか?私とエリーと三匹のネズミたちはこれから悩み事の原因を特定しに一階を探ります。カリータさんのことはくれぐれも守ってくださいね、ガウリス」
「はい」
ガウリスは力強く頷いて、カリータを気づかうようにしながら行きましょうと手を差し出して歩いていく。
サードも自分が使って二階まで登ってきた縄…確かこれカギ縄っていうやつよね?金属の爪のついた縄で、オンミツがよく使ってたっていう…。
サードはカギ縄を手早くまとめて服の中にしまうと、カリータが居なくなったから裏の表情になってチラと私を見る。
「行くぞ、さっさと歩け」
そのままサードはさっさと一人で歩き出した。
ガウリスはカリータをエスコートするように歩いていたのに、こいつ…。少しくらい女の私を労わって歩くことができないわけ?
…でもまあ、サードにそういうの期待するだけ無駄よね。
諦めて歩き出すと、三匹のネズミはヒソヒソ話している。
「ほら見ろ、やっぱりあいつはああいう性格だ」
「ああ、シンを捕まえた時から何となく分かっていたよ」
「とりあえず今は大丈夫だが、あいつは我々をとことん使うつもりだぞ。危ないことを言い出したらあいつからもすぐ逃げよう」
三匹のネズミたちはそう喋りながら後ろをトテトテついてきている。
…裏の顔を晒す前から三匹のネズミたちにサードの性格バレてるじゃない。
以前出された問題でこんなのがありました。ついでにここまで見た方も考えてみてください。
「あなたはバスの運転手です。今日もバスを運転します。さて最初に十人乗り、次に一人降りました。その次で二人乗ってきて三人降りました。その次では誰も降りず、その次でサラリーマンと女子高生が乗りました。さて、バスの運転手の名前は?」
その時の私の思考回路↓
「バス→ロンドンの二階建てのバス→気のいいおっちゃんのイメージ→気のいいおっちゃんの名前のイメージ→その名前は…」
「バイク・マッケンローさ!╭( ・ㅂ・)و ̑̑」
問題の答え…最初に『あなたはバスの運転手です』とあります。なので自分の名前を答えたら正解でした。
そして私はバイク・マッケンローになりました。




