過度なストレス?
二階にたどり着いて、周りに絵本のキャラクターが居ないのを確認してから私はさっき三匹のネズミから聞いた話をガウリスに話した。話を最後までしっかり聞いたガウリスは、
「つまりこの絵本のキャラクターが動き回る現象の原因は人間、それも魔術を覚えたての者だということですか」
「ええ。まあ三匹のネズミの言うことが正しいのなら、だけど…」
私の言葉にガウリスは真面目な顔で、
「いいえ、彼らは確実に困りごとを解決に導くキャラクターたちです。彼らの言葉に間違いはありません」
その言葉に私は顔を上げて聞き返した。
「ガウリスも三匹のネズミを知っているの?」
「ええ。三匹のネズミシリーズは私が生まれるずっと前からある、世界でも人気のある絵本の一つだと思いますよ。私も子供のころは何度も読んだものです」
「…」
私、一回も読んだことないんだけど…。ええ…そんなに世界で人気で有名なの…?
愕然としているとガウリスは、
「それでその原因を作った方の特徴は?子供ですか?大人ですか?性別は?」
「それが…怪しい人がいるって話題になった辺りで魔女が来てしまって、ネズミたちは逃げてしまったのよ」
するとカリータはシュン、と落ち込む。
「すみません…図書館員なのに設定をろくに見ないでさっさと魔法陣をいじってしまって文字が大量に出てきたり音が出るようにして…それもネズミたちが足元を走っただけで大声で叫んでしまいましたし、速く走れもしないうえにエリーさんの足に足を引っ掛けて転ばせてしまって…」
その言葉に私は大きく顔を横に振った。
「何を言っているの、文字が出る原因を作ったのは私よ、私が顔を近づけて便利ねとか言ったからあんなに文字が出てきたんだたし、あの緊張感の中だったら誰だってちょっとしたことでも叫ぶわ。それに転んだのは私が慣れない走り方をしたからいけないの」
二人して私が悪い、私が悪い、と言い合っていると、終わりが見えないと察したのかガウリスが口を挟む。
「ひとまず今の所はその原因らしい人は発見できていないのですね?」
その言葉に私とカリータは「私が私が」と言うのをやめて同じようにうんうんと頷く。
「ネズミたちは挙動不審の怪しい人がいる、魔法が暴走しているから内心ドキドキだろうって言っていたのよ。だから挙動不審の人を探せばいいと思うけど…やっぱり原因は子供かしら…」
せめて子供かどうかだけでも聞いておきたかったわ、と思っていると、
「いないよ」
ビクッと後ろを振り向くと、あの三匹のネズミがそこにいる。そして一匹の言葉に他の二匹が、
「今この図書館の中に居るのは大人だけだ」
「そうだね、人間の子供はいない」
と言うと、
「やあ走るのは楽しいな」
「こんなに広い所を走り回れる日がくるなんて」
「行こう行こう」
って走り去っていった。
「…あれが、ランにシンにタン…」
ガウリスは知っているキャラクターが目の前で動ているのに感動したのか、どこか目を輝かせて見送っている。
けどあの三匹を捕まえて色々と聞いた方が良いんじゃ…でももうどこかに行っちゃったわね。
「でも子供がいないっていうなら…魔力のある子供が空想上の友達とか、恐怖のあまり作り出したとかそういうのじゃないのね」
するとカリータは「もしかして…」と何か思いついたのか、身を乗り出す。
「子供は脳内に架空の友人を作り出し遊ぶため空想しますが、大人は辛い現実から逃避するため空想に逃げることがあります」
「…」
一瞬プスッと笑いそうになった。でも笑ってもいけないことかと無理やり真剣な表情に戻すとカリータは続け、
「ある本で見たのです。戦争で敵国につかまり、何人かに分けられ牢屋に収容された兵士がいました。あまりの待遇の悪さ、これから殺されるかもという不安で精神が不安定になっていたころ、一人が提案しました。
牢屋の中のたった一つの椅子に女の子が座っていることにして、皆でその女の子の面倒を見てあげようと」
その話には私も、ガウリスも引き込まれるように聞いている。
「兵士たちは女の子に名前をつけ、毎日挨拶し話しかけ、交代で髪の毛をとかすなど世話をしました。もちろん実際に居ないので話しかけてもただの独り言、世話をしてもしているふりに過ぎません。
そして兵士たちが助け出されるころ、他の牢屋に収容されていた兵士らは精神も体力も限界に達している人が多かったのに比べ、空想上の女の子を作り出した牢屋の兵士たちは落ち着いた状態で帰ることができたそうです」
ガウリスは頷きながら、
「自分たちよりか弱く守ってやらねばならない存在を作り世話をして話しかけることで、耐えがたいストレスを緩和したのですね」
「恐らくは。子供は友達になりたい遊びたいとばかりに友人を脳内に作り出しますが、大人はその兵士たちのように自分の感じている過度なストレスを上手くかわすという意味で脳内に架空の人物を作り出すこともあるはずです」
二人の会話を聞いていて「それなら…」と私は続ける。
「この図書館の中に過度なストレスにさらされた大人が混じってるかもしれないってこと?」
カリータはそうかもしれません、と目線で言ってくる。
そして私は絵本のキャラクターたちを頭の中でぐるりと思い返す。そう思えばカリータたちが襲われて再び私たちがこの図書館の中に入ってきた時、キャラクターが増えていたわよね。
そう考えたらある考えがパッと浮かんだ。
「もしかしてその大人、絵本のキャラクターたちに交じっているとかない?」
「キャラクターの中に?」
ガウリスの驚くような言葉にカリータもハッとした顔で、
「確かに…絵本のキャラクターたちは絵ではなく人間そのもののような見た目になっています、だとしたらその中に紛れ込んでいたとしても違和感もないかも…それにモンスターのような者も増えていましたよね?考えられます」
ガウリスは立ち上がって吹き抜けからそっと下を覗いてみた。
「それならカリータさんは絵本に詳しいですよね?ここから見て何かしら違和感を感じる者などはいますか?」
カリータは難しい顔をして、
「私も全ての本に詳しいわけではないので見て分かるかどうか…」
それでも私とカリータは吹き抜けからキャラクターがウロウロしている一階を覗いてみる。
立派な王様に出てくる兵士たちが見回りしているように動き回って、そしてその頭上を魔女がヒュンヒュン飛んでいる。狼は口を押さえてビクビクしている。大男は見当たらないわね。
でも見覚えのない人も増えている。
根性が悪そうなドワーフとオーガとオークがゲヒゲヒ笑ってる。ボワボワした綿埃っぽいものに目がついている謎の生き物が転がっている。
偉そうな態度の眼鏡をかけたエルフが周りを馬鹿にするようにふんぞり返りながら歩いている、蜘蛛と人間が合体したような姿のモンスターがあちこちに巣を張っている。
小さい妖精たちがその辺で歌い鈴をシャンシャン鳴らしながら円を描くように踊っている、黒いドラゴンがみっちり本棚と本棚の間に挟まっている。
「…全部絵本のキャラクターなのかしら…」
「うーん…。見た限りあのドラゴンは絵本のキャラクターです。洞窟で寝ているうちに体が成長して詰まって出られなくなった絵本の主人公です。他はちょっと判別つきません」
見た限りで魔力を持っていそうなのは、やっぱりドワーフとエルフよね。オーガとオークも怪しいかしら。ネズミたちは妖精の力はないって断定していたからあの踊っている妖精たちはきっと絵本のキャラクターのはず。
「…あら?」
素っ頓狂な声を上げるカリータに、どうしたの?と視線で聞く。
カリータはある方向を指さした。
「あれ、王様に切られて倒れた吸血鬼とゾンビじゃないですか?」
え、とカリータが指さす方向を見ると確かに王様に斬られたはずの吸血鬼は通路に詰まっているドラゴンの背中に座っていて、ゾンビは意思のある動きでウロウロしている。
私たちの視線の先にいる吸血鬼とゾンビを見たガウリスは、
「もしや作品の中で死ぬ表現がない限り死なないのでは?あのアンデッドたちが王様に剣で切られた時、弱点でもない箇所を致命傷とも思えない浅い切り方をされた程度ですぐ倒れたのが妙だと思っていたんです」
ガウリスの言葉に「やっぱり!?」ってガウリスの腕をピシピシ軽く叩きながら、
「私もそう思っていたの、ゾンビの弱点は頭で、吸血鬼の弱点は十字架とか聖水とか日の光でしょ?背中をああいう風に切られた程度で倒れたのおかしいって思っていたのよ」
その言葉にカリータは、
「それなら原因はあのゾンビと吸血鬼…?」
そう呟くと、向こうからネズミたちがシュルルンッと滑るように走ってくる。
「あっちは行き止まりだった」
「せっかく行ったのに」
「しょうがない戻ろう」
「待って!ラン、シン、タン!」
素早く足元を通り過ぎそうになるネズミたちを引き留めると、ネズミたちは同じタイミングでキキッと止まる。
「おやまた君たちか」
「よく会うね」
「何か用かい?」
良かった止まってくれて、と私はホッとしながらしゃがんだ。もうこうなったら犯人が誰か答え合わせしちゃおう。
「あなたたちに聞きたいことがあるの。この図書館の中で絵本のキャラクターたちが動いていて、それは人間の大人の魔力が原因で、それも魔力を覚えたての人なのよね?」
すると三匹は、
「そうだろうね」
「人間の大人だろうね」
「そして魔力が暴走している」
「それならその原因の人が誰か教えて?知っているんでしょ?ゾンビ?吸血鬼?ドワーフ?エルフ?」
その言葉にネズミたちは顔を見合わせた。
「そんなの知らないよ」
「我々には関係のないことだから」
「頑張って調べてくれ」
三匹のネズミたちは「じゃっ」と同じタイミングで手を上げるとそのままシュルルンッと去っていく。
「あー!ちょっとちょっと!何でも解決してくれるんじゃないのおー!?待ってー!」
引き止めるけれどネズミたちはまたあっという間に行ってしまった。
「エリーさん…」
カリータが後ろから声をかけてきて、ガウリスは「もしかして…」と言葉を続ける。
「三匹のネズミシリーズを読んだことがないのですね?」
ウッ、と肩を揺らして、
「読んだこと…ないけど…」
それが何?と言葉の続きを待つとガウリスは、
「三匹のネズミたちは『知っているでしょう』という決めつけた聞き方をされると、自分たちは知らない関係ない頑張ってくれと去ってしまうのです。三匹は本当に何も知りません。ただ会話を聞いた人が答えに導かれるだけなので素直に知らないと言うだけなんです」
それに加えてカリータも、
「それに知っているだろうと聞くのは基本的に悪役が多いので…。金塊が埋まっている場所を教えろ知っているんだろとか、探している奴をすぐに探せ知っているんだろとか。そうやって悪役の高圧的な命令をあっさり無下にする所も子供から人気があるんですけど…」
「…何それぇー…」
せっかくあの中の誰が原因なのか、答えが分かるチャンスだったのに、そんな聞き方ひとつで…。しかも悪役って…。
兵士が牢屋に女の子が居ることにして世話をして精神の平静を保っていた話…『戦場の都市伝説』より。本当にあったことっぽいですがフィクションだそうです。
以下ネット情報。
それの元となったのが『収容所の小さな貴婦人』という小説なのだそう。都市伝説扱いになっていますが、それでも事実に基づいて書かれているとのことでした。




