犯人はヤス
キィ、と図書館の中を覗いてみる。絵本のキャラクターたちが厳重に見張りをしていないか様子を伺うけれど、どうやらそこまでキツく見張りはしていないみたい。
それどころかキャラクターたちは勝手に明かりをつけたのか、図書館の中のあちこちがチラホラ明るくなっている。どうやら好き勝手に図書館の中をうろついているみたいね。
「ところでその借りた人の名前ってどこで分かるの?」
こそこそカリータに聞くと、
「受付です。貸出た人の情報は魔法陣で管理しているんです。その中に外に出ているキャラクターたちの絵本全て借りている人がいればいいんですが…。
でも図書館内で読んだだけなら名前はないでしょうけど…。そもそも図書館内に潜んでいる人なら貸出の手続きもしませんよね、妖精だって…」
自分から調べましょうかと言ったけれど、果たしてそれを調べるのに意味があるでしょうか、ってカリータが目で問いかけてくる。
私はうーん、と悩んだけれど、それでも一応調べてから他の行動に移りましょうって視線で返す。
二人でアイコンタクトで話をして頷くと、受付にサササと移動した。カリータは受付カウンターの上に乗っている魔法陣の描かれている板をそっと手に取ると、カウンターの下に隠れる。
私もその隣にお邪魔して二人で隠れた。
カリータは板に手を触れて、顔を近づける。
「りっぱなおうさま、さんにんのまじょ、きょだいなきょだいな大おとこ、オオカミヒヤリ、貸出した利用者」
ボソボソと呟くと、少しの間の後にスッと空中に文字が浮く。
『該当のものが見つかりません、言葉を変えてもう一度調べてください』
カリータは「うーん」と口に手を当てて私に顔を向けて、
「やはりこの絵本を全て借りたという利用者はいないようです、この調べ方からじゃ原因特定はできなさそうですね」
「…何この魔法陣?楽しいわね、声をかけると勝手に調べてくれるの?」
カリータは板から少し顔を離して、
「はい、蔵書全て検索できて、貸出した人、貸出している本、他の図書館に貸している本など色々調べることができるんですよ」
へー、と思いながら板に顔を近づけて、
「便利なものね」
と一言呟く。
するとスッと文字が現れた。
『便利なもの、に該当するものが26,358件ヒットしました』
それと同時に文字がゾゾゾと現れてガーッと天井まで立ち上っていく。
「ヒッ」
カリータも、あっあっ、と慌てて、
「誰か設定変えて全部表示にしてる…!」
って慌てて板をいじろうとするけれど、
『設定を変える、音声モードオンにしました』
って文字がスッと現れたと思ったら、
『何かご用ですか?魔法陣に向かって声をかけてください!』
って音声が流れ出すから私は慌てた。カリータも慌てた様子で板をひっくり返してバンバン叩き始める。
「それ叩くといいの!?」
「こういう物は叩けば直ります!」
…多分それ違う、魔法陣に詳しくない私でも分かる。カリータ混乱しすぎよ。
すると板から、
『叩けば、に関する歌詞を見つけました、曲を流しますか?』
「流さない!流さない!音声モードオフ!オフ!」
カリータと声を合わせながら同じ言葉を言うと『音声モードオフにしました』って文字が出てきて音声は止まったけれど、文字がずらずら出てくるのは止まる気配がない。カリータが必死に設定を変えようと板に向かって口を開きかけると、急に「キャアア!」と悲鳴を上げて両手をあげた。
板は空中を飛んでカウンターの向こう側に回転しながら弧を描いて飛んでいく。その後、カーン!といい音を立てて床に落下した音が響き渡った。
私はカリータの口を慌ててふさいで、カリータも私の手の上から慌てて自分の口をふさぐ。するとカリータの足元で何かがモゾッと動いているからバッと視線を向けた。
「わあびっくりした」
「足に少し触れたくらいで急に叫ばないでくれ」
「驚くじゃないか、心臓が止まりそうだった」
チィチィ鳴いているようなかん高い可愛い声でこちらを見上げているのは…。
「ネズミ…?」
そこには赤、青、黄色のおそろいの服と帽子をかぶっていて喋っているネズミが三匹いる。
っていうか普通に喋っているし、ネズミなのに二本足で立っているし見た目的にファンシーだし…これももしかして絵本のキャラクター?それも外に出ているなら攻撃性の高い悪いキャラクターなの?
チラとカリータに視線を向けながらそっと手を離すと、私の視線に気づいたカリータは、
「…『いつでも解決、三匹のネズミ』のラン、シン、タンというキャラクターたちです。主人公で悪役側ではありません」
ラン、シン、タン…名前が一匹ずつについているみたいだけど、どれがどのキャラクターか分からないわ…。でもどういうこと?悪役じゃなくても外に出ているってこと?
「ねえ、あなたたちはどうして外に出ているの?誰かに外に出されたの?」
とりあえず悪役側じゃないならいきなり攻撃してくることもないはず。だから質問してみた。
すると三匹は私を見上げて、
「さあて。分からないが気づいたら出ていた」
「出られたからとりあえず走っていた」
「外を走るのは楽しいね」
「しかしこういう所に出たのは初めてだな」
「いつもは作者のアトリエにしか出ないんだが」
「新しいフィールドだ、楽しんで走ろう」
三匹はそう言うとシュルルンッと走り出したけれど、今の会話を聞いて慌てて引き止めた。
「待って!あななたちは頻繁に絵本の外に出ているの?」
三匹は立ち止まって私たちを振り向く。
「作者が作品の進み具合に行き詰った時にね」
「その時は外に出て作者と会話をしたり走り回っているよ」
「我々の作者は精霊だから、我々もちょっと特別なんだ」
作者が精霊、の部分でカリータが「ええ!?作者が精霊だったんですか!?」って驚いた顔をしている。
「まあ精霊は長生きだからね、暇つぶしみたいなものだよ」
「だが暇つぶしで書いたものがここまで人気が出たからと最近いい気になってる」
「我が作者ながら鼻持ちならないね、精霊だというのにつけあがって」
やれやれ困った作者だと三匹は肩をすくめ合っているけれど…そんなにこの三匹のネズミの絵本人気なの?私一回も読んだことない…。むしろこの三匹のネズミの作者って精霊なのね、だったら絵本のキャラクターたちが動き回るこの騒ぎ、やっぱり精霊なのかも。
私は三匹のネズミたちにさらに質問した。
「この図書館の中でも絵本のキャラクターたちが出てきて人に攻撃をしようとしているのよ。その原因ってもしかしてあなたたちの作者が関係しているの?」
すると三匹のネズミは同じ動きで首を横に振る。
「それはあり得ない」
「作者は他のキャラクターは動かさない」
「今回我々が出たのにも作者は関わっていない」
そう、と思いながらもとにかく質問する。
「じゃあ絵本のキャラクターが動き回る原因って何か分からない?その原因を探しているんだけれどとっかかりもなくて困っているの。とりあえず屋敷に住む妖精のイタズラか、強い精神魔法の幻覚でキャラクターを作り上げて動かしている人がいるんじゃないかって思っているんだけれど…」
三匹は順々に肩をすくめながら、
「さあそんなの知らないよ」
「ただ妖精ではないと思う、遠巻きに見たあのキャラクターたちからは妖精の力は感じられない」
「妖精や精霊のような力ではなくあれは魔力で作りだされているね」
三匹は顔を見合わせて、
「だとしたら人間かな?」
「そうだね、人間の線が最も考えられるね」
「生粋のモンスターなら魔力はそうそう暴走しないしね」
「さっきからあのキャラクターたちは暴走してまとまりがないものね」
「魔力を覚えたての人間の仕業かな?きっと今頃内心ドキドキだろう」
「だとしたら挙動不審の怪しいのがさっきいたぞ」
…え、ちょっと待って?知らないって言いながらも少しずつ犯人を特定していってない?
すると隣からカリータがこそっと耳打ちしてくる。
「この三匹のネズミは悩み事を抱えている人たちの隣を通り過ぎる時、その悩み事が解決するようなことを言いながら通り過ぎていくんです。
でも本人たちはそんな気もなくただこんな風に会話しているだけなので、解決に導いてくれてありがとうと後からお礼を言われても『まあよく分からないけれど解決したなら良かったね』とあっさりその場を立ち去っていく終わり方をするんですよ」
ええ!だったらこのまま勝手に話させておけば犯人が誰で、どういう人か分かるってことじゃない!
期待しながら三匹のネズミの会話の続きをカリータと待つ。三匹はチィチィ言いながら、
「挙動不審の怪しいの?」
「そいつはどういう奴だった?」
「それは…」
ゴクリ、とツバを飲み込んで続きを待っていると、三匹は一斉にフッと口をつぐんで遠くを見る姿勢になる。
「おっと危ない」
「逃げろ逃げろ」
「危険な場所からは去らなければ」
三匹はそう言うとシュルルンッと床の上を滑るように走っていってしまった。
「あっ、ちょっと待って、この騒ぎの原因って誰…」
手を伸ばして引き止めて聞き出そうとすると、トン…と受付カウンターの上から物音がする。
ビクッと体が震えた。そのまま恐る恐るカウンターの上を見あげる。
すると魔女が受付カウンターから身を乗り出して、私とカリータの真上から髪の毛を振り乱してニヤニヤと私とカリータを覗き込んで笑っている…!
「ッキャアアアアアアアア!」
あまりのホラーな現れ方に二人で絶叫するとその叫び声に満足したように魔女は「アハーハーー!」と甲高く笑うと、
「あんたらは動けないくらい痛めつけたって勇者が言ってたけどねえ!?おかしいねえ!?」
っていたぶるように言いながら指先に光を灯す。
ちょっと待って、ガムにする気!?
私はババッと立ち上がって杖を魔女に向けた。
その前に魔法で攻撃して倒す…!絵本の魔女より私の方が絶対に力は強いはずだから!
すると、スゥ、と私のあごの下に剣が伸びてくる。
「…え」
剣の刃から視線をずらしていくと…いつの間にやら馬に乗った王様が、カウンター越しに冷たい目で私の首に剣を突き付けている。
その剣が私のあごの下にめりこむようにズッと向かってきた…!
「エリーさん!」
カリータが私を思いっきり後ろに引っ張った。私はそのまま後ろに倒れて、ギリギリ剣をよける。
けど首の薄皮が切れたみたいで、チリッとした痛みがバッと広がる。でも太い血管のある部分じゃない。それに本当に切れたのは表面だけみたい、手を当てて確認してみてもちょっとにじんでいる程度の血しか手についてこない。
でも死ぬかと思った…!っていうかあの剣、普通に切れるの!?さっき吸血鬼とゾンビを切った時に血が出ていなかったから模造剣みたいなものかと思ってたのに…!
「エリーさん、首、血が…!」
「表面だけよ、この程度なら後で薬を塗れば治るから」
安心させるためにそう言っておくけれど、やっぱこの程度の傷でもチリチリ痛みが襲ってきて痛いのよね…!できれば早めにここを切り抜けてさっさと血止めと消毒の薬を塗りに行きたい…。
すると王様は目をギロリと後ろに向けて、
「こいつらは動けないように痛めつけたと聞いたが?見る限り傷一つないではないか、どういうことだ勇者よ」
その言葉に王様の後ろを見ると、サードが普通に立っていた。
その目が表向きながらに言っているわ「こんな短時間で見つるんじゃねえよ、この馬鹿が」って。
そんなサードは私に呆れたようなため息をついていから王様の言葉に芝居がかった口調じゃなくて、普通の口調で答えていく。
「十分に痛めつけ動けなくしたのですが、どうやらその女魔導士に回復魔法を使われてしまったようです」
私、回復魔法は使えないけどね。
それでも王様は納得したのか「ふん」と鼻を鳴らすと、途端に底意地の悪い顔になった。
「ならば勇者よ。私の目の前でその女魔導士と隣の眼鏡の女を真っ二つにしろ、そして完全に息の根を止めて殺し、その首をこの台の上に均等に飾るのだ」
王様はそう言いながら受付カウンターの上を剣でトントンと叩く。
またそんな残酷なことを言って…!本当この王様考え方ヤバいわ…!
「承知しました」
しかもまたサードはそうやって恭しく王様の命令を聞く構えをみせる…。
でもさっきだってサードから逃げるふりをしたんだから、今度もそうやって戦うふりをしながら逃げればいいでしょ…。
するとサードは聖剣をスーッと抜く。
「えっ」
クナイじゃなくて聖剣を抜いた?え、ちょっと待って、まさか本気で戦おうとしているわけじゃないわよね…!?
魔法の力なら負けない。でも一対一でサードと戦うとするなら…勝てる自信がない…!
どうしよう、怖い…!
「エリーさん…!」
私の腕をカリータが掴む。そのカリータの手がカタカタと震えている…。
…そうよ、私より怖いのはカリータ。私は冒険者だけどカリータは一度も戦ったことのない人なのよ、私が守らないといけないのよ…!
ギッとサードを睨んで杖を向けると、サードは急にガクッと膝をついた。
「!?」
皆…私たちだけじゃなくて絵本のキャラクターたちも驚いて辛そうな顔で「クッ」と心臓当たりの服を押さえて膝をつくサードに視線を向ける。
「忘れていました…あの女魔導士と目が合った状態で睨まれると死んでしまうと…!私は耐性がついているので毒を喰らった程度ですが、耐性の無い皆さんは見てはいけません!あの目を見るのは危険です!」
ものすごく辛そうに必死に叫ぶサードの声に、周りの絵本のキャラクターたちは次々と目を閉じたり目を背けたりしている。
王様も王様の馬も、バッと目を背けてつぶった。
サードは皆がこっちを見ていないそんな状況を確認してから顔を上げて、普通に私の目を見て、「今のうちに行け」と追いやる動きをする。
「…」
助かった。助かったのは分かるけど、何だか釈然としない。私を何かしらの質の悪いモンスター扱いしないでくれる?
「…まずいいわ、カリータ、逃げましょう!」
カリータの手を掴んで逃げだすと、王様は腕で目を隠した状態で怒鳴った。
「いいや逃がさん!殺せ!どんな方法でもいいから捕まえて殺せ!その女どもを殺せえええ!」
王様の怒鳴り声に周りの兵士たち、魔女、そのほかのキャラクターたちもハッとして、私の顔を見ないようにザッと一斉に動き出した。




