怖いものは考えたくなくても出てくる
カリータの考えを聞いたサードは、
「それならあの図書館内にそのような強力な精神魔法を使える子供がいるとでも?」
って聞いた。でも私はそれは無いと思うって否定する。
「だって館長のイブラが見回りしている時に言っていたわ、図書館に残っているのは私だけだって」
「子供であれば逃げ足も隠れる術も上手だと思いますが…。それに妖精だという線も捨てられません、この建物は歴史が古い、だとすればそのような存在がいたとしても疑問はありません。
ただ何で今このようなことをしたのかと思えば不思議ですが…ちなみにいつからあんなものが現れ始めたんです?」
サードはカリータに質問した。
「一ヶ月ほど前くらいでしょうか。こんなに大量のキャラクターが現れたのは今日が初めてです」
サードは質問を続ける。
「モンスター辞典に載っている妖精の説明には大体こうあります。『人間に対して妖精が攻撃するのは人間が妖精に対し不愉快な言動をした時である』と。ここ一ヶ月で図書館内で何か変わったことをしたなどはありませんか?インテリアの一部を変えた、改築しようとした、部屋を散らかしたままなどは…」
そう言われてカリータは悩みこむ。
「特には…ないですね、今まで通りです」
「じゃあやっぱり精神魔法使える子が図書館の中にいるんじゃね?」
アレンの言葉にカリータがギョッとする。
「閉館時間になっても帰らず子供が潜んでいたということですか?まさかこの一ヶ月の間?」
…ええ…それ想像したらちょっと…ううん、かなり怖いわね…。皆帰ったと思ったのに実は居たとか。
皆が帰った後にコソッっと物陰から出てくる小さい人影を想像してゾワゾワしていると、サードは妙な顔をして口を開く。
「しかし仮にあの原因が子供だとして、あんな横暴な王に意地の悪い魔女、人を食べていた大男、狼を空想上の友として現実化させるものでしょうか。出ているのはあまりにも攻撃性が高いですし、どちらかといえば悪役側では?」
そう言われればそれもそうだって顔を皆がした。アレンはそう言われればおかしいぞ、って続ける。
「子供って主人公は大好きだけど悪役は好きじゃねぇもんだしなぁ。俺、もっと子供だったらあのブルーレンジャーにすげえハマってたかも。ザ・正義の味方って感じしねえ?」
ブルーレンジャー五人組のポーズをつけた自己紹介を思い出して思わずふふ、と笑っってしまった。確かにあの五人組は子供たちからすごく好かれていて熱狂的な大声援を送られて応援されていたっけ。
「私は悪役が好きでしたけどね」
サードが向こうを見ながらポツリと何か言っている。
まあ…サードはそうでしょうね、そもそも正義の味方が好きそうなイメージが無いもの。勇者のくせに。
そう思っているとサードは私たちの方を見た。
「仮に子供が原因だとしてあり得るとすれば、怖すぎて現実化してしまったというものでしょうか。怖いものを見た後だと中々記憶から抜けず何度も頭の中に出てくることはありませんか?」
それはある。
未だに私、夜に扉を開けようとするたびにフェニー教会孤児院でグリンッとろくに体も動かさずこっちを向き直ったぼやけた顔のベラがフラッシュバックして一瞬扉を開けるの躊躇しちゃうのよね。
見るとアレンも強く頷いているし、カリータも頷いて口を開いた。
「わりと子供のころに絵本で読んでトラウマになる話もあるものです、特にあの大男の絵本は読んだ子供を確実に脅えさせています。トラウマ絵本百選にも選ばれているんですよ。
立派な王様も段々と人が少なくなって王様がガランとした朽ち果てたお城で一人になって終わるのが怖いと言われていますし、魔女が人をガムに変えて食べてしまうシーンも子供にしてみたら結構怖いみたいです。オオカミはそこまで脅えられていませんが。
でも大人になった人は不思議と子供のころは怖かったんだけど無性に読みたくなって、とわざわざ探しに来るんですよね」
トラウマ絵本百選…?どうしよう、ちょっと気になる。
サードの考えとカリータの説明でガウリスも納得したような声で、
「空想の友人として遊ぶためではなく、怖い怖いと考えるあまりあのようにそら恐ろしい者たちが外に出てしまったと。考えられることですね」
そう言いながらサードに目を移す。
「しかしそれだと結局この図書館の中にあの絵本の登場人物を現実化させた子供がいる可能性もあるということですね」
「そうですね。まあ子供かどうかも分かりませんよ、怖がりで強力な精神魔法を扱えて絵本を好む大人が原因かもしれませんし」
「…大人が、この一ヶ月の間図書館内にずっと潜んでいたかもしれないと…?」
子供が潜んでいたって話の時よりカリータはどこか恐怖を覚えた顔になっているわ。まあ、そうよね、子供でも怖いけれど大人が潜んでいた方が怖いわよね…。
「ともかく、ここで話し合うだけでは原因は特定できません。妖精なのか、はたまた強力な精神魔法を扱う子供か大人が原因なのか…今から二手に別れ探りましょう」
さっさとカフェから出ようとするサードに、待ってと私は声をかける。
「もしその原因を見つけたらどうする?」
「悪質なら攻撃して気絶する程度に倒してもいいでしょう。話合えそうなら話し合いで解決、それでいきます。そうですね、拠点はこのカフェにしましょう、どうやら絵本のキャラクターたちはこちらにはあまり来ないようですし」
そう言うとサードはキィ、と扉を開けて出ていって、私は皆を振り向く。
「じゃあ私たちはどうしましょうか。何人かに別れて行く?」
するとサムラは眉を垂らして、首を横に振った。
「僕は…あまり目も見えませんし、お役に立てそうにないのでここで待っています」
するとアレンが「え」とサムラを見る。
「一人でここ残るつもりか?大丈夫かよ?」
「僕の視力だと人間違いで絵本の人について行ってしまうかもしれないですし、いざとなっても一人で走って逃げきれませんし、捕まってしまったら皆さんの迷惑になりそうですし…」
「うーん、そっかぁ」
ションボリするサムラにアレンは頷く。
サムラはある程度私たちの声を聴き分け動いているけれど、人の声が多いと見知らぬ人々の後ろを歩いて遠くに行っていることがよくあるものねえ。
黒い服を着た見知らぬおじさんの服を掴んでは「サードさん」って言う時もあれば、白いローブをまとった見知らぬ男性に向かって「エリーさん」ってローブを掴んでいたりするもの。
数日前なんて背の高い細身の女性に「アレンさん?アレンさんですか?」って疑問形で聞き近づいて服を掴んで、服を掴まれた女性が戸惑ってるのを見て「あ、すみませんガウリスさん」と言っていた。
あれわざとよね?って黙って見ていたけれど、サムラは本気で相手がガウリスと思ってそのまま話しかけ続けていて、女性は迷子かしらとオロオロし続けていたから私が保護者と近づいて女性を助けたわ。
そんなサムラが絵本のキャラについて行って立派な王様に捕まってしまったら…大変だわ。
するとアレンは椅子を引いてサムラの両肩を掴んで座らせると、その隣の椅子に座る。
「じゃあ俺もサムラと一緒にここに残るよ。俺、本とか詳しくないし、本に詳しいガウリスとカリータと、魔法の力の強いエリーが居れば何とかなるだろ?こっちに何かあれば逃げるか皆呼びに行くから」
それじゃあ、ってカリータとガウリスに視線を向ける。
「私たちは三人で行きましょうか」
するとガウリスは少し考えて、
「いえ、二手に別れましょう。仮に子供がいるのであれば早く見つけた方がいいですし、妖精であれば私とエリーさんは対抗できます」
ガウリスは神様に近い存在で妖精より格上だし、私は魔法で色々抑えられるものね。
「それと私は外に出ているキャラクターの絵本やそれに関する考察本でもあればそれを見て、もっと詳しく情報を得たいです。
もしかしたら何か共通点があるかもしれませんし、キャラクターに対抗できるか大人しくさせる術があるかもしれません。ですからカリータさんはエリーさんと共に行動していただいてもよろしいでしょうか」
「はい、もちろんです」
頷くカリータにガウリスは祈りを捧げる。
「神の名のもとに、あなたに愛と祝福を」
するとカリータはスッと手を組んで目を閉じ、祈りを捧げるポーズをする。
「天上主、あなたの子である我ら、世界全ての者に喜びを」
「…」
いきなりの祈りのポーズと言葉に皆がポカンとしていると、カリータはハッとした顔で恥ずかしそうに慌てて手をほどいた。
「すみません、この辺りは聖堂が多いので祈られたらつい…」
「あ、いえ、こちらこそすみません、神殿の外で初めて祈りを返されたので驚いてしまって。…では行ってきます」
それでも祈りを返されたら嬉しかったのか、ガウリスはほんわかした顔で出ていった。へー、嬉しいんだ。あんなに喜ぶなら私も今度ガウリスに祈り返そうかしら。
「じゃあ私たちは…子供を探す?」
声をかけるとカリータは頷く。
「そうですね、それと絵本を借りた人の名前も調べてみますか?もしかしたら外に出ているキャラクターの絵本を借りるかした利用者の中に原因を作った人がいるかもしれませんし…」
「分かるの」
「分かります、ただ全部借りている人を調べるとしたら少し時間がかかると思いますが…」
「それでも何でもいいわ、今の所原因がハッキリわからないんだもの、何でもいいから調べましょう」
カリータは頷くから二人で外に出ようとして、私はアレンとサムラに向き直った。
「ここはまだ安全だろうけど気をつけてね」
「うん、ここは俺に任せろ!」
アレンのやる気のある声を聞いて、私はカフェから外に出る。…それにしてもアレン、留守番する人のテンションと言葉じゃないわよね、あれ。
私のトラウマ絵本↓
「しりっぽおばけ」作/ジョアンナ・ガルドン 絵/ポール・ガルドン 訳/代田 昇
冬の夜中、一人で部屋にいる時ベッドで読んで欲しい(最強の鬼畜発言)。小六の時、夕暮れ時の学校の薄暗い図書室の片隅で一人の時に読んでしまい、あまりの怖さに逃げました。
「きょだいなきょだいな」作/長谷川 摂子 絵/降矢 なな
内容は好きで何度も読んでるんですけどね。一部怖い。
「天のかみさま金んつなください」再話/津谷 タズ子 絵/梶山 俊夫
方言での物音の表わし方が怖い、絵も怖い、何より近所の妙な性格の人が夜中に家に上がり込んで母親と騙ってる感が一番怖い。中学生の時に読んでもトラウマになるレベル。
どうでもいいですけど、昔は金でも銀でも銅でも鉄でも鉱物は全部「金」で通してたみたいです。
だから上の「金んつな」は金色の綱ではなく丈夫でまだ身近な鉄の綱という可能性も捨てきれないのかもしれない。




