精神魔法?
サードは…一体何を考えているの…?
こんな横暴ですぐ後ろから仲間を切り倒す絵本の王様に仕えるですって?冗談じゃない!
「サード…!」
声をかけるけど、馬の上から機嫌がよくなった王様が剣を柄に収め、私より先にサードに話かけた。
「それならば勇者よ、まず最初の命令だ」
王様はそう言いながらカリータへ指を向ける。
「その女は最高責任者とうそぶく男と共に居た女だ。きっと部下なのだろう、そんな者は殺してしまうに限る。私の目の前でみごと真っ二つにしてみせよ」
ギョッとして王様とサードの後ろ姿を見る。
サードは前を見ているからアイコンタクトもできない。一体何を考えているの?どうするつもりなの?まさかそんなそんな王様の言うことを本気で聞くわけないよね?
ヒヤヒヤしているとサードは頷いて、よく通る声で答えた。
「かしこまりました、立派な王様」
その言葉に私、アレン、ガウリスがカリータの前にそれぞれの得物を構えてザッと立ち並ぶ。
「ば、馬鹿なの!?そんな奴の言うこと聞かないでよ!」
「サード落ち着け!話せば分かる!」
私は怒鳴って、アレンは明らかに慌てている。ガウリスは…サードのことだから何か考えがあるはずって顔をしつつ、それでも考えが読めないからか警戒しているわ。
…もしかして、魔法で操られてるとか?
そんな考えが浮かんでいるとサードは振り向いた。けど前に操られた時と表情が違う。
あの時はボウッとした力の入ってないしまりない顔つきで首もぐらぐら揺れていたもの。今はいつも通りの正気のある顔、だったらガウリスが考えている通りこれは何かの作戦のはず…。
するとサードはわざとらしくため息をついて、相変わらずの芝居口調で続ける。
「こんなに立派な王の命令なのにあなた方は反抗するつもりですか?ああ、私はこんな立派な王様のご温情により王の一番の臣下で右腕となれたというのに!」
…はぁ?
「何が王様の一番の臣下で右腕よ、勝手にあなたが言ってるだけで王様が認めてるわけでもないでしょ!」
呆れながら返すと王様が私に向かって怒鳴りつけた。
「馬鹿者が!この勇者は私の一番の臣下で右腕であるぞ!」
「っはぁああ~?」
いつの間にそんなことになったわけ?
意味が分からな過ぎてサードを見ると、サードはそんなことを言う王様にニヤッと笑ってから袖口からヒュッと何かを取り出して構える。
あれはナイフ…じゃない、サードがよく使っている道具のクナイ。いつも袖口に隠していて、ちょっとした危険の時にすぐ引き出せるようにしている。
「では、王様の一番の臣下で右腕である私がこの者たちの始末をしましょう」
言葉ではそう言っているけれど本気なら聖剣を使うはずだし、その顔からも本気を感じられない。本当に私たちを始末する気はないってことね。
かすかにホッとしたけれど、それでもサードが何を考えていて、私たちにどう対応しろと言っているのかは未だに分からない。アレンとガウリスはどうするつもりかチラチラと見てみる。
アレンも私と同じでサードが何を考えていてどうすればいいのかさっぱり汲み取れていないみたい。ガウリスも同じ。でも戦うふりでもした方がいいのかもしれないと思っているのか戦闘モードの顔つきになって槍を構える。
するとサードはヒュッとクナイを大きく振り上げて間合いを詰めてきた。…歩きながら…。
そんな大きくクナイを振りかぶった状態でただ歩いてくるだけのサードにガウリスも「えっ」と驚く。サードがこんな防御も何もしない状態で戦闘に入るなんてないもの。
ガウリスは混乱しながらも槍を向けてけん制する動きで近くに寄らせないようにしている。サードはクナイを上にあげては下げての単調な繰り返しでズンズン歩いて進んでくる。
…遊んでいるの?
サードはチラ、と王様を見る。その動きにつられて私も王様を見るけど…王様はサードの明らかに本気で戦う気のない動きに怒る素振りはなくて、きっと今からサードが私たちを殺すに違いないって確信している笑みを浮かべている。
「なるほど」
サードは心から納得の声を出すと、いきなりビュッと槍をすり抜けてガウリスの懐に入った。急激に本気で近寄ってきたサードに私とアレンは「ギャッ」と叫ぶ。
「俺におされてるふりして逃げろ。ここから一旦離脱する」
「お、おお…!」
アレンはビックリしたのか心臓を押さていたけれど、すぐサムラとカリータの手を掴んで真っ先に逃げ出していく。とりあえず私もサードを警戒しているように後ろに下がりながら走り出した。
ガウリスはそれでも戦っているふりはした方がいいと思ったのか、懐に入ってきたサードを手で押しのけ突き放しながら走り出す。
「全員で逃げるとはなんて臆病者でしょう!」
サードはまたわざとらしい芝居口調で言いながら、
「あいつらを殺すためあの者どもを追いかけます!王様はここでお待ちください!」
って追いかけてくる。
けどサードの足の速さじゃすぐ追いつかれるじゃないの、私が一番先に!
だってガウリスより先に走っていたのにすぐ追い越されて、今一番後ろを走ってるのが私なんだもの…!しかも私を追い越したガウリスはチラチラ振り返って私に合わせて遅く走ってくれてる…!なんか申し訳ない…!
とにかくサードに追いつかれないようにヒィヒィ必死に走るけど、いつまでたってもサードは私に追いつかない。
あれ?って思いながら軽く振り返ると、サードはゆったり走っている。
「何て足の速い奴らでしょう」
サードがニヤニヤしながらそんなことを言ってきた。
っこの…!馬鹿にして…!っていうか何なのこの茶番!?
すると一番先を走っていたアレンがカフェって書いてある矢印を見つけて、迷いなくカフェに向かう扉を足で開けた。
「一旦カフェに逃げよう!」
私とガウリスも頷いて、アレンの後ろをついてカフェに入る。
中に入って立ち止まってヒィヒィ息をあげていると、サムラはもう限界とばかりに膝をついていて、カリータもゼーハー言っている…。
するともはや走りもしないでサードは悠々と歩きながらカフェに入ってきて立ち止まった。
「先ほどの言葉で私はあの王の一番の臣下で右腕になりました。なので私はあの王に付き従うふりをしながら原因が何かを探っていきます。
とりあえず私はあなた方を追いかけ動けない程度に痛めつけたので後は放っておけばいいとでも言っておきますので、その隙にあなた方はあなた方で原因を探ってください」
「え、どういうこと?」
アレンが真っ当な質問をサードに返す。サードはアレンに目を移した。
「少し説明しましょう、大人向けの小説とは違い、絵本は荒唐無稽な展開が多いです。例えば子供が冒険者になろうという場合、大人が読むような小説だと長々と主人公が冒険者になるまでの心情だの両親とのあり方だの冒険での心配だのを経てようやく『冒険者になった』となるでしょう。
ですが絵本は違います。一ページ目から『お母さんに怒られた、僕は腹が立って家から出て冒険者になった』と登場人物の心情や冒険の準備など全てすっ飛ばしていきなり始まります」
「『ぼくはゆうきあるぼうけんしゃ』の冒頭ですね?」
カリータがそう言うとサードは軽く目線を上に動かして、
「そのようなタイトルでしたか…私が初めて一人で読んだ本なのですが、いきなりそのような展開で始まるので驚いたものです」
そう言いながら続ける。
「絵本というのはそのように淡々と話が進んでいきます。ですから一行の説明や一言の会話で登場人物たちがどのような者なのか分かるようになっています。そして王様が自分が一番恐ろしい存在だと言えば兵士は王様に脅え、私が一番恐ろしい存在だと言えば兵士は私を恐れた。
絵本の進み方の特徴、それと兵士たちの反応でもしや自分の立場を明確に口に出せば、キャラクターたちの中でその立場の者と認識させられるのではと考えました」
するとガウリスは納得したように声を上げた。
「だから繰り返し王様の一番の臣下であり右腕だと言っていたのですか」
「ええ。それにわざとらしい口調でずっと話し続けて戦う気もない行動をしてみせても、あの暴君の王様は怒鳴りもしなかった。絵本はセリフが大半、行動の描写はほぼ省略されて絵で認識できます。
どうやら『王の一番の臣下であり右腕』と口に出した時点でその通りの者と認識されるようですね。そして認識されたら行動がおかしくても深く疑問を持たれることもない。全てが現実に即していたら私のあの言動に王様が馬鹿にしているのかとすぐ怒るはずですから」
なるほど…それがあの変に芝居かかった口調だったってわけ。
「じゃあ『俺最強ー!』って言えば俺最強になるの?」
アレンが聞くとサードは、
「知能の低さが目立ちますがキャラクターたちの中では強い者という位置づけにはなるでしょうね」
それを聞いたアレンはどこかそわそわしている。何となく「俺最強になれるんだ…!」ってワクワクしている顔だわ。
そんなアレンを無視してサードは図書館の方向を見る。
「それにしても、外に出ているキャラクターたちは絵に近い姿ではなく全員が現実的な見た目になっているのですね」
その言葉に私は口を開いた。
「そうなの。カリータに見せてもらった絵本だと立派な王様はセピア風の茶色っぽい色合いで、三人の魔女は絵がポップで、大男の絵本は黒と青の二色しか使われてない怖い絵柄で、オオカミの絵本は色鉛筆で描かれていたのに…」
「やはり何かしらの力が働いているとしか思えません、皆さんから見てあれは精霊のイタズラだと思いますか?」
私の言葉にカリータがそう続けるとサードは軽く考えて、
「精霊とは自然に寄り添い生きている存在なのではないですか?それに精霊は基本的に人間のそばには近寄りません、そんな精霊がどうして自然とは関係ないこのペルキサンドスス図書館で絵本の登場人物を出現させて混乱に陥れているのかと思うと妙に思えますが」
つまり精霊が犯人だっていう線は考えられないのね、サードは。
「もしかして妖精などではありませんか?確か家や建物に住みついて家事の手伝いをしたり、イタズラをする存在がいたはずです」
ガウリスの言葉を聞いて、それならモンスター辞典の出番ねと辞典を取り出すと、サードが辞典をテーブルの上に乗せてパラパラめくる。でも妖精の項目を見てもああいう風にキャラクターを動かすようなイタズラをする妖精は見当たらないし、妖精のイタズラの大半も幻覚を見せて道に迷わせる、体を痛めつけるくらいしか書いてない。
「幻覚…なのでしょうか、あのキャラクターたちは…?」
ガウリスがそう言うとサードは、
「幻覚というにはあまりにリアル過ぎる気もしますが、確かに物音一つたてませんからあり得ないとも言えませんね」
「…あ」
カリータが何か思いついたような声を出して、皆の視線が集中する。
「とてもリアルな幻覚だとしたら、強力な精神魔法では?」
その言葉にサードはカリータに距離を詰めた。
「何か知っていることでも?」
「もしかしたら、ですけど…。まず精神魔法というのがあるじゃないですか?」
精神魔法…名前の通り、人の精神状態に大きく働きかける魔法。相手に幻覚を見せ続けて精神を壊すことだって簡単にできるからかなり危険な魔法とされている。
私のお母様の魔法も精神魔法の一種で歌声に乗せて人の思考を鈍らせて自分の思った通りに人を操ることができるから、お母様は数人の魔導士たちに監視されながらじゃないと魔法が使えないのよね。
それでも自分の子供を子守歌で眠らせるのは特例で認められているっぽいけど。
そういえば私がエルボ国にいたころ、中々眠らないで大泣きしている子供を近所のお母さんたちが連れてきて、どうにかお母様の魔法の子守歌で眠らせて欲しいってよく頼み込みに来ていたっけ。
でもお母様は「私の子供じゃないから無理よ」って申し訳なさそうに断って、
「でもそうね、たまには私の子のフロウディアに子守唄を歌ってあげようかしら。ついでにあなたたちも家に入って聞いていってちょうだい、聞いてくれるお客さんが多い方が私も嬉しいの」
って子守唄を歌いだして、それを聞いて私もそのお母さんも子供も昏倒するように眠ってしまったものだわ。…あの時は何も思わなかったけれど、今から思えば私、ダシに使われていたのよね…。おかげでいつでもスッキリ気分爽快だったけれど…。お母様…。
微妙な思い出に浸っているとサードが「それで」ってカリータに続きを促す。
「伝え聞いた話ですが、ある所に死んだ愛犬のことを毎日考え悲しんでいた少女が居たそうです。両親も心配していたのですが、ある時少女の嬉しそうな笑い声が聞こえたので様子を見に行ってみると、死んだはずの愛犬とじゃれ合っている少女の姿があったそうです」
「お化っ…!」
アレンがヒッと身を引くと、カリータは「違います」って首を横に振る。
「両親も幽霊だと驚いて混乱したみたいですが、遊び疲れた少女が眠りにつくと同時に犬もかき消えるようにスッと消え、また少女が起きたら犬が現れ遊び、少女が疲れて眠ると消える…。
何度もそのようなことが起きて不気味だからと色々な所で調べてもらったら、その犬は少女の強力な精神魔法で作り出された幻覚だったらしいんです。ちなみに触ることもできたそうで、その感触に温もりは生きている時の愛犬そのものだったと」
カリータはそう言いながら皆の顔を見渡して、
「幼い子供は頭の中に空想上の友達を作ることが多いと聞きます。その中には本のキャラクターと自分を友人として頭の中で遊ぶことも。その少女と同じようにキャラクターたちが精神魔法で作り出され、現れ動いているとは考えられないでしょうか」
最初から超絶怒涛の急展開から始まり「な、なんだってー!え、ええー!?」というシュールな結末をむかえ、むしろその後どうなるのかが気になる絵本↓
「かいぞくのうた」作・絵 和田誠
むしろその後どうなるのかが気になる絵本↓
「おばけとモモちゃん」作/松谷みよ子 絵/復刻版と新装版があるよ
むしろその後どう過ごすのかが気になる絵本↓
「いるのいないの」作/京極夏彦 絵/町田尚子
あと今のメンバーでの足の速さ順↓
一位サード…オリンピックに出られるレベル
サード「ま、当然だな」
二位ガウリス…オリンピックに出られるレベル
ガウリス「子供のころから足は速いほうでした」
三位アレン…同年代男子の平均より速い
アレン「でもサードとガウリスと比べられるとなぁ…」
四位エリー…明らかに遅い
エリー「悪かったわね…」
五位カリータ…大人になってからろくに走ってない
カリータ「でも子供のころから走るのが苦手でしたので…」
六位サムラ…百メートル走れない
サムラ「すみません早足でも辛いんです…」(ショボン)




