お前は誰だ!
職員の人たちはものすごくパニック状態で、私は何があったのとカリータに視線を送る。カリータは私の視線を受けて説明を始めた。
「エリーさんが図書館を去った後…」
カリータは受付カウンターで閉め作業をしている皆に、どうやら絵本のキャラクターが抜け出しているようだって話をしたみたい。
「信じられないかもしれませんけど、さっき私はこの『りっぱなおうさま』に出てくる王様と兵士たちが動く様を見ました。
最近図書館内でも不審な人の目撃情報が度々ありますけどそれは絵本から抜け出て動き回っているこの絵本のキャラクターたちで、原因は精霊とかそういう存在が関係しているんじゃないかと思うんです。そうしたら偶然にも勇者御一行のエリーさんがいらしてて、今仲間を呼びに…」
すると見回りで私に声をかけてきた職員のお爺さん…イブラ・ラリーっていう名前のペルキサンドスス図書館館長は「メルヘンだねえ」ってほっこり微笑んだって。
「私もこのペルキサンドスス図書館に勤めて六十年だけど、そんな絵本のキャラクターが目の前で動くんなら見てみたいなぁ、そういうのこの年齢になっても憧れるよねえ」
「いえ、どちらかというと攻撃的なキャラクターが主に出ていて…一応図書館の外に避難していてほしいとエリーさんから言われているんです、信じられないかもしれませんがエリーさんが戻ってくるまで外に行きませんか?お願いしますイブラさん、カリナさん、マルタさん、セタさん」
カリータはその場にいる皆にどうにか外に避難を呼びかけたけれど、
「それならさっさと終わらせて帰りましょ」
「じゃあ日報書いといて、私窓の鍵の確認してくるから」
女性職員のマルタ、カリナはせっせと時間内に仕事を終わらせようとするだけで、男性職員のセタも本を手に持って、
「とりあえずこの辞書、戻してきますねー」
と歩いていく。
ああ、やっぱり信じてもらえないってカリータはどうしようと考えていると、セタが歩いていく向こうの暗闇が動いた。
その暗闇の動きにセタは足を止める。すると本棚の間をすり抜け、槍を肩に立てかけ二列になってずんずん進んでくる兵士たちが現れた。
「…え?」
セタがぽかんとした声を漏らすと同時にセタの真ん前で兵士たちの動きは止まって、ザッと兵士は両脇によって真ん中に道ができて、その間を、あの『りっぱなおうさま』の主人公の王様が白い馬に乗って悠々とセタの目の前まで歩いてきた。
音もなく現れた兵士と王様にその場にいた全員が驚いて、カウンターから出て何が起きたのかと集まって様子を伺う。
王様は目の前に集まる図書館職員の皆をじろりと見下ろして怒鳴ったって。
「貴様ら何者だ!」
急な出来事に理解が追いつかなかったイブラは混乱して口ごもりながら、
「え、あ…私は、ここの最高責任者のイブラ・ラリー…」
その言葉に王様はイラ、とした顔で剣を引き抜きビッとイブラに剣先を向けた。
「最高責任者!?私を差し置き偉くなったつもりか貴様!この世で一番偉く立派なのはこの私だ!こいつを八つ裂きにして殺してしまえ!」
その言葉でこれは危険な状況と飲み込んだ職員たちは皆一斉に逃げ出した。兵士たちは後ろから音もなく一糸乱れぬ動きで迫ってくる、すると空気を切る音と一緒に意地悪な顔の魔女がほうきに乗って飛んできて、
「ガムにして食ってやるよ!」
と指先に光を灯してビッと飛ばしてきた。事務職員とは思えない素早さで皆が叫びながらギリギリ光を避けると、魔女はキィィと金切り声をあげてまた指先に光を灯して狙ってくる。
すると暗闇からヌッと巨大な大男が現れて職員のカリナを捕まえようとしたけれど、魔女の光が当たって大男の手がガムになった。
「邪魔だよこのウスノロ!」って後ろで魔女が喚いて、大男が「指うまぁい」ってその場にズズンと座って自分の手をカジカジ食べて兵士の行く手を阻んでいるうちに、カリータたちはなんとか外に逃げだせたみたい。
「と、とりあえず外に出ないように鍵は閉めましたが…外に出て追いかけてきますかね?」
殺されそうになった恐怖がまだ抜けないのか、イブラがカタカタ細かく震える手で図書館の鍵を私たちに見せてくる。
「…」
サードはチラと図書館の大きい扉を見て、
「今の所、扉から外に出る素振りはなさそうですがね」
と呟いた。
確かにあれだけたくさんの兵士がいるのなら、あんな木製の扉なんて簡単に壊して外に出られるはず。でもどこまでも追いかけてくるような素振りは無いわね。
全員で図書館の扉を見て、イブラは図書館の鍵をジッと見つめてからそっと鍵をサードに手渡した。
「お願いします。こんなことになった原因を探って、問題を取り除いてください。ペルキサンドスス図書館館長としての依頼です。貴重な文献や資料がバックや地下にたくさんあります、その物たちもどうか守って欲しい。知識は宝です、この図書館は人類の歴史そのものなんです、もしその物たちが失われてしまったら…」
サードは頷いてズズイと前に出ると鍵を受け取り、
「あなたの気持ちお察しします。どうかハロワに依頼を出しておいてください。私たちも今から尽力いたしますので」
お金が入る流れになったら完全にやる気が出たわ。口調もきびきびしちゃってまぁ…。
「では皆さんは自宅へお帰り下さい」
サードはそう言うけれど、私はちょっと、と声をかける。
「皆帰しちゃったらその図書館の鍵はどうするのよ」
「そう言われましても短時間で片付くものかどうか分からないんです。解決してからハロワを通じて返却でもいいのでは?」
「それなら」
カリータが前に出た。サードはカリータの姿を一目見てこいつが私の言っていた人か、と察したのか、わざわざカリータに近寄って声をかける。
「何か」
「私が代表としてここに残ります。一人くらい図書館の中に詳しい者が残っていた方が都合がいいこともあるはずですから」
「それなら責任者の私が残ろう…」
イブラがそう言うけれど、首を横に振りながらカリータは、
「イブラさんはあの王様に目をつけられてしまったので見つかったら危険です。それに治りかけていた腰がさっきの動きでまた痛んでらっしゃるでしょう?これ以上お体に何かあれば奥様が心配します。どうかここは私に任せてください」
イブラは少し悩んで口を引き結んでいたけれど、カリータの肩をポンポン叩いて、
「それならよろしく頼む、悪いね」
と言って、そこで腰の痛みがじわじわと襲ってきたのか、急激に「腰が…!」ってその場に膝をつく。イブラは他の職員たちに支えられ心配されながら帰っていった。
「カリータは本当に帰らなくていいの?大丈夫?」
「皆さんは家族がいますけど、私は…まあ一人暮らしなので」
するとサードはカリータの手をギュッと握った。急に手を握られたカリータは驚いたようにビクッと体を震わせる。
「ご両親とは離れて暮らしていらっしゃるのですか?」
手を握られているカリータはどこか居心地悪そうに微笑み、
「両親に妹は随分と昔に亡くなりました」
「…恋人は?」
カリータは少し寂しそうな顔で微笑み、ほつれた髪の毛を耳に掛ける。
「お互いに求め合っていた人がいたんですけど…周りから祝福される環境ではなく離ればなれになってしまってそれきり一度も…」
カリータはそこまで言うとハッとした顔で慌てて口を抑え、
「何を言ってるのかしら、ごめんなさい私個人のことを勇者様に…」
サードは痛ましそうな顔をしてカリータの肩に手を回して引き寄せて、
「それはあなたもお相手も深く傷ついたことでしょう、それでもあなたはその過去を乗り越えて今があるのです、これから先の自分の幸せを考えてもいい時期なのではないですか…?お相手とてあなたの幸せのことを考えたら同じことを言うはずですよ」
まるで労わるように声をかけているけれど、カリータの体目当てなの知ってるからね。でもカリータに手を出すとか許さないわよ。
私はズイズイとサードを引っぱって引き離した。
「いいから中の状況どうにかしましょうよ」
サードは一瞬厳しい目で私を睨んだけれど、それでもカリータから身を離して「お楽しみは後か」って顔をする。
そしてそんな表情を表向きの表情に隠してからカリータに、
「では早速あなたの知識お借りしましょう。絵本から抜け出ているキャラクターの話はエリーから大体聞きましたが『りっぱなおうさま』の話は聞いていません、どのような話で、王様はどのようなキャラクターですか?」
思えば私は『りっぱなおうさま』がどんな話なのか聞いていなかった。
「…りっぱな王様って八つ裂きにしろとか言うんですか?」
サムラがポツリと気になったことを聞くと、カリータは微妙な顔で微笑む。
「それは作者が皮肉を込めたタイトルなんです。あの王様は立派でもなんでもなく、我がままで自分の思った通りに物事が進まなければすぐに怒って人を殺してしまう独裁主義の王様です」
『りっぱなおうさま』の王様はこんな話なんだって。
ある所に王様がいた。王様はとにかくよく怒り、自分の国が小さいって戦争を始める。
次々と王様は国を自分の手に入れて国は大きくなるけど、王様はまだ足りないって戦争を繰り返してついに全ての国を手に入れた。
それでも王様はよく怒り、少しでも気に入らないことがあると人々を殺してどんどんと人は死んでいく。
隣国の王族を殺し、その大臣を殺し、その奥さんも子供も殺し、自分の国民を殺し、自分の兵士を殺し、自分の奥さんと子供も殺し…その横暴さを見かねて止めに入った神様すらも殺してしまう。
最終的に世界に残ったのは王様一人だけ。
誰もいなくなった大きい自分の国、誰もいなくなった自分の城の中、一人玉座に座っている王様は満足げに微笑んだ。
『わたしのような りっぱなおうさまは よのなかに ひとりで じゅうぶんだ!』
なんともまぁ、絵本なのにブラックな内容、と思っているとサードは続けて、
「『さんにんのまじょ』からは魔女が一人出ているそうですが、他の二人は?」
カリータは少し悩むようにして、考えがまとまったのか顔を上げる。
「見当たりませんでしたね。もしかしたらですが、三人中二人はお話の最後に村人たちと仲良くなって改心するんです、その二人は出ていないのかも…」
もっと詳しく聞いた『さんにんのまじょ』はこんな話。
三人の魔女は周りの人々に意地悪をして困らせて楽しんでいる。
でもそのせいで段々と人が近寄らなくなってきて、魔女に食べ物を売ってくれる人もいなくなった。
魔女の三人は困ったと話し合い、どうすれば以前のように食べ物を売ってくれるかと悩んだ末、今度は人を助けるようにした。
すると人々も少しずつ態度を変えて優しくなって、最終的に、
「なんだ、はじめから なかよくなっておけば なかのいいままで すごせたんだ」
と魔女たちが気づいて村人たちとニコニコと教会で祈っているシーンで終わるそうなんだけど…。人をガムにしてしまうあの魔女だけはペッペッペッと後ろを向いて耳をふさいでツバを吐いてるんだって。
「性格が悪いのが出ているということですか」
「わりと攻撃性の高いキャラクターが多い印象なのでもしかしたら、ですけど」
頷くカリータにサードは更に続ける。
「それと英雄リトラーンに倒されたという大男ですが、モンスターという扱いでいいのでしょうか?」
「恐らく…?」
「どのようなモンスターかは分かりますか?」
「どのモンスターなのか未だに分かっていません、ただ音もなくヌッと暗闇から現れては人を取って食べていくので、魔力の強い巨人か、オークか、アンデッドなのではと考えられています。ただ知能は低い印象ですね、さっきの館内での様子を見ると」
「狼は…まあ、聖剣があれば対処できますか」
「『オオカミ、ヒヤリ』の狼は歯が弱いです」
ついで程度にカリータが付け足した。
サードは「歯…?」って顔をしながらも、大体話は聞いて前情報は手に入れたって感じで扉に鍵を差し込んでガチン、と開けてそっと中を覗き込む。
入口あたりにキャラクターが集合しているかと思ったけれど、どうやら誰も居なかったみたい。サードは手で中に入る、って合図を出して私たちはなるべく静かに中に入っていった。
それにしても向こう…明かりのついているカウンター辺りが賑やかだわ。
コソコソしながら見ると、立派な王様を中心に輪ができていて、王様は演説をしている。
「いいかまずはこの国の城を攻め落とし手に入れた後は他の国も全て手に入れる!全ての国の王族、大臣に貴族どもは皆殺しだ!その首をはねたあとは街道に全て並べるのだ!」
うわ、何かすごく残酷なこと言っているし…。あの王様の頭ヤバいわ。
あれ?でも見たことのないキャラクターが増えてない?あれは吸血鬼っぽいし、あれはゾンビっぽいし…。アンデッド系が増えているわね。
するとサードはズカズカと近づいていった。ギョッとしていると王様が遠慮なしに近づくサードに気づいて剣を抜くと、
「誰だ!」
って馬に乗りながら剣先を向けて怒鳴る。サードは聖剣をすらりと抜いて王様と同じようなポーズを取って軽くあごを上げて線先を向ける。
「勇者です」
その挑発の行動にもちろん王様は激怒した。
「私に剣を向けたな貴様ぁあああああ!」
唾をまき散らしながら怒鳴る王様に、周りにいた兵士、魔女、狼、アンデッドたちが一斉にこちらに顔を向け、ドッと動き出した。
「何怒らせてんだよサード!」
アレンが慌てたように言うとサードは引くどころか歩みを進めて聖剣を構える。
「これは世の中の何でも切れるという聖剣です、この聖剣で死にたいのならかかってきなさい」
聖剣と聞くといかにもゾンビ、吸血鬼という格好をしたアンデッドたちは、ウッとその場に止まった。
でもリンカのダンジョンに居たゾンビはこんなふうに立ち止まったりしなかったけど。絵本のキャラクターだから?
するとその立ち止まったアンデッド二人の後ろから王様が剣を振り回して、背中をバッサリと切った。
血は出ないけれど「ぎゃー!」と叫び声を残して立ち止まったゾンビと吸血鬼はその場に倒れる。
でもやっぱりおかしい。ゾンビの弱点は頭。それに実際に戦ったことがあるからこそ妙だと分かるわ。ゾンビはあんな風に一度背中を切られただけで倒れるなんてことは絶対に無いもの。
本物のゾンビならあれくらいの攻撃を受けても新鮮な脳みそを求めて「あうあう」呻きながらどこまでも進んでくるはずだし、吸血鬼だってそうよ。
確か吸血鬼の弱点は日光、神を表わすエンブレム、聖水、にんにく。それなのにあんなに簡単に倒れるとか…。
違和感を感じていると王様はぎょろりと目を動かして怒鳴った。
「進め進め!進まないやつは殺す!退くやつは殺す!止まるやつは殺す!バッサリ真っ二つだ!」
するとキャラクターたちが慌てて進み始めた。
「うわ、あの王様怖ぇー」
アレンの言葉が耳に入ったらしい王様はにやりと笑う。
「その通りだ!私はこの世で一番、何でも一番!この世で一番怖く恐れられているのもこの私だ!」
すると兵士の一部から「おお…!」って恐れおののく声があがる。
「そしてこの世で一番強いのもこの私だ!」
するとサードはそのやりとりを見て何か違和感を感じた顔になって、口を開いた。
「何を言いますか、この世で一番強い聖剣を持っている私が一番強いに決まっています。その聖剣を持つ私こそがこの世で一番恐ろしい存在です」
すると今度は兵士たちは王様に対してしたように「おお…!」ってサードを恐れ始める。そして王様はキレた。
「何を言うか!私が一番恐ろしい存在だ!」
兵士は「おお…!」って王様を恐れる。サードは返す。
「いいえ、私が一番恐ろしい存在です」
兵士は「おお…!」ってサードを恐れる。その様子を見て、サードは何か考えついた顔になった。
「ああでもあなたは立派な王様、私はしがない勇者、いうなれば冒険者の端くれ」
…急に何?その変なわざとらしい芝居かかった言い方。
それでもサードの言葉でキレ気味だった王様は「立派な」をつけられたからかイライラした顔ながらも怒鳴りはしなかった。
「あなたはとても勇敢で誰よりも強く、そして意志も強い方。そんなあなたに私は尊敬の感情を抱く」
妙な芝居口調で媚びるような褒めるような言葉の数々に王様は馬の上でふんぞり返りながらヒゲを撫でて、ジロリとサードを見た。
「お前は勇者と言ったな」
「ええ、世間的には勇者と呼ばれています」
「どこかの国の雇われ勇者か」
「いいえ、国の者とは一線を引いたお付き合いをさせていただいています。しかし…」
サードは優雅に胸に手を当てて恭しく頭を下げる。
「あなたが雇ってくださるのなら、喜んであなたの配下となりましょう」




