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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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図書館での妙な出来事

「…?」


二階を行進する甲冑の兵士たちと剣を遠くに向け馬に乗る王様たちに無言で驚きながら、私はただじっと眺めていた。

そうしていると行進する最後尾の兵士も私のいる所からは見えない暗がりの奥に消えて見えなくなる。


…ここの国は図書館内の見回りが随分と厳しいのかしら。王様自ら馬に乗って剣を抜いて見回りだなんて…。

ん?待って、建物の中に馬ごと入るとかどうなの?それにいくら王様だからって剣も剥き出しで建物の中をうろつくとか物騒すぎるじゃない。それに兵士の持ってた槍だって本とか本棚に引っかかったりしないの?大丈夫なの?あの見回り方…。


あまりにも理解できないものを見たせいで混乱してその場に立ったままでいると視線を感じた。


ハッと視線の方向…お姉さんに視線を移す。

お姉さんは困惑の表情を浮かべている。でもその中には何かしら自分の話が分かってもらえるかもって期待も込められている。


「あの」


お姉さんが遠慮がちに声をかけてきて、言葉を選ぶように、


「…何か、見えました?」


って聞いてきた。


でもそんな言い方をするんだから今の兵士と王様の行進をお姉さんも見たのね?そうやって困惑するんだからやっぱりあれって変なのよね?


そう考えながら何も言わずお姉さんにそんな視線を送ると、お姉さんも何も言わず、そうなんですとばかりの目線を返すしてくる。


特に話をしなくても目線で会話できた。


「あの…少しお話よろしいでしょうか」


分かったわと頷くとお姉さんは他の人に「ちょっと出ます」って声をかけて受付カウンターから出てると手招きをするから、その後ろに続いた。


お姉さんは振り向き、


「改めまして、私はカリータ・ミデムと申します」


「私はエリー・マイよ」


「エリー・マイ…?……もしかして勇者御一行の女魔導士の…」


頷くとお姉さんはどこか頼れる人が現れたって感じでホッとしているような、それと納得の表情で、


「だから精霊にも何度も会っていらしたんですね」


と言いながら、


「それでさっきの兵士と馬に乗った王様ですが」


って続けようとするから私は身を乗り出して非難がましく、


「あれ何だったの?あんな風に建物の中を見回りするなんてあり得ないわよね?それも国の王様自身がやってるとか常識が無さすぎよ」


するとカリータは首を横に振った。


「あれはこの国の国王ではありません」


「え?」


どう見ても王様と兵士だったじゃないって思っているとある場所にたどり着いて、カリータが周辺にわずかに明かりをつける。


どうやら子供向けの絵本が置いてあるコーナーみたい。低めの棚の並び、それとカーペットの敷いてある一区画、高さがまちまちの絵本…。


カリータはしゃがむと、ある棚から一冊の絵本を取り出して私に表紙を見せて指差す。


「これを見てください、先ほどの馬に乗った王様に似ていませんか?」


…タイトルは、『りっぱなおうさま』?

その表紙に描かれているふんぞり返って怒りの表情を浮かべる王様のイラストは…確かにさっきの王様に似ている気がする。


茶色の髪の毛、立派な茶色の口ひげ、首周りに白の毛皮のついた赤いマント…。馬も白馬でこの絵本と同じだし、兵士たちの甲冑や持っている槍もこれに描かれているのと同じものだったと思う。


けどそれならこの状況…信じられないけれど、そういうことなんじゃないかしら…。


視線をチラとお姉さんに向けるとお姉さんも同じ困惑の表情で、私もそう思っているんですけど信じられなくて…って視線を返してくる。


…何かカリータとは目線で会話できるわね。


「絵本から抜け出してる?」

「…としか思えなくて…」


と言いながらカリータは、


「エリーさんは精霊とも会ってると言いましたよね?もしかしてあれは精霊とか、人知の及ばない存在のイタズラなのかと…」


だから私に声をかけたのねと頷くとカリータも無言のまま、はい、って頷く。


「でもああいうのを見たのは私も今日が初めてです、他の職員も同様だと思いますけど、この時間帯にまだ残っている利用者からは変な人がいると報告を受けることはありました。

でも駆けつけてみてもその変な人らしき人は見つけられませんでしたし、この図書館も歴史のある建物ですからそういう…まぁ幽霊みたいなものが現れたりもするのかなと気にしないようにしていたんです。…最初は」


最初は、ってことは今は違うってことね?と何も言わずカリータを見ると頷いて続ける。


「ここ最近、遅くまで残っていた利用者があのような王様や兵士、大男や狼などに襲われたと受付まで逃げてくることが度々起きるようになったんです。それで警備の兵士を呼んで現場を見てみても何者かが居た気配もありませんし、足跡一つ残っていません」


カリータは王様と兵士が歩いていた二階を見上げて、


「あんなに鎧を全身に身にまとった兵士が集団で歩いても、人を乗せた軍馬が歩いても、足跡一つ残らない。それにさっきの人数で鎧を着ているのに物音一つしないなんて、やっぱりおかしいでしょう?」


そう言われれば…。あんな鎧を着た集団が歩いていたのに物音が少しも聞こえなかったわね、思えば。


カリータは絵本コーナーから迷いのない手で次々と本を抜き出して、近くのテーブルの上にズラリと並べた。


「今までの利用者からの報告と、もし本当に絵本からキャラクターが抜け出しているのだとしたら、この辺りの絵本からだと思います」


えーと、『りっぱなおうさま』、『さんにんのまじょ』、『きょだいなきょだいな大おとこ』、『オオカミ、ヒヤリ』…。


全部同じ作者って感じでもないし絵を描く人もバラバラ。それも出ているキャラクターにも統一性がなさそうね、同じジャンルってわけでもなさそうだし…。


何となく『さんにんのまじょ』の絵本を開いてみる。


『さんにんのまじょが 森にすんでいました。さんにんは とても いじわるが大すきで、いつも村のみんなに いじわるをして たのしんでいました』


「それからは魔女の一人が出ていると思います。魔法で人をガムにしてクチャクチャ噛んで吐き出して笑っているキャラクターで、三人の魔女の中で一番性格が悪いとされています」


横から説明するカリータの言葉に「うわぁ…」と声が漏れる。それはイヤだわ。


「ガムになった人はどうなるの?」


「吐き出されたら元に戻りますけど全身が骨折するんだと思います、絵本の中で被害に逢ったキャラクターが次のページで包帯まみれになって運ばれていたので…」


「うわぁ…」


本当にイヤだわそれ…。


「じゃあ他の絵本からは?」


「『きょだいなきょだいな大おとこ』からはこの大男が出ています。この辺りの伝承から作られた絵本で、大昔、向こうの国に抜ける道に現れて人々を食べて恐れられていた大男で、最後は英雄リトラーンに倒されます。

『オオカミ、ヒヤリ』からはこのオオカミが。意地悪で誰にでも噛みつく性格でわがままで暴力的、でもどこか憎めないキャラクターなので私は好きですけど、本当に噛みついてくるので実際に現れたとしたら会いたくないですね…」


「…何かヤバそうなのばっかり出てない?」


そう言ってからふと『りっぱなおうさま』の絵本が目に入って、


「あ、でもこの王様って立派なのよね?だったら話せばどうにか…」


するとカリータは沈んだ表情で首を大きく横に振る。


その無言の諦めの対応と絵本の表紙に描かれている怒りの表情の王様を見て、話し合いは無理なキャラクターなのねと納得する。


でもどうする?私だけで解決できるかどうかも分からないわ。

宿に戻って皆を呼んできた方がいい気がする。


「…少し離れた宿に仲間がいるの、私だけじゃ荷が重い気がするから皆を呼んでくるわ。カリータたちはその間念のため外に避難しててもらえないかしら」


「…分かりました、他の皆が理解してくれるか分かりませんが説明してみます」


私は頷いて、


「急いで皆を呼んで戻ってくるから、待ってて」


「分かりました」


私は急いで図書館から飛び出して、皆が揃っているはずの宿に走り戻る。


通りすぎる道すがら、明かりの灯った色んなお店、色んな家からいい匂いがたちこめてくる。

そうか、そろそろ夕御飯の時間だものね。…まさか皆それぞれでご飯食べに行っていたりしないわよね?どうか宿に皆いますように…!


* * *


宿に戻ったら、暗くなっても中々帰って来ない私を心配してか皆は宿に揃っていた。


「じゃーエリーも戻ってきたことだし、ご飯食べに…」


のんきなアレンの言葉を遮って私は口を挟んで、さっきあったこと、それと絵本のキャラクターは人を襲うこともあるみたいで危険だっていうことを伝え、


「だからご飯なんか食べている場合じゃないわ、早く図書館に行きましょ!」


って急かした。


すると椅子に深く座っているサードは急ぐ素振りも無くシレッと聞いてくる。


「報酬は?」


思わず脱力して、呆れながら答える。


「そんな話している場合じゃなさそうと思ってすぐ来たんだから報酬の話なんてしてないわよ」


するとサードは眉間にしわを寄せて、


「まさかタダ働きでもするつもりか?俺はパス、腹減ったから飯食いに行く」


と立ち上がってさっさと目の前を通り過ぎようとするから、イラッとしつつサードの服を掴んだ。


「あなた勇者でしょ!?人が困ってるんだからタダ働きがどうのこうの言ってないで助けに行くの!」


サードは私以上にイラッとした顔で睨み返してきた。


「勇者はボランティア職じゃねえ。報酬も無しに動くのはよっぽど勇者としての名誉が上がる時だけって俺は決めてんだよ」


イライラとしたサードの言い様に私も余計イライラししてすぐ言い返した。


「困っている人を見捨てて上がる名誉なんてあるわけないでしょ、それに急いで仲間を呼びに行くって伝えているんだから」


「勝手にそう決めたのはてめえだろ、てめえ一人でどうにかしろよ」


こんの…ぶっ飛ばしてやろうかしら…!


私のブチギレ寸前の顔を見たアレンが、ストップストップと私たちの間に割り入りった。


「けどもしかしたら精霊なのかもしれねえんだろ?精霊だったらガウリスとエリーが居ればどうにかなると思うし、サムラも精霊と仲良くできる性格だし、ついでに俺も行くからさ、だから落ち着けエリー」


なんでサードをたしなめるより先に私をなだめてんのよ。おかしいでしょ。


アレンにもキレそうになるとガウリスが横からアレンをかばうように前に出て、


「その話をしてきた方はどうして絵本のキャラクターが抜け出して動いている原因が精霊だと思ったのです?そのような存在が関わっているかもしれない図書館なのですか?」


ガウリスの言葉に怒りのぶつけ先が無くなって私は口をとがらせながら説明する。


「世界で一番古い図書館なんですって」

「ペルキサンドスス図書館ですか?」


「知ってるの?」


「本や図書館が好きな者なら一度は聞く名前です、とても貴重な文献が数多く残っていることでも有名な図書館ですよ」


ガウリスはそっか、この国がペルキサンドスス図書館のある国なのかって少し嬉しそうな顔をしている。そんなガウリスの嬉しそうな顔を見て怒りも大体収まってしまった。


だから私も落ち着いて説明を続ける。


「私に声をかけてきたのは私が精霊魔法の本を探してるのを知っていたから、そういうことに詳しいんじゃないかって思ったみたい。

カリータっていう二十代半ばかもう少し上くらいの眼鏡をかけた真面目そうなお姉さんでね、髪の毛はまとめてアップにしてて、首が細くて横顔が綺麗でパンツスタイルが良く似合ってて仕事ができて優しいって感じの女の人なの」


今日初めて会った人だけど何となくカリータには好感度が高いから褒めちぎっていると、入口から出ていこうとしていたサードが引き戻ってきて聖剣を手に取り脱いでいた防具をつけ始める。


「よし、図書館に行くぞ。案内しろエリー」


「…」


まさかこいつ…今私が話したカリータの特徴で好みの範囲内だと判断して態度を変えた…?

へえ~そう、人のためには動かないけど好みの女の人のためならすぐ動くのねえ?ふーん、へーえ、ほーう。


「別にサードは来なくていいけどぉ。一人でご飯でも食べに行けばぁ?」


「エリーさん…」


意地悪心全開の言葉に全く関係のないサムラが傷ついてションボリうつむいてしまった。


「ちょ…サムラに言ったわけじゃないから、落ち込まないで」


慌ててサムラを慰めているとアレンも、


「そうだよな、エリーってたまに言葉キツイよな、分かる」


「…」


喧嘩売ってるの?アレン?


「これから民衆を助けるって時に仲間割れしてんじゃねえよ、行くぞ」


私をギスギスさせてこんな雰囲気になる原因を作ったサードが私を諫めて仲間をまとめ上げるような言葉を吐いていやがるわ、ああぁ、イラッとするぅ。


口端がピクピクと動いてキレかけている私にアレンとガウリスが、


「落ち着け、エリー落ち着け。とりあえずサードがやる気出したんだ」


「そうです、理由が何であれサードさんも助けようとしているのです、その心を察してください」


ってなだめてくる。


ともかく急いで戻るってカリータに伝えたんだからここでサードと喧嘩している場合じゃないのも事実、私はイライラしてサードを視界に入れないようにしながら駆け足で図書館に戻った。


すると図書館の門の外…そこに人が何人か固まっていて、私たちの姿を見るなり駆け寄ってくる。見る限り図書館の受付カウンターの内側にいた職員の人たちだわ、それと図書館内の見回りをしていたお爺さんの職員とカリータ…。


すると真っ先に駆け寄ってきた職員の一人が私たちに向かって叫んだ。


「助けてください!図書館が…!図書館が絵本のキャラクターたちに乗っ取られました!」

ペルキサンドスス図書館…アレキサンドリア、ペルガモン、ケルスス。世界三大図書館より名前を拝借。豪華!

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