殺しをお願いしますって?
「簡単なんですか?すごいです」
「けどどうやって?」
サムラはさすが、という雰囲気で、私は疑問のまま聞いた。
「きっとガウリスの言う通り聖女像は何か不具合があって崩れたらこんな形に広がるように魔法が仕掛けられてたんだろ。たが結局魔法陣なのは変わりねえ、一部が崩れたままだったら魔法陣は未完成のままで発動されなくなる」
サードはそう言うと自分の荷物入れから小さい布袋を取り出して魔法陣の傍にしゃがむと、円の一部をザザ、と袋の中に入れる。
そのまま紐で口をグルグル巻きにしてギュッと縛ると私に向かってその袋を、
「ん」
と渡してきた。
「…え?」
とりあえず突き渡されるがままに受け取るけど…これどうしろっていうの…?
困惑の表情のまま袋を手に持っていると、サードは察しの悪い女だと言いたげな顔で私から袋をもぎ取って私の大きいバッグにポイと投げ入れた。
「ちょっと!こんな変な砂入ってるやつ入れないでよ!」
そう言いながら取り出して投げ捨てようとするとサードはその手を止めて、また私のバッグにポイと投げ入れる。
サードはそのままバッグを閉じて私の目を真っすぐに見てきた。
「いいか、袋のことは一切忘れろ」
「…はあ?」
「その大きいバッグは入れたものの存在を忘れると二度と取り出せなくなるんだろ?ってことは思い出さなきゃ二度とその砂の入った袋はバッグの中でさ迷ったまま出てこねえってこった。そうなったらこの魔法陣も永遠に未完成のまま。だから忘れろ、この話題はこれまでだ」
はい解決したとばかりの対応に私はイラッとした。
「あのねえ、確かに皆の使ってない荷物は入れてもいいって言ったけど、便利なゴミ袋みたいにするのやめてくれる?あくまでもこれは必要な物を入れるための道具で必要ないのは入れたくないんだけど」
「アー、聞コエネエ、聞コエネエ」
サードは棒読みで耳をほじりながらホルクートに、
「とりあえず報酬も随分な額もらうからな。アフターフォローでもうしばらく様子を見てやる。そのまま何もねえならこの聖女像の件とモンスターが現れる件は解決したも同然だ」
「こんなにあっけなく解決してくださるとは…冒険者はすごいですね」
「…」
チラと自分の大きいバッグを見る。
私のバッグなのに…変な魔法陣を作る聖女像の砂が入っているとかすごくイヤ…。でもこの国の助けにはなるし…でもこんなに一方的にに私のバッグに変なの入れられるとか最悪…。
* * *
それからまたしばらく日にちがたった。
何度もひと眠りしながら魔法陣の様子を見に行ったりもしたけれどサードが袋に入れて崩した魔法陣は一部が欠けたまま。
どうやらサードがやったやり方で魔法陣は壊せたみたい。
…でもそうなると結局私のバッグの中に聖女像の一部が入ったままなのよね。できればそんな物外に放り投げたいんだけど…。
それでも何も起きないのも事実、だとしたらもう大丈夫だろうってことでサードは上に戻る話を私たちに、そしてライデルとホルクートにも伝えた。
「もう行っちゃうんですか?」
「用件は終わったからな」
ライデルはションボリ悲しそうにしている。
「こんなに早く行ってしまうなんて…」
「俺らは用があるからこんな平和な所でのんびりしてる暇はねえんだ。ウチサザイ国の黒魔術士のミラーニョ…奴を探しに行かなきゃならねえ。どうやらあちこちで悪さもしてるようだし、そいつをどうにかすれば俺らも世の中の奴らから随分感謝されるだろうしな」
ケケ、とサードは笑っている。
その悪い笑い方にライデルは少し脅えたけれど、それでも真面目な表情になってサードの前に進み出た。
「僕が寝ている間、あなた達には外来魚の原因を解決してもらい、モンスターのコッコドリを駆除してもらい、そのモンスターが現れる原因も解決していただいたとホルクートから聞いています。そのことについてラーダリア国の長である僕、そして国民ともども心から感謝しております。ありがとうございました!」
ペコッとお辞儀をしてから顔を上げて、ライデルは続けた。
「それと…僕から依頼を受けてもらいたいんです」
「あ?」
言葉的にサードは怒ってもいないし聞き返しただけだけど、ライデルは上から見下ろされて圧迫感があったのか、ヒッと脅えてホルクートの裾をギュッと握った。
それでも頑張ってその場に踏ん張って、
「あの、あの、あの…」
…言葉を続けようとしているけれどサードの威圧感のある視線に心が折れたのかライデルは助けを求めるようにホルクートを見上げる。でもホルクートは自分が言いたいことなら自分で言いなさいって感じで目を合わせず知らないふり。
助けてもらえないと察したのかライデルは自分が言わないとと腹をくくった顔つきでホルクートの裾から手を離した。
「この国に起きてあなた方が解決していただいた全ての出来事はミラーニョという男が原因なのですよね?」
…そういわれれば、そうだわ。外来魚を産みだす聖女像をこの湖に投げ捨てたのも、外来魚が増えて環境が変わりつつあった原因も、コッコドリの来襲も元をただせばミラーニョって黒魔術士一人が引き起こしたことじゃない。
サードが頷くとライデルは話を続けて、
「これはお父さんとお母さんが帰ってくるのを待っている場合ではありません、早くに動かないと大変なことが起こってしまいそうです。なので…そのミラーニョという男の殺害を依頼します」
幼いライデルから殺害の依頼が出たのに驚いてギョッとする。サードも軽く目を見開く。
「あいつにそう言えとでも言われたか?」
ホルクートを指さすサードの言葉にライデルはぶんぶんと首を横にふって、
「僕の判断です、だってそんなに悪いことしかしない人なら地上にも必要ないでしょう?僕たちにとっても害にしかならない人ですし、そうやって周りに迷惑にしかならないならこの世に必要ないと判断しました」
ライデルは続けて、
「しかしお父さんとお母さんがいない時に勝手に湖を離れてミラーニョを探し殺しにいくこともできません。けどあなた方は冒険者という立場で、冒険者とは報酬を出したら受けてくれるものなのでしょう?報酬はホルクートが先に言っていた宝石を倍の数をあげることにします、どうかお願いします!」
サードはチラとホルクートを見る。お前の判断は?って目が言っている。
ホルクートはサードの視線を受け取って、
「ミラーニョが害悪を振りまくことしかできない人物なら、私もライデル様と同意見です。殺害していただくのが最善の選択でしょう」
サードはそれを聞いて一瞬黙ったけれど、ふっ、と軽く笑った。
「…変に面倒くせえところは人間界と同じなのに、バッサリ切り捨てるところは人間界と随分違うな…さすが神に近い精霊だ…」
「受けてくれますか!?」
サードが笑ったからライデルは依頼を受けてくれるんだって思ったのか目を輝かせたけれど、サードはギロッと睨み下ろした。
「断る」
「ええっ」
喜びの表情を一変させて脅えながらライデルは驚く。
「てめえらは罰するという形で自分の国に害を与える奴は平然と殺していくんだろ。あのレンナも外来魚を放つ人間は見つけ次第水に引きずり込むって罪悪感もなく言い放っていたしな。悪くねえさ、てめえらは人間じゃなくて精霊なんだから俺らと価値観が違う」
そう言いながらサードはもっと不愉快そうな顔つきになって圧力でライデルを押し潰しそうなほど身を乗り出す。
「だが俺らは人間社会で暮らす人間だ。いくら悪事を繰り返す奴が相手でも殺したら人間社会のルールに則って逆に罰せられる。つまりてめえは今、俺たちに社会的に死ねって言ったも同然だ分かるか?」
ライデルは言われている意味が分かってなさそうだけど、自分の言葉でサードがかなり怒ってしまったのは理解できるみたいで慌ててホルクートの影に逃げていった。
「人間の生活の中では人を殺害すると捕まって処刑されるのですよ。相手がどのような悪事を犯した者であれです」
ガウリスがそう伝えるとライデルは目を見開いて「ええっ」と叫ぶ。
「どうしてですか!?そのミラーニョ一人を殺したら人間たちのためにもなるでしょう?この国の精霊全員も助かりますしホッとできるんですよ!?」
ライデルは意味が分からないという混乱した顔つきになっている。でもホルクートはどこか納得した顔をした。
「なるほど…いくら害悪にしかならない者であれ殺害行為は人間社会のルールに反すると、そういうことですか」
「普通そうでしょ、ここでも精霊が精霊を殺してしまったらそうならない?」
聞き返すとホルクートは不可解そうな顔で、
「暴力で争うのは無駄だと我々は理解しています、そもそも互いの命を奪おうとする者などいないので想像するしかできませんが…」
…どうやらこの国の精霊たちと地上はかなり考えが違うみたい、こういう話はいくら続けても無意味かも。
でもそうよね、力で解決するような兵士もいないんだものね、ここ…。
サードもそう思ったのかどこか呆れた顔で何か言いたげな顔をしていると、ホルクートは「なら」って話を続ける。
「人間界のルール内でミラーニョを殺す方法はありませんか」
どうあってもミラーニョを殺す以外の選択肢は出ないの?
何ていうかここの精霊って仲間に優しくしながら頼っていく私たちにはかなり優しくしてくれるけど、害有りって認識した人に対しては容赦しないわね。
まあ色んな物語でも精霊を怒らせたら命を取られる話なんて数えきれないほどあるけれど…ああいう物語ってこんな感じなのかも…。
サードも呆れた顔をしながら軽く笑ってホルクートをみた。
「できねえこともない。俺たちが殺したって証拠を一切残さなければどうにかなる。だがちょっとしたことから俺たちが犯人だとバレれば俺らは終わりだ。そんなに世の中に必要のない男一人殺させて俺らの人生を棒に振らせてえのかてめえらは?恩を仇で返すってのはこのことだぜ」
ホルクートもライデルも口をつぐんで黙り込んだ。それでもすぐに、
「だが」
とサードは続ける。
「法的には殺せる」
その言葉にライデルとホルクートに私たちも「え」と驚いてサードに視線を移すと、悪い顔のサードはそのまま揚々と続ける。
「そのミラーニョは黒魔術を使う男だ。だがほとんどの国では黒魔術は禁止されている。それなのに黒魔術を使ってるってことは国の取り決めを破ってるということだ。
そのことを国に密告すれば自然とミラーニョは…いや、黒魔術士が集まるバファ村の連中も全員捕まって牢屋送り、そんで深刻な害を出した奴らとそのまとめ役のミラーニョに対しては最上級の罰、死刑が宣告されるだろうよ」
サードはニヤニヤしながら腰に手を当てて、
「いいか、これが人間界でのルールに則った人の殺し方だ。覚えておけ」
「覚えなくていい!そんなの覚えなくていい!」
サードの服を引っ張りながら首をブンブン横に振って一生懸命止める。ホルクートも「ほほう」とか言わないでよ!
でもライデルはあまり理解できなかったのかキョトンとしていて、どういうこと?って感じでサードとホルクートの顔をキョロキョロ見比べている。
まあライデルが簡単に理解できないみたいで良かった…っていうかサードってこんな子供の前でも教育に悪そうなこと普通に言うわよね本当…!
ライデルはおずおずと、
「じゃあそのやり方なら依頼を受けてくださるのですか?」
って聞いている。サードは少し考え込んで、
「俺らは今、途中行き合った女絡みでその黒魔術を使う奴らが集ってる村に行くところだ。ミラーニョもその村に関わってるみてえだからついでにその依頼を受けてもいい」
パッと顔つきを明るくするライデルにサードは続ける。
「ただし俺らがするのはミラーニョの殺害じゃなく、国に捕まえさせることだ。それだと国の法律によって死刑じゃなく自然に死ぬまで牢屋に入れっぱなしってこともあり得るが、結局死ぬまで牢屋に入ったまま何もできないってことだ、それでもいいな?」
ライデルは少し考えて、チラとホルクートを見上げたけど…それでもこれも自分が決めないといけないと思ったのかすぐサードに視線を戻した。
「お父さんとお母さんが帰ってくるまでにこの湖がもっと悪い状況になるのは嫌です。だから悪くなる芽はできる限り食い止めたいです。どうであれミラーニョが悪いことができなるくなるのなら、その内容でお願いします」
サードの「ん」でトトロのカンタが出てきてしょうがなかった。




