水で押す(魔法)
コッコドリはゴッと泳いできた。
と、下から何かが飛んでくるように現れて、コッコドリの喉の下に消える。その瞬間コッコドリは身をのたくらせた。喉元からは赤い液体…血が辺りにモヤモヤと広がっていく。
コッコドリの喉元から一旦離れたのは…。
「サード!」
どうやらサードも騒ぎに気付いて駆けつけてくれたみたい。私の声にサードは見上げてきて、
「モンスターか!?これ!」
って怒鳴るように聞いてきた。私は頷いて、
「コッコドリっていう…!」
「コッコドリ!?何だこれ新種の鶏か!?」
…ボケているの?本気で言ってるの…?
いや顔を見る限り本気だわ。本気でボケているわ。何なのあいつ…。
そうしているうちに傷を負わされたコッコドリはサードに向かって口を開けて襲い掛かるけど、サードは水中だというのに体をクルリと回転させて長い口の上(鼻の上?)に移動する。
確かにそこなら鋭い牙で噛まれる心配は無い。とにかくさっき中断された説明を続ける。
「それ鶏じゃなくてコッコドリっていうワニで動けば動くほど狙われるの!それで弱点はさっきサードが切った喉の柔らかいところ!」
サードはなるほどという顔で口の上で立ちがると、その長い口の上を伝って走って行く。コッコドリは嫌がって口を開きながら大きく首を動かした。サードは上手く水中に浮いて泳ぐように目の近くまで走って行く。
するとコッコドリの視界からサードは外れたみたい。わずかにサードを探したみたいだけど、視界にいる私たちにまた向かってきた。そうしているうちにサードはコッコドリの固い皮膚を掴みながら体の下へともぐりこんでいく。
「エリーさん!」
振り返るとガウリスが槍を持って、建物を蹴るようにしながら近づいてきている。
「すみません、槍を取りに行っていて遅くなりました!」
「ガウリス!こいつの弱点は喉の下だ!こっちに来てお前も突け!」
ガウリスはどこから声が聞こえたと頭を巡らして、モンスターの下かとすぐに気づいて壁を蹴り飛ばして一気に近づいていく。
ガウリスに気づいたコッコドリが口を開きながらグンッと身をくねらせて口をバグンと閉じるけれど、ガウリスはコッコドリに槍の尻を当ててグンッと自ら飛びのいて、建物の壁に足をついたあと、また壁を蹴り飛ばしてコッコドリの下に素早く移動していく。
コッコドリの周りにモヤモヤと血が広がっていく。サードとガウリスが下から攻撃しているんだわ。
コッコドリは激しく身を震わせ周りの建物にぶつかりかみ砕いて、激しく暴れ回っている。
精霊たちは素早い泳ぎで逃げていくけれど、どうやらコッコドリは今動いているものを襲うよりも自分が襲われているから敵を排除する思考に切り替わっているわね、逃げる人を追いかける素振りは見えない。
「私たちも援護しなくちゃ」
でも水の中みたいなここじゃ地上と違って切り裂くこともできなかったし…どうやって援護しよう。
水で押し返すことはできるけどその程度じゃ倒せない…。
私の呟きに「援護…」ってサムラも呟く。
「…」
サムラをチラと見た。
サムラの魔法はかなり強い。それに魔法を使う勘もかなり鋭いし物覚えも早い。
私はサードみたいにあれがダメならこの方法って柔軟な発想はできないけれど、魔法初心者のサムラなら私には思いつかない方法であのコッコドリに打撃を与える魔法を使うことができるんじゃないかしら。
単純にサムラがどれくらい魔法を使えるのか気になるところもあるし、相手は精霊を食べて長生きの力を取り入れてしまったら危険なモンスター。遠慮する必要もない。
「サムラ、あのモンスターは見える?」
「ぼやけてるけど見えます」
「遠慮しなくていいから、あのモンスターに向かって思いっきり魔法使ってみて」
サムラが息をのんで私を見上げた。
まさか自分が?さっき魔法を習ったばっかりなのに?そんなことをしてもいいの?って言いたげな驚いた顔。
「周りに被害が出そうだったら私が抑え込むわ。だから好きに思いっきりやってみて」
私の言葉にサムラもそれならと頷いて、手をコッコドリに向ける。
「サード!ガウリス!一旦離れてー!」
大声で叫んだ。
さっきサムラはレンナの力を体を通り抜ける程度に軽く流しただけで皆が巻き込まれそうな渦を作りだしたんだから、遠慮しないで魔法を使ったらどうなるか全く分からないもの。
サード、そしてガウリスが泳ぎながら下の方へに離れていく。
…っていうかガウリス、海で泳ぐとなると足がすくむって言っていたのに、普通に泳げるわね?
泳ぎが苦手だと思っていたのに…仲間だと思っていたのに…騙された…。
その間もサムラはコッコドリをジッと見て、お腹に手を当てているけれど…。私をチラと見た。
「あの、でも僕、一度も戦うとか攻撃とかしたことなくて…どうすれば…」
そこから!?
「えーと…首は大体急所だから狙うといいわ。あの部分が首ね。私はさっき水で押して首を切り裂こうとしたんだけれど、水で水は切れなくて…」
「じゃあ押せばいいんですね?」
サムラはムムッと体に力を入れて魔法を使おうと念じている。
途端、ゴリンと鈍い音がした。
え、何の音?
顔を動かすと、コッコドリの首が上下逆さまになっている。
どうやら首の骨が折れて即死したみたい、コッコドリは動かなくなってスウ…と沈んで…。
と思ったらまたゴリッと音がしてコッコドリの体が背中の方に真っ二つに畳み込むように折られた。
視線をサムラに向けるとまだ真剣な表情でコッコドリを見続けていて、その間にもコッコドリの体は雑巾でねじるようにゴキゴキと音を立てていく…。
「サムラもう大丈夫、もうやっつけたわ!」
お腹から手を離させた。もうコッコドリのライフはゼロよ。
サムラはパッと顔を上げて、
「そうなんですか?ただ押してただけなんですけど…ところで何かすごい音がしてましたけど、僕何やってました?」
「首も体も一瞬で骨ごとへし折ってたわ」
「ええ!?そんな…酷いことしたんですか…僕…」
サムラはショックを受けた顔で、自分の手を見つめて恐ろしい顔をしている。
「…魔法って怖いです…ちょっと押しただけでそんな酷いことを…」
サムラの言葉に私は肩に手を乗せて、
「でもコッコドリは町を襲わなければこんな風に殺される目に遭わなかった、それにたくさんの精霊たちの命は守れたわ」
「…はい」
それでも相手がいくら町を襲った狂暴なモンスター相手でも、今まで動いていた命を奪ってしまったような罪悪感を感じているのかサムラはどこか落ち込んでいる。
…思えば私も最初のころはこうだったわ。人を襲い続けていたモンスター相手でも倒して動かなくなった姿に罪悪感を感じて鬱々としていたっけ。
私たち冒険者は人の生活に害を出すモンスターの討伐のために必要な存在。
そう思って割りきろうとしているうちに本当に割りきってしまってサムラみたいな感覚はとっくに忘れちゃってた。
そう思えばサムラは冒険者でもないし主食は葉っぱで食べるために生き物を殺したこともないのよね。…サムラに悪いことさせたかも。
軽く背中に手を当てると、サムラは慰められていると思ったのか私を見上げる。
「…こういうのも僕たちの部族を守るために必要ですか?」
「…必要になれば。ただガウリスが言っていたわ、守るために力は必要だって。アレンもそれを聞いて守りたいだけで力がなかったら理想だけで何もできないって言っていた。…でも、力を使わないで解決できるのが一番よ」
全部ガウリスとアレンの言葉だけど、そう言っておく。
サムラはしばらく考えて「難しいですね」とだけ呟いた。
「生き物の命を奪わせるようなことをさせてごめんなさい、私たちはこれが当たり前だから何も考えないで冒険者でもないサムラやってって言っちゃって…」
謝るとサムラは首を横に振った。
「僕はもっと魔法を練習しないといけないです、目も良くしないといけないです。部族の皆を守るために、今みたいにちょっと力を使っただけで酷いことをしないために、魔法を覚えて周りを良く見えるように頑張らないと」
* * *
「え、さっきのエリーがやったんじゃねえの?」
全てが終わった後、駆けつけてきたアレンが目を丸くするから私は首を横に振った。
アレンは静かに真剣な表情で、
「エリーすげぇ容赦しねぇって思ってた…」
ちなみにアレンはレンナと町に駆けつけてきたら精霊たちに、
「あんた人間の冒険者なんだろ!?あれなんだ!?」
「モンスター!?まさかモンスターがこの国に!?」
「あれすげえ暴れてるけどどうにかできるのか!?」
ってもみくちゃにされて、説明しようにもパニック状態の精霊たちはアレンの言葉を聞く余裕もなく、その内にコッコドリがねじれていくのが見えたんだって。
ホルクートとお城勤めの精霊たちもコッコドリが倒されてしばらくしてから駆けつけてどんな状況なのか聞いてきたから、私は途中から別行動だったサード、ガウリスにも分かるように魔法の眼鏡屋に行ったあたりの話から聞かせた。
魔法の眼鏡屋の眼鏡じゃサムラの弱視は解決できなかったこと、体の中に溜まっている魔力を放出すれば解決するかもしれないから町外れでレンナと魔法の練習をしてアレンとサムラが制御魔法を覚えて、サムラと私はレンナから力を分けてもらって精霊魔法を覚えたこと。
その内に町外れの向こうからコッコドリが泳いできたこと…。
「…ってわけなんだけど、原因を調べに行ってみる?」
ひとしきり説明してからサードに声をかけると、さも面倒くさそうな顔で私を横目で睨んでくる。
「何で」
「何でって…だってあんなに大きいモンスターが現れたのよ?この国じゃこんなことなかったんだし、これからこんなことが度々あったら大変じゃないの。調べに行ってみましょうよ」
サードは本当に面倒くさそうに私に向き直って、
「俺らがここに来たのはサムラの眼鏡のためだ。もう用は果たしたみてえだしサムラもアレンも制御魔法覚えてレンナから精霊の力を取ったんだろ?だったらもうここに長居する必要はねえ、上に戻る」
レンナからは力を取ったんじゃなくてもらったのよ。
心の中で突っ込んでいるとガウリスはあんまりだという顔で、
「サードさん、それでも私たちはこの国の方々に優しく受け入れていただき、お城に泊めてもらいもてなしていただき、精霊の力も分け与えていただいたのです。少しぐらいその恩を返しても…」
「恩なら返しただろ。あのコッコドリを倒したので」
するとアレンが、
「けどあのワニ、もしかしたら黒魔術の村と関係してるんじゃね?だったら少しぐらいその被害減らした方がいいんじゃねぇの?」
サードは面白くなさそうな顔で私たちを睨みつけて、
「こんな所でも結託しやがる…」
ってブツブツと文句を言っているけど、普通冒険者だったらこんな状況になれば少しくらいどうにかしようと思うものでしょ、サードは面倒くさがりだからそう思わないのかもしれないけれど。
「できれば私からもお願いしたい、モンスターには全く詳しくありませんし、何が起きているのかあなた達の意見も聞きたいので…」
ホルクートの言葉にサードは面倒くさそうな顔をしたけど、口を開いた。
「報酬は?」
「報酬…」
初めて聞いたようなオウム返しの言葉にサードは、
「俺たちは冒険者だ。冒険者って何か分かるか?報酬、見返りの品があれば依頼を受ける職業だ。見返りの品がねえのに引き受けるなんてことはしねえ、てめえらはどんなもんを俺たちに渡す?内容によっては仕事も完璧にやってやるが?」
ちょっと、冒険者全員が報酬目的で働く集団みたいに思われるじゃない。逆でしょ、報酬が先じゃなくて依頼を受けるのが先でしょ。
そう突っ込もうと思ったけれどホルクートは今の説明になるほどと納得してしまった。
「分かりました。では地上にはない宝石を報酬としましょう」
「地上にはない宝石ぃ?それ地上で金に換えられるのか?ここでいくら価値があろうが地上で価値にならねえもんだったら要らねえ」
「以前ここを訪れた商人がその宝石を一箱分持ち帰って再びここに訪れた時、あの宝石のおかげで借金を全て返したうえに財を成しえたとお礼を言ってきたので地上のお金に変えられるはずです」
「じゃあ要る」
あまりの変わり身の早さにホルクートはわずかにおかしそうにしたけれど、笑ったら失礼と思ったのか口を引き結んで笑うのを堪えてるわ。
「それなら報酬はその商人に渡した十倍の量の宝石だ。いいな」
「ちょ…!」
それあまりにもがめつすぎ、と止めようとしたけれどホルクートはあっさり頷いた。
「分かりました、今から用意させましょう」
ええっ、と私は驚いて、首を横にふりながらホルクートに近づく。
「断っていいのよ、サードはそんなの無理って断られること前提で無茶を言っているだけなんだから。今のサードの常とう手段なのよ、無茶なこと言って段々譲歩して自分の納得できる所に物事を動かそうとするの…」
サードが「余計なこと言うな」ってものすごい目つきで睨んでくるけれど、精霊相手にそんな交渉やめなさいよってキッと睨む。
それでもホルクートは表情を動かさずに、
「大丈夫です、この国ではありふれた物ですし、その宝石で地上が豊かになるのならいくら持って行ってくださっても」
そう言いながら隣にいる精霊に宝石の準備をするよう言いつけてしまった…。本当にいいのかしら…。
それでも地上には無い貴重な宝石が大量に手に入ることになったサードはやる気に満ちた表情になってホルクートに問いかける。
「ちなみにあの聖女像は砂になったろ、あの砂どうした」
「手下の者が捨てに行きました」
「どこに」
ホルクートは後ろにいる精霊に視線を向ける。視線の先にいた男の精霊は、
「…あの、コッコドリが来たという方向…町外れよりずっと向こうに撒きましたけど…もしかして今回のこと、私のせいですか?」
精霊はかすかに脅えている表情で恐る恐る聞き返す。
「知らねえ。ただ気になるから一応確認しておく。場所は覚えてるだろ?連れてけ」
サードは聖女像の砂を捨てた精霊の背中を小突いて歩き出した。
そうして歩いていくとさっき私たちが魔法を練習していた町外れにたどり着いて、そのままもっと進んでいく。
町外れでもけっこう閑散とした雰囲気だったけれど、進んでいくと砂地から雑草が生えていたり木が生えていたりと手つかずの自然みたいになって行くわ。
「ここら辺は手入れされてねぇんだ?」
アレンが聞くとホルクートは、
「まあいずれ新居を構える若者が増えたらこちらにも建物ができて整理されると思いますが。それでもここまで建物が増えるとしたら数千年よりもっと先でしょう」
「うひー、俺らもう生きてねえなぁ」
そんな会話をしていると聖女像の砂をばら撒いた精霊が「あ」と言いながらスイッと泳ぎ出した。
「そうです、あそこの大きい木の根元に捨てて、完全に埋めたんです」
そう言いながら近寄っていった精霊は「え、何これ」って驚いた声を漏らして飛びのいた。
私たちも近寄っていって精霊の見る先を見る。地面の砂地はオフホワイト色だけど、それよりも真っ白い砂が妙な形で盛り上がっている。けどこれって…。
「魔法陣?」
「魔法陣ぽいよなぁ」
私の呟きにアレンも頷いた。
周囲に大きく広がっている形はどう見ても魔法陣、まあなんの魔法陣かは分からないけれど…それでもこの魔法陣の白い砂は、どう見ても聖女像の石像と同じ色…。
「これが聖女像が最後に言っていた嫌がらせなのでしょうか、だとすればモンスターが召喚されるようなもの…?」
ガウリスの言葉にサードは「だろうな」って頷いて、
「ただ魔法陣ならこうすりゃいいだけだ」
サードは何の躊躇もなくザリ、と足で魔法陣を崩した。
まあね、こうすれば魔法陣は崩れて魔法が発動しなくなるのは分かっているからね。
でもこんな簡単なことでたくさんの報酬を受け取ってしまってもいいものかしら、やっぱり少し減らしてもらった方が…。
「うわ何だこれ気持ち悪」
アレンの言葉に顔を上げると、サードが足で崩した魔法陣…白い砂がじわじわと元の場所に戻っていっている。
「まさか、壊されても戻るように仕掛けられて…!?」
ガウリスも驚いたように言いながら足で魔法陣を作る白い砂を大きく払うけれど、それでも辺りに飛び散って空中に舞い上がった砂はじわじわふわふわ元の場所に戻っていく…。
確かに何か、気持ち悪いっていうか、気味が悪いっていうか…。
「けどこれ壊しても元に戻るならどうすればいいの、このままだったら延々とコッコドリみたいなモンスターが出てきちゃうかもしれないじゃない」
皆に顔をむけていく。アレンもガウリスもサムラも…どうしたものかと悩んでいて、サードに視線を向けると目が合った。
でもサードは一切何も悩んでいる顔じゃない。そのままの顔で口を開く。
「そんなに悩む必要あるか?簡単だろ」
エリー
「ガウリスって泳げるのね。海では足がすくむとか言っていたのに」
ガウリス
「ええ泳げますよ。ただ海で泳ぐのが少し苦手なだけ…」
エリー
「(キッ)」(ガウリスを睨む)
ガウリス
「えっ!?」




