助けて、ロッテ、助けて
聖女像が砂になってから日にちがたった。
サードはきっと何かあると思って警戒していたけれど、何が起こることも無く淡々と日にちは過ぎていく…。
むしろここに来てから何日たったのかしら。
この湖の国にいると全然眠くならないのよね。それも周りは緑色の光でいつでも明るいから昼夜の区別もろくにつかないし。
レンナを助けて魚の皮を回収したのは夜七時くらい。
それからこの国に来てライデルたちに面会してマーシーの魔法の眼鏡屋さんに行って聖女像が動き回っているのをサードが捕まえて…。
そのあともこの国の中をあちこちうろついたりしているから確実に二日はたっているはず。
それでもちっとも眠気が襲ってこない。
きっとこの国を包んでいる魔法のような何かの作用が働いて色々とあってそんなこんなで、なんかこう、色々と眠くならないんだろうってアレンた話し合って、頷いた。
「けどこの飲み物なんか変わってるよな。地上にもありそうだけど見たことない」
アレンが目の前にある緑色の飲み物の上にアイスとチェリーが乗っている、飲み物なのか食べ物なのかよく分からないものをしげしげ見ている。
私たちは今、湖の国の喫茶店に来ている所。
でもメニューを見ても何がどういうものなのかさっぱり想像できないから、精霊たちの中で一番人気のものをマスターに注文したらこれが届けられたのよね。クリームソーダとかそんな名前。
「…けどサード、どこに消えたのかしら…」
途中まで皆で行動していたはずなのに、気づいたらサードが一人はぐれた。まあこういう国だしサードだから何の心配もないけど。
「サード?住宅地から俺たちに向かって手振ってきたお姉さんの方向に静かに逸れてったけど」
「…あっそ」
アレンの言葉に呆れたような声で返事をしておく。
あいつ、まさか精霊にまで手出すつもりなのかしら…最低。
気にしないようにアイスを口に入れて、心地いいくらいの大きさで流れる音楽に耳を澄ませる。
曲を演奏する楽団がお店の中に居るわけでもないのに、どこからか音楽が流れてきているのよね。不思議。
と、ダンディなマスターがカウンターの向こうから私たちに声をかけてきた。
「そういえば君たちレンナと一緒に来た人間たちだよね?さっき眠くないとか言ってたけど…」
「そうなんだよ全然眠くないんだよ。ここにきて二日ぐらいはたってると思うんだけどさ」
するとマスターは天井を見上げ数を数えるように指を折り曲げてから身を乗り出した。
「君たちが来てから人間の時間で四日はたってる。ここは人間界と違うから眠いと感じないだけで、今のまま人間界に戻った時に寝不足で倒れるよ。あとで目をつぶるだけでも横になった方がいい」
「えっマジで」
アレンは目を丸くして、私も目を丸くする。二日ぐらいはたってると思ったけれど、まさかそんなに時間がたっているなんて。
それよりサムラの眼鏡は三日でできるって言われていたんだから、マーシーの所にいかないといけないじゃない。
あ、でも四日寝てないとか大変なことだから先に寝ておいた方が…。
色んな考えたけれど…それでもサムラの眼鏡を最優先に受け取りに行くことで話はまとまったから、クリームソーダを飲み終わった(食べ終わった?)私たちはマーシーの所に向かった。
例の階段を五十階まで上がって部屋に入るとマーシーはもてなすように立ち上がって、眼鏡を持って近寄ってくる。
「いらっしゃい、とりあえず完成させてみたよ。早速かけてみて」
サムラが受け取った眼鏡は普通に地上の眼鏡と同じような丸い眼鏡だわ。サムラは恐る恐ると眼鏡を受け取ると、そのまま潤んだ目を私たちに向けて、
「本当に…ここまでくるのにどれだけ力を貸してもらったか…」
「いいからかけなよ」
また涙腺が緩んで泣きそうになるのをみたアレンが慰めるように背中を撫でながらせっつく。
サムラはグスグスとしながら頷いて、スッと眼鏡をかけて顔を上げた。
「どう!?どう?サムラ、俺らの顔ハッキリ見える?」
アレンは身をかがめて視線を合わせて手を振る。
私もドキドキしながらサムラの視線の中に入るように移動して、手を振ってみる。
「よく見えます!本当に、皆さんにはどうお礼を言っていいか…!」
ってサムラがウルウル泣き出しそうなのを予想して…。
「…」
でも眼鏡をかけたサムラは何度か瞬きして、手を振るアレン、私と視線を移してションボリと肩を落としていく。
「…変わり、ありませんか…?」
そっとガウリスが声をかけるとサムラは何も言わないまま、ゆるゆるとうつむいて…。
「そんな…!」
せっかく魔法の眼鏡屋さんを探しに故郷から一人出て、こんなに疲れやすい体でここまで来たのに…!
皆もなんて声をかけたらいいのか困ったのか、誰も何も言わない。するとマーシーがサムラの肩に手を置いた。
「それなら魔法を使ってみたらいい」
「え?」
マーシーの言葉にサムラが顔を上げる。
「前に言ったね?サムラくんの住んでいた場所の強い魔力が体内に溜まったのが視力に影響しているのかもって。眼鏡で解決できないなら魔力の溜まりすぎが原因かもしれない。何でも良いから原因かもしれないことを一つ一つ潰していこう。それもダメなら別のことをまた考えればいい」
でも、とサムラは困った顔で、
「僕は魔法なんて一度も使ったことありません」
「大丈夫、大丈夫。君ほど魔力が強く備わってるなら一回コツを掴めば楽に発動できると思うよ」
サムラはそうは言われても…って困った顔をしたけれど、ふと顔を動かした。
「エリーさんは魔導士なんですよね」
ウッ。
これ魔法を教えてって言われる流れじゃない?そ、そりゃ魔導士だけど…私の魔法って一般の魔導士の使う種類と違うし…でも魔導士なのはその通りだし…。
「ま、魔導士だけど…」
オドオドしながら返事する。サムラは私の方を見て、ぱっと顔を輝かせた。
「それなら僕に魔法を教えてください!」
ううっ。
「あのねサムラ、私の使う魔法って一般の魔導士とは違うものなの、それに色々な事情があって魔法の使い方も最初の基本から習ってないの。
ここ最近でようやく基本の制御魔法を教わって基本中の基本を覚えた程度なんだから人に教えるなんて無理だわ、ほとんど無意識的に魔法を使ってきたようなものだもの」
勇者一行の魔導士なのにってガッカリされてもいい、とにかく基本の魔法の使い方すら今まで知らなかった私が人に教えるなんて本当に無理。
それに制御魔法をちゃんと覚えないまま魔法を使い続けたら寿命を縮めてしまう可能性もあるし、老齢で体の弱いサムラに制御魔法を正確に完璧に教えられなかったとしたら…。
最悪、魔法を使った瞬間サムラはその場で死ぬかも…。
ゾッとして大きく首を振り続ける。
「やっぱりダメ、私が教えるなんてできない!無理、無理!」
首を振り続けているとサムラは真剣な顔で私にズンズン進んでくる。
「けど僕も他の仲間も魔法なんて一度も使ったことがありません。ですからエリーさんのように無意識的に使うのが合っているんじゃないかって思うんです。お願いします、僕や仲間のために協力してください!」
うう…そうやって頼まれると断り辛いぃ…。
教えるとすれば制御魔法からだけど、私は覚えるのに凄く苦労した。
アレンなんて制御魔法のやり方をずっと練習しているけれど、未だに制御魔法の感覚が分かんないみたいで苦労しているもの。
そんな苦労したものを、どうやってサムラに教えるっていうの?無理に決まってる。断ろう。
そう強い気持ちを持ってサムラの顔を見ると、サムラは期待の込められた澄んだ瞳で真っすぐ私を見上げているからバッと視線を逸らした。
ううっ…!そんな完全に私を信じているような真っすぐな目で私を見ないで…!
ロッテ、助けてロッテ…!ロッテェ…!
断る、断る、断る…。
心はそう思っているのに、まだ真っすぐ私を見ているサムラを見て口が滑った。
「…できる範囲でいいなら、教えるわ…」
サムラはパッと顔を輝かせて、
「ありがとうございます!よろしくお願いします!」
って嬉しそうに笑う。そういう顔をされて喜ばれると、何か弱いのよね…。
「魔法を使うなら町の外れでやるといいよ。あとこれ、用は立たなかったけどその眼鏡のお代ね」
請求書を代わりに受け取ったアレンは値段をチラと見て、エッと驚く。
「安っ!赤字すぎんだろこれ」
「フレームが買える程度のお金がもらえたら別にいいんだよね僕。こういうの仕事にしてるのも人のためになりたいだけだから」
仕立て屋のエローラたちもそうだったけど…精霊が商売するとこんなものなの…?
まあぼったくられるよりなら別にいいけれど…。
マーシーに「視力が改善されることを祈ってるよ」って見送られながら私たちはお店を後にして、私はサムラに聞いた。
「一旦寝に戻る?それとも街はずれで魔法の基本の練習をする?」
私としては一旦寝た方が体のためだと思うけど、教えると言った手前そこはサムラの判断に任せようと思った。
「練習したいです。それで魔法を使って視力が改善できるなら僕がしっかり覚えないと」
さっきと同じような澄んだ目でサムラは返す。
…そうよね、サムラは部族の代表として村から出てきているんだもの、部族のためになることなら何でもやりたいんだわ。
「俺もついてこっかな。制御魔法まだろくにできないし俺もちょっと練習する」
アレンはそう言ってガウリスは、
「私は…少し調べたいことがあるのでその辺を歩きがてら城に戻ります」
って会釈をしてそのまま去っていく。
意外だわ。ガウリスってこういう時いつでもそばにいて見守ってくれるのに。
まあそんなこともあるわよね、滅多に来れない精霊の国なんだから、色々と気になることだってあるはずだもの。
…でも町の外れってどっちに行けばいいのかしら。
キョロキョロしていると「こんにちは」って声をかけられて振り向く。
「あ!レンナ!久しぶり!」
アレンは顔をほころばせると、レンナが腕を広げて歩いてくるからアレンも腕を広げてハグをする。レンナは私とサムラにもハグをした。
サムラはハグされて「ひゃっ」と言いながら体を強ばらせて、顔を赤くしてうつむいていた。今まであんまり女の人と関わってこなかったせいかこういうスキンシップは恥ずかしいみたい。
サードもハグされると硬直するけど…女の人の関わり合いでこういう反応するんならまだ可愛いって思えるのにねえ…。
……待って、やっぱ今のサムラみたいな反応をサードがやったとしたら気持ち悪い。無し、今の無し。
軽く首を横に振って気持ち悪いサードの反応を頭から振り払いながら、
「大丈夫だった?あの魚の皮」
ってレンナに聞く。
「ええ、修理屋さんに出したら直してもらえるみたいです。こんな直し方して…って少し呆れられましたけど」
仕方ないですよねってレンナは苦笑して、肩にかけているトートバッグから折りたたまれた何かを取り出して私に差し出してくる。
「エリーさん、船で借していただいた服を洗っておきました。本当にありがとう」
「あっ、そういえば貸していたっけ。ありがとう」
船でのゴタゴタと湖に来てからのあれこれですっかり忘れていたわ。
服を受け取って大きいバッグに入れて、ついでだから私はレンナに聞いた。
「あのね私たち魔法の練習をしたいんだけれど、町外れってどっちに行けばいい?マーシーに街はずれでやるといいって言われたの?」
「魔法の練習、ですか?どうしていきなり?」
レンナの返しにいきなりこんな話から始めても分からないかと、サムラの魔力の強い故郷の話と、視力改善のために魔法を使ったらいいのかもしれないって話をする。それと一緒に魔法の眼鏡じゃ視力が改善されなかったことも。
レンナは真剣に話を聞いて、納得したように頷きながら、
「それなら私が案内します。こっちですよ」
って言いながら歩き出した。
しばらく歩いていくうちに高い建物は段々と減ってきて、ついには石畳も敷かれていない、雑草がぽつぽつと生えている砂地みたいなところに出る。
へえ、町はずれってこうなっているの。
別に大した所じゃないけれど、今まで見てきた高層の建物が全然ない景色にキョロキョロとしていると、サムラが声をかけてきた。
「魔法ってどうやるんです?」
その言葉に私は振り向いて、
「慌てないで。まずはどんな魔法にサムラが向いているのか探ってみるから。手を貸して」
私はサムラの手を取る。サムラはやっぱりこういうスキンシップが恥ずかしいのか、うつむいて黙ってしまった。
アレンの場合は手と脚に魔力の核を感じたから基本的に体を動かす魔法が向いていたけれど、サムラはどうかしら。
ちなみに私が貴族時代にお勉強で習ったものによれば、核が喉に強く感じたら魔法の詠唱が得意な人が多い。胸に強く感じたらヒーリングなどの回復魔法が得意になる人が多くて、お腹に強く感じたら他の存在から力を強く借りる魔法が得意な人が多い。それと頭に強く感じたら精神的な魔法が得意な人が多いんだって。
もちろん全員が確実にそうじゃないけれど、まだディーナ家にいるときお父様たちの手を取って確認してみたらお父様とマリヴァンからはお腹から強く核の存在を感じて、お母様からは頭と喉から核の存在を感じた。
私の魔法の核もお腹。他の存在から力を借りるのが得意な部分。
それでサムラは…。
「…う~ん…」
サムラが魔法を使えないなんておかしいってマーシーが言っていた理由が分かった。
サムラからは頭から喉、胸、お腹、手から脚に至るまで、全ての箇所から強い核の存在を感じる。
確実にこれは魔法が使える。
こんな頭から脚まで核の存在が揃っているのに本人は至って平然と魔法は使えない、仲間も使えない、使ったことはないと言っているんだから驚くというか呆れるというか…。
「…何か変ですか?」
「変じゃない。むしろこんなに核が綺麗に全部揃ってるなんてすごい。サムラはやろうと思えば何でも魔法は使えると思う。もしかしたらサムラだけじゃなくて、サムラの仲間の人たちもそうなんじゃないかしら。だって皆魔力の強い山脈の木の葉を食べているんでしょう?」
「ええっ」
まさか、ってサムラは言いたそうだけれど、それでも私がそう言うのならそうなのかもって納得したのか、完全に信じた目で頷く。
…でもここまで淀みなく私の言葉を信じられると、逆に私が今いった言葉、本当にそうかしらって不安になってくる…。
「じゃあサムラは詠唱魔法も身体能力向上魔法もエリーみたいな自然を動かす魔法も全部使えるんだ?」
アレンの疑問に私は軽く首をかしげて、
「私の魔法は家系のものだしちょっと特殊だと思うから、できるかどうか分からないけど…それでもここまで核が揃っているんだもの、色んな魔法の組み合わせを使ったら同じことができるはずよ」
「何それすっげー!エリーと同じ魔法使えんならすげー強くなれるじゃんサムラ!」
アレンははしゃいでいるけれど、私はとりあえず首を横に振る。
「それでもまずは制御魔法からよ」
サムラは私の言葉に大きく頷いた。
前の職場の人から聞いた話
数十年前にクリームソーダが流行した際「クリソ」と略すのが定番だったそうです。
そして流行りのクリームソーダを求め男性が喫茶店に入りました。しかしクリームソーダを注文する際に略し方をド忘れし、
「クソください」
とマスターに注文しました。
数分後、カレーが届けられたそうです。




