嫌だなぁ嫌だなぁ、怖いなぁ怖いなぁ
口を割らない聖女の像を見て、サードは聖剣に手を伸ばす。
「どうあっても口を割らねえっていうならしょうがねえな。この湖の奴らは外来魚が増えて困ってるっていうんだ。それならお前を消せばまず原因は取り除けるんだろ」
サードはゆっくりと聖剣を引き抜いて、
「まだ正直に話すっていうなら命ぐらいは助けてやろうと思ったが」
と言うなり剣を上に振り上げてその首に向かって振り下ろす。聖女の像は絶叫をあげながら、
「と、とにかく俺はこの湖に派遣されたんだああ!」
聖女像が口を開いたから、サードはすんでのところで聖剣を止める。
「この湖は広いのにモンスターが存在がしねえだろ!?だからモンスターを発生させるため生態系を変えようとの考えで俺は作られ、そしてあの方は俺を湖の底にお沈めになったんだ!
こんな聖女のなりをしてたら仮に人に発見されても無下にはされねえと踏んでのことだ、まさか湖がこんな国に繋がってるなんてあの方も知らなかっただろうがよぉ!」
べらべらと話し続ける聖女像の言葉にホルクートは、
「モンスターを…作る?」
って顔をしかめながら詰め寄った。
「ということは、お前を作った者はこの湖にモンスターを作るために外来魚をお前に作り出させていたと?」
ホルクートの言葉に答える義理は無いって顔つきを聖女像は知らんぷりしたけれど、じりじり近づいてくる聖剣に、
「そ、そうだ、数百年もすりゃ生態系も随分と変わってモンスターが生まれやすい環境になって湖を渡る人間も困るだろうって見込んでのことだ。あのお方は世界を渡りながら人間が困りそうなことを次から次に考えて実行なさる…」
「ってことはお前の主は魔族か?それとも黒魔術士の人間?」
サードの言葉に聖女像は唇を引き結んで黙り込む。
「まさかウチサザイ国の黒魔術士の集う村の奴が主なのか?え?」
サードはジリジリと聖剣が聖女像の首に触れるか触れないかまでおろしていく。
聖女像はそれ以上伸びないぐらい首を伸ばしきって、引きつった顔をしている。でもそれ以上何も言わない。
サードはそんな聖女像をしばらく見ていたけれど、ふん、って聖剣を引っ込めた。
「ゲスだと思ったがずいぶんと忠誠心はあるみてえだな?主の目的は話しても本人のことは何も言わねえってか?大したもんだ」
一旦聖剣が首から離されたから聖女像は大きくため息をついて、ぐったりと力が抜けた。
サードはそんな聖女像をガッと掴むとスタスタと歩いていく。
「あっちで二人で話しようぜ」
「ぇ」
聖女像の顔が引きつり、蚊のような声を出した。
「いやいや、俺ここで皆とお話するの好きだなぁ…」
「皆がいるから話したいことも話せねえんだろ。あっちで二人っきりで話でもしようじゃねえか、なあ?」
サードはそう言いながらスタスタとドアを開けて、ふっと冷たい目で聖女の像を見下ろした。
「お前が主人の話を割るまでな」
その目を見ていた聖女像は、ドアが閉まる瞬間に絶叫した。
「やめて、助けてー!殺される!俺殺されるー!いやぁあああああ!いやぁああああああああああ!助けて、助けて、助け」
ドアは閉められた。
* * *
「ウチサザイ国のバファ村ってのが黒魔術を扱う奴らが過ごしてる村なんだってよ。こいつの主の名前はミラーニョって男で黒魔術の使い手の頂点に立っているそうだ」
聖女像はグスグスと鼻水を垂らし泣きじゃくっている。
「い、いっそ、今のうちに一思いに殺してくれ…」
「情報手に入れたからお前はもう用なしだ」
「うぇええええ…」
聖女像は泣きわめいている。
この十五分程度であんなに口を割らなかった聖女像に一体何をしたの。
皆そう思っているんでしょうけど特に誰も詳細を聞こうともしないで静かにしていると、聖女像にピシピシとヒビが入り始めた。
ギョッとして思わず、
「サード、どんな拷問をしたの…!?」
って聞くとサードはイラッとした顔で、
「俺はこいつと話をしただけだつってんだろ」
…そんなこと聞いてもいないのに「つってんだろ」って何よ、腹立つ。
聖女の像は泣きじゃくりながら、
「結局あの方…ああもういい、ミラーニョ自身の情報をバラしたらこうなるよう設定されてたんだ、だから言いたくなかったんだ、忠誠心がどうのこうのなんて話じゃねえんだよ。結局俺はどうであれ使い捨てだ」
悲し気な顔でボロボロと聖女像は崩れていくけれど、すぐに憎しみの目で私たちを睨みつける。
「だがただじゃ死なねえぞ、みていやがれ、ミラーニョの施した最後のとっておきの嫌がらせをなぁ」
そうしたうちに聖女像は全てが崩れてサラサラの白い砂になった。
聖女像の最後の言葉に何かが起きるのかと皆警戒して立ち上がって白い砂を見ていたけれど、何が起きるでもなく時間が過ぎていく。
皆で顔を見合わせていて、サードは聖剣で白い砂をバッバッと払ったけれど、それでも何が起こるでもない。
「…最後の負け惜しみだったのかな…?」
アレンはもう警戒を解いてそう言うけれど、気を抜いた時に何か起きそうな気がする…。
それでもやっぱり何が起こるでもなくて、静かに時間が流れていく。
サードは妙に嫌な予感がする顔つきのままだけれど聖剣をとりあえず鞘に納めて皆の顔を見た。
「多分最後の言葉は負け惜しみでもなんでもねえ、確実に何かやってくるはずだ」
「何かとは…例えば?」
ガウリスの質問にサードは口を引き結び、考えている。
「分からねえ。だが相手は黒魔術を使う野郎なんだ、黒魔術に関する何かで攻撃か…それともこの湖がもっと困ることになることでもしてくるか…」
クソ、とサードは頭をかきむしる。
「殺す気なんて無かったのにまさか作り主のことをバラしたら死ぬように作られてたなんてな…。嘘の情報でも流させようと思ってたのに…。これで使い魔が死んだってのがミラーニョってのにバレたら余計面倒くせえことになるぞ」
独り言のように言いながらホルクートに目を移す。
「そもそもだ、あの聖女像は湖の上から落ちてきたんだろ?なんで人間界から普通に来れないここの国に落ちてきた?それにあの聖女像が出した外来魚はこの国から地上の湖と普通に行き来できるのか?」
「はい、魚は普通にあちらとこちらを行ったり来たりをしています。そして人間が落とした物が上から落ちてくることもあります。まずここの国にとって害のない物が多い」
「この聖女像めっちゃ害あったじゃん」
アレンが言うとホルクートも少し悩み、
「我々の精霊といえる立場上なのか…神聖な物は弾かれることなくここに落ちてきやすいのです。他の飾ってある物もほとんど神を崇めるか神の絵が描かれているものばかりで」
「黒魔術が関係していても見た目はあくまでも聖女像だったからすり抜けた、か…」
サードは呟くと顔を上げホルクートを見た。
「聖女像と同じころに落ちてきた物はあるか?」
「…いえ、他にはないはず」
「一応全部の像と絵の裏も確認して同じような文字書いてるのがねえか確認しておけ、そんで聞いておくが、仮に湖の上から攻撃されたとしてこの国の防衛はどうなってる?見たところ兵士の一人も見あたらねえが」
湖の上から攻撃、と言われては穏やかではないと思ったのかホルクートは顔をしかめて、
「陸地と違いここは他の国と繋がっていないので国を守り戦うという兵士の存在を必要としたことはありません。それに我々は皆顔見知りのようなものです、そんな中で武器を持ち争うのは無駄だと理解しています。
それでも皆このような国に生まれたのですから各自精霊として水を操る力は備わっていると思われますが」
サードは、ふん、と軽く頷きながら、
「戦ったことはねえが、水の中なら強いかもってくらいか。当てにならねえな。念のため国中に敵に備えろって伝えた方がいいぜ。まず何が来るのか分からねえが何か嫌な予感がする、今か、もう少し後かは知らねえが何かあるはずだ」
ホルクートは渋い顔のままため息をつくと、
「国王様と国王妃様が居ない時に…」
ってぼやきながらも私たちに頭を下げて、
「では私はライデル様に一声かけてから…」
サードが鋭い言葉を出す。
「寝てるんだろ、だったらお前がさっさと進めればいいだけの話じゃねえか」
ホルクートは頭を横に動かした。
「しかしそれを決めるのは私ではなく長です」
「あんなガキが決められることかよ」
ホルクートは軽く口をつぐんでから少し不快そうな顔で、
「あなたは子供と見下しておりますが、それでもあなたより数百年以上生きているお方で今はこの国の最高責任者であることに変わりありません。多少なりとも敬意をお払いください」
サードも軽くイラッとした顔になって、
「何言ってやがる、あのガキは飾りで実質的な最高責任者はお前だろ?」
「私は助言を出す程度です。最終決定権はライデル様にあります」
「…」
サードは一瞬ブチッと切れた顔になったけれど、何も言わず口をつぐんで、馬鹿にするように鼻で笑う。
「国のこういうところも嫌いなんだ、どこまでも上の奴らのお伺いを立てて体面を気にしながらでねえと次に進めねえ。精霊の国だからもっと融通が利くかと思ったのに人間界と全く同じじゃねえか」
サードは馬鹿にする態度のまま、
「そうなれば次はあれだろ?国王と国王妃が帰ってくるまで待ってるだなんて言うんだろ?
そんなことしてるうちにミラーニョって野郎は今でも次の手考えて動いてるかもしれねえんだ、精霊と違って人間は早くに死ぬからな、てめえらがのんびり留守番してる間に思いもしねえスピードで次仕掛けてくるかもしれねえんだぜ」
「…」
ホルクートはサードの言葉に思い悩むような顔でムッツリ黙りこんで、サードはあざけりの顔のままホルクートから目を逸らす。
「そうやって時間かけてようやくことが進んだと思った時に事態が悪化してなきゃいいがな。
ま、俺らはサムラの眼鏡作りにきただけでこの国に何が起きようが関係ねえ。あとはてめえらでせいぜい頑張りやがれ」
サードはそう言うとホルクートの横を通り過ぎてさっさと去って行った。




