石像とあくまでも軽い尋問
今見た聖女像のことを話そうとサードの部屋に向かっている途中、精霊たちと話が盛り上がっているアレン、精霊たちと厳かに語らっているガウリスと行き合ったから、ついでに二人を引き連れてサードの部屋に向かった。
けど皆部屋から外に出ているから、サードも部屋に居ないかも…。
ノックをしてそっとドアを開ける。サードはベッドの上でゴロゴロしていた。
こちとらのんびりしてんのに何だよって嫌な顔をするサードに、私は今あったことを伝える。まずは聖女の像のお尻に穴があけられているって話。
イヤそう~な顔をしながらサードは横たわったまま話を聞いていたけれど、
「呪いじゃねえの、それ」
って私の話を遮った。
「呪い?何の呪いですか?」
「知るか」
サムラの質問にサードは素っ気なく返す。するとアレンが「あっ」と声を上げて、
「もしかして痔になる呪い…」
真面目な顔でそう言うアレンにサードも思わず吹き出した。吹き出したら面倒くさそうな雰囲気がちょっと薄れて、起き上がってベッドの上にあぐらをかいた。
「信仰の像を破壊するって行為はそれを信じて信仰する者を侮辱する行為だ。それも女の像の尻に穴を開けるだなんて卑猥なもん、信者からしてみたら頭に血が昇るほどの侮辱行為だろ。
ってことは呪いと同じなんじゃねえかって思っただけだ。聖なるものを汚すって意味合いではな」
「ではその呪いに使われた聖女像がこの湖の底に沈められたと…?」
ガウリスの質問にサードは軽く考え込んで、
「まあ俺はそう思ったがな。どうだか分かんねえよ、俺はこっちの呪いだの魔法だのは詳しくねえ」
「呪いっていうか、魔族が関わってる感じなのよ。足の裏に魔界の文字っぽいのがあって。でもそうだとしたらおかしいじゃない?魔族が聖女像とかそういうの触れると思う?」
その言葉にやる気が無さそうにしていたサードの顔つきが変わった。
「魔界の文字?聖女の像に?」
うんうん頷く。
サードはまた少し考えて、私に向かって、
「それ、もしかして魔族じゃねえんじゃねえか?」
「…どういうこと?」
「人間がやったことかもしれねえ」
「でも魔界の文字が…」
「魔族を崇拝している人間かもしれねえ。人間だったら聖女像だろうが神聖なものだろうが触れるだろ」
その言葉に皆がハッとする。
「黒魔術士…!?」
アレンが呟くとサードはベッドから降りて、
「どうだか分からねえがな。その聖女像はどこにある?どんなもんか一応見ておく」
「あっちだけど…ところでサードは魔界の文字読める?」
「完全には読めねえが、マダイのダンジョンで半分くらいの基本の文字は覚えた。そこから単語を推理して補填して無理やり読む」
…何こいつ、あの時バラバラめくってたあの一分程度で一気に半分覚えたの…?怖…。
サードの頭の構造に恐怖を覚えながらも聖女像があった所に皆で歩いていく…。
「あら?」
私は間の抜けた声を出しながら駆け足で近寄る。
聖女像があったはずの台座の上に、聖女像がない。
「確かここにあったんだけど」
落ちたのかしらと思って周りを見ても落ちている形跡もない。
もしかしてホルクートが持って行った?
…ううん、無いわ。さっき別れた時、聖女像は置いていっていたもの。
「どうしました?」
丁度よくホルクートが現れて、聖女像があった所をチラとみて「おや」と声を漏らした。
「聖女像は…」
「それが、私たちがここに来たら消えていたの」
「消えた?」
ホルクートは辺りをぐるりと見て、それでも聖女像がどこにもないのを確認すると困った顔をしながら、
「まいったな、湖の外に出すことで決定が出たのに…どこに行ったんだ…」
て文句を言っている。
「こんなに早く話しがまとまったの」
「長が先ほど、あなたが不気味だと言うのならあの聖女像は不気味なものに違いないから湖の外に出して処理をしてしまえば良いとおっしゃったので…」
そういえばライデルは…?見た所ホルクートしかいないけれど。
私がライデルを探しているのがバレたのか、
「長は初めての客人の対応にお疲れになり、お休みの時間に入りました」
って簡単に説明された。説明しながらもホルクートは聖女像はどこに行ったのかとキョロキョロしている。
「もしかして勝手に像が動き回ってるとか?」
アレンはアハハ、と笑いながら言うけれど、一拍おいてゾッとした表情になって私の服をキュッと掴んだ。自分で言ってて自分で脅えていたら世話が無いわ。
けどどう見ても聖女像は周りにないし…。
「一応その辺探してみる?」
私の言葉に皆が頷いているけれど、サムラはオロオロしている。
視力の関係で探し物は無理って思っているんだと思う。
「サムラは適当に精霊たちに聖女像を見かけなかったか聞いとけ。俺らは普通に探す」
私たちはバラバラに別れて聖女像を探す。そうやってウロウロして地面に落ちていないか探していく。
さっきいた場所からかなり離れたところまできたわ、と顔を上げると、曲がり角からガウリスが歩いきてばったり行き合った。
「あった?」
「いいえ、こちらにはないようです」
「全く、どこにいったのかしら…」
ヒョイと後ろを向くと、白いのが動いている。
目を見開いてそれを見た。あれ…聖女像だわ。石の聖女像が、歩いている…。
ガウリスに声をかけようとしたけれど、動いているのに驚いて無言で腕をピシピシ叩いてガウリスの注意を引く。ガウリスは私が見ている方向を見た。
どうしよう、追いかける?でも動いているから追いかけたら逃げていく?そっと近寄って声をかけてみる…?
あれこれ考えていると、聖女像は廊下の真ん中で立ち止まった。それも石像のはずなのに、まるで本物の布みたいにベールをフワッと上にあげて…。
えっ。
聖女像の次の行動に私は絶句する。
聖女像はスカートをも本物の布みたいにたくし上げてその場にしゃがみこむと、そのままフン…といきみ始める。
お尻に開けられた穴から何かが…ちょ、や、これ見ちゃいけないしわざわざ見たくない…!
顔を押さえていると、ガウリスも驚いているのか私の手を掴んで揺らして、その反動で見えてしまう。
聖女像からは小魚?みたいな小さい生き物が出てきて、ピルピルと尾びれを細かく動かしながら泳いでいった。
…魚?お尻から?
呆然としていると聖女像はスカートをペロリと戻してまた歩き始める。でも私とガウリスの視線に気づいたのか振り向いた。
聖女像はかすかに驚いた顔をしたけれど、笑った。神聖な微笑みじゃない、人を馬鹿にするような笑み。そのまま両手の中指を上に向けて舌を突き出した。
そのまま私たちに向かってスカートをお尻の上までまくってペンペンと叩くと、中年のおじさんみたいなだみ声でゲラゲラ笑いながら走り去っていく。
あまりの出来事に呆然としてしまって聖女像を見送る。
パンツは穿いてな…ううんそんなことより…。
「…あの指のジェスチャーって何なの?」
「…何でしょう、私は初めて見ました。それより追いかけなければ」
ガウリスの言葉にそれはそうだと私たちは走り出す。
でもここは水の中みたいな空間だから、地上みたいに素早く動けない。対して聖女像はものすごくすばしっこい。
「エリーさん、魔法で止められませんか」
ガウリスの言葉に私は頷く、
「分かった、やってみる!」
私は魔法を発動させると、聖女像はその場で巻きあがるように空中に浮かび上がって、ジタバタと暴れている。
よし、このまま捕まえる…!
走り寄っていって掴もうとすると、あっちを向いていた聖女像の首が正反対にいる私たちにグリンと回転した。
石像だというのは分かっていても思わずビクッと体が震える。
すると聖女像は口を大きく開けて、ゲロォ…と紫色の液体を吐いた。
吐き出された紫色の液体はもわもわと水のような空気のような空間に広がっていく。
「うっ」
思わず掴もうと伸ばした手を引っ込めて、驚いたせいで魔法を使う集中力も途切れて聖女像はまた動き出す。
床に着地するとゲッゲッと笑いながらまた走り出していく。
と、脇の通路から出てきた足が聖女像をガッと踏んだ。
「んあ?」
「サード!」
偶然現れたサードが聖女像を踏んで、逃がしちゃいけないって私は慌ててサードに伝える。
「それ!それが聖女の像なの!動くしお尻出したり魚出したり吐いたりするの!」
「…」
サードが「何言ってんだあいつ…」って顔してる、何その顔、手早く説明したのに腹立つ。
すると聖女像は口からゲロォ…ってさっきみたいに紫色の液体を吐くとサードは、ウッ、と顔をしかめた。
「放しちゃだめ…!」
サードは目をつり上げると足に力を込めて聖女像を踏みつけて、
「汚えなクソが!」
って言いながらガッスンガッスンと真上から蹴り飛ばし続ける。
聖女像にとってもそれは予想外の行動だったのかヒィヒィ言いながら逃げようとするけれど、サードは素早く真上から聖女像をわしづかみにすると顔の高さまで上げて、首と胴体をガッとタオルを絞るかのように握りしめる。
「このまま首をへし折ってやろうか…?」
ギリと力を込めると、聖女像から男のだみ声で「ギャアアアアア」って悲鳴が響き渡る。
「すいやせん!ごめんなさい!私が悪ぅございましたぁ!ってか俺は悪くねえぜ、俺はただの使いっぱしりだぁ!」
* * *
『使い魔
魔法を使う者が使役する動物などの総称。特に小型から中型の動物が使役される場合が多いが動物に限定されるわけでもなく、モンスターを使役する場合もある。味方にすれば様々な情報を収集、離れた仲間への伝言などをするが、敵が使えばこちらの情報が相手に筒抜けになるということである。簡単な攻撃方法を持つ場合もある。
攻撃…主に物理攻撃が多い
防御…物理、魔法どちらにせよ有効
弱点…使役する術者が死ぬと力を失い、元々の動物へと戻る』
何気にサードはモンスター辞典を買っていたみたいで、知らない間に私の大きいバッグに突っ込んでいた。
さっき捕まえた聖女像はサードによって縛り付けられて、何者だってサードが問い詰めると使い魔だって言うからサードがモンスター辞典で調べたところ。
モンスター辞典によると使い魔は大体が動物みたいだけど…こういう石像を動かして使うってパターンもあるのね。それとも黒魔術を使っているから…?
「なら、お前の主は今どこにいる?何が目的だ?」
「…」
プーイ、と聖女像は顔を逸らして、ピーピピピーと高音域の口笛を吹いている。
サードは分厚いモンスター辞典を聖女像の頭にゴッゴッとぶつけて、
「これで思いっきり殴ったらバラバラに砕けるのか?それともその頭の中なにか詰まってんのか?ぶちまけてみるか?」
って脅している。
ああ…ライデルがおねむになって良かった…こんな場面、悪影響すぎて見せられないもの。
「けどこの聖女像…魚を出したのよ。泳いでどこかに行っちゃったんだけど」
「魚?どのような魚でした?」
ホルクートが頭を上げて聞いてくる。けど踏ん張ってお尻から何か出たってショッキングな場面が強烈すぎたせいで小魚だったぐらいしか覚えていない。
「ガウリス覚えてる?」
「ええと…これくらいの大きさの稚魚のようでした。茶色くて横に線が入っていましたが…すみません、魚には詳しくなくこれ以上は…」
「もしかしてそれ外来魚の稚魚じゃね?」
アレンがそう言いながら自分の荷物入れから紙を取り出してテーブルの上に広げる。
『この魚を釣り上げたら湖に戻さないでください!外来魚で固有種の魚が脅かされています!』
って大きい文字で書かれた見出しの下に魚の絵がズラッと書いてある。
「あ、ああこれでしたね。横の線が特徴的でした」
ガウリスはその中の一つの稚魚を指さした。
ということは…。
「もしかして人が湖に放流してるんじゃなくて、この使い魔が作り出していたんじゃ…」
そう言いながら聖女像をチラと見ると、何も知らないという顔つきで聖女像は真上を見あげている。
「…おい、知らねえふりしてんじゃねえよ」
サードがモンスター辞典をゴッゴッと繰り返し聖女像の顔にぶつけている。
「イデッイデッ」
聖女像はだみ声で呻きながら何とか逃げようとしているけれど、ろくに動けないからゴスゴスと本をぶつけられ続けている。
「ふざけるなよ、お前信仰心ってのがねえのか?俺は聖女だぜ、神聖なこの姿になんてことしてくれてんだ」
「魔族の文字体に入ってるくせに何言ってんだ?」
サードは先よりも強く、それも分厚い本の角でゴスゴス殴りながら、
「で、お前の主は今どこにいる?何が目的だ?」
ってさっきと同じことを繰り返す。
聖女像はひぃひぃ言いながら逃げようとするけれど、すぐに引きずり戻されてゴスゴス殴られ続けている。
まさかモンスター辞典を作る会社も、こんな風に物理攻撃に使われるだなんて思ってもいないわよね…。
「頼むよ、逃がしてくれ、そうしたら俺は素直にこの湖から去るよ。何だったら俺のケツの穴貸してやるからよ、…でも俺のケツに入るとしたら激極小サイズってことだけど、あんたの入る?」
ブフフ、と笑う聖女像にサードはイラッとした顔で、石像の首がもげるんじゃないのってくらいの力で胴体をゴッスゴッスと殴りつけている。
「うっ、うげっ、うげえっ」
「で?お前の主は?今どこにいる?何が目的だ?」
サードはイライラとなおも同じことを繰り返す。
ホルクートは、何とむごい…って悲痛な顔をしているけれど、サードのこれはまだ軽く尋ねている部類よ、本当の脅しはこんなもんじゃないわよって視線を逸らした。
体から何か出すって話は大体食べ物が多いんですけどね。
世界的に豊穣のシンボル的な女神はゲエゲエ吐いて食べ物出したりするし、はまぐり女房もおしっこで出汁を取って旦那に食わせてたし、柿の精は男の姿で出て尻からビリビリと器に汁を出して小坊主に食わせ…。
エリー
「もういい」
作者
「ああそう、もっと語れるのに」




