魔法の眼鏡屋さん
城から去った後、レンナの案内でついに探し求めていた魔法の眼鏡屋さんにたどり着いた。
レンナはマーシーの眼鏡屋はこの建物の中に入っているって指さすと、
「私は一旦家に帰ってから魚の皮を修理に出しますので、とりあえずこれで」
って頭を下げてスイッと泳ぐように去っていった。
「…ようやく発見したなぁ…」
アレンの呟きにサムラは感動の顔で私たちに向き直って、
「本当に皆さんありがとうございます。皆さんの協力なしでは絶対に僕一人でここにたどり着けず、その辺で野垂れ死んでいました。本当に…」
サムラはウッとうつむき、
「ありがとうございます…!」
「泣くの早いって。まだ眼鏡作ってねぇから」
感極まって泣き出すサムラにアレンが笑いながらツッコむ。
「歳をとると涙腺が弱くなってしまってぇ…」
ウッウッと涙を流すサムラの頭を撫でながら、私は建物に目を移した。
建物の造りは地上と似通っているけれど、地上では見たことがないぐらいの高さだわ。それも高層の高い建物の中にはたくさんのお店が入っているみたいで、入口にそれぞれの看板が掛けられている。
一つ一つを見ていくと、
『魔法の眼鏡屋さん 五十階』
って看板を見つけた。
…魔法の眼鏡屋さんって、本当に魔法の眼鏡屋さんって店名だったの…。
「入るぞ」
サードがそう言いながら入口に入ると、すぐ上に続く階段がある。
「…まさか、五十階まで階段を…!?」
ヒィ、と思っているとガウリスが後ろから、
「それでもここは水中のようなものです、地上ほどは疲れはしないと思いますよ」
「つーか泳いだら階段登らなくてもいいぜ」
アレンはそう言うと手を動かしてバタ足をしながら段差を無視してスイスイ泳いでいく。…けど五十階までバタ足でいくのも辛そうとしか思えないんだけど…。
見ると階段に手すりがあるから、私は手すりにつかまりながら反動をつけて登っていくと、後ろからサードが声をかけてきた。
「お前、魔法使えんだから魔法で進めんじゃねえの。この周りのこれ、水みてえなものなんだろ」
…あ、そういえば私は自然のものは操れるんだし、周りは水みたいな魔法のものだってレンナが言っていたし…。
できるかしら、水を動かすのと同じように、私が水の中を動くことが…。
それならやってみよう。いつもの自然をよいしょ、と動かす感じで魔法を発動…。
「っぶ!」
魔法を発動した瞬間、私はグンッと一気に前に押し出されて、階段の踊り場の壁にすごい勢いで顔から激突した。
顔を押さえてその場で身もだえていると、後ろからサードの大爆笑している声と、階段の上から「どうしたエリー!」って驚くアレンの声が聞こえる。
「んのおぉお…!」
声にならないうめき声をあげて顔を押さえながら、私はヨロヨロと階段をあがる。
危ないわ、この国、魔法が発動しやすすぎる。魔法を使う時はもっと気をつけないと…。
* * *
マーシーのお店のある階にようやくたどり着いてドアを開けて中に入った。ドアには鐘がついていて、カランカランと音が鳴る。
「いらっしゃい」
長めの長方形の机と何個かの椅子しかない閑散としたお店の奥にはカウンターがあって、その向こうから男の人が声をかけてくる。
この人がマーシー?うーんと…特にこれといって特徴も無い普通の人って見た目だわ。茶髪でクリッとした目に、丸い眼鏡をかけた中肉中背の男の人。
「あんたがマーシー?」
いきなり名前を呼ばれてマーシーは少し目を見開いて、
「え?何で僕の名前知ってんの?あれ、アハハ、もしかして前に会ったことあるかな?ごめんどこで会ったんだか覚えてなくて…」
カウンターからこっちにやってくるマーシーにガウリスが、
「いいえ、初対面です。あなたのことはグラッスィーさんに教えていただきまして」
って答える。するとマーシーはパッと顔を明るくして、
「ああ、グラッスィーか!でも思えば人間のお客さんはこっちに戻って来てから初めてだね、歓迎するよ」
そんな歓迎ムードでニコニコのマーシーとは対照的にサードはどこかイラッとしている。
「随分と探したんだぜ、地上にある店かと思ったら普通にゃ来れねえこんな所にあるなんだからな」
毒つくサードの言葉にマーシーという精霊は困ったようにハハ、と笑いながら頬をかきながらペラペラと話し始めた。
「そうなんだよ、最初は地上に店を作ったんだけど、地上で眼鏡を作るとごく普通の眼鏡程度の物しか作れなかったんだ。ほら、地上にはここほど魔力が充満していないだろ?
僕の作る眼鏡は看板通り魔法の力がかかっていて人間界じゃ作れない高性能な眼鏡なんだけど、地上だとマジックアイテム程度のものが作れれば上等ぐらいの酷い有様だったからここに戻ってきたわけ。
マジックアイテムなら魔力のある人間にも作れるし、あのまま地上にいたら看板の名前に偽りありになってクレームがきそうだったからさ」
マーシーはそこであけっぴろげに手を広げて、
「それにこうやって地上からお客さんもくるし、やっぱこっちに戻って来て正解だったなあ」
そこでサードはブチッとブチ切れた顔になって目を吊り上げて、マーシーの胸倉を掴んで揺らしながら怒鳴る。
「っざっけんな!こっちに精霊以上の奴らが居るからこれただけだ!エリーとガウリスが居なかったら来れるわけねえだろこんな所!クソが!馬鹿が!」
「サードさん!」
ガウリスが慌ててサードとマーシーの間に入って引き離した。
マーシーはいきなり暴言を吐かれて暴力紛いのことをされてポカンとしているけれど、少し間を置いてから恐ろしいことをされたと気づいたのか急に脅え始める。
そんなマーシーの肩をアレンは叩いた。
「けどさあ、地上で作るとうまく作れないけど、ここではうまく作れるんだろ?」
マーシーは脅えながらも「ま、まあ…」って頷く。
「だったらここで魔法の眼鏡作った後、地上に持って行って売ればいいのに」
「あ」
マーシーは短い声を上げて口をあんぐりあけながらアレンを見る。
「そっか、その手があった」
「うわぁ勿体ねぇー、ここ数十年マーシーの眼鏡屋探してる人かなり居たんだぜ?数十年分結構な損じゃん、勿体ねぇー」
「いや別にお金はフレームを買う程度が貰えればいいから別にそれは…」
そこまで言うとマーシーは落ち込んだ顔をして黙り込む。
「…そっか…ここに居てもお客さんは来るって思ってたけど、ここに来れない人もいっぱいいたのんだ…。人の役に立ちたいと思って眼鏡屋になったのに…そもそも来れないんじゃ何の意味もないじゃないか…」
マーシーは落ち込んでしまったけれど、そんなのを無視してサードは声をかけた。
「てめえのことはどうでもいい。このサムラに合う眼鏡作れ。人間とは違う種族で人間用の眼鏡じゃ全然見えねえらしい」
マーシーは大きく息をつくと、気持ちを切り替えたのかサムラを見る。
「分かった。それじゃあ、まず君がどんな種族なのか説明してくれる?サムラくん」
「はい」
サムラはマーシーの隣に座って自分達の種族の話を始めるから、私たちも椅子に座る。
蝶から人型に進化した種族らしいこと、皆視力が弱いことを話すサムラの話をマーシーは全て書き留めてから、両手の親指を立ててサムラの顔を包み込んだ。
「サムラくん、失礼」
ベロンと目の下を引っ張って目をジロジロと見てからマーシーは手を離す。
「…サムラくんはどれかと言えばモンスターに近い存在かな?」
「でしょうか?特に人と対立したことはありませんけど」
マーシーは自分の顔を指さして、
「ちなみにこの距離で僕の顔はちゃんと見える?ぼやけてる?二重にぶれてる?」
その距離は三十センチ程度。
「…ぼやけてます。よく見えるのは鼻がくっつくぐらい寄った距離です」
「そっちの方が逆に見づらそうだけどねぇ。けどサムラくんのは…うーん…」
マーシーは腕を組んでしばらく唸ってから身を乗り出す。
「サムラくんは魔法使える?」
「いいえ」
「えー…ウソー。君に触れた限りだと強力な魔力が体の中にあるように思えるんだけど…」
「けど僕たちの種族は魔法を使いませんよ。使う人がいたって話も聞いたことがありません」
え?でもサムラの故郷って確か…。
「サムラの故郷のタテハ山脈って魔力が強いんでしょ?草一本、木の枝も土も魔力があるくらい。それにサムラの主食は木の葉っぱなんだし、もしかして魔力の強い土地の葉っぱを食べ続けてきたから体の中に魔力がたまってるとかじゃないの?」
口を挟むとサムラはハッとした顔で「なるほど」と言いながら、
「エリーさんは頭がいいですね」
って感心したように言ってくる。
普段頭がいいって言われることが無い私は思わず口ごもってしまって、…照れる…。頭がいいですって、へへ。
照れ照れしているとマーシーはうんうん唸って腕を組んで首を傾げながら、私たちに視線を動かした。
「このケースは初めて見たから何ともいえないけれど…彼の視力の弱さの原因を考えつくまま話してもいいかな?もちろん僕の言うことが正しいわけじゃない、ただの想像なんだけど」
「お願いします」
ガウリスの言葉にマーシーはペラペラ話し始める。
「このサムラは元々蝶なんだろう?蝶の生態なんて分からないけど、蝶の時から視力が弱くて進化の過程でこの弱視がそのまま受け継がれたのだとしたら僕の作る眼鏡で改善できる」
その言葉にサムラはパッと輝く笑顔を見せたけど、それでもマーシーは難しそうな顔で続ける。
「でも話を聞く限りサムラくんは魔力の強い地域で過ごしてきたみたいだね?もし魔力の強さが原因で視力が弱くなっているとしたら眼鏡じゃどうしようもできない」
「え…どういうことですか?」
さっきとは打って変わって絶望した顔になって聞き返すサムラにマーシーは続けた。
「魔力の強い地域に住むと自然と魔力を体内にため込むことになるんだよ。それがある程度なら強い魔法を使えるプラスの傾向になるけど、マイナスに働くとあまりに強力過ぎる魔力で体が壊れやすくなる。
扱いきれない魔力が体に溜まると力が体の中で暴走して衰弱する病気も地上にはあるらしいし。それが作用して目が悪くなっているなら眼鏡じゃどうしようもね…」
体に溜まった力で体が衰弱?それ…もしかしてフェニー教会孤児院の中で出会ったベラがかかっていた病気じゃ?
サードもベラのことを思い出したのか、マーシーに向かって身を乗り出した。
「サムラは体が脆弱なんだ。まさか強い魔力を毎日のよう体に取り入れたせいで視力も体も弱ってんのか?それでもサムラはモンスターに近いから辛うじて動き回れる…?」
マーシーは慌てて手を振った。
「結論を急がないでくれ。僕は眼鏡屋で医者じゃない、ただの想像だってば」
そう言いながらマーシーは「うーん」ってまた唸りながらサムラを見ている。
「もしかしてあれかなぁ、これくらい強力な魔力が体内にあるのに全く魔法を使ってないから、やかんの中でお湯がグラグラ沸いてるのに湯気が外に出なくて内側から圧迫してるみたいな…」
マーシーはしばらく考え込んで、指をビッと三本出した。
「想像の範囲だけど、僕はこの三つのどれかが原因だと思う。一つは元々視力が弱かった。これは眼鏡で解決できる。二つは強力な魔力の影響で視力が弱体化した。これは眼鏡じゃ治せない。三つは体の中の魔力が放出されないから体ごと視力も圧迫して弱体化している。これも眼鏡じゃ治せない」
そのままサムラに顔を向ける。
「原因によっては眼鏡をかけても弱視はどうにもならないと思う。それでも作る?結果はどうであれお金はフレームの代金分は貰うけど」
サムラはそれを聞いて、即座に大きく頷いた。
「お願いします、そのために僕はここまで来たんですから」
見直してたらサムラの名前がサムになっていた箇所があって一人笑いました。
アレン「ようサム!」
サム「Hi,HAHAHA!Are you having fun today?」
アレン「オーウ、イエー!」
サム「Would you like to go have a drink at that restaurant?」
アレン「イエース、イエース!ゴーゴーゴー!」
サード「…見た目ほとんどバテレン同士なのに、なんだアレンの不慣れな感じは…」
サムラ「それよりあれ誰ですか?」




