助けた精霊に連れられて
「いやぁエリーが言ったんだよ『サード船の揺れに弱いのに魔法のかかってない船で動き回った後泳いで逃げられる?船酔いしてて大変なんじゃない』って」
アレンがそう言いながらサードの背中をバシバシ叩いている。
「そんでやっぱりレンナに頼んでサードを回収してもらおうってなったわけ。無事でよかった」
私が心配した通り、サードは揺れる船の上で大暴れして船酔いして、泳ぐなんてできなかったみたい。私たちの船に戻ってくるときなんてレンナに救助されるように引っ張られながら戻ってきたもの。
「…大丈夫?」
濡れた服を脱いでパンツ一丁になっているサードにバスタオルを羽織らせながら声をかけると、サードは手を動かして、私の手を掴んだ。
「…悪いな」
グロッキー寸前の気持ち悪そうな声で感謝風の言葉を言われる。
エッ。サードがこんな感謝風の言葉を自然な流れで言うなんて。あり得ない。
見るとアレンとガウリスも驚いた顔をしているわ。
サードは気持ち悪そうにため息をついて、
「…俺としたことが船酔いのことをすっかり忘れてた…。レンナが来なけりゃ途中で湖の底に沈んでたかもしれねえ」
アレンは二、三回目をぱちくりしていたけれど、
「エリー、ナイスフォローってことだな?」
って言いながらサードの荷物入れから乾いた服とパンツを出していて、どうやら着替えるみたいとサードに背を向けた。
…でも私の意見でサードに助かったってお礼風の言葉を言われるとか…ちょっと誇らしい気持ち。だっていつも悪態つかれて馬鹿がって言われ続けてきたんだもの。
後ろからはのたのたと服を着こんでいる音が聞こえて、また濡れてしまったレンナにも着替えを…と声をかけようとするけれど、レンナはアレンから渡された上着を羽織った状態でガウリスと向かい合って厳しい顔をしているわ。
「これは…大丈夫ですか…?」
真っ二つにされてしまった魚の皮を見て呟くガウリスに、レンナは難しい顔を返す。
「とりあえず…真っ二つに切られただけでどこかが欠けているわけでもないようなので大丈夫だとは思うんですけど…」
「テープで貼っとく?」
アレンがそう言いながら私の大きいバッグに手を突っ込んでテープを引っ張り出すけれど、それが無いと帰れないってくらい大事な物にそんな一時的な補修みたいなやり方していいわけ…?
「やめた方がいいと思う」
止めるけれど、レンナは仕方ありませんって顔でアレンからテープを受け取って、魚の皮を広げて内側からペタペタ貼りつけていく。
「本当にそんなもんで帰れるのか…?」
サードも気持ち悪そうながらに半信半疑の口調で聞くけれど、レンナも困ったような顔で、
「こんなこと初めてなので…とりあえず元の状態に戻してみるしか…」
そう言いながら頭から尾までテープでくっつけたレンナは魚の皮のお腹側を開いて、頭からかぶった。
するとそこにビタン!と大きめの魚が横たわる。
妙に右半分と左半分が前後にずれている不気味な姿だけれど、魚の皮をかぶったレンナはビチビチと床の上を跳ねている。
「大丈夫そう?」
声をかけるとレンナは魚からスルリと上半身を出して人魚のような状態で、
「ちょっと着心地は悪いですが…魚になれたので多分大丈夫だと思います」
いいんだ…テープで一時的に補修したもので…。
「けどどうやって湖の底に行くんですか?」
「船ごと行った方が楽ですか?」
サムラの質問にレンナがそう返して、その言葉を聞いたアレンは顔を輝かせた。
「え?この船で湖の底まで行けんの?」
「はい、このまま行くことは可能です」
「でも湖の底に行くって、息が続かないんじゃないの?」
アレンは楽しみしかないって顔をしているけれど、普通に考えて息ができなくて死ぬじゃない。
するとレンナは、
「大丈夫ですよ、私と共に居れば。もう行きますか?それとも準備が必要ならもう少し待ちますが」
ガウリスはサードを見て、
「…サードさんは大丈夫ですか?」
って声をかけた。サードは辛そうな顔をしているけれど、
「無効化の魔法がかかってるならそのうちよくなる。それに人目につかねえ夜のうちに行った方がいいだろ。今すぐ湖の底に行く。だが…」
サードは顔を上げてレンナを見た。
「その湖の底に行って地上に戻ったら三百年の時が流れていただなんてことは起きねえだろうな」
それを聞いたレンナは、ふふ、とおかしそうに笑った。
「大丈夫です、私たちの住む国はそのようなことは起きません。もしやそれは海の国の話ではないですか?」
するとサードは興味を持ったように背を伸ばして、
「リューグージョー…知ってるのか?こっちにはあんのか?」
…リューグージョーって何?
そんな疑問が湧くけれどレンナは首をかしげて、
「さあ…詳しいことは分かりません、私はこの湖を離れたことはないので。ただ海はこのラーダリア湖より広いと聞きますから、人間界とは遥かに時間の流れが違う私たちのような存在が暮らす海の国があってもおかしくないとは思っています」
「…。まあ、お前らの国の時間の流れがおかしくねえならいい」
「では、行きましょう」
納得したようなサードの言葉にレンナがそう答えると、船がぐらりと揺れた。
皆もあちこちを掴むやら転ぶやら。
ザザザザ、と滝のような音がする。でも湖の上なのにどこからこんな音が?
頭を巡らせると止めているはずなの船が少しずつ前に進んでいるわ。
それも船体が少しずつ斜めになって…。これどういう状況?何が起きているの?
窓から前の方を見ると、湖に大きい穴が開いていて、湖の水と私たちの船がその中に流れ込むように動いているじゃない。
それに斜めになっていくせいで固定されているテーブルと椅子はともかく、最初から飾ってあった花瓶、さっきまで遊んでいたトランプ、備え付けのカップ類が段々と前の方に傾いていっている…。
「食器割ったら弁償しなきゃなんねえ!守れ!」
まだ具合が悪そうなサードはムダ金を払ってなるものかとばかりに怒鳴って、ガウリスとアレンがあわわとテーブルの上から落ちていくカップを掴みあげる。
そうしているうちに船は大きい穴に直角になって…。
「ッキャアアアアアアア!」
瞬間、船は九十度にガクンと曲がって落下した。
「死ぬ!?これ死ぬの!?」
アレンは混乱の表情で叫んで、
「ざけんな!船が壊れたらてめえに全額弁償させるぞレンナ!」
ってサードは怒鳴る。さっきしおらしく感謝風の言葉を言ったサードはどこに消えたの。
「全員でフロントガラス部分を踏んでは破れてしまいます!」
ガウリスは的確な判断でフロントガラスに立たないよう皆に指示して、サムラは絶叫しながらガウリスの腰にしがみついて、
「何ですか!?今何が起きてるんですか!?」
って混乱している。
各自が叫び怒鳴りながら直角に落ち続けると、ドンッとどこかに落ちた感覚がして、皆の体が一瞬浮いた。そのあと船はぐらぐら大きく揺れたあと水平になって、水面に浮いているような感覚がする。
「着きました」
レンナは一人動じずあっさりそう言うけれど…怖くて腰が抜けた…立てない…。
でも精霊の住む国は気になる。椅子ににじりのぼって窓の外を覗いてみた。
「わあ…」
外を見て、腰が抜けた怖さが和らぐ。
ここは本当に湖の底なの?とっても明るい。緑色の光がキラキラしていて、どこまでも透き通っていて…。天気のいい日の水面みたい。
「綺麗…」
そっと窓を開けようと鍵に手をかけたけど…でもここって水の中よね?開けたらヤバいわよね。
「窓、開けても大丈夫ですよ」
私が躊躇したのをみてレンナが促してきたから、私はそっと開けてみた。
すると水みたいな空気みたいな…。よく分からないモヨモヨした目に見えない塊みたいなものが船の中に一気に入ってきて、充満していく感覚がする。
でも顔に当たっても何の匂いもしないし水のように濡れもしなければ触れもしない。
けどこの感覚、どこかで…。
あ、そうだわ。これってあれよ、マダイがダンジョン(本人曰く聖域)を隠すために使っていた魔法陣だわ。あの魔法陣の内側に入った時のボワッとした感覚と似てる。
確かあれってマダイが誰も入れないようにするため、薄皮一枚向こうにある空間とやらにダンジョンをずらしていたのよね。
だとしたらレンナの暮らすこの国はやっぱり普通の人間は来られない、サード風に言えば異郷と言えるところなんだわ。…それにしても魔界といいこの国といい、知らない所で人間界は違う世界と繋がっているものね。
船はスルスルと移動を続けているけれど、なんか下降して行ってない?
窓から外を見ると下に町のような建物が見えてきた。船はあの町に向かって降りているみたい。
「ここ水の中なの?水面なの?何でこんな斜めに動けるの?船今誰も動かしてねえけど何で動いてるの?」
アレンは魔界の空飛ぶ船に乗った時みたいに次々と質問し続けて、そしてレンナはグランとは違い、
「ここは精霊の住むところですから、周りは…空気のような水のような魔法のもので包まれていると考えてもらってもいいです。ですので今は私が進みたい方向へ進んでいます」
って丁寧に答えてあげている。
「今はどこへ向かっているのですか?」
ガウリスはまだ自分の腰にしがみついて固まったままのサムラを労わりながらレンナに聞いた。
「まずは私たちの住む国の長に挨拶をしてください。私の判断で勝手に人間をここに連れてきて自由に歩かせるわけにもいきませんので。それでも私を助けていただいたのです、決して悪いようにはなりませんからそこは安心してくださいね」
船は町の建物にぶつからない程度まで下降したら、そのまま水平に進んでいく。
下を覗き込んでみると、随分と高い建物がどこまでも向こうまで連なっているわ。人間界だったら…数百メートルとかそれくらいの高さなんじゃないの?だって屋根から地面までものすごく遠いもの。
エルボ国の見張りの塔よりも高いわよこれ。
そんな高層の建物の中からは人々が私たちの乗る船を見上げている。
もしかしてこの高い建物のほとんどが精霊の住む集合住宅地なのかしら。
次第にベランダとか外に出て船を見上げている人の数が多くなっているのが分かる。まあ全員人じゃなくて精霊でしょうけど。
っていうか、見上げるどころか泳いで私たちの船と並走して興味津々の顔で手を振る人もいるし、歓声をあげながら後ろを泳いでついて来る子供たちもいるじゃない。
どうやらこの周りはあくまでも空中じゃなくて水中ってくくりみたい。じゃなきゃこんな風に泳いで移動するなんて無理だもの。
そのまま進んで…一番高くそびえるお城の入口の前に降りる。
湖の底は暗くて泥とかが積み重なってそうって思っていたけれど、地面は人間界と同じように…ううん、ものすごく細かく丁寧な石畳で覆われている。それも何枚もの色違いの石を組み合わせていて、とても綺麗な模様がずっと向こうまで続いていて…。
これ、人間界でやるとしたらものすごくお金がかかるでしょうね。
レンナはお城の入口に立っていた人たちに声をかけると、入口に立っていた人たちは私たちに親しみの笑顔を浮かべて近づいてくる。
「あなた方がレンナを助けてくれたのですね。どうぞ、中に」
ニコニコと中にどうぞと手で促されるから歩くけれど、妙に体がフワフワしていて歩きにくい。
前にフェニー教会孤児院で夢の中に囚われたけれど、あの時みたい。まるで夢の中で歩いているような感覚だわ。
「飛び跳ねたほうが移動しやすいぜ、エリー」
アレンはそう言いながらビョンビョン飛び跳ねながら進んでいく。
でもお城に入るのにそんなビョンビョンしたくない。
するとアレンはふっと何か思いついた顔になって、空中に平行になるとシバダダと足を動かして腕を動かして泳ぎながら進んでいく。
「うおー!これすっげぇ楽しいー!空中泳げるー!エリー、エリーも泳ぎなよ!楽しいから!」
アレンはいつでも楽しそう。
でもお城に入るのにそんな泳ぎながら入りたくない。
「あの、これから長の元へ向かいますのではしゃぐのはここまでで…」
ほらレンナに止められた。
アレンはチェ、と残念そうにしたけれど素直に言うことを聞いて、私たちは水中の城の中をゆったり進んでいく。
お城の中も外と変わらず明るい緑色に輝いていて明るいわ。思えば地上は夜だったけれど、この中はまるでお昼みたい。
歩いていくとレンナが最初に着ていたような白い服をまとった人たちが私たちを見送る。でも警戒はしていなくて、むしろ興味深そうだわ。
でもここに兵士はいないのかしら。鎧を着ている人は全然見かけない。思えばお城の入口にいるのも白い服をまとっている程度の人たちだったわ。
不思議に思いながら歩いて行くと人が二人立っている大きい扉が見えてくる、扉の前の二人は少し離れた所から私たちに説明してくる。
「ここから先は長のいる間になります」
…長が居る部屋を守る役割の人たちのはずなのに、やっぱり二人は兵士の格好はしていないし、武器すら持っていないわ。大丈夫なの?
そう思っているうちに二人の元にたどり着いて、
「まずは長の顔は見ないよう、床を見ながら歩みを進めて膝をついてください。顔を上げても良いとのお達しがでたら顔を上げてくださって結構です、どうぞ」
と扉を開けられた。
え、もう開けちゃうの。普通こういう時、もっと威圧的に色々と注意事項を言われるものだと思うんだけれど…いいの?
とりあえず言われた通り自分の足元を見ながら歩みを進めて、膝をつく。
「よく来られました!」
かん高い声が聞こえて驚く。
…この声…女の子?ううん、女の子っていうより子供…?
顔を上げそうになったけれど、慌ててうつむく。
「顔をあげてもいいのですよ!」
チラと顔を上げた。
赤く透き通ったゆらゆら揺れるカーテンの向こう、玉座に座っている人物こそが長…。
玉座にチョコンと座っている人物に目を向ける。
長は私たちに向かって屈託ない笑顔を見せて、キリッとやる気十分の顔でフンスフンスと鼻息を荒くして目を輝かせている。
「ようこそおいでくださいました!僕はライデル・マーツェ・コール・ラーダリア!僕はあなたたちを歓迎しますよ!」
小さい体で歓迎するように腕を広げる長の姿に、私は思わず呟いてしまった。
「精霊たちの長…子供なの…!?」
映画「オデッセイ」を見て思ったこと。
「宇宙に行く時はガムテープ持って行こう」




