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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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私を湖に返してください

「精霊?」


ガウリスが聞き返す。


私の服を着て髪の毛もだいぶ乾いたレンナは共同スペースに皆と一緒に座ってこくりと頷く。


「そう、私はレンナ。この湖に住んでいる精霊です」


「じゃあマーシーって精霊分かる?」


身を乗り出して聞くアレンにレンナは顔を上げた。


「知っています、湖で眼鏡屋を営んでいる男性のことですよね。近所の方ですよ」


私とアレンとサムラの表情が、おおお!と輝いたけれど、私はハッとして「ちょっと待って」って手を動かしてまだ盛り上がっている二人を静かにさせる。


「それはそれで良かったんだけど、レンナは今大変な状況らしいのよ。レンナの大事な物が人に取られちゃったとかで、家に帰れないんだって」


今の所私もそれ以上の話はまだ聞いていない。


するとサードはレンナに視線を向けた。


「恐怖を感じる目に遭って思い出したくないかもしれません。ですが話せる範囲でいいので何があったのか教えてもらえますか?家に帰るのに必要な大事な物が人に取られたとは、何があったのです?その物とは一体?」


「…」


レンナは少し口をつぐんで、ガウリスと私にチラチラと視線を向ける。…この視線の動きを見る限り、私とガウリスが聖なる存在だって分かっている感じね。

サードの言っていたことは本当なのかも、私…っていうか主にガウリスかしら。ガウリスが居るから精霊が近寄ってくるっていうのは。


私は頷いて「大丈夫」って言うと、レンナは意を決したように話し始めた。


「まずは私たち精霊の話からさせてください。この湖には沢山の精霊が住んでいます」


「え?でもこの湖に精霊が住んでるなんて話、噂程度でもなかったぜ。俺らが調べてようやく魔法の眼鏡屋さんの店主が精霊でラーダリア湖近くに住んでるって分かった程度なのに…」


「それはそうです、私たちは湖の底に住んでいますから」


「湖の…底?」


ガウリスが聞き返すとレンナは頷いた。


「もう少し正確に言えば湖の底であり、一つの国でもあり、人が普通にいけない所…といえば、分かってもらえるでしょうか…?」


説明するけれど私たちが理解できるかと心配そうな顔でレンナは皆の顔を見渡している。


「異郷だな」

「イキョウ?」


サードの言葉に聞き返して首を動かしてサードを見る…。


…え?ちょっとサード、裏の顔になってるけど、え?どうしたの?表向きの顔はどうしたの?相手は綺麗目の女の人よ?


驚いているうちにサードは話を続けた。


「俺の住んでた世界にもそんな話がある。漁師の男が海で五色の色を持つ亀を引き上げた。その亀はセンニョ…精霊と神に近い存在の女になり漁師を婿にと望み、漁師もそれを受け入れ異郷に行って結婚する。

その異郷も普通の人間はいけない所、お前ら精霊が暮らしている所もそういう場所ってことだろ」


五色の亀が女の人になって、それが実は精霊と神様に近い存在で、漁師の男の人を婿に…?目茶苦茶な展開ね。


レンナはそのような仕組みを理解しているのなら、と話を続けた。


* * *


私たち精霊が住んでいるこのラーダリア湖にはモンスターがいません。精霊の存在がモンスターには居心地が悪いんだと思います。


そんな私たちの国に人間も来ることも滅多にありません。そして私たちは用事があれば湖の上に出ることもあります。その時は各自が地上にいる生き物の皮をかぶって外に出るんです。


湖面であれば魚や水鳥。地上に出るなら鹿、ウサギなど…。ええ、もちろん国の中では今現在のこの人型の姿で生活をしています。


ここに住んでいる私たち精霊は人間に存在を知られないように気をつけているんです。下手に関わり合ってしまうと均衡が崩れて互いに悪影響を与えてしまう可能性がありますから。


そして最近、異変が起き始めたんです。


昔から居るはずの魚や生き物たちの姿はどんどん減って、見たこともない生き物が増え始めたんです。


ええ、モンスターではありません。普通の地上にいる生き物です。…ええ、人間は外来種と呼んでいますね。その外来種が私たちにとって問題なんです。

私たち精霊はこのラーダリア湖の生態系の一部です。湖の生態系が変わるということは今まで保たれてきた生活が崩れるということ。つまり私たちにも大きい影響になるかもしれないんです。


それがいい影響になるならいいのですが、どう考えてもいい影響とは思えません。むしろ生態系が崩れていくのが目に見えて分かるので悪い影響だと私たちは考えています。

もしこのまま生態系が崩れたら私たち精霊はこの湖に住むことができなくなって、最悪消滅するかもしれません。


…どうして消滅するかもしれないの、ですか?


えっと…果物の一つが悪くなったとしますよね?そのままにしていたら周囲の果物もどんどん悪くなっていくような…ああ、説明が難しいのですが…。何となく分かってもらえますか?


この湖には外来種と呼べる生き物はずっと居ませんでした。周囲は山で囲まれ、そこから水が流れ込んでくる他に魚が入ってくる所なんて無いのですから。

ですから人間が外来種を湖にわざと放流している可能性が一番高いと私たちは思い、湖の見回りを強化しました。


そのようなことをする人は見つけ次第湖に引きずり込むようにと命令を受けて…。


…殺すの?ですって?だって我々が消えるかもしれないんです、人間たちにとってそのようなつもりが無いにしても私たちからしてみれば悪事をされていることに変わりありません。私たちを滅しかねない人間の命を奪って何が悪いんです?自業自得ではありませんか?


…話が逸れました。


今日も私たち、そして私も(おさ)の発言により湖の見張りのボランティアで魚の皮をかぶり湖面を見張っていたんです。


そうしたら随分と賑やかな船を見つけたので少し水面に上がり様子を見ました。特に生きた魚を放流するような船ではないので身を翻して水面に沈もうとしたのですが…。


その時私の跳ねる音を聞きつけた一人が大声で叫んだんです。


今の魚は大きい、網を持って来いと。


…巡り合わせが悪かったとしか思えません。その船に乗っていたのはこの湖で漁をしている男性たちで、今日は大漁で儲けが大きかったのか女性たちと一緒にお酒を飲んでお祝いをしていたようです。

そんな女性たちの手前、自分たちの力量をどうしても見せつけたかったようで…どこまでも追われ、ついには網に巻き込まれて引き揚げられました。


それも逃げようともがいているうちに魚の皮が半分剥がれ、上半身が人間に、下半身が魚という状態になり、人魚だと船の上は大騒ぎになりました。


すると船に乗っている女性の一人が人魚の肉を食べると永遠の若さを手に入れられる、と言いだすと酔っていた全員が一致団結して私を(さば)いて食べようとしました。


私は人魚ではありませんと必死に言いました。


そうです、そもそも人魚は湖ではなく海や河岸にいるモンスターで湖にいるわけがないんです。

それでも全員が酔っ払って人魚を捕まえたと盛り上がっているので、誰も私の言葉を聞いてくれなくて…。


全員が私をぐるりと取り囲んで、お前はそっちを抑えろ、私は尻尾をと押さえつけられて、男性の一人が魚を捌く長い包丁を手に持って奥から現われて……。


…っ、…ごめんなさい、大丈夫、話せます。


私は暴れました。そうしてもみ合っているうちに下半身の魚の皮も剥がれ二本の足が出たので、尾ひれを押さえつけていた女性の顔を蹴とばして、それに男性たちの手が一瞬緩んだ隙をみて湖に飛び込んで泳いで逃げました。


でも逃げてから気づいたんです、魚の皮が無ければ国に戻れないと。


それでも船に戻ったら殺されます。それでも魚の皮が無ければ国に戻れません。どうしようとわずかに振り向いたら男性たちは私の姿をすぐ見つけて船を素早く動かして私を捕まえようとしています。


そうなると逃げる他ありませんでした。


この湖の精霊なのです、泳ぎは達者ですし長く潜っていられますから船をまくことは簡単にできました。


それでもこれからどうしようと思っていたら、この船から聖なる存在の雰囲気を感じて、他にどうしようもなくて、助けてほしくて、…今ここにいます。


* * *


「人間がごめんなさい…!」


私たちが悪いわけじゃないけど、話を聞いていてものすごく悪いことをした気分になって思わず謝りながら落ち込んでしまった。


だってレンナはその場にいる全員に取り押さえられて、包丁でお腹を捌かれそうになったんだもの。…想像するだけで怖かったと思う、だっていきなり殺されそうになったんだもの。

それより酔っているからって人魚じゃないって懇願する女の人を押さえつけて包丁を向けようとしたその人たちって何なの?馬鹿じゃないの?


罪悪感と共に怒りが湧いていると、アレンも「うわぁ…」って顔をしながら質問した。


「けどその魚の皮って本当に要るやつなの?だって湖の底までいけばレンナの住んでた国があるんだろ?深くまで潜れるならそのまま潜っていけば底までいけるんじゃね?」


レンナは軽く首を横に振った。


「私の国は人間が普通にいけない所…湖の底にあるこことは別の世界と考えていただいて結構です。そして魚の皮はその別の世界と人間界を行き来するために必要なアイテムなのです。あれがないと私は元の国に戻れないんです…」


「要はハゴロモか…」


ぽつりと謎の言葉を放ったサードに、皆が何それって顔をする。


「俺の住んでた土地に伝わる話だ。天に住む女はハゴロモっつーストールみてえな衣服の一部を羽織ってんだ。地上に遊びに来てハゴロモを木にかけて遊んでいたら漁師がハゴロモを家宝にしようと取る。取られた女はそれが無いと天に帰れないと訴える…。

kanasiyana、hagoromonakuteha-higyouno、mitimotae、tenjounikaerankotomo、kanoumajiってな。よく舞台見てたなぁハゴロモ」


サードが一部を抑揚をつけ歌うように言うけれど、その歌の一部は聞き取れそうで何を言っているのか聞き取れなかった。むしろ初めてサードが歌ってる(?)所を見た気がする。


「その魚の皮、取り返してやる」


サードが身を乗り出しながら言うとレンナはパッと嬉しそうに顔を上げた。


「その代わりにだ、ハゴロモ…じゃねえ、魚の皮を取り返した後はお前の住む湖の底に俺たちを連れていけ。いいな」


その言葉にレンナはコクコクと大きく頷いて、希望を持った目をしながら手を組んで、


「分かりました、私の魚の皮を無事に取り戻していただけたらあなた方を私たちの国に案内します。マーシーの所にも行きたいようなので、マーシーのお店にも」


サードは交渉成立とばかりに立ち上がると、


「アレン、船動かせ。レンナ、お前はどの方角から来たのか教えろ。ガウリス、手あたり次第船が見えたら俺に教えろ」


と指示を出して皆がバタバタと動き出す。


でも特に指示を出されなかった私はサードにそっと声をかけた。


「サード、何で急に裏の顔になったの…?」


サードはこんな時に何だよ、って顔をしながらチラと私を見る。


「異郷に住んでるのは大体が神に近い存在。神に近いならどんなに隠したって分かるだろ。なら隠すだけ無駄だ」

サードの言ったのは能の「羽衣」より天女のセリフです。

「悲しやな、羽衣なくては飛行の道も絶え、天上に帰らんことも叶うまじ」


あと活動報告内で「乙姫はなぜ浦島太郎を爺にする物騒な玉手箱を渡したのか」の真相を語っていますので、良かったら探して読んでみてください。

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