出発進行!
夕方の六時。私たちは船に集まった。
アレンは皆が集まっている休憩スペースの机に地図を広げる。
「とりあえず湖の周辺グルッと回る感じで船は動かしていきたいんだよな。それでいい?」
「ああ」
アレンに声をかけられたサードは簡単に返事をした。
ラーダリア湖は沢山の町と隣接しているから、その全部の町に寄っては魔法の眼鏡屋さんを知らないか聞いていくって話でまとまった。
「だがなあ…」
サードは気になることがあるのか、そこまで言って考えた顔つきで黙り込む。
「いかがなさいました?」
ガウリスが聞くとサードは、
「魔法の眼鏡屋は船の貸出やってる奴らも知らなかったじゃねえか。あいつらずっとこの湖の側に居るわけだから、対岸の先で起きてる出来事でも噂話程度には話が届いてるもんだと思うんだが。精霊がやってる店なんて黙ってても目立つようなもんだろ」
サードはそこで区切り、
「…よっぽどその眼鏡屋の認知度が低いか、眼鏡屋が見つけにくい所にあるか、全員グルになって隠そうとしているか…。いや隠そうとはしてねえな、あのはわはわ女はボスに聞きに行ったし…」
はわはわ女って…。
その言い様に思わず吹き出しそうになる。サードは何てことないって爽やかな顔をしていたけれど、案外と「はわわぁ…」に少し毒されていたのかもしれない。
「けどグラッスィーの話だとマーシーは湖の上での出来事にも詳しいみたいだから、もしかしたら湖の上で営業してんのかもしれないぜ。とりあえず湖の上で商売してる人たちに会ったら片っ端から聞いていこう」
「…すみません、こんなに探すのが大変なことを手伝ってもらって…」
アレンの言葉にサムラは大変なことを私たちに頼んでいるって改めて思ったのか、申し訳なさそうな顔をしているわ。
私はサムラの隣に座って軽く肩を叩く。
「気にしなくていいのよ。サムラは私たちに報酬付きで依頼して、私たちは報酬をもらうために動いてるんだから。そう思えば当たり前のことでしょう?そんなに私たちに気を使わなくていいのよ」
サムラは私の言葉に少し肩の力がぬけて、ニコ、と笑いながら私を見る。
本当に笑うと可愛いわ、サムラって。病弱のせいか体の線も細いし女の子に見えなくもない。
「じゃあ日暮れまで船動かすな」
アレンは操縦かんのあるところに立って、えーとぉ、と言いながら船を起動させる。ドルルッと音がして船がわずかに揺れた。
「…あ、なんだこれ結構違うな…俺んちの船結構古いタイプだしな…」
「おい大丈夫かよ」
毒つくサードにアレンは、
「まー大丈夫じゃねー?船は船だし、魔界のあの空飛ぶタイプの船も何となーく人間界のと大体似た構造だったし…」
そういえばアレンは魔界で空飛ぶ船に乗っていた時、ひたすらはしゃぎまくってその辺を走り回りなが見て回ってグランに色々と聞きまくっていたっけ。ついには「やかましい!」ってグランに怒鳴られていたけど。
「魔界?」
サムラが背を伸ばしながら興味を持ったように聞き返すから、ガウリスは簡単に説明する。
「以前色々とありまして、ある女性を助けるために魔界に行ったのですよ」
その言葉を聞いたサムラは興奮した顔で、
「すごいですね、魔界なんて行けるものだったんですね。大丈夫だったんですか?魔界って魔族しか居ないんでしょう?危なくなかったんですか?魔界ってどんなところだったんですか?やっぱり人間界とは違うんですか?」
気になるのかサムラは一気に質問して、ガウリスはそれに対して丁寧に説明している。
でもそうよね、魔界なんて普通いけるところじゃないもの。それに人が魔界に行ったなんて伝説の話とか、小説の題材に出る程度だし…。
…もしかして実際に魔界に行ったのって私たちが初めてなんじゃ…?サードの聖剣の持ち主のインラスだって魔界に行ったなんて話は無かったはずよね?
すると船が動いているような感覚がして、動き始めた。窓から外を見ると後ろに並んでいる船がみるみる遠くなっていく。
サードをチラと見る。
サードはサンシラ行の船で死ぬかもって本気で不安になるくらい船酔いでグロッキー状態になっていたけれど…。
「今のところ大丈夫?」
「なるとしたら動いて十分後ぐらいからだ」
十分ね…。
「とりあえず海のしょっぱい匂いはしないから、それで酔わない感じだったらいいわね」
「まあ…な」
そんな会話をしている間にアレンはランタンに光を灯して、船の先にかけた。少しスピードもアップして上下の揺れが分かるぐらいになる。
「…結構揺れるわね」
「まあ船は揺れるもんだからなぁ」
私の独り言にアレンが返す。かすかにサードの顔が引きつった。これは酔うと認識したのかもしれない。
「…エリー」
「…分かった」
出航一分、サードの周りに私は無効化の魔法を張った。
結局海だ湖だとか関係なく、サードは乗り物全般には弱いのね、きっと。
* * *
出航から四日。魔法の眼鏡屋さんとその店主の精霊、マーシーを探し続けて至る町、湖の上の商売人たちに聞いて回った。
眼鏡屋さんはいくつかあったけどそれは普通の眼鏡屋さんで、それにマーシーって人(精霊だけど)を知らないかって聞いても「知らない」って回答しかなくて情報収集は思ったように進まない。
「湖に出たはいいけど、ぱったり情報がなくなったなぁ」
夜、窓を開けて釣り竿の針を湖に落としながらアレンは呟ているから、私は本当にって頷いた。
「むしろ陸地で魔法の眼鏡屋さんのことを聞いていた時の方がたくさん情報が入っていた気がするわ」
「陸地と湖の上、どっちが人が多い?そう考えれば情報が入りにくいのは当たり前の話だ」
素っ気なく言いながらサードは私が暇つぶしにと買ってきた本に視線を戻した。
とりあえず船にのある前、私は気になる本を三冊中古本の行商人から買ってきた。
二冊は恋愛もの。もう一冊は現役冒険者が書いているエッセイ冒険記。
恋愛ものは皆興味ないかもと思って私の部屋に置いているけど、エッセイ冒険記は皆も暇があれば読むかしらと皆が集まるスペースの棚に置いてみた。そうしたら目ざといサードが一番に見つけて、暇があれば読んでいるのよね。
普段あまり本を読まないサードが本を読んでいるなんて結構珍しい図だわ。
まあフェニー教会孤児院ではいつも本を読んでいたっぽいし、ロッテの屋敷でも本の片づけをやらずにゴロゴロしながら本を読んでいたけれど。
でもそのエッセイ冒険記はまだ読んでいないから面白いのかどうかよく分からないのよね。ページをめくって目次を見たら、
『ゴブリンに酒を勧めたら見逃してもらえるんじゃないか検証してみた』
『酒飲んで宿に帰ったら仲間に置いていかれてた』
『サンシラ国に行ったら神様に会えるんじゃないか検証してきた』
って妙に気になるタイトルが並んでいたし、ガウリスの故郷の名前を見つけたから買ってみただけだもの。
「それ楽しい?」
「まあまあ」
サードはそう言いながらページをめくっている。
でもサードは興味のないことには見向きもしない性格だから、まあまあって言いながらも読み続けているなら結構面白いのかも。まあ他に暇つぶしが無いから見ているのかもしれないけど。
でも冒険しているとこういう時くらいじゃないと本なんて読まないわよね。かさばるし重いから持ち運びに不便だもの。
…あ、でもアレンはミレルのファンだから冒険者向けの雑誌、ザ・パーティを定期的に買って読んでいるっけ。新しい号が出ると前の号は本の回収屋に売っているけど。
でもアレンは本当は手放したくないみたい。
ザ・パーティを本の回収屋に渡す時は、いつも寂し気な顔をしてギリ…って雑誌を強く掴んで「売るの、売らないの」って回収屋の人に言われるまで無言の引っ張り合いを繰り広げていて…。
「シャワーいただきました」
色々考えているとサムラがタオルで頭をガシガシしながらさっぱりした顔でやってきて、
「では、おやすみなさい」
って頭を下げるとそのまま自分の部屋に行ってしまった。サードをぬかす皆がサムラに「おやすみ」って声をかけて見送る。
サムラは朝起きるのは早くて夜に寝るのも早い。まだ八時半でさっき夕ご飯を食べたばっかりなのに。
「老人って朝起きるの早くて夜寝るのも早いもんなぁ、サムラ本当に中身爺さんなんだな」
アレンがおかしそうに笑っていると、
「随分と可愛らしいご老人ですね」
ってガウリスもおかしそうに微笑んでいる。
とりあえずサムラが出てきたから私もさっさとシャワー浴びてきちゃお。
さすがにサンシラ行きの船とは違って各自の部屋はあってもシャワーとトイレは共同で一つしかないから、順番に入らないと後がつかえちゃうのよね。
大体いつも一番早くに寝るサムラがご飯を食べ終わったと同時にシャワーを浴びて、その次は大体私。
立ち上がるとサードが本から顔を上げた。
「今日は髪洗うぞ、エリー」
「うん」
サードが私の髪の毛用の諸々を持ってきて、最初に髪の毛を丁寧にとかす。
それにいつの間に買ったのやら、サードは服の上に被せておけば服が濡らさず頭が洗える便利道具を買っていて、それで私を覆うように被せるから、私はそのままシャワー室にある椅子の上に座る。
サードは私の頭をお湯で濡らして、髪の毛をワシャワシャ洗い始めた。
でもこの船のシャワー室は人一人しか入れない。だから私はほとんど脱衣所から頭だけをシャワー室に突っ込んで、シャワー室の中にサードが入って私の髪の毛を洗っている状況。
「…魔法の眼鏡屋さん見つかるかしら」
「とりあえずしらみつぶしに探すしかねえだろ。まずエリーとガウリスがいるからマーシーって奴にはいずれ行き会えると思うが…」
「だから私にもガウリスにも精霊を見ても精霊だって分かる能力なんてないから。花の妖精のヤーセぐらい小さいサイズだったらすぐに分かるでしょうけど、仕立て屋のエローラみたいに人と同じサイズだったら…」
サードは、何を言ってるとばかりに私の話を遮る。
「言っとくが、俺とアレンが二人旅してるときには全く精霊だの妖精だの魔族だのと関わり合うことなんてなかったんだぜ」
頭を上げてサードを見た。けど顔をあげたら泡が目に入ってしまって「ウッ」と言いながら顔を伏せて目を擦る…。
サードが塗れたタオルで私の顔をガッと覆って拭ってくれるけど…何でそんなに鼻と口を覆い続けるの、窒息させる気?
あまりに雑すぎるからタオルを奪い取って自分で目の周りを拭っていると、後ろから笑いを堪えている声が聞こえる。わざとね、こいつ…。
「でもサードのことだから私と会うより先に精霊とかとも会ってて魔族とも戦っているんだと思った」
苛立ちながらもそう言うと、
「いいや。精霊とはちっとも会う気配がなかった。それにあの時の俺とアレンじゃ魔族には敵わねえと思って確実に避けていたからな。エリーが仲間になった後からだぜ、聖剣に関する情報が次々と俺に入ってきて、聖剣を手に入れたのは。
ガウリスが仲間になったら神だの精霊だのにも頻繁に会うようになっただろ。お前には神の血が混じってる、ガウリスは神に近い存在になっている。そういうお前らがいるから聖なる物だの存在だのが近寄ってくるんじゃねえの?」
…そう言われればガウリスが仲間になってからすごい勢いで精霊とか神様に会い続けているじゃないの。エローラたちでしょ、サンシラ国の神々、幸運のミツバチの皆に、花の妖精のヤーセの仲間…。
思えばラグナスと知り合ってからは仲良くなれる魔族とも行き合うようになったわね。サードの言葉に合わせたら、魔族の血が流れている私がいるからってことになるのかしら。
「もしかして魔法の眼鏡屋さんがほとんどの人に知られてないのって、私とかガウリスみたいにそういうのがないっていうか…なんて言えばいいのかしら、えっと…」
頭の中ではピンときてるんだけど中々言葉にまとめあげられなくてまごまごしていると、
「エリーとガウリスは自然と精霊以上の存在に引き寄せられる。類は友を呼ぶってこった。逆に大体の人間はその類とは関わりが持てないから友として呼ばれることもない。そうなればその店の存在すら知ることもない。そういうことだろ」
サードはさっくり私が言いたかったことをまとめあげた。
でもそうなるとグラッスィーは?普通に人間のお爺さんみたいだったけれど、精霊のマーシーと何度も行き会っているじゃない。もしかして自分に自覚がないだけで実は精霊だったとか?
その考えをサードに言ってみると馬鹿か?って呆れた感じの声で、
「あいつはいい仕事するからマーシーが目をかけて、そっから縁ができたんだろ。格上の奴が仕事できる下っ端に目かけて引き立てるようなもんだ」
「縁…。それってあれね、前にサードが言っていた『袖すり合うも多生の縁』ってものね」
「そういうこったな」
サードは泡をシャワーで泡を流す。
「…縁って言葉、なんかいいわね」
「そうか?」
「だって袖をするくらいで人と人が繋がっていくってすごいことだと思わない?今回のこともそうよ、グラッスィーとガウリスがお昼に相席になっていなかったらラーダリア湖付近にいるマーシーって精霊のことも分からずじまいだったかもしれないのよ」
「…まあなあ」
私はこれってすごいことだって気づいて少しテンションが上がったけれど、サードはあんまり気が無さそうな返事をする。
サードは泡を流し終えて、髪の毛の水気を絞っている。
脱衣所の鏡越しにサードをチラと見た。
十四歳の頃、私たちディーナ家がブロウ国に捕まっていたのを助けに来たサード。
救い出された後はサードと一緒に居ることが苦痛で仕方なかったわ。でもきっとあのままだったら私はエルボ国に捕らえられて王子のディアンと無理やり結婚させられていたかもしれない。
ディアンは娼館によく行くような人で性病にもかかっていたんだもの。あの時サードに連れ出されていなかったら私も必然的にその性病にかかって十年足らずで死んでいく運命だったんだわ。
だとしたらあの時サードと縁が出来たからこそ、私には今があるのよね。
「…牢屋に捕まっている時にサードと縁ができてよかった」
しみじみ呟くとサードはタオルで私の髪の毛の水分をふき取りながら噛みつくように言う。
「今頃気づいたのか?四年前の時からもっと感謝しろってんだ」
「うん、ありがと」
「…」
サードは少し黙り込んだけれど、
「素直に言われると気持ち悪いな」
って悪態をつく。
でも鏡で見えてるわよ、感謝されて満更でもなさそうじゃない。
Nice Boad




