はわわあ…
「はわわあ…!勇者御一行様じゃないですかぁ…!はわわぁ…」
ラーダリア湖まで来て、とアレンが船を借りるのにどれくらい必要かというのを聞くと、湖の傍でウロウロしていた女の人が「はわわぁ…」と連呼しながらわたわたと応対してくれた。
「その前に少々お尋ねしたいのですが」
サードが声をかけると女の人は「はわわぁ…」と顔を向ける。
「このラーダリア湖近辺で魔法の眼鏡屋というお店はありませんか?」
「はわ?」
女の人は言葉を止めてから少し悩み、
「ちょ、すいません、ボスに聞いています…はわわぁ…」
ダバダバと近くの建物…船貸出所と書かれた小さいお店に走って行った。
「…はわわぁ…」
妙に頭に残ったらしくて、アレンが女の人の口癖を真似て呟く。
「やめてアレン」
そんな私の頭にも「はわわぁ…」が妙に残ってしまって「はわわぁ…」が妙にグルグル渦巻いて離れなくなってきた。
少しすると女の人が「はわわぁ…」ってダバダバと走って戻ってきて、
「ボスにも聞いてみたんですけど、ここら辺に眼鏡屋さんはないって言われました…はわわぁ…」
恐縮しながら「はわわぁ…」を繰り返す。
サードはそうか、って感じでアレンに船のレンタル交渉を任せたとばかりに一歩下がる。アレンは女の人に、
「とりあえず五人乗れる船をレンタルしたいんだけど。俺ら男はまとめて一部屋でいいけどエリー用の個室はあれば嬉しいな」
「はわわぁ…。けどそういう特殊な船はないんですよぉ、あるのは全部まとめての一部屋か、全部個室で操縦室に皆が集まれるような一室があるものでぇ…はわわぁ…」
「そうなんだぁ…はわわぁ…」
…アレン、真似してるの?やめなさいよ失礼でしょ。
そう思っているとアレンは続ける。
「はわわぁ…ちなみにさぁ、その全員の個室ってどんなものなのぉ?値段はぁ?」
あ、これは真似じゃないわ。適応力に優れすぎてるアレンに女の人の口癖が移ってしまっているんだわ。
女の人は自分の口調そっくりにアレンが喋っているのに気づいていないのか、腰にさしてあるパンフレット類をわたわたと取り出して、
「今言ったのはこの船でぇ…はわわぁ…お値段は乗ってる時間で変わっていくんですよぉ」
「はわわぁ…時間?」
「はわわぁ…昔は一時間乗るなら一時間分を最初に一括で払っていただいてぇ、時間オーバーしたらその分のお金貰ってたんですけどぉ、湖が広すぎて時間内にたどり着けない人とかその分のお金払うのごねる人も多くてぇ…はわわぁ…。
今は船に救難信号の魔法陣と一緒にどれくらい湖の上にいたか分かる魔法陣も一緒につけてるんですよぉ、はわわぁ…」
それを聞いたガウリスが質問する。
「降りた時に乗船していた分のお金を支払う形なのですね?」
女の人は軽く頷いて、
「はわわぁ…でも最初に基本料金は払ってもらう仕組みなんですよぉ。後は降りたところでどれくらい湖の上にいたかっていうのを魔法陣を使って調べるのでぇ、はわわぁ…それでさっき言った船のお金の基本料金はこれくらいでぇ…、あ、操縦士つけますかぁ?」
「はわわぁ…俺船操縦できるからぁ、それは大丈夫なんだけどぉ、他にどんな船あるのぉ?」
「それは…はわわぁ…」
「はわわぁ…」
アレンの動作が女の人につられてわたわたした動きになり始めていて、ガウリスが段々と笑いを噛みしめる顔つきになっている。
サムラはずっと「はわわぁ…」というのを聞いたせいかどこか混乱の顔つきで、
「はわわ…」
と言い始めてしまっている。
そんな私もさっきから頭の中をぐるぐると「はわわぁ…」が駆け巡っていて思わず呟きそうになってしまいそうになるけれど、必死に耐えて口を開かないようにしている。
何これ、何かしらの精神魔法なの…?はわ…。ううん、言ったら負けよ、心の中でも言ったら負けよ。
アレンは女の人との話し合いの結果、全員個室付、トイレとシャワーもついていてキッチンも完備されていて皆でくつろげるスペースもあるっていうかなりいい船を選んだ。
それでもアレンは一応サードに、
「これでいいだろ?はわわぁ…」
って伺いを立てるとサードは微笑みながら、
「構いませんよ」
って返す。
サードとガウリスの脳内に「はわわぁ…」は駆け巡っていないのかしら。はわ…わ…。
アレンは「はわわぁ…」って言いながらわたわたと財布をだしてお金を払おうとすると、女の人は「はわわぁ…あのぉ…」って頼み込むように手を合わせる。
「ボスの指示なんですけどぉ、船の中の壁に皆さんのサインを書いていただいて、勇者御一行の乗った船だと分かるようにしていただければもう少しお値段お安くできますぅ、はわわぁ…」
「はわわぁ…マジで?」
アレンがそう言うと女の人は、
「はわわぁ…そうしてもらった方がうちのお店の目玉になるのでぇ…こちらとしても嬉しいと申しますかぁ、はわわぁ…」
「じゃあそうするぅ、はわわぁ…」
「それじゃあお値段こんな感じですぅ、はわわぁ…」
「はわわぁ…こんなに安くていいのぉ?」
「サインさえ船にしていただければ大丈夫ですぅ、はわわぁ…」
「はわわぁ…ありがとう、はいお金ぇ、はわわぁ…」
ガウリスがもう耐えられないとばかりに後ろを向いて笑っている。
「飲食料品は自己負担ですぅ、はわわぁ…湖の上でも商売している人たちもいるのでぇ、その人たちから買うなり乗る前に買うなりお願いしますぅ、はわわぁ…船はこちらで…」
はわわぁ…と言われながら私たちの乗る船に案内された。
サンシラ国に行くための装甲船のあの船と比べたら格段に小さい…当たり前か、あれは数人規模の船じゃないものね。
それでも私たちの乗る船は他の船と比べると一回り大きいし、船体も真っ白でとても綺麗で清潔感が漂っているわ。
これからしばらくこの船に乗って湖の上を移動しながら生活すと思うとすっごくワクワクするわ、はわわぁ…。あ、しまった。
頭をブンブンと振って「はわわぁ…」を振り払っていると、アレンが船を動かす基本的なことを説明されて、船の鍵を渡された。
「この鍵は自分たちの降りたい船着き場で渡しておいてください、はわわぁ…。あとは自由にいつ出発しても大丈夫ですのでぇ、はわわぁ…」
「うんありがとう、はわわぁ…」
女の人はこれで船の中にサインお願いしますってペンを渡すと、ペコペコと頭を下げてそのまま去っていった。
「安くレンタルできて良かったなぁ、はわわぁ…」
「いい加減ウゼェ」
アレンの尻をサードが蹴とばして、アレンは「はわっ」と前につんのめって倒れた。
「だってなんかぁ、あの口調移らねえ?はわわぁ…」
「はわはわうるっせえ、いい加減にしろよてめえ」
サードはそう言いながら四つん這いになって起き上がろうとしているアレンのお尻をガッスガスと蹴っ飛ばしている。
「はわっはわわっ」
アレンはお尻を押さえながら立ち上がって「いってぇー!」と飛び跳ねている。
「はわわっ!サードやめなさい…よ…」
慌てて口を押える。
サードは私に向かって振り向くと、鼻の前でデコピンの要領で指を丸めて、ビッスと私の鼻の頭を弾いた。
「イッダァー!」
何をするのとばかりに鼻を押さえてサードの背中をビシビシ叩く。
「サードさんいけません、女性の顔に何てことを…!」
「何かイラッとした」
ガウリスの諫める言葉にサードは吐き捨てるように言うと私たちに向き直る。
「湖の上で物買うよりだったら陸で物買った方が安いはずだ。各自欲しいもんがあるなら今のうちに買って来い。夕方六時出発、以上」
サードはそう言うとさっさと立ち去って行った。
サムラはそんな去っていくサードの後ろ姿を見送って、
「はわわぁ…サードさんって結構…使い分けてますか?口調とか…」
…サムラにも「はわわぁ…」が移ってしまっているわね。
サードに蹴られたお尻をさすりながらアレンは、
「けどまぁ、あの性格見せるってことは信用されたってことだからさ、サムラは信用されたんだよ」
サムラはサードに信用されたって言葉が嬉しかったのか、少し照れくさそうに微笑んでいる。…やっぱ笑うと可愛いわサムラ。
それとサードに蹴られたからか、アレンから「はわわぁ…」が消えたわね。
アレンはまだお尻をさすって、
「とりあえず欲しいもん買いに行こうぜ。飲み水と食料は必要だし、あとは何が必要かな…。釣りの道具でも借りようかな俺」
「え?アレンは船の操縦するんじゃ…」
「夜とか寝る前に夜釣りしようかなぁって。魚釣れたら飯にもなるし。それにただ横断するだけじゃなくて魔法の眼鏡屋探しながらだから四日以上かかるぜ。だから何か暇潰しになるものも買っていいと思う」
そっか…夜通し船の操縦をするわけないものね、そうよね。
それなら私も何かしら暇つぶしの…本の一冊や二冊ぐらい買っちゃおうかな、子供のころはよく恋愛小説を読んでいたけれど、冒険者になってから本なんてろくに読まなくなっちゃったし…。
「サムラも何か買いに行く?」
「いいえ、僕の欲しいものはこの辺にありますので、採ったあとは船の中で待っています」
分かった、って頷いた。
サムラと行動して驚いたのが食事のことだったわ。
サムラと行動し始めた最初のころ。疲れたってサムラがへたり込んで、ちょうどお昼ご飯の時間帯だったから休むことにしたら、サムラはその辺の低木の葉っぱをむしってむしむしと食べ始めて。
「っわああ!そんなの食べちゃダメだって、サムラのぶんのパンも肉もあるからぁあ!」
ってアレンは慌てたけれど、サムラはアレンの剣幕に驚いた顔で、
「あ…いえあの…僕たちの主食が木の葉っぱなんです…パンもお肉も食べませんから…」
って言っていた。
だからサムラはお腹が空くと通りすがりにその辺の木の葉っぱをむしってむしむしと食べているのよね。かなり頻繁に。
アレンはその様子を見て、
「木の葉っぱって美味しいの?」
ときいたらサムラが「食べますか?」って木の葉っぱを渡して…。アレンはむし…って一口たべて、悲しげな顔でウヘエ、って口から葉っぱを出していたっけ。
アレンはチャレンジャーよね。当たり前のことでもとりあえずトライしてみるんだもの。
きっとサムラは船が出発するまで船の中で食べる分の木の葉っぱをむしってくるつもりなんだわ。
「では私も少し行ってきます」
ガウリスはそう言って歩いて行って、
「じゃ、俺もいってくる。また後でな、エリー、サムラ」
ってアレンも歩いて行った。
ついこの前までアレンは私一人で歩かせるだなんてって言っていたけれど、私一人でも危険もなく十分に行動できたのが分かったらそこまで口うるさく言うこともなくなった。
そうなのよね。アレンって成人する前までは私をベタベタに可愛がっていたけれど、十五歳になて成人したらピタっとベタベタに可愛がるのはやめて大人の扱いになったのよね。
だからこうやって口うるさく言われなくなったのも一つ成長したって認められたみたいで嬉しい。
「それじゃあ私もちょっと行ってくるわね」
私はサムラに声をかけて、とりあえず本屋を探しに出発した。
人の口癖って一回気になったらどこまでもそこだけ入ってくる時ありますよね。はわわあ…




