生きろ
サムラの探している魔法の眼鏡屋さんがあるのは例の湖…真っすぐ横断するだけでも四日かかると言われた広大な湖、ラーダリア湖の近辺にあるみたい。
ちょっと時間をさかのぼって、ハミルトンがグラッスィーの工房で暴れたあの時に話は戻る。
ハミルトンには工房の最終の磨き上げを一人でさせている間に私たちは別室で改めて魔法の眼鏡屋さんの話をグラッスィーから聞いた。
「魔法の眼鏡屋を営んでるのはマーシーって精霊だ。数年に一回程度眼鏡のフレームを注文しにくるから俺は言われるままに作ってるが、どこに住んでるのかは分かんねえ。
ほれ精霊なんて人と住む世界が違うだろ、だからろくに突っ込んで聞かねえほうが身のためかと思ってよ。ただ話を聞いてる限りラーダリア湖付近に住んでるはずだ」
「どうしてラーダリア湖付近だって分かるの?」
私が聞くと、
「いや普通にラーダリア湖でこんなことがあった、あんなことがあったって話してるからその辺に住んでるんだろうなぁって」
アレンは地図を見ながら微妙な表情を浮かべてグラッスィーに聞く。
「せめてラーダリア湖のどの辺か分かんねぇ?湖周辺って言われてもかなり範囲が広いんだけど…」
船で縦に横断するだけで四日かかるんだもの。その周辺を歩き回って探すってなればその倍は時間がかかるものね。
「うーーん…」
グラッスィーは地図を見て長く唸りながら記憶を頼りにどこだろうと考えているみたいだけれど、
「うーーーーん…」
って唸って頭をボリボリとかくだけ。
「ちなみにどのようなお話をなさっていたのですか?」
サードが別の角度から情報を引き出そうと質問するとグラッスィーは覚えている限りをベラベラと話した。
「人が船で魚釣りしてて大物が釣れたってはしゃぎすぎて湖に魚と一緒に落ちたとか、湖の上で商売してる奴が昼も夜もひっきりなしに船で動き回ってるとか。
あと湖で泳ぐ人が増えてるけど湖は深くて溺れると大変だから控えてほしいとか、外来魚が増えて生態系が崩れかけてて困ってるとか、湖にゴミを捨てる人も増えててどうなってるんだって怒ってたりとか…」
確かに湖のすぐそばで暮らしている感じの話よね、ついでに湖の上にもよく船で行っているのかも。
グラッスィーの知っている話からは眼鏡屋がどこにあるのかってことは結局分からなかったけれど、魔法の眼鏡屋さんはラーダリア湖付近、男の精霊で名前はマーシーっていう大きい情報を手に入れた。
「正確な場所は分かんなかったけど、湖近辺で眼鏡屋やってる精霊って分っただけでも十分だよな」
アレンはそう言っていて、サードもまあな、って頷いていた。
だから今日からはラーダリア湖のある国へと向かうことにして、ハミルトンが捕まったこの国を後にするため、通行手形を見せて通り抜けた。
…何となくこの国を去る時に皆ハミルトンがふと浮かんだのかもしれない。でも私を襲おうとした奴だから皆私に気を使っているのか、誰も何も言わない。
「ハミルトン、一年程度の命だって言ってたけど…捕まったからどうなるのかしら」
国を立ち去ってから少しして、あえて話題に上げてみた。
「死ぬだろうよ」
サードがいつも通りの口調でさっくり言う。っていうか、サムラ聞いているけど!?サード、サムラ聞いているけれど!?
サムラはすぐ近くで聞こえたガラの悪い言葉に、
「ど、どなたですか?」
って困惑している…。でもサードはもう隠すことなく、
「サードだ。てめえの故郷まで行くのに数ヶ月あるんだ、かったるいからもうこっちの俺でいくぞ、別にいいだろ?」
アレンはその言葉を聞いてムッフ、と吹きだして笑いだす。
「俺も昔同じこと言われたな」
サムラは混乱の表情でサードを見てキョトキョトしていたけれど、ハッと何かの考えに行きついたみたいで、ジーンとした表情になる。
「サードさんはあまり目が良くない僕を怖がらせないために、今まで気を使って丁寧な口調で安心させてくれていたんですね」
なんて優しい方…ってサムラは尊敬の目でサードを見ているけれど…絶対違う。
サードはサムラの前で猫をかぶって表向きの口調でいるのが面倒になっただけよ。
「そういやあウチサザイ国のことなんだが」
サードが声をかけているのに気づいたサムラが顔を改める。
「ウチサザイ国に黒魔術を使う奴らが集まる村があるってぇ噂を聞いたんだが。何か知ってるか?」
「くろまじゅつ…」
サムラは少し黙り込んで、
「って、何ですか…?」
サードは多少顔をひきつらせたけれど、自分だってロッテに聞くまでろくに分かっていなかったんだとばかりの顔で、
「魔族に忠誠を誓う人間が使えるようになる魔術だ。魔族を崇拝するって意味だから大体の国では禁止されてる」
って説明した。
「禁止にされているのにそのくろまじゅつを使う人たちがいる村があるんですか?」
サムラはそう言っている最中に考えが回ったのか、ハッとする。
「それじゃああのハミルトンが会った魔族こそがその村の頂点に立っているんじゃないですか!?」
「それを疑ってるから聞いたんだが…黒魔術すら知らねえなら聞いても無駄だな」
サードはサムラから視線を逸らした。
「サードさん…」
ガウリスがそんな言い方ないでしょって感じで名前を呼んでいさめている。
それでもサムラはその通りだから特に気にならないみたいで、
「僕たちは視力がこうなので山脈から外にはほとんど出ないんです。ウチサザイ国も隣接している国程度にしか知りませんし、そもそもタテハ山脈は国ではないので…なんでしたっけ、国に入るのに必要な…」
「通行手形?」
アレンが横から言うとサムラはそれです、って頷く。
「それが最初から無いので僕たちはよっぽどのことがなければ他の国に入りません」
そっか、国って定義がなければ国に入るための通行手形も発行されていないから他の国に入れないのね。
人が住んでいる所に村とか町ってものができて、それがもう少し大きくなったら区とか市になって、それがもっと大きくなったら自然と国になるって思っていたけれど、そういう国がないままに過ごしてきたのねサムラたちは。
世の中色んな過ごし方をしている人たちがいるものだわ。
アレンも、へぇ~と頷いたけれど、ふと疑問の浮かぶ顔になってサムラに聞いた。
「けど通行手形無しでどうやって他の国通ってここまで来たの」
サムラは言いにくそうにしながら、
「…今のところウチサザイ国の一員という扱いですので…ウチサザイ国の隣の国に入ろうとする時に通行手形を作れって兵士に言われて…仕方なく…その場で…ウチサザイ国の国民として通行手形を、作って…」
「…そんな簡単に手形作ったらてめえらは完全にウチサザイ国の国民だって言ってるようなもんだろうがよ…」
サードは呆れたような顔をして言うけれど、ガウリスが横から、
「それでも通行手形がないと他の国に行けませんから、不可抗力ではあります…」
アレンはそういえばって感じでサムラに聞いた。
「タテハ山脈ってかなり標高高いし険しそうだけど、サムラの視力で動き回れるもんなの?」
「皆さん杖を持って周囲を確認しながら歩いて崖から落ちないようにしていましたよ。それに住んでいる所によって道は大人に繰り返し連れていかれて教えられていますから、歩けるところは体が覚えています」
「なるほどなぁ」
納得したように頷きながらアレンは、
「体が覚えてるって言葉なんかエロいなぁ」
「はい?」
サムラが聞き返す。
「ほら体が覚えてるって言葉がさぁ…」
少年みたいな真面目なサムラ相手に何を言おうとしているのアレン。
後ろからアレンの背中をドスッと杖で突いて黙らせた。
* * *
それから二週間。私たちはラードリア湖のそばまでやってきた。
本当はハミルトンが捕まったあの国から一週間ぐらいで到着できる予定だったんだけど、サムラの体力に合わせながら無理をせず進んできたからこれくらいになった。
「申し訳ありません、僕が年で体力がないばっかりに…」
今もサムラはハァハァ息を荒げながら申し訳なさそうに地面に座り込んでいる。
見た目は成人前の少年なんだけれど、体力面は本当に老人なのかもしれない。それとも病弱なせい?
「気にするなって、無茶して倒れられる方が大変だからさ。別に期限付きで早くいかないといけないってこともないし、ゆっくりいこうぜ」
アレンはそう言って、サムラも頷きながら水を飲んでいる。
むしろ今までもガウリスはサムラが辛そうな表情で歩くのを見て、
「良ければ負ぶりますよ」
って声をかけていたんだけれど、
「いえ、僕もこうやって遠くに来たんです、頑張ります…」
って頑張って歩いてきたのよね。それでも長い急斜面とか足場が悪すぎる時にはさすがに負ぶってもらっていたけれど。
それとこんな時には必ず何だかんだと文句を言うサードだけど…。
「エリーが十四の頃より歩けるじゃねえか。あの頃は三日でたどり着く町に十日かかってたからな、あれは酷かった」
って、昔の私と比較すればサムラの方がまだ歩けるってことでそこまで文句を言わない。
…うん…いいのよ、頑張って歩いているサムラが文句を言われないなら、昔の私と比較されて悪く言われたって、別に…。
ゼエゼエしていたサムラがむせ始めたから視線を向ける。
むせたからかわずかに顔に赤みがさしているけれど、それでもまだサムラの顔色は青白い。このまま歩かせていたら倒れてしまうんじゃ…って心配が出てくる。
「死にそうだな」
サードがぼそりとそんなことを言うから私は即座にビシと叩く。サードはイラッとした表情で私を肘でドッと小突く。
私もムッとなって杖でビシビシサードを叩くと、サードは杖を持っている私の手首を掴んでギリギリとねじり上げる。
「こらー、喧嘩するなー。最近喧嘩しなくなったと思ったらこれだよ、まったく」
アレンが間に入った。
「…あの」
サムラが声をかけてきたから皆が口をつぐんでサムラに視線を向けた。
「僕は体が弱いなりにしぶとく生きてきましたが…それでもそろそろ危ない年齢なのは変わりありません」
サムラは真面目な顔で自分の荷物入れから何かを取り出して私たちに渡してきた。
「もし僕の寿命が果てた時は、僕の代わりに魔法の眼鏡屋さんで眼鏡を買って、これを持ってタテハ山脈へと行ってくれませんか。
これはタテハ山脈から出る時に近所の方からお守りとしていただいたものなので、これを持って行けば僕に頼まれたと分かるはずです。ですから僕が居なくてもお礼の品が貰え…」
チッとサードが周囲によく響く舌打ちをする。
その舌打ちにサムラは言葉を止めた。
「最初っから死ぬ気かよ」
サムラは少し言い淀んで、
「いえ…明日の朝にも寿命で死んでいるかもしれないんです、だから生きてるうちに託そうと…」
「鬱陶しいんだよ、そういうジメッとした話が!」
サードの軽い怒鳴り声にサムラはまた言葉を止めて黙り込む。
「そりゃてめえは俺ら人間より寿命は短いだろうよ、死ぬ年齢に近づいてるかもしれねえだろうよ、だが寿命なんてキッパリ決まってるわけでもねえんだ。んな死ぬかもしれねえって考えるよりだったら自分で眼鏡買って故郷に戻ってやるぐらいの意気込み持ちやがれ、死ぬために生きてんのかよてめえは」
「…そんな、ことは…」
「だったらそんな辛気臭ぇこと言ってんじゃねえ、ウゼエ」
「…」
サムラは黙り込んでサードの方を見ている。
けどそんな言い方あんまりよ。
「サードって本当に口が悪くて…気にしなくていいわよ」
サムラの傍によって慰めると、サムラは首を軽く横に振った。
「いえ…ちょっと驚きましたけど…」
サムラはうつむいていた顔を上げた。
「そうですね、まだ生きてるのに死ぬときのことばかり考えているのも…湿っぽいですよね。…ありがとうございます、眼鏡を買って、生きて故郷に戻れるよう頑張ります」
「それだけか?」
サードの言葉にサムラは「え」と返す。
「眼鏡を買って村に戻ったら自分たちの国を作ってウチサザイ国と決別するんだろ?お前は眼鏡を買ったら後は知らないふりでもするつもりか?」
「…で、でも僕…そんなことにまで…」
サムラは何か否定するようなことを言おうとしていたけれど戸惑うように口をつぐんで、
「…ですよね、眼鏡を買って帰って、後は皆さんでお願いしますだなんて言えませんよね。帰った後もやらないといけないことがたくさんあるんですよね」
サムラはそう言うと今までもよりもこの事をやり遂げないといけないっていう顔になる。
「それなのに僕は明日には死ぬかもってずっと後ろ向きなことばかり考えてて…サードさんの言う通り、そんなこと考えている場合じゃないですよね」
「…流石です…」
ガウリスはそんなことを呟いてサードに尊敬の目を向けている。
…サードはただ悪態をついていただけじゃない、それの何が流石なのよガウリス。
私は顔を動かしてゆるい斜面がまだ続く道の先を眺める。
きっとこの斜面を登りきったらその向こうに広大な湖、ラーダリア湖が見えてくるはず。
タイトルを見てすぐ「そなたは美しい」と出てきた人はジブリファン。




