どうか愛と祝福を(ガウリス目線)
酷く悲しい気持ちになったら思わず涙がじんわりと込み上げ、涙が零れないよう目をしばらくつぶりました。
しばらくして目を開けると、ハミルトンさんはそんな私を真っすぐに見ています。
「え、何、もしかして泣いてんの?」
茶化すようにハミルトンさんが言ってきて、私は素直に頷きました。
「あなたがあまりに可哀想で悲しくなったのです。悪いことを悪いと理解できないまま育ったのが、それは良くないと周りから正されることなく今まで生きてきたあなたの生い立ちのことを考えたら酷く悲しくなったのです」
ハミルトンさんには正す大人が居なかった、正す友が居なかった、正す恋人が居なかった。
そしてその正す言葉を聞き入れるぐらいの深い関係を誰とも築いてこなかった。そして築けなかった。
私の言葉にハミルトンさんは薄ら笑いを引っ込めて少し真面目な顔になり、
「…昨日エリーちゃん言ってたけど、あんた本当に俺がこうねじれてんの環境のせいだけって思ってる?そんで何かきっかけがあれば俺が勇者様みたいな、あんたみたいな真人間になれるって思ってる?」
「思っています」
即答にハミルトンさんはヘハハ、と妙な笑い方をするとまた軽薄な笑みを浮かべ、
「じゃあこうなってる俺見てガッカリしただろ。言っとくがなぁ、俺みたいな人間はどう頑張ってもこんなもんなんだって、気にかけるだけ無駄だぜ、無駄無駄。諦めろって」
…先ほどまで助けてくれと言っていたのに、まるで自分を見捨てろと私に忠告しているような言葉です。
それでも何となくですが、それは本心ではないでしょう。
助けてと言いながらもハミルトンさんは少なからず分かっています。今までご自身が行ってきた悪事の数々を思い浮かべると誰も助けてくれるわけがないと。そして諦め、自分で自分にも呆れています。
だからこのように軽薄な笑いを浮かべ、斜に構えて本心とは違うことを言っている…。
誰だって見捨てられたくはないはず、どうして本心を見せて下さらないのです、どうしてそうやって斜に構えた態度で全てを隠し、相手を怒らせるようなことを言うだけで心からの本当の声を聞かせてくれないのです。
…いいえ、もう面会時間もほとんどないでしょうから本題に入ろうと懐から紙を取り出して広げ、ハミルトンさんに見せるように置きました。
これはフドーミョーオウの絵。オーガの姿しか想像できないとのエリーさんの言葉にサードさんは鉛筆で簡単に絵を描いてくれました。
髪の毛を逆立て、怒りのためか目を見開き、片手に剣を、片手に縄を、口は引き結んでいて牙を出し、その背後には頭の上まで燃え上がる炎…。
フドーミョーオウなど一度も見たことはありません、それでもサードさんは絵も上手なんだと感心しました。
エリーさんもアレンさんも、
「これはどう見ても顔が怖すぎて神とは思えない、モンスターだ」
とおっしゃっていましたが、私はその絵に深く感じ入りました。
優しい言葉が通じない者と対峙し引き戻すにはこれくらいの怒った様相で脅しながらでも正しい道に引きずり戻さねばいけないのだと。フドーミョーオウはそうやって怒り脅しながらでも、最高位の神が救えない人を救おうとする優しい神であるはずだと。
有難いものだと絵をそっと荷物入れに入れたのですがサードさんはそれを目ざとく見つけ「捨てろ」と奪い返そうとしてきましたが、私は必死に守り通し、最後は捨てるふりをして懐にしまっておきました。
「…何この絵、モンスター?」
紙を覗き込んだハミルトンさんがそう言いますが、私は首を横に振りました。
「いいえ、フドーミョーオウという遠い地の神です」
「神?どう見てもそれモンスターだろ」
「いいえ、最高位の優しい神の言葉が通じない者に対して怒り、脅し、引きずってでも正しい道に戻そうとする優しい神です」
「…で?」
「サードさんにはあなたと私は考えが違い過ぎて平行線だと言われました。私は心から接すれば心で返していただけると思っていましたが、サードさんのおっしゃるとおり、通じない方には中々通じません」
私はダイニチニョライのようだとサードさんがおっしゃいました。
どんな者相手であれ光で導くような存在だと。
本心なのか皮肉なのかは計りかねましたが、どこがですか?
私は無力だと長々と思い悩んでいました。エルボ国のマーリンさんにもサードさんの言う光は通じずディアンさんにも通じないまま城下町に行ってしまいました。きっと二人はまだ暗闇の中。
そしてハミルトンさんにも光は通じない。救えない。
しかしフドーミョーオウの話をサードさんから聞いて、ハッとしました。
フドーミョーオウは暗闇の中、光の通じない者を縄で縛りつけ悪い心を剣で切り裂き、欲望を炎で燃やし、厳しく叱り脅してでも正しい道に引きずり戻す。
優しく接するだけが方法ではない。それだって一つのやり方であり、愛ではありませんか。
それにファディアントさんが城下に行く際、サブリナさんに私は言っていました。
『あえて厳しくする愛もあります』
と。何を今まで私は無力だと長々と悩んでいたのか、もうとっくに答えは自分で出していたのに。
私は真っすぐにハミルトンさんの目を見ます。
「あなたがエリーさんにしたことは許せるものではありません。今の私の正直な心の内を明かします。私はあなたが心からエリーさんに謝ったとしてもあなたを許せる自信がない。
そしてどう言葉で繕おうが、あなたのしてきたことは悪事であることに変わりありません」
「…」
ハミルトンさんはどこか憮然とした表情をして私を睨んでいます。
私はそんなハミルトンさんに告げました。
「私はあなたをここから助け出す気はありません。そんな権限もありませんから。あなたはこの国の法律に則り裁かれるべきです」
その言葉にハミルトンさんは「え」と私を見据えました。
今まさに見捨てられたとばかりのショックの表情がにじみ出ましたがすぐに軽薄な表情の影に隠し口端を震わせ、
「助けてくれるって言ったじゃんかよ、助けてくれるんだろ…?」
とすがるようにガラスに手をつけてきます。
しかし私は首を横に大きく振りました。
「いいえ、様々なことで人を困らせ苦しめたあなたは罪を償うべきです」
ハミルトンさんの顔が絶望に染まったかと思うとすぐに怒りに染まりました。ガタッと立ち上がってガラス越しに私に指を突き付けます。
「嘘つきが!助けるっつってたくせに!分かってんだろ、俺の命はあと一年と四十一日なんだ、こんな所でうだうだしてたら俺は何にもしないで死ぬ羽目になるんだぞ!」
「そのような目に遭った原因はなんですか?あなたがご自身の欲に忠実に動いた正当な結果ではありませんか?」
「うっせー!偽善者!死ね!くたばれ!」
お互いを隔てるガラスを拳で何度も叩きつけるハミルトンさんを黙って見上げていると、ハミルトンさんは怒りに肩を震わせて私を見下ろしてきます。
そして何も言わない私に段々と不安な表情を見せ、
「…アレンが言ってた。あんたって奴は本当に優しい奴なんだってさ、なあ助けてくれよ。お願いだよ」
と心の底から助けを求めるように私と視線を合わせ身を乗り出してきます。
「何か言うことはありませんか?」
私の言葉にハミルトンさんはハッと考えが回ったのか、ガバッと頭を下げました。
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!俺が悪かったです!」
…どうやら最初のエリーさんに対して謝ることはありませんか、の話題まで時が戻ったようですね。
違います、と私は首を横に振り、
「人に何かお願いをするときにいう言葉はありませんか?」
ハミルトンさんは悩むように目をキョトキョトと動かして、
「頼むよ…」
「もっと丁寧な言葉遣いでどうぞ。綺麗で丁寧な言葉は心を豊かにしますよ」
「…頼みます」
「このような場合『お願いいたします』がちょうどいい言葉だと私は思いますよ」
ハミルトンさんはいきなりなんだとばかりの顔で、困惑しながら私を睨みつけています。
すると後ろから公安局の男性が、
「面会時間、もう一分です」
と時間を告げました。ハミルトンさんは慌て、
「お願いいたします、助けてくれ…おくれ…ちょうだい…ください」
必死に言葉づかいを丁寧にしようと次々と言葉を変えてガラス越しに頭を下げてジッとしています。
どうしてここまで追い詰められた状況にならないと必死になれないのでしょう。
それでもこれも本心ではありません。私が促したからそのまま私が望む言葉をただ言っているだけでしょう。
…それでも、たとえ上辺の言葉だとしても助けを求められたからには見捨てられない。
「分かりました」
私の言葉にハミルトンの後ろにいる兵士、私の後ろにいる公安局の男性の雰囲気がザワッと変わります。
「ここに留め置かれている者を逃がすのは犯罪です」
警戒するように公安局の男性が後ろからいさめてくるので、
「承知しております」
と言いながらハミルトンさんから視線をそらさず続けました。
「私たちは明日この国から出ます。しかしあなたはこの国で下された判決に則り罪を反省し、償ってください。しかし一年と四十一日では死なないよう私が…勇者御一行として尽力します」
ハミルトンさんは色んな考えがごちゃごちゃになったような顔を上げて私を見てきます。
「助けて…くれるんじゃねえの…?」
「何度でも言います。あなたはここで今までのことを反省し、罪を償ってください、しかし一年と四十一日で死なないようあなたを全力で助けます」
ハミルトンが椅子の上に力なく座りこむと同時に後ろから「時間です」と終了時間が告げられたので、椅子から立ち上がって入口に向かい…。
「見捨てないでぇ…」
後ろを見るとハミルトンさんは両手で顔を覆って泣いています。まるで親に捨てられた小さい子供のようではありませんか。
どうしてこんな去り際に心からの声を告げたのでしょう。もっと最初からこのように本心を打ち明けてくれていたのならもっと別のことも話せましたのに。
「…見捨てません。他の皆さんがあなたを見捨てても私はあなたをきっと救ってみせます。ただ…」
グスグスと泣きながらハミルトンさんが顔を上げる。
「ただ、あなたには苦しんだ人のことを考えて反省してほしい。例えば…エリーさんにしようとしたことを自分がされたらどう思いますか?…また会う時まで考え、答えをお聞かせください」
公安局の男性が扉の所で待っているからそのまま外に出ました。
…それにしてもフドーミョーオウのように厳しく接しハミルトンさんを正しい道に…と考えていたのに、結局元々の自分のやり方になってしまいました。果たして私の言葉はハミルトンさんに通じたでしょうか。
…通じていないかもしれませんね、見捨てられたと逆恨みするだけかもしれません。どうして私はこう上手に人を導くことができないのか…。
自分に苛立ち額を何度か拳で軽く叩いていると、
「何で勇者御一行であるあなたがあんな悪人にそこまで気をかけるのですか」
私を引き連れ元の道を戻る公安局の男性が聞いてきました。
その言葉サードさんが浮かびます。
いつも不機嫌そうで、毒舌家で、偉そうで、人を人とも思わない発言もすれば行動もとるサードさん。
しかし本人は否定し気持ち悪いと怒るでしょうが、サードさんはとても愛情深い方です。
文句を言いながらも私たちから一歩離れた所から見守り、何があろうが助けようとしています。
必要があれば叱咤し人を教え諭し心動かします。
それもファミリーのボスのラニアさんのように一時道を外れた人とも同じ目線に立ち、そのうえで正しい道へと顔を向けさせるのも容易くやってのけます。
サードさんは普段は面倒くさがって必要以上やらないだけで、フドーミョーオウのように道から外れかけた方を引きずり戻すことができる方です。
私にはそれができない。
エリーさんは私がサードさんに似ているとおっしゃいましたが、まだまだです。私はサードさんのようにあらゆる人に対し諭し道を示せる者にはなれていません。
私の目標はサードさんです。
サードさんのように最高位の神が取りこぼし道を外れかけた人であれ正しい道へと戻れるよう…導く者になりたい。
歩きながら私の返答を待っている公安局の男性に私は微笑みます。
「どうして見捨てないのか、ですか?サードさんが一度関わった人は決して見捨てない優しい方だからです」
私はフドーミョーオウの絵を男性に渡しました。
「これをハミルトンさんにお渡し願えますか?心から反省し、罪を償い終えたらいずれまた会いましょうとお伝えください」
男性は軽く頷きながら絵を受け取りました。
私は天井を見上げる。
神よ、どうかあなたの名の元にハミルトンに愛と祝福を。




