未遂事件の翌日(後半ガウリス目線)
「エリーが…襲われそうになった…?ハミルトンに?」
アレンが聞くとサードは軽く頷いた。
夜中、サードは私の部屋から立ち去った後、ハミルトンが私の部屋の鍵を壊して中に侵入して暴行しそうになったことを伝えたらフロントの人に、
「え、お仲間じゃなかったんですか?宿泊費も御一行から払っていただいていましたし、ご本人も御一行の協力者で仲間だとおっしゃっていたので部屋の番号をお教えしたのですが…」
って驚いて聞き返されたそうだけれど、それに対してサードはキレたって。
ハミルトンは成り行きで少しの間行動を共にしているだけの赤の他人で仲間ではない、未遂だったけれど私の心は酷く傷ついた、ここのホテルは簡単に客の、しかも女性の部屋番号を男に教えてしまうほど管理が甘いのか、こんな最低なおもてなしをするホテルは初めてだ。
そんなことを表向きの笑顔で言い放ったみたいで、優雅で爽やかで腰が低くて品のあるって噂の勇者があからさまに悪態やら皮肉やらつくから、完全に勇者を怒らせたってホテル側は大いに慌てたみたい。
サードが去って少しするとホテルの支配人とフロントの受付をした人たちが揃って私の部屋にやってきて、
「軽率にお客様の部屋の番号を他人に教えるなどホテル側の対応として言語道断、誠に申し訳ございませんでした…!」
って頭が床にのめり込むぐらい深々と頭を下げて謝ってきて、私はそのまま王族になったのかと錯覚するぐらいの恭しさでホテルの人たちに引き連れられながら一番良い部屋に移動した。
どうやら支配人たちが私の部屋に謝りに来たときにはすでにハミルトンのことで公安局に連絡を入れていて、私が新しい部屋に移動して落ち着いた時にはもう公安局から派遣された兵士たちがホテル近くの路地裏で上着を着ている不審な人物…ハミルトンを捕まえたって。
ホテル側からの謝罪は続いて、朝もあり得ないほど豪華な食事を提供されて、私たちやハミルトンのも含め宿泊代も全額返金されたうえに謝罪として上乗せされたお金が渡された。
アレンが何で?と不思議そうな顔をしていたから私は昨日あったことを伝えて、私が話したからサードも私の部屋から去ってからのことと、ハミルトンが捕まったことを皆に教えていた。
サムラは話を聞いてショックを受けた顔をして、
「ああ…エリーさん…なんという…」
って言いながらアレンにしがみついてポンポンと叩いていて、アレンは、
「…サムラ。俺アレン、エリーこっち」
と引き離して私に引っ付かせてくる。サムラはそのまま私にしがみついて背中をポンポンと叩いてきたけど、二人のシュールなやりとりに笑いがこみあげてきた。
でも一番ショックを受けているのはガウリスみたい。沈鬱な顔で、
「私があんなことを言ったばかりに…サードさんはハミルトンさんが近くにいても良いことがないと言っていたのに、私が見捨てたくないと言ったから…」
って自分を責めているようなことを言うけれど、私は首を振った。
「ガウリスがそんな顔しなくてもいいのよ。だってまさか…こんなことになるなんて誰も分からなかったもの。分かっていたら追い出したし、それにすぐサードが助けに来てくれたから大丈夫だったのよ」
…とはいっても、耳元で息をかけられながらエリーちゃんって言われたあの時のことを思い出すとゾワッと嫌な感情が湧き上がってきて…すごく気持ち悪い。
ふと視線を感じて顔を上げると、ガウリスは今の私の表情を見て私より傷ついた顔をしている。
「違う、ガウリスが悪いんじゃない、悪いのはハミルトンよ」
「…そうかもしれません、しかし…どうして、助けを求めているはずなのにこんなそっぽ向かれることをしてしまったのか…!こんなエリーさんを傷つけるようなことをどうして…!」
「ガウリス、そんなに考え込むなよ。エリーの言う通りガウリスが悪いわけじゃない、全部あいつがまいた種でこうなっただけだよ。それに俺が変に口滑らせてハミルトンにつきまとわれてたんだし…。…そうだよエリー、俺からもごめん、本当…よくよく考えたら俺のせいじゃん…」
ガウリスを慰めていたアレンもそこで自分にも非があるって思ったのか、どこか落ち込んだ顔で私に謝ってきた。
「二人ともやめて、二人が悪いわけじゃないでしょ」
「そうです、それに一番辛い思いをしたのはエリーさんです」
サムラの言葉に二人もそれはそう、って顔をして…でもまだ落ち込んでいて、ガウリスはまだ気持ちに整理がついていないのか、怒っているような悲しいような、そんな顔で私の手を取って額に当てる。
「それでも謝らせてください、申し訳ありません…!」
まるでハミルトンの代わりに謝っているような感じ…。
ガウリスが謝る必要なんてちっともないのに。ガウリスがああ言ったからこんなことになっただなんて誰も思ってもいないのに。
サードはおかしそうにフン、って鼻で笑う。
「ガウリスはまるで私の国のダイニチニョライのようですね」
「ダイニチニョライ?」
サムラが聞き返すとサードは独り言みたいに続けた。
「神のような存在ですよ。私の暮らしていた国に入って来た異国の宗教の最高位の存在。全てを包み込み、人に優しく教え諭し、どんな相手であろうとも光を照らし導こうとします。まるでガウリスそのものではないですか」
皮肉なのか本心なのか分からないけれど、ガウリスは無言で聞いている。
「しかし少なからず相手が優しいとつけあがり言うことを聞かない輩がいるものです。そもそも言っていることが優しく潔癖すぎて嘘くさい、何か裏があると拒否感が出るのでしょう。こちらはまるでハミルトンのようでしょう?
このタイプは例え最高位を座す神の優しい言葉も無視するものです、そもそも信仰心のかけらもないでしょうから」
ハミルトンもそうかもしれないけど、サードもどっちかといえばそのタイプよね。宗教施設に長い間厄介になっていたはずなのに、私よりも信仰心を持ち合わせてないもの。
そう思っているとアレンは、
「一番偉い神の言葉無視するとかアウトじゃん」
って呟く。するとサードは軽く首を横に振った。
「言うことを聞かない輩に対応できる神もいるのですよ。その神は優しく諭されても言うことを聞かないのならば力づくで分からせてやるとばかりに片手に剣を、片手に縄を持ち怒りの形相で牙を見せ炎をまといながら悪人を元の道に戻します」
その情報だと炎を体から出しているオーガの姿しか浮かばないんだけど。神様なの?それ。
チラとガウリスを見る。ガウリスは少し黙っていたけれど、軽くため息をつきながら、
「厳しく接し、考えを改めていただくという方法ですか…。私は心から接すれば、相手も心から返してくれると思っていました。エルボ国のマーリンさんやディアンさん…お二人にも私の言葉は通じなかった、私は無力だと痛感しました」
「あの二人は優しくされたらつけあがるタイプでしたから。ガウリスとは最初から考えが合わなかったんです」
サードがあっさり言うと、ガウリスはそんなサードをジッと見る。
「サードさんはどちらかというと厳しく接する神に近いのでしょうね」
「あ"ぁ"?」
サードは思わず喧嘩腰の裏の声を出して、サムラをふっと見る。でもサムラは今の声は一体どこから聞こえてきたのか驚いて辺りをキョロキョロ見ていて、サードが出した声だって気づいていない。
「ちなみにその炎をまとった神は、ダイニチという神の言葉を聞かない方を元の道に正すお方なのですか?」
「そうです。持っている剣は人の悪い心を切り、持っている縄は道から外れた人を引きずり戻し、その炎はボンノウ…あー…欲望を焼くものだとされています」
「サードと程遠いじゃねぇか」
小さく呟くアレンの言葉にサードはイラッとした表情になってアレンの腹に拳をねじ込もうとした。
するとアレンはシュバッと両腕を体の前でクロスさせて、
「うおっとぉ!」
と言いながらサードの拳を何とか防いだ。
アレン!
私は驚いてアレンを見た。
今まで暇があればサードと向かい合って武道家として鍛えていた成果が、今ここに…!
「良かったわね、良かったわねアレン」
自分事みたいに嬉しくてアレンに声をかけると、アレンはサードの拳を防いだのに一番驚いた顔で「え、え」ってサードと私を見て、でもサードの拳を防いだって理解したらすぐ嬉しくなったのかドヤァ…と自慢げな顔になる。
そんなアレンの表情にサードが何かイラッとした顔になって手の平の下部分をアレンのあごにドッと打ち込む。アレンはそのまま後ろに引っくり返って倒れた。
* * *
「ハミルトン・メッデーは昨日の婦女子暴行未遂以外にも数え切れないほど余罪がありそうなので牢屋にて留め置きとなっています」
「そう、ですか」
一人公安局に赴きハミルトンさんのことを聞いてみると、サードさんが思っていたとおり、どうやらハミルトンさんはエリーさんのこと以外でも犯罪に手を染めていたようでした。
「面会はできますか?」
そう聞くと、私より若そうなのに気難しそうな顔をしているせいで随分と年上にみえる公安局の男性は「え?」と私を見上げ、
「…失礼ですが、ハミルトンと知合いですか…?」
知り合い…ではありますが、それでもエリーさんのことを思うと知り合いだと頷きたくなく、
「…昨日被害に遭いそうになった方の仲間です」
と言うと、男性は気難しい顔を和らげ表情を若者らしい顔つきに戻し、
「もしかしてあなたは勇者御一行のガウリス様ですか?」
…襲われそうになったのがエリーさんなのは分かっていらっしゃるのですね。そりゃあ公安局は事件の詳細を調べるのが仕事なのですから、分かっているのは当たり前ですか。
男性は私が特に何も言わなくても話し始め、
「ちなみに昨日の事件のことはホテル側も大っぴらにしたくはないようで、襲われそうになったのがエリー様だということは世間には伏せてあります。なんせ宿泊客の部屋番号を他人に簡単に教えるなどホテル側の大失態、それも被害者は勇者御一行の紅一点。
勇者御一行が宿泊したホテルとPRしたいのにそんな出来事が起きたと世間に広まったら無駄に騒ぎが大きくなって評判も信用も落ちると必死にもみ消そうとしているようです」
男性はチラと私を見上げ、
「納得いかないのならここでホテル側に対する訴訟の手続きをしても構いませんが?」
…私はそんなに納得のいかない顔をしていたのでしょうか。どうもサンシラ国から離れるほどに黙っていると怒っているのかと勘違いされることが多くなってしまって…。
とりあえず軽く首を横に振って否定しておきます。
エリーさんは確実に聖人と認定できる方ですが、神のゼルスに見初められ襲われかけたことですら後世に残るのは嫌そうにしていました。今回のことも騒ぎを大きくされるのはきっと嫌がるはずです。
私が首を横に振ったのを見ると男性はさっさと立ち上がって、
「どうぞこちらに。今は色々と忙しいので面会時間は十分程度です」
と歩き出すのでその後ろをついて行きました。
それにしてもエリーさんの心情を思うと心が重いです。
ゼルス神にさらわれたときには女性の貞操を守るファリア神に助けられたから守られました。それでもシュッツランドでは無理やりさらわれ複数の子供らに襲われそうになり、今回は部屋の中にまで侵入されて…。
全て未遂でどうにかなったとはいえ、エリーさんほど貞操観念が強い女性が受けるには心に深い傷を負う出来事であろうことは想像できます。好んでいない男性の口に食べ物を入れる行為すら嫌がるほど潔癖な心を持った女性なのに…。
ハミルトンさんはどうして相手のことを思いやれないのでしょう、どうして行動よりも先に言葉で相手にその気があるかないか確認するなどしなかったのでしょう、無理やりことに及んだら、相手がどれほど苦しい気持ちになるか考えもしなかったのでしょう…?
どうしてそんなことを。
その言葉ばかりがずっと頭の中をよぎっていきます。
透明な大きいガラスのある空間に案内され椅子に座り待っていると、ガラスの向こうのドアが開いてハミルトンさんが兵士に小突かれながら現れました。
ハミルトンさんは私を見てほんの少しバツが悪そうな顔をしながらも、
「よう」
と軽く手をあげながら真向かいの椅子に座り、声をかけようとするとハミルトンさんは身を乗り出しておもむろに話し始めました。
「なあ、あんたらの名前使えば俺助けてもらえるんだろ?俺も仲間に入れてくれよ、情報集めだったら俺も役に立てるからさぁ。それにあんたも俺のこと助けたいとか言ってくれてたじゃん、まずこっから出すように圧力かけてくれよ。じゃねえと俺命のタイムリミットで死んじゃうよお」
「…」
それが、エリーさんを襲うとして捕まった者の言う言葉ですか?情けない、ちっとも反省も何もしていない!
「それより先に何か言うことはありませんか?」
イライラとした気持ちを隠すように静かに問いかけると、ハミルトンはキョトンとした顔をしている。
「言うこと?だから助けてって言ってんじゃん」
何をしてここに入れられたのか忘れたのですか…!?いいえ、怒るな、落ち着け。
心を落ち着かせるように痛くなるほど自分の手を握りしめ、
「エリーさんに危害を加えようとしたことに対して何か言うこと、謝ることはありませんか?」
ハミルトンは「ああ」と顔つきを改め、
「本当にごめんなさい、だってエリーちゃんあまりにも可愛すぎてもうどうしようもなくなっちまって抑えられなかったんだよ。けどあんな可愛い目で見られたら誰だって誘ってるって思っちゃうじゃん?だからあんな目して男を見るエリーちゃんも悪いんだぜ」
「…」
呆れた。
もう怒りを通り越して呆れました。
何て可哀想な思考回路しかできない方なのですか?私は今…心底悲しい。
性的なトラブルに巻き込まれたことはありませんが、見たり聞いたりするだけで胸糞悪いからそんなことした人はことごとく地面に還ってしまえばいいですよ




