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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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ドラゴンのウワサ

「で、この山のてっぺんまで行くって?」


「うん」


宿屋の一室でロドディアスから渡された地図をアレンとサードに見せながら頷く。


スライムの塔近くのこの宿屋は勇者が泊まった宿として人気が出たから主人が頑張っても一室しか確保できなかったみたいで、三人で一部屋。


「ここにいるのは魔族らしいんだけど、とにかく色んな事を知っているらしいの。だから水のモンスターを消す方法も知ってるかもしれないって言われて」


「魔族って…大丈夫かよ」


サードが毒つく。


「大丈夫よ。ロドディアスから聞いた限りだと自分の楽しみのために動いてるような魔族でね、魔族の中でも変わり者みたいだから」


本当はラグナスから詳しく聞いたんだけど、ロドディアスから聞いたことにしたほうが良いわよね。サードもラグナスから報酬をもらってアップルパイを御馳走になったこと以外はいい感じに記憶が消されたし。


それにしてもサードって聖剣の持ち主だけど魔法は使えないし、魔法に対する抵抗力もすこぶる弱いわよね。

その魔力がない分は疑り深い性格と素早く考えの回る頭脳でカバーしているけど、今回限りはサードの魔力の抵抗力が低くて助かったわ。


「じゃあその魔族んとこに行ったら水のモンスターどうにかできるんだ?」


「多分ね」


アレンの言葉に簡単に返すと、アレンはそうだよなぁと腕を組んで頷く。


「今まで川から直接水を飲んでたのに、いちいちお湯にしてから飲まないといけないとか面倒だよな。これ以上増えたらどうなるかも分かんないから不安だし」


天敵のいないところに一つ何かが紛れ込むと、爆発的に大発生することがあるものね。そうなるともう手が付けられないわ。


「けどこの山、離れてるなぁ」


アレンがロドディアスから渡されたマップと自分の持ってる大きいマップを広げて現在地とその山…ケルキ山と書かれた山を見比べている。


「国も三つは越えるだろ」


「うん…」


サードの問いかけにアレンは手尺で距離の計算をしながら返事をする。


国境の境には兵士がいて、国を越える時には通行手形というカードが必要になる。


通行手形には手描きの自分の顔、名前、職業が記載されていて、それを兵士に見せ、兵士が一人ひとりの名前と顔を確認してから隣の国へ入国する。


それと冒険者は冒険者カードも必要。


普通に国外に出ようとすると色んな書類の手続きと目的の提示が必要みたいだけど、冒険者は各地に被害を出すモンスターを倒すという急を要する仕事が多いから、どの職業の中でも一番楽に、そして優先的に国を抜けられる…って前にアレンから聞いた。


そんなアレンはうーん、と地図を手に持って唸っている。


「早く見積もっても一ヶ月半はかかるなぁー。馬車を使えばもっと早いんだけどなぁー」


わざとらしく言うアレンがサードをチラッと見ると、サードは目を見開き殺意とも呼べる雰囲気を辺りに散らす。


「馬車なんて金のかかるもんを…一ヶ月半もかかるところまで乗るつもりか?てめえ…」


「うん、じゃあ一ヶ月半だ」


アレンはやっぱりダメかと地図に目を戻して、ハッと顔を上げた。


「なぁ、エリーの魔法で空飛べないかなぁ!?ほらロドディアスのとこでやったみたいに、うまく調整して空飛べないかなぁ!?ビューンって!」


「無理に決まってるでしょ」


あれはロドディアスの回転する刃を避けるために床に風をぶつけて一時的に空中に飛び上がっただけで、空を飛んだわけじゃない。


するとすぐさまサードは吐き捨てるように悪態ついてくる。


「こいつがそんな調整なんてできるかよ。落ちる滝を逆流させて空中に持ち上げる馬鹿力なんだぜ?どうせ空を飛ぶまではいいが、地面に叩きつけられて全身の骨が砕けて死ぬのが目に見えらあ」


私だって同じことを考えていたけど、サードに言われるとムッとなる。でも「そんなことない」って否定できないのが悔しい。


私ってば自然がある所では果てしなく力が使えるけど、その分細かい調整は全くできないもの。


それでも私だって細かい調整ができるようになりたいから、誰も居ない荒れ地で特訓したこともある。


その特訓ついでに人が寄り付かない岩と砂だらけの荒れ地にオアシス的な場を作ろうかしらと目論んで、飲み水を岩のくぼみに流し入れてほんの少しずつチョピチョピと水を増やし続けた。


すごく調子よく大きい水たまりができ始めたたのを見た私は、何だ私も力の調整ができるじゃないの!と気が緩んで…。


次の瞬間、その場に水柱が空高く立ちのぼったわ。


しかも岩石と砂だらけの荒れ地で謎の洪水が起きた、天変地異だ、と行く先々の町で話題になってて…。


あれ以来、私が特訓をするとあらゆる天変地異を引き起こしてしまうと特訓は控えることにした。


それにあの時サードもアレンも何も言わなかったけど、その天変地異の犯人が私だって知っているわよね。

だって同じ荒れ地に居たんだし、ちょっと席を外すと言った直後に起きた洪水だったし。


「じゃあ、明日出発しようか」


「ええ。じゃあおやすみなさい」


アレンの言葉に私は簡単に返事をしてベッドに横になった。


明日から一ヶ月もかかる旅に出る。


別に一部の地域に根差す冒険者じゃないからあちこちに移動しているけど、目的があってこんなに国をいくつもまたいで移動するのは久しぶりかも。


けど仲良くなれたラグナスともあっという間にお別れになってしまうわね、寂しいわ。


今までも仲良くなれたと思った人と再会したことはない。それが冒険というものだし、一応ラグナスにはお別れはしたけれど…それでも知り合った人との別れで寂しい気持ちになるのはいつでも同じ。


ふぅ、とため息をついていると、ぬっとサードがベッドの横に現れた。


「おいエリー」


「な、なによ!」


慌てて飛び起きて警戒して、ふと思いついて背中を向けた。


「はいはい、寝る前に髪の毛とかすんでしょ。どーぞお好きなように」


思えばまだ寝る前のルーティン、「髪の毛をとかす」をしていないことに気づいたから素直に背を向ける。

とかさないまま寝るとうるさいし結局起こされるからこういう時は素直にさせるがままにさせている。


「サード、最近エリーの髪の毛どう?」


アレンの問いかけにサードは、


「普通」


と返す。


なら良い状態を保っているのね、と思いながら、そういえば、とサードに訴える。


「ちょっと髪の毛切りたいんだけど。最近髪の毛厚くなってきちゃって」


「面倒くせえからそのうちな」


「そのうちって、一ヶ月以上も歩き通しでそのいつかっていつ来るのよ」


「…」


サードは少し黙り込んだから怒ったかと思ったけど、少し場を離れてハサミを持って戻ってきた。


「そうだな。一ヶ月半も移動するんだからお前の髪の毛を路銀の足しにするか」


サードはそう呟きながら手際よく私の髪を薄く()いていく。


「ほんと、サードの手際よくなったよなぁ。店開けるんじゃねえの」


アレンも髪を薄く梳く様子を見て感心している。


「本当は分厚くなった所を毛先から切るのが楽なんだがな…」


ぶつくさと言いながらもサードは次々に梳いた髪の毛を皮の袋に詰め込んでいく。


私の髪の毛は体から離れるとゆっくりと純金に変わっていく。だから袋の中にはどんどんと純金がたまっていっているのよね、自分の髪の毛でも未だに不思議な感じ。

とはいっても私の髪の毛をサードがかき集めて後生大事に持っているようなものだから、何か嫌だなっていうかすかな気持ち悪さが勝つけど。


「こんくらいでいいな」


サードはそう言いながら髪の毛…もとい純金を逃すまいと一本ずつ私の服についた髪の毛も集める。


「もうちょっと頭の脇のこの辺とかどうにかならない?」


一番気になってる所を全然切ってくれないと文句を言うと、サードは嫌そうな顔をして、


「あのなぁ、金ってのは重いんだよ。持ってみろこれ」


と言いながら髪の毛の入った袋を私に持たせてくる。持ってみると確かにずっしりとした重みで、持ち歩くのは大変かも。


「寝ろ」


寝ようとしたところを邪魔しにきたくせに…でも髪の毛も薄くなって少しすっきりしたんだし、まあいっか。


*  *  *


「勇者御一行はこれからどこに行くのですか?」


「ケルキ山よ」


これから出発という時に宿屋の主人に聞かれたから答えると、


「ケルキ山…?」


と、宿屋の主人と隣にやって来たおかみさんが顔を合わせた。それを見て表向きの顔のサードが主人とおかみさんに伝える。


「ご存じないのは当然です、ここから国を三つは越えたところにある小さい山ですので」


「ああなるほど…」


と納得しつつ、でもなんでそんな遠くの山に?という疑問を浮かべる宿屋の主人に偽善面のサードは続けた。


「そちらに用が出来まして」


「へー。でもなんでそんな遠くの山に用が出来たんですか?新しいクエストですか?ああそういえば以前仰っていた毒のあるものはどうなったんでしょう?」


話好きのご主人は気になる質問を重ねてくるけど、隣にいたおかみさんが主人の耳を引っ張った。


「こら、勇者様はあんたの長い話につきあうほど暇じゃないんだから、さっさと送り出してやんな!」


「イデデデデ!」


耳を押さえた主人は、おかみさんを恨みがましい目を向けながら耳をさすって、おかみさんは笑いながら手をふりふりする。


「申し訳ありませんねえ、この人とにかく話したい人で」


「いえいえ。ちなみに毒のあるモンスターは水のモンスターと名づけられ、そのモンスターについて聞きたいことがあるのでそちらに向かうことにしたのです。

まず水のモンスターの対処法も見つかっていますし、生態調査員のラグナスとも話し合ったのですがあの塔からの悪影響はほぼ皆無です。逆にあの塔があるおかげでこの村も活性化していると判断いたしましたので、誰かに攻略されるまであのままで大丈夫でしょう」


なるほど。サードの中ではそんな風に折り合いがついているの。


そう思っていると宿屋の主人はわずかに顔をしかめて心配そうに呟く。


「けどあの中に魔族が居ると思うと怖いんですよ…」


それは…力を持たない村人の素直な気持ちよね。


「何か動きがあればすぐにハロワから私たちに依頼を出してください。離れていてもすぐに駆け付けますよ」


「まあー、ありがたい。ああこれ、昼にでも食べておくれ」


おかみさんは嬉しそうに笑いながら大振りのサンドイッチをくれて、そして送り出された。

そうして宿屋を離れ村を離れ周りに人が居なくなった時、


「結局あのスライムの塔のボスは倒さねえんだ?」


と、アレンが意外とばかりにサードに声をかけると、ケケ、とサードは笑う。


「魔族一匹倒すより一般人を多くを苦しめつつある水のモンスターに対応したほうが世間の評判も高まるってもんだろうが。

それに見た限りあの生態調査員から頂いた品物のほうが魔族討伐の初回特典よりよっぽどいいぜ。生態調査員ってのは魔族のいるダンジョン近くにいるから冒険者のおこぼれでレアアイテムを手に入れられることもあるらしくてな。だったら無理に魔族と戦う必要はねえ」


へえ、サードの記憶はそう置き換えられているの。たしかにそうなればサードは完全に魔族を倒す義理も無くなったも同然よね。


「そっか。まぁ俺魔族と戦いたくないから別にいいけど。とりあえず国道ぬけて隣の国に行こうぜ。皆ちゃんと通行手形持ってる?」


「持ってねえわけねえだろ」


「大丈夫、ちゃんとあるわ」


勇者一行でほとんど顔パス同然で国を越えられる私たちだけど、さすがにこれが無いと隣国には抜けられないでしょうし。


そうして出発してケルキ山に向かう旅はとても順調。大きい町にたどり着いたら一日休み、そしてまた旅に出るの繰り返し。


「何事もなく順調に進めていい感じね」


「なー、平和ー」


アレンはのほほんとした声で私に言葉を返す。天気にも恵まれてるし、山道だけどここは人がたくさん通る国道だから整備されていて歩きやすい。


「おっ勇者御一行じゃないですか!?」


「こんにちは、お仕事ですか?」


向こうから馬に荷物を引かせた運送の人たちが足を止めて話しかけてきて、サードも表向き用の笑顔を用意して挨拶をする。


たまにこうやって話しかけられることもあるけど、国道を歩く人たちは大体目的地のある人がほとんどで話しかけられても一言二言くらいでさよならするから、少し立ち止まってもそんなに時間もとらない。


「もしかしてドラゴン退治の依頼ですか?」


「ドラゴン?」


運送の人の言葉にアレンが表情を変えて聞き返す。


「あれ、聞いてないですか?この国の西側にドラゴンが出たって話があって、ハロワに退治の依頼が出てるらしいって聞いたんですけど…。もしかしてそれでこの国に来たのかなーって」


「被害は出ているの?」


質問するとその運送の人は困った顔をして頭をかいた。


「いや自分、ドラゴンが出たって話しか聞いてなくて…それも酒の席でのまた聞きだから…。気になるならハロワに聞いたほうがいいかもしれないですよ」


運送の人たちは、では、と立ち去って行った。


「ドラゴンねえ…」


サードは他人が去ったから爽やかな笑顔を引っ込めて呟いている。


「倒しに行くつもりか?」


アレンが聞くとサードは面倒くさそうに、


「別に俺たちに来てる依頼じゃなくて冒険者全体に出された依頼だろ?わざわざやってやる義理はねえよ」


「あなたね、被害の大きさで決めるぐらいの心持はないの」


呆れた声で突っ込むけど「ない」という分かり切った答えが即座に返ってきた。


「けど思えば私たちってドラゴンと戦ったことないわよね」


「や、俺は会いたくないぞ」


私の言葉にアレンがうんうんと頷きながら言うと、


「わざわざ会わなくてもいい」


とサードはバッサリと話題を切り捨てる。


前通った町でラグナスからもらった(正確にはサードが奪った)ドラゴンの牙ワンセットを皆の装備に取り付けて炎や毒に対する防御力が格段にアップした。


そんな風にドラゴンの骨や牙や鱗や肉とドラゴンの体は余すところなくレアアイテムとして高額で出回ってるけど、生きているドラゴンとは会ったことすらない。


でも二人の言う通りわざわざドラゴンに会いたいなんて私も思わない。


何よりサードの持つ聖剣の元の持ち主の勇者もドラゴンの毒でその生涯を閉じたんだもの。

それぐらい手こずるモンスターと遭遇したくないってのが全人類のまっとうな意見だと思う。


アレンはウーン、上を見上げ、


「けど冒険者でもない運送の人も知ってるってことは、結構な騒ぎになってんじゃないか?」


「そこに勇者一行の私たちが行ったら確実にハロワから頼まれるパターンよね。大きい町には大体あるし…」


私たちの会話を聞いたサードは眉間にしわをよせてすごく面倒臭そうな顔になった。

なんてことは無いわ。戦う以前にそんな依頼をされるのが面倒臭いのよ、この男は。


もちろん引き受ける断るは私たちの自由だけど、勇者の肩書があると無下に断れない場合もある。

特に人に被害を出しているモンスターの依頼を無下に断ると、


「勇者なのにどうして助けてくれない!」


と泣き叫ばれるか、


「できないのか勇者のくせに!」


憤慨(ふんがい)されるか、


「勇者ですら断るほどの依頼なのか」


と他の冒険者が恐れて依頼を受けなくなる悪循環まで起きる可能性があるし。


私に依頼を決める決定権はないけれど色々と難しいわよね。まあサードは自分が面倒で乗り気にならない依頼はバンバン切り捨ててるけど。


そんな依頼の決定権を持つサードはアレンに「地図を貸せ」と声をかけ、ひったくるように地図を掴む。

そして眉間にしわを寄せてじっくり見てからアレンに地図を押しつけた。


「東のルートに逸れる」


「えっマジで?何で?」


「町に入ったらドラゴン討伐の依頼押し付けられるかもしれねえからだ、町を通らねえよう遠回りして国境を越える」


それを聞いてため息が出た。


被害が大きいなら手助けするのが良いに決まってるのに…。まぁサードはこんな男よね。どうせ私が何言ったって聞きもしないんだから。


歩き始める二人の後を追って、別のことにも気づいてまたため息が出る。

ということは一ヶ月半かかる旅の日数はまた増えるんだわ。

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