ハミルトンの話
俺は…まあ、そのお…。公安局に連れて行かないって約束してくれる?
うん、だったら話すけど、俺物心つくころからずっと金に困ってたんだよね。
だって家、金ねえしさあ、気づいたら親父もお袋もいなくなってるしさあ、ほらそれで盗みと騙しで毎日過ごしてたわけ。
だってそうやんないと金もねえし食べ物も手に入らねえし?ハハしょうがねえよなあ?なあ?
…その目やめて、ちょ、公安局に連れてこうとか話合わないで!?連れてかないってさっき約束したよな!?俺話すのやめるよ!?
…で、でさ、国の兵士から無理やり金盗んで逃げたんだけどそいつ地位の高い奴だったらしくてウチサザイの首都に俺の顔が出回ちゃってさ、首都から抜けてもあの野郎しつこくてウチサザイ国中に俺の顔広めてやがってよ。
どうにか別の国に逃げられねえかって脱国する方法探してたら、ある人物に会えば大抵のことを解決してくれるって話を聞いたんだ。
そいつが魔族の野郎だった。…まさか。その時はあいつが魔族だなんて思ってねえよ、ただ探すのにも苦労したが、会うのにもかなり苦労したよ。
一番兵士の見張りがキツイ首都にいるってのもそうだし、一ヶ所に留まってることもねえんだ。一分前に出て行った、もう少し早かったら会えたのにな、ということの繰り返しでさ。まさか俺が探してっからわざと逃げてんじゃねーのって疑うぐらい捕まらねえ。
ようやく夜の酒場から出ていくときに見つけて捕まえた時には救世主をみつけた心持だったね、マジで。
で、どうにか別の国に逃げる方法を教えてほしいって話を持ち掛けたわけだ。もちろん酒場の入口で堂々と言うわけにもいかねえ、だってその辺にも酒場の中にも兵士がいたんだからな。見つかったらヤベエだろ?
そんで場所を路地裏に変えて事情を説明をしたら、あいつはタバコを吸いながら、
「いいぜ」
ってあっさりオーケーしてくれたよ。そこであいつは自分は魔族だって明かした。
俺は吹き出して大爆笑さ。
だってそうだろ、魔族ってのはダンジョンにいるもんだろ?首都に暮らして、それもこんな人間に混じって酒飲んでる魔族が居るわけねえ嘘つきがって大爆笑してた。
そうしたらあいつ俺をすげえ顔で睨んで、やべ怒らせたって思ってたら離れたところで急に爆発が起きたんだ、遠くでドォンッってすげえ音。
音にビビってたらあいつ、
「俺は爆発させんのが得意なんだ、もう一発やってやろうか」
って言ったらまた近く爆発の音がして、向こうから悲鳴が聞こえてきてよ。
「もう一発だ」
って酒場の入口がすげえ爆発して、店先のほとんどが吹っ飛んで、…何人か死んでたねありゃ。
そのままあいつ、
「次はてめえの足元…」
だなんて言うから分かった、魔族だって信じるから止めてくれって頼み込んだ。
あいつはフン、て鼻で笑ってた。爆発騒ぎで周りがすげえ逃げ惑って、さっきまで飲んでた酒場の中で何人か死んでんのに笑いながら悠々とタバコを吸ってるあいつを見て、こりゃ本当の悪党だって思ったね。
あいつは俺に向かって言うんだ、
「で、だ。てめえは外に逃がしてやる。代わりに探し物をしてこい。人間世界でマジックアイテムの元になる貴重な代物だ。あれが欲しくてな。逃がす代わりにそれを探してこい」
ってよ。
えっらそうな話口だろ?俺も思わずムカッとしちゃったけど、この国から出られるんだからウンウン頷いといたよ。
…当たり前だろ、探す気もなかったよ。俺は国から出られたらそれでよかったんだから。
でもとにかく「任せろ、探し物は得意なんだ」って言ったら…。
…俺の右眉毛の、ここ見える?ここちょっとはげてるだろ。あいつ、俺が探し物は得意なんだって言ったらここにタバコ押し当ててきやがった。
「てめえ本気で探す気ねえだろ」
って。
その後胸倉つかんで二回ぶん殴ってきやがって、
「魔族には嘘ついてる人間ってのは分かるんだ、特にてめえみてえな性根の腐った人間なんてすぐ分かる。探さねえってんならこの話はなしだ」
って言って、とにかく俺も必死だったから、
「さ、探します探します!だからどうかこの国から出させてください!」
って出来る限り心からの声で足にすがりついて言ったよ。ん?…当たり前だろ、誰が目元にタバコ押し当ててぶん殴ってくる奴の言うこと聞くなんて思う?探す気なんてさらさらあるわけねえ。
そうしたらあいつ、ニッって笑いながら手伸ばしてきたから「交渉成立」って意味だと思って俺も手をのばして握手したわけ。
そしたら手の平にタバコが押し付けられた痛みが脳天まで響いてさ、またやられた!って手離したんだよ。
でも良く見たらタバコはあいつがくわえたままで、痛みも一瞬だったし手の平に火傷の痕もねえ。
今の何だったんだって手の平見てたら、あいつ、心の底から見下げる目で俺を見やがってて、
「お前嘘しか言わねえな。てめえみてえな嘘つきを動かすにはこうするしかねえ」
って言いながら俺と目を合わせてニヤニヤ笑いやがってた。
「今呪いをかけた。期限は三年。それまでに俺の望む物を見つけて持ってこねえとお前の命はぴったり今から三年後の今日の日付のこの時間、死ぬ」
あいつはそう言いながら俺の胸ポケットにカード一枚とジャラジャラと金貨を胸ポケットに詰め込んで、念を押すように言ったんだ。
「俺の探してるのはリトゥアールジェム。それも精霊が関わって作り出した宝石だ。頼んだぜ、リトゥアールジェムだ」
…その後、俺は首都じゃねえ見知らぬ場所にいたんだ。後で分かっんだけど俺あの時ウチサザイ国からいくつもの国を越えた国に一瞬で移動してたんだよ。
…え?何渡されたって?これだよ、国を越えるために必要な通行手形。でもこれが不思議なんだよ、いくつも国も一瞬で飛び越えたのに全部の国でしっかりと入国と出国したことになってんの。
金貨?金貨は十枚入ってたんだけどケチくせえよなぁ?胸ポケットにはまだまだ金貨が入る隙間あったんだぜ?なのにたった十枚だぜ?たった十枚!
って、魔族に渡されたものより呪いの方だろ聞くの!
正直魔族だってのは本当に信じてなかった、でもそんな一瞬でいくつもの国を越えるとかそんなの体験したら信じるしかねえだろ、あいつは本当に魔族で、俺は呪いをかけられて三年後までにリトゥアールジェムを持って行かなければ死ぬって。
そりゃ必死に探したよ。そんでこの辺りに魔法の眼鏡屋っていう人間じゃねえ奴が営んでる店があるとかそんな噂話きいて、とりあえず眼鏡屋に関係ありそうな店を一つずつ調べようと思って、今日は手始めに町はずれのこの工房にきたってわけ。
…え?で、結局どうして魔族だって言ってたんだって?
ハハ、簡単な話だよ。俺は唯一風を吹かせる魔法だけが使えんだけどさ、俺は魔族って言ったあと風を吹かせるだけで大抵の奴らはビビッてすぐ俺にへーこら頭下げて言うこときくから楽なんだ。どうせ俺を使ってんのも魔族なんだし、良い考えだろ?俺ってばあったま良い~♪
* * *
「…」
ハミルトンから話を大体聞いたけれど…。この人、最初から何か好きになれなそうって思ったけど、その通りだったわね。人としてかなり最低だわ。性格も考え方もかなり最低。
三年以内で死ぬようになってしまったのだって全部自業自得じゃない。同情する所が一つもないわ。
サードはハミルトンに質問する。
「ちなみに期限までの残りは?」
「一年と…四十二日」
「なるほど…」
サードはそう言うと同情するような顔と声つきで、
「お可哀想に…」
はぁ?どこが?
変な目でサードを見ているとサードは同情的な顔でハミルトンの背中を叩いている。
「あなたも自分の命がかかっているせいで余計に暴力的になってしまっていたのですね」
ハミルトンの顔が「え?」って驚いたけど、すぐにここは一丁その話に乗っておこうって顔になって、
「そ、そうそう。ほらやっぱり焦っちゃってぇ…」
アハハハと笑って言いながら頭をかいている。サードはグラッスィーに向き直ると頭を軽く下げてから、
「グラッスィーさん。あなたの工房で暴れ、あなたを脅したこのハミルトンは非常に悪いことをしました。しかしそれも自分の命がかかっていたからなのです。どうでしょう、この者のことは私たち勇者御一行にお任せくださいませんか」
グラッスィーは、何でこんな小悪党をかばうって面白くない顔で睨んでいたけれど、ガウリスも横から、
「この通りです、この者に名誉挽回のチャンスを与えてやってください」
って勇者一行の二人から頭を下げられて渋々と納得した顔で頷いた。
するとガウリスはハミルトンに向かって、
「ではあなたの破壊した工房の中の片づけをしましょう。まずはそれを簡単な謝罪として後からまたもう一度深く謝るのです」
ハミルトンは「げっ」と嫌な表情を浮かべて逃げようとしたけれど、ガウリスはさあどうぞ、と背中を押して嫌がるハミルトンを工房の中に促していく。
サードはそれを見送ってからグラッスィーに向き直った。
「さて予想外のことが起きてしまいましたが、私たちもその魔法の眼鏡屋についてお聞きしたくてここまで来たのです」
グラッスィーは渋い顔つきで私たちを見ている。今あった出来事の手前、本当に言ってもいいものか悩んでいるのかも。
サードはチラと工房の中を見て、
「ハミルトンは中にいるのでこちらの話は聞けません。それに我々はこの…サムラという者の暮らす部族のためにその眼鏡屋に行きたいだけなのです」
今の騒ぎの中ずっと静かにしていたサムラの存在ににグラッスィーは気づいていなかったのか、こんな奴いたのかって顔でサムラを見て、すぐに心配そうな顔で声をかける。
「随分と…線の細いガキだな。ちゃんと飯食ってるか?」
「いいえ僕は明日死んでもおかしくない老人です」
サムラの言葉にグラッスィーは「あ?」と変な顔をする。
話にならないと横からサードはサムラの部族の視力が弱いって身体的特徴と、ウチサザイ国の者たちに故郷の木材などを根こそぎ持っていかれているうえに勝手にウチサザイ国領地にされてしまったこと、書類がよく見えないせいでどうにもならないから特殊な眼鏡が欲しいために魔法の眼鏡屋さんに行きたいって伝えると、グラッスィーから渋い顔が消えた。
「そういう理由があるっていうなら教えてやるが…」
グラッスィーはチラと工房の中でガウリスの指示の元、荒れた部屋の中を嫌々ながら掃除しているハミルトンを見て、親指でクイクイとハミルトンを差しながら小声でグラッスィーはサードを睨みつけた。
「まさかあの小悪党にも同じようにその眼鏡屋を教えてやるだなんてことはしねえよな?それだったら俺は御高名なあんたら相手でも一切口は割らねえぜ」
サードもハミルトンをチラと見てから視線を外してニッコリ微笑む。
「あの男に価値のある物の所在を教える気などありませんよ。あの男は一度良質な物を見つけたらその物の価値などろくに分からないまま金儲けのために根こそぎ奪っていくウチサザイ国と同じやり方をするでしょう。それは私も望みません」
グラッスィーが考えていたのと同じ言葉だったのか、その通りとばかりに大きく頷く。
「ともかくハミルトンは我々にお任せください」
「任せろって言ったって…どうするんだよ?まさかあんな小悪党連れ回して歩くなんてことはしねえだろ?公安局に突っ込んじまえばいいんだあんな野郎…!」
「それでもあのハミルトンは一年と一ヶ月ほどでリトゥアールジェムとやらを持って帰らねば死んでしまうと聞いてしまいました。
そのような意味でお任せ願いたいと言っているのです。遠い国であれ魔族が町中を自由に動き回っているのであれば見過ごせません。サムラも大事ですが、同様にハミルトンも同じ命です、勇者として助けなければ」
サードはそう言いながら真っすぐにグラッスィーを見た。
そのサードの真っすぐな目をみてグラッスィーもこの男なら大丈夫だと思ったのか頷く。
「分かった、じゃああの男には絶対に話さねえって条件でなら、あんたらに魔法の眼鏡屋の話をしてやる。…まずは工房の中の片づけが終わってからな」
グラッスィーは、へへ、と笑いながらサードの背中を叩く。
「勇者っていわれてるだけのただの若造かと思ったが、中々骨のあるやつじゃねえか、気に入ったぜ」
グラッスィーはハミルトンに、
「おいクソガキ!そこもっと手寧に掃除しな!」
って激を飛ばして工房の中に入っていく。そしてサードは裏の表情になって私にボソッと囁いた。
「聞くこと聞いたらハミルトンはとっとと公安局に捨てる。あんな野郎だ、どうせこの国でも犯罪は犯してるだろうからすぐ牢屋送りだろ」
私は思わず鼻で軽くため息をつく。
…知ってた。サードはこんな奴。
「なんかこの人好き」「なんかこの人合わなそう」
初対面なのにこう思うことって、ありますよね。その「なんか」は自分の経験からくる直感なので大体当たります。「なんか」って枕詞が浮かんできたらそのなんかは大体当たります。
だから「なんかこの人ヤバい」て人がいたらすぐ逃げましょう。それはきっと本当にヤバい。




