勉強しますよって言葉に戦いの火ぶたが切られる
さも慣れたようにマジックアイテムのお店に入ったけど、マジックアイテム屋は初めて入る。
四角い箱、何に使うのか分からない妙に細長い棒、ただの毛布じゃないのって布に、ピンバッジみたいなものが所狭しと置いてある。
しかも置き方は雑多で店の奥もろくに見えやしない、店先の物を万引きされたりしないのかしら。
そう思えるぐらいのゴチャゴチャ具合に入るお店を間違えたかしらと少し後悔しながら店員を探そうとサムラの手を引いて奥の方に行くと、丸々としたお腹のおじさんがカウンターに足を投げ出して、椅子に斜めに寄りかかりながら大口を開けて眠っていた。
「…」
これは…万引きを考える人にとってはカモになりそうなお店ね…。
何とも言えない気持ちを抱えながら、
「あの」
と寝ている店員?…他に店員もいないから店主かも?に声をかける。
でもそのタイミングでグゴー!と大いびきが店主の口の奥から響いて、私の言葉はかき消された。
「あのー!」
足のすねをトントン叩きながら声をかけると、店主はハッとしで目覚めて慌てて起き出した。
「はいはいはい、昨日きたお客様ですか?根っこ除去棒しめて一ケースで銅貨一枚…」
「違う」
カウンターの上に乗っている箱に手をかけていた店主は私の簡潔なツッコミに人違いと気づいて、カウンターの上でお尻をクルリと回転させるとよいしょとこちら側にやってきた。
「すいません、眠くて」
何て言い訳すらしない人なの。まあとりあえず起きたならいいわ、早速魔法の眼鏡屋さんについて聞こう。
口を開きかけ手も一緒にあげると、
「これちょっと触ってくださいよ」
とカウンターの上に置かれている謎のデロデロと垂れさがっている半液体状のヌルリとするものを私の手の上に乗せられた。
「いやあっ!」
急に手の上にヌルヌルした何かを乗せられて絶叫しながら地面に放り投げて、手の平をローブにゴシゴシとこすりつける。
店主はウハハハハと笑いながらヌルリとするものを拾い上げて元の位置に戻した。でもまたデロ、と垂れさがっていく。
「何なのそれ」
「スライムが大発生した時の捕獲アイテム『スライムゲッチュ』略してスラゲです、大量に集まるとくっついて巨大化しちゃいますからね。仲間と思い込んで近寄ってきたスライムを特殊な粘液で掴まえて後は川に流すだけ。あとは全て自然に還るのでエコでもあります」
店主はそのヌルリとした物体に頬ずりしながら、
「人の肌にはくっつかないけどスライムのあのプルプルした体がくっつくと逃げられないんですよ。これが癖になるヌメり感で。スラゲ推し仲間が増えないものかと皆に触らせてるんですよ」
だからっていきなり人の手の上にそんな変なもの乗せるんじゃないわよ。
イラッとしたけど、怒りを落ち着けるように深呼吸をして改めて聞いた。
「私たち、魔法の眼鏡…」
魔法の眼鏡屋さんを探しているのだけれど、って言い終わる前に店主は、
「魔法の眼鏡?マジックアイテムの眼鏡ならあるよ」
「あるの!?」
サムラが長い間探しても見つからなかった眼鏡がこんなにすぐ見つけられたなんて!?
喜んでいると店主は、
「どんなのがご所望で?暗闇でも周りが良く見える眼鏡?草むらの向こうの熱を感知する眼鏡?それとも人の心の中がちょっぴり覗ける眼鏡?」
マジックアイテムってそんな楽しそうな眼鏡があるの…!人の心の中が覗けるとか楽しそうじゃない、何を考えてるのかさっぱり分からないサードの心の中を覗けたとしたらすごく楽しそう…。
でも待って、今はサムラの種族に合う眼鏡を探し求めているんだから、私の好奇心は脇に置いておかないと。
私は自分の体をずらして後ろに立っていたサムラの背中を軽く押して隣に並ばせる。
「このサムラに合う眼鏡がほしいの」
店主は後ろにも人が居たのか、という顔つきをしていたけれど、私の言葉に「ええ…」と困ったように眉間にしわを寄せた。
「うち眼鏡屋じゃないんだけどなぁ」
「違うの、実は…」
サムラはササキア族という種族で、人の眼鏡はササキア族には合わなくて、魔法の眼鏡屋だったらサムラの目にあう眼鏡があるかもしれなくて、そのお店のことを聞きたくてこのお店に入ったってことを伝えた。
店主はなるほどねぇ、と頷きながらもすぐ首を横に振って、
「悪いけどそういう視力矯正の眼鏡はうちでは取り扱ってないな。多分他のマジックアイテムの店でも同じだと思いますよ」
「それでもここにも魔法の眼鏡はあるんでしょ?それってサムラの故郷の人が聞いた魔法の眼鏡屋さんで作った眼鏡なんじゃ…」
「正確には魔法の眼鏡じゃなくてマジックアイテムの眼鏡ね。話を聞く限りその魔法の眼鏡屋さんってのはあくまでも視力矯正用の眼鏡メインなんじゃないですか?うちで売ってるのは特殊なケースで使われる変わった眼鏡だけですからね。製造元は多分違うと思いますよ」
「…そう」
ガッカリして目を合わせる私とサムラを見て不憫に思われたのか、店主は慰めるように、
「けどまぁ基本的に視力矯正の眼鏡だったら普通に眼鏡屋に行って聞いてみればいいんじゃないですかね?自分らにはない情報も持ってると思いますし、あっちに眼鏡屋がありますから」
「ええ、ありがとう」
それじゃあ店主が指さした方向に行ってみようと歩きだすと「あ、ちょっと」と店主に声をかけられて振り向いた。
「どうせお店に入ったんですから少し見ていきません?」
ウッ。これ、何か買わされるパターンかしら。
体が固まって警戒モードに入った私だけれど、店主は我関せずで話し始めた。
「ちなみにあなた冒険者ですよね?何人パーティですか?」
「えっと…今はサムラも入れて五人…」
「五人!それなら荷物も結構な量でしょう」
サードとガウリスの荷物は少ないけれど、アレンと私の荷物は多め。それも着替えとかで格段に私の荷物は多い。
「そんな大所帯のパーティに一つあれば便利。マジックアイテム『大きいバッグ』!」
そう言いながら店主が取り出してきたのは名前の通り大きいショルダーバッグ。
…うん、普通にショルダーバッグ。
そう思っていると店主は、
「なんとこれ、見た目の倍は物が入るんです。何でだと思います?」
ふふふ、とかすかに笑いながら聞いてくるけど、分かるわけないじゃない。
「伸びるとか?」
思ったことを言うと店主は口をとがらせてブッブーと返してくる。
「これは特殊な布製品と魔法陣の融合になっているものでして。例えば中にこう物を入れるでしょう」
店主は周りに置いてあるものを次々と中に入れて、誰かの依頼品の根っこ除去棒とやらの細長い一ケースの箱すらもスルスルと中に入れてしまった。
大きさ的に一ケースの箱は私の体半分くらいの大きさで明らかにバッグに入らないはずなのに、全部スッポリと収まった。
「え、何で!?」
バッグの中を覗き込むけど中は空っぽ。今まで入れた物も箱すらも無くて、底の方に魔法陣がうっすらと光っているだけ。
「持ってみてください」
店主が肩掛けの部分の紐を渡してくるからとりあえず掴む。それでも今まで入れていたたくさんの物を思い返すとどう考えても重くて持ち上がらるわけが…。
持ち上げてみる。
すると予想の重さとは裏腹にヒョイと持ててしまって、肩透かしを食らったかのように後ろに一歩下がってしまう。
まるでお店にディスプレイされているバッグを持った時ぐらいの、中身が何も入っていない軽さ…。
「軽い…!」
感動して声が漏れると、その通り!って店主が指を向けてくる。
「これは中に入れた物を特殊な布と魔法により収納の数は無限に、そして重さはゼロにしたマジックアイテムの大きいバッグなのです!」
店主はそう言うとバッグの口を開けて、さっき入れていた諸々の物を取り出してはカウンターの上に置いていく。
「え、どうやって!?さっきは何も…」
驚いてまたバックの中を見るけれど、さっきと同じ。底のほうで魔法陣がうっすら光っているだけ。
「取り出したいときには取り出したいものを思い浮かべるだけで手で掴めます」
「…!」
これは欲しい…!
これが一つあれば足を動かすたびに荷物入れのバッグがボインボイン動き回って体に当たることもなくなるし、重さで肩にバッグが食い込むことも、体に触れている所にジットリ汗が湧き上がることもなくなる。
荷物の重さから解放され楽に歩き回っている私…。わぁ…素敵。買っちゃお。
「これおいくら?」
「お値段金貨二枚となっております」
「金貨二枚!」
それくらいなら私の財布の中に入っているはず…!
ウキウキと荷物入れから財布を取り出そうとしたけれど、同時にアレンの言っていた言葉が脳裏に響いた。
『今まで通りでいったら赤字になっちゃうかもなぁ』
「…」
そうよ、まだお金に余裕はあるけれど今のペースでお金を使い続けていったらお金がなくなるってアレンが言っていたじゃない。特に私の新しいローブの購入でお金がごっそり無くなったも同然なのに、ここで私のストレスフリーのために金貨二枚使ったなんて皆にバレたら…。
「お前何考えてんだ?馬鹿か?あ?」
「エリー…俺の言ってたこと聞いてた…?」
「エリーさん、今まで通りで考えてはいけないのですよ」
「信じられないです、金貨二枚なんて大金を即座に払うなんて…」
簡単に男衆から非難されている私の図が脳内に浮かび上がる。
それでもこのバッグは欲しい。だけどお金が…。欲しい…でもお金が…。
クッと唇を噛みしめる。
「欲しいけど…ちょっと高いわ…」
「そうですか」
店主は少し残念そうな声を出したけど、それならしょうがないとそれ以上しつこく勧めてこない。
サムラの手を引いて立ち去ろうとする。
…ああ、でも諦めきれない、やっぱり欲しい。
名残惜しい気持ちでチラとバックを振り向きざまに見る。そんな私を見た店主の目つきが変わって手を大きく動かして戻って来いとばかりに招いた。
「どうです、お値段勉強しますよ」
その言葉にハッとして引き返した。
『お値段勉強しますよ』…それは値段交渉しますの合図。
値段の交渉なんて今まで一度もしたことない。それでもやり方はアレンのを見て知っている。
「銀貨五枚」
まず無理も承知の安い値段を言うと店主も何を馬鹿なという声で首を振りながら、
「金貨一枚と銀貨九枚」
と返してくる。
銅貨十枚で銀貨一枚。銀貨十枚で金貨一枚。
ほとんど値下げもしていないじゃない。
私は口を開く。
「銀貨七枚」
「金貨一枚と銀貨七枚」
「銀貨九枚」
「金貨一枚と銀貨四枚。言っとくがもう仕入れ値を下回ってるからな」
うう…それって売る側にとってはもう赤字になってるってことよね。
でも私たちだって今は辛抱しないといけないから金貨は手放したくない。でも赤字の値段になってるのにもっと値段を下げてなんて言っていいの?
ああここにアレンが居ればきっと店主と仲良くなって大幅に値下げしてもらえるのに。
でもここにアレンはいないし、いつまでもアレンに頼ってばかりいられないわ。
私はキッと店主を見る。
「金貨一枚!これ以上出せないわ」
むう、と店主も口ごもって、
「金貨一枚に銀貨三枚!こっちもこれ以上は無理だね!」
とこれが限界とばかりに言う。
「うう…」
口ごもりながらマジックアイテムの大きいバッグを見る。
欲しい。
これさえあればもっと旅が楽になる。今よりもっと着替えが持てるし、必要だけど持ち歩くには重すぎる飲み水も楽々と運べる。肩には食い込まないし、山道でも私は一体何の修行をしているのかしらと思うぐらいの行軍をしなくても済む。
それによくよく見ると色合いもシックな鈍色に光る茶色で、ちょっとそこの首都までお出かけ!みたいな革製のお洒落なバッグだもの。今私が使っているいかにも冒険者用の丈夫なのが取り柄なだけの無骨な荷物入れとは全然違う…。
ああダメ、見れば見る程欲しくなってくる…。ああだけど…だけど…!赤字っていうアレンの言葉を思い出すとやっぱり…。
フッと顔と体から力が抜けて、肩が落ちた。
「やっぱり…無理だわ…」
ふるふると首を横に振って大きいバックを見つめて、
「最後にもう一回持ってみてもいいかしら」
最後のお別れとばかりに悲しい気分で伺ってみると、店主はニヤッと笑った。
「金貨一枚でいいですよ」
「…え?」
「ついでにおまけもつけましょうか。そうだな、これにしましょうか」
「…え?何?」
さっきまでこれ以上は無理だって言っていたのに、あっけなく金貨一枚でいい?それもおまけまでつける?この人は何を言っているの?
混乱している私に店主はニヤニヤと、
「育ちが良さそうなお嬢さんなのに随分しっかりと値段交渉するなぁって思ったから。よく頑張りましたで割引にしてあげる」
馬鹿にされている気がして何かムッとした。
「馬鹿にしてるの?ふざけないで、それならこっちだって金貨一枚と銀貨三枚で支払うわよ!」
…あ、しまった!腹が立ってついカッとなった勢いで余計にお金を払うなんて…!
言ってしまってから慌てて自分の口をバッとふさいだけれど、店主はまたニヤニヤ笑って、
「あ、そーお?じゃあ言葉に甘えちゃおうかなぁ」
と言うと、
「おまけ、もう一個つけちゃおうね。これにしましょうか」
って大きいバッグと、おまけの物を二つを私に渡してきた。
…どうであれ馬鹿にされている気がする。
お金を支払って念願の大きいバッグとマジックアイテム二つをタダ当然で手に入れた。けど何?この釈然としない、行き場のない敗北感…。
学生の頃、ある先生から中国に行った話を聞きました。
某イタリアの有名ブランドのネクタイが売ってあって、その柄が気に入ったのですが値段が高く、店員のおばさんにどうだと言われても高いからと諦めたふりをしつつも名残惜しい目でチラッと見たら、店員は目つきを変えてもっとまけるよ、というので安めにネクタイを三つゲットして家に帰ったそうです。
そしてお父さんに一つあげようと、
「某イタリアの有名ブランドのネクタイだよ」
と渡すとお父さんは、
「嘘つけえ!」
と言ってきました。
そのネクタイの柄はパンダが笹を食べてるやつだったそうです。




