赤字…?赤字…?
ウチサザイ国に向かいながら私たちは、その道中で受けられそうな依頼があれば受けつつ南東に向かっている。
「けどここまで南に行くことないし、楽しみだなぁ」
アレンはそう言いながら、
「途中ででっかい湖があるからそこは船に乗って行こうぜ、そっちの方が突っ切れるから早いし。なぁなぁ、いいだろサード、なぁ。エリーに無効化かけてもらえば酔いもしないしさ、なぁサード、なぁ」
ってサードに地図を見せながら交渉している。サードはウザそうに手でアレンを追い払いながら、
「好きにしろ」
って返した。
「けど湖なら海と違ってあまり揺れないんじゃないの?違うの?」
「どうだろ、俺は湖の上の船に乗ったことないから分かんない」
と言いながらアレンはハッと何かに気づいた顔をしてサードを見る。
「けどサードって船ではすげえ酔ってたけどサンシラ国で乗った馬車じゃ全然酔わなかったよな?」
「まあな」
サードの一言にアレンは、
「俺の一番上の兄貴のロッシモは船でも酔うけど馬車でも酔うんだよ。けどサードは馬車は平気だったみたいだし、もしかして潮の匂いがしてグラグラ揺れるって状況がアウトなんじゃね?だったら湖の上なら酔わないかも」
「…そうか?…ん、いや待て。俺らの乗ったあの馬車はサンシラ国の王家が使う質のいい馬車だったじゃねえか。ってことは質のいい馬車だから揺れも少なくて酔わなかっただけじゃねえの」
ああなるほど…、ってアレンは頷いて、その話題は終わる。
「ちなみにその湖まであと何日ほどですか?」
「二週間ちょいぐらい。ついでに俺らは湖を縦に突っ切るコースで行くから湖の上には四日いることになるかな」
アレンはそう言いながら購入したらしい南の方の旅行雑誌を広げている。
「その湖のあちこちに船が停泊しててさ、乗り合い馬車みたいに移動する船と、船丸ごとレンタルしてそのまま目的地までに行ける方法があるんだって。今の季節だと山が色づいて綺麗だから観光でにぎわってるみたいだけど、どっちでいく?」
二週間も先のことを今決めるのは早すぎる気もするけど、湖の上をゆっくり船で移動するのは楽しみ。
「アレンさんはどちらの方が良さそうだと思いました?」
ガウリスの質問にアレンは、うーんと言いながら雑誌を見る。
「乗り合いのほうが安いんだけど…今の時期は結構ごった返してるみたいなんだよな。だから寝る場所の確保も難しいし結構ぎゅうぎゅう詰めみたいだし、なによりシャワーも水の関係で先着順の争奪戦みたいで…」
そこでアレンは私をチラと見て、
「エリーは最悪四日シャワー浴びないとか我慢できる?」
「…」
そりゃあ冒険しているんだから、毎日シャワーを浴びてお風呂に入ってベッドで眠る生活がおくれるわけないって分かってる。
でもせめて二日にいっぺんはお風呂まではいかなくてもシャワーは浴びたい。
冒険者のくせに贅沢だ我がままだって言われても私だって女の子だし、そういうのが気になる年頃なんだもの、そう願うのはしょうがないわ。
数年前には水浴びもしないで雨でムッとする山の中を三日歩きどおしで過ごしたこともあったわね。川は連日の大雨で流れも速くて濁っていたから水浴びもできなくて。
あの時はかなり頭もかゆかったし、自分の体も汗と土と周囲の森の熱気で臭いし、しかも私の髪から漂う高級シャンプーに混じった汗の臭いでくらくらして、こんな臭いのする体でアレンとサードの近くに居られないって二人からずっと離れて歩いたっけ…。
あんなのはもう御免だわ。
でもサードは基本的に金は使いたくない奴だもの。四日シャワーを浴びないか、お金を使うか聞かれればシャワーを四日我慢する方を選択するわよね。
でも…。
サードをチラと見て、目で訴える。
お金にも余裕があるし、それなら船を丸ごとレンタルしてもいいんじゃないかしら。むしろそっちの方がゆっくり出来そうだし…。
サードはすぐ私の視線に気づいて「あ?」って感じの顔をする。
あ…これはダメね。
しょんぼり視線を逸らしかけると、
「…まあ、そうだな、他の男らの汗くせえ中にいるよりだったら船まるごとレンタルしてもいい」
「本当!?」
パッと顔を上げると、サードはうるせえ、とばかりの顔で私を睨む。
「とりあえず湖の上で船酔いするかどうか試してみてえし、汗くせえ男らに囲まれたくもねえ」
「女の子だったらいいの?」
アレンが聞くとサードは一瞬考え込んで「見た目にもよる」とだけ返した。
でもサードの好みの範囲は広いから、仮に汗臭くても周りが女の人だらけだったら大体許せるってことよね。
そんな会話をしながらアレンは湖までのお金の出入りと、雑誌に書かれている船のレンタル料と、湖からウチサザイまでの旅費を頭の中で計算し始めている。
「うーん…」
「どうかしたの?」
アレンが悩むような声を出して少し表情を曇らせたのが気になって聞いてみた。
いつも帳簿を見てお金の計算をざっと考える時にそんな声を出すことなんて今までなかったもの。
まさかお金が無くなりそうとか言うんじゃないわよね。ふふ、まさかね。
「ああいや、別に大したことじゃないんだけど」
うん、と頷いて帳簿から顔を上げたアレンの言葉の続きを促す。
「今の状態で進んでいったら、ウチサザイ国にたどり着く前にお金が底ついて赤字になりそうだなぁって」
「大したことあるだろ」
サードが「お金が底をつく、赤字」の言葉にものすごく反応してアレンから帳簿をむしり取った。
「何だ、何に多く金使っていやがる」
そう言いながらバラバラとページをめくるサードの後ろからアレンがのぞき込んで、
「ガワファイ国のウィーリでファジズが支配人やってたあのお高いホテルに半月以上泊まったからかなぁ。あの値段×四人だったし」
ああ…やっぱりあのホテルそんな値段のするホテルだったの。お金の支払いにはノータッチだからどれくらいかかったのかなんて分からないけれど…。
あれ、そういえばあの時すごくいいお酒を何本もボトルで渡されていたけれど、もしかして…!?
「もしかしてファジズが私たちに渡してきたお酒の代金とかも加算されてたとか…!?」
ヒヤッとしながら聞くとアレンはプルプル顔を横に振って、
「あれは代金に含まれてなかったから、多分ファジズが詫び賃って感じでタダにしてくれてた」
あ、そう。…ファジズごめんなさい、あなたを今疑ったわ。
「あとエルボ国でもしばらくお金が入らないのに宿代が出て行ってたからさ。あれも少し懐に痛かったかな。ファジズのホテルと比べたら大したことないけど」
そういえばエルボ国から去るあたりに聞いたんだけど、国の立て直しをサード・アレン・ガウリスが頑張って、大体目途がついた辺りでサブリナ様は、
「わずかながらお礼です。どうぞ旅費に当ててください」
って三人にお金を渡したみたいだけど、サードは勇者の体面を保つためか国を立て直す費用に当ててくださいって断って、アレンもガウリスもその通り、国のために使ってと断ったらしいのよね。
それに関しては良い判断って私も思ったけど…。
サブリナ様に思いを馳せているとアレンは帳簿をサードから受け取って、
「依頼の報酬金とエリーの髪の毛で一定のラインは保ってるんだけど、やっぱ一番の原因はあれだな」
「どれ?」
私が聞くとアレンは頭をポリポリかきながら、
「装備品でお金がっつり持っていかれるのが一番だなぁ。ほらサードはラニアに紺色の襟巻き切られたから新しく買ったし、エリーのローブも新しく買い直したし。
この装備品の布、パーティ壊しって異名がつくくらい値段高いから買うにも直すにも金がかかるし、俺ら特注のオーダーメイドで作ってるから余計になぁ…」
…まさかの、サードと私が原因の赤字…!?
そう、私のローブはミレイダの吐いた炎の熱で頭の天辺から裾までの背中全体が茶色く焦げてしまっていたから新しく買い直した。
「で、でもしょうがないわ、だって背中全体が焦げてて…」
「違う違う、別にエリーが悪いって言ってるわけじゃないって。むしろあの装備でエリーが無事だったんだからそこはいいんだって」
アレンは慌てて手を振る。
そうはいっても、サードのストール一枚と私のローブだったら各段に私のローブの方が値段は高いはずだもの。ストールの倍はお金が持っていかれたに違いないわ。
むしろミレイダも私のローブが焦げて真っ茶色になってたの見て気づいていたでしょうに、自分のせいだからってずっと知らないふりをして黙ってて…。
マダイが魔界に戻って、ロッテから黒魔術士の集まる村の話を聞いて、さあ帰ろうって辺りでサードに、
「ところでエリー。その背中どうしました?」
って言われてそこで初めて背中が焦げてるのに気づいて。
町でそのローブを装備修繕のお店に出したら、
「これは酷い…」
って唖然とした一言をいわれて、
「何で…?何でこんな…何で…?何でこの布使ってこんなにドラゴンの牙もふんだんに使って炎耐性もついてるのにこんなに焦げてるん…?」
ってお店の人が全員出てきてあり得ないって顔でものすごく混乱していたわ。
性能のいいお高い布でドラゴンの牙をふんだんに使って炎耐性を上げて直接炎を当てられなくても、間近でドラゴンに炎を吐かれたらどうなるのかがよく分る結果がそのローブに反映されていたみたい。
それもドラゴンの炎の餌食になりそうになって生き残る例もほぼないから、そんな状態になったローブを見たのはお店の人たちも初めてだったみたい。
「ここまで広く焦げてるなら直すより新しくお買いになった方が絶対に安上がりですて。もし新しいのをお買いになるっちゅーんであればドラゴンの牙もそちらにつけ直させていただきます」
…ってわけで、元々の白っぽいローブに似たものを買って、ドラゴンの牙もつけ直してもらったのよね。
別に私は悪くない。でも…この新品のローブで赤字になるかもって言うんなら…。
「…じゃあ船は乗り合いにしましょう…」
さようなら、船でのゆっくりした楽しい旅。それとシャワー…。
するとアレンはいやいや、と首を横に振る。
「今のままのペースだったら赤字だけど、今まで以上に依頼を多く受ければ大丈夫だよ」
「依頼…ですか」
ガウリスは荷物入れから依頼の紙を取り出して一枚一枚を確認している。
と、ガウリスの後ろからフラリと人が現れた。
ガウリスはビクッと体を揺らして、後ろに目を向ける。
「依頼…依頼を多く受けたいとおっしゃりましたか…?」
か細い声がガウリスの後ろから聞こえる。ガウリスが一歩隣にずれると、そのか細い声の主の姿が見えた。
成人する手前の十三歳から十五歳くらいの少年だわ。
前髪は白いけど、他の部分は濃い紫色の髪。その紫色の所に光が当たると青くも見えて、歩くたびに髪の毛がサラサラ揺れる。
肌の色は今まで一度も日に当たったことがないのかしらってくらい真っ白で、目の色は右が黒く左は黄色の変わったオッドアイ。
手には細長い杖が握られていて、その手の甲には赤い色で紋章のような型の刺青みたいな紋章みたいなのが入れられている。
服装は冒険者というより旅行者ね。でも周りには人もいないから一人旅?…この儚い顔つきと線の細さで本当に一人旅をしているの?大丈夫なの?
「あなたは?」
ガウリスが少年を真上から見下ろす形で問いかけると少年は顔を上げた。
けど、頭を上げ過ぎたのかグラッと後ろに倒れそうなぐらい揺れて、何とか踏ん張ってガウリスを改めて見上げる。
「すみません自己紹介もなくいきなり…」
風でかき消えそうな力の入っていない声で少年は頭を深々と下げたけど、急に頭を下げたせいかまたよろけて、杖ごとよらよらと左右に揺れる。
…大丈夫なの?もしかしてこの少年、何かしらの病気なんじゃ…大丈夫なの?
心配していると少年は辛そうにフゥ、とため息をつきながら頭をくらくらと揺らしつつ、
「僕はササキア族のサムラと申します。依頼を受けたいというのであれば、僕のお話をぜひきいてくれませんか…?」
と顔を上げた。
上の自己紹介でその正体にすぐ気づいた人はよっぽどその道に詳しいマニアか学者。
あと湖の上の船、で「Nice Boat」が出てきて止まらないんですよ。意味わかんない人は検索したらすぐ出てきます。Nice Boat




