そうだ、手紙を書こう
『…ということでソードリア国ファインゼブルク州で魔族を討ち果たすことができました。これからは前に出会った子から聞いて調査が必要な村を探しにウチサザイ国へ行くことにします。
冬の間はそちらの温かい地域にいる予定です。これからエルボ国も寒くなるでしょうがディーナ家の皆、使用人、アーヴェル夫妻も風邪などひかないよう、そしてサブリナ様にもお体ご自愛くださいとお伝えください』
手紙を書き終えて、ふう、と背筋を伸ばした。今までディーナ家の皆は軟禁されていて手紙を送るに送れなかったから、これからはちょくちょく手紙を書こうと思って書いたんだけれど…疲れるわ。
魔族のロッテとラグナス、ゲオルギオスドラゴンのミレイダ、黒魔術を使う人たちが集まる村…。
そのことを全部正直に書くのもどうかしらと思えて、何度も書いては書き直してを繰り返していたらあっという間に三時間もかかってしまったわ。
ミレル宛てにも手紙を書いた。まあそっちは黒魔術の村が確実にあるか分からないけどウチサザイって国にあるかもしれないからこれから向かうって現状報告だけにした。まだ確実な話じゃないし、詳しいことが分かったらまた手紙を送るとも書いたし。
息をついてから改めて家に送る手紙の内容を見る。
本当のことを書けずじまいの当たり障りのない手紙よね。
本当は魔王側近のラグナスがマダイを倒したのに、まるで私たちが倒しましたって内容だもの。本当にこれでいいのかしら…。
…ちょっとガウリスに見てもらおう。
私はガウリスの部屋に向かってコンコンとノックすると「はい」という声がしてすぐに槍を持ったガウリスが顔を出して、
「どうしました?」
って聞いてくるから、私は手紙をスッと渡す。
「ちょっとこれ読んでもらっていい?家族への手紙なんだけど」
「見てもいいのですか?」
「読んでほしいの」
ガウリスは槍を壁に立てかけて、手紙を最初から最後まで真面目な顔で読んだ。
「文字も綺麗ですし、内容も分かりやすく書かれています。誤字も脱字もなくエリーさんらしい柔らかい表現です。素晴らしい手紙ですよ」
ガウリスが微笑みながら手放しで褒めてくれるのは嬉しいけれど、気にして欲しいのはそこじゃない。
「内容が嘘っぽくない?」
「内容?書いてあるのはソードリア国で起きた事実ではないですか」
「うーん…。ちょっとここで話すのはあれだから、中に入ってもいい?」
「ええどうぞ」
ガウリスは快く中に迎い入れてくれて、椅子を用意してくれたあとは私から少し離れたソファーに座る。
ガウリスが手に持っている手紙を私は指さして、
「ヤドクオオヒキガエルもマダイも、ほとんどミレイダとラグナスの二人が倒してたじゃない。けどその内容だと全部私たちがやっつけましたって感じしない?」
ガウリスはもう一度手紙を読み直して「ええまあ」と言うから私は顔を歪めて自分の膝の上に肘を立てて頬杖をつく。
「何ていうか…お父様たちを騙してる気分になるのよ。人の手柄も取ってるし…」
それから視線をガウリスに向けた。
「ガウリスもたまに神殿の皆に手紙を書いてるでしょう?だからどんな風に書いてるのかしらって思って。本当のこと書かないにしても、こういう時どう書いてるの?」
「そういう事ですか」
ガウリスは立ち上がって私の後ろの机に手を伸ばす。
「私は大体いつもこのように書いてますよ。見ますか?」
ガウリスも手紙を書いていたのね。どれ…。
『神殿の皆様へ 私は今ソードリア国ファインゼブルク州という地域から出発したところです。ファインゼブルク州は非常に広大な畑が広がり、実りの秋を迎えている所です。住んでいる方々も季節の移り変わりに寄り添い生きているような働き者で人柄の良い人たちばかりで…』
ガウリスの手紙はその地域はこんな所、こんな人たちと出会った、とてもいい所って内容だけで、モンスターと魔族が畑を荒らした・戦ったなんて話は一切書いていない。
この手紙の中からは平和で素朴な農村地帯の風景しか伺えない。
モンスターや魔族のことをこんなにバッサリ省略するなんて、と驚いて、
「魔族のこととかは全然書いてないのね」
と言うと、ガウリスは頷いた。
「私が神殿に居る時にも勇者御一行の成しえた様々な偉業は神殿に訪れる旅人などから聞こえてきましたから。特に書かなくても数ヶ月か半年後に伝わるはずです」
ガウリスに手紙を返すと、その手紙を受け取ったガウリスは私の後ろに手紙を置いて続けた。
「それに神殿にいる神官はその地より遠くに行きません。それならここはこのような土地だという話が楽しいのではと思ったのです」
そっかぁ。そう言われればお父様もお母様も土地を持つ貴族で、そんなディーナ家に仕える使用人も遠くに行けない立場だもの。ガウリスみたいに色んな国のことを書いた方が楽しいかしら。
それに私から手紙が届いて開けたその内容が毒をもつモンスターや魔族と戦ってっていうものだったら、皆のことだもの、喜ぶより心配してしまいそう。
「私もガウリスみたいに書き直した方がいいのかも」
ポツリと言うとガウリスは「えっ」と顔を私に向ける。
「そんな。それはエリーさんが悩んだ末に書き上げた手紙です。そのように時間をかけて書いた手紙なら、受け取ったスロヴァンさんたちは大いに喜ぶと思いますよ」
「でも…心配させちゃうかも。モンスターと戦ったとか、魔族と戦ったとか…」
するとガウリスは頭をかいて、少しバツが悪そうな顔でソファーに座り直して身を乗り出した。
「すみません、正直に申し上げます。その手紙のように書いたら喜ぶだろうと思ったのは本当ですが、実は表向きの理由です」
「表向き?」
聞き返すとガウリスは少し照れくさそうにして、
「ガワファイ国で皆さんが性転換した辺りから書いて良いこと悪いことを考えているうちに段々と選択が面倒になったので、その地域の特色だけを書くことにしたんです。本当は神殿の皆さんも勇者御一行の活躍を知りたいだろうとは思いますが…そっちは噂話に任せようと」
あ、なーんだ。ガウリスも私と同じ道を通っていたんだわ。それにしてもガウリスでも面倒くさいだなんて人間臭い気持ちがあったのね。
おかしい気持ちが込み上げてきて、ふふ、と笑ってしまった。
「笑いましたね?」
私の笑い声にガウリスが普段あまりしないニヤニヤとした顔で言ってきて、その言葉で更におかしくなってきて、
「ごめんなさい、面白くて」
と笑った。
「だってガウリスは真面目だから丁寧にしっかりやってるんだろうなって思ったんだもの。神殿のガウリスの部屋も最初から綺麗に片付いてたし。それなのに考えるのが面倒になったっていうのが意外で…」
「私は面倒くさがりなんですよ。物が多いと片付けるのが面倒です、だから最初から物を少なくしていた、それだけのことです」
ガウリスの荷物は確かに少ない。私の荷物入れはパンパンに膨らんでいるのに、ガウリスの荷物入れはしぼんでいて中身が少ないって分かるもの。
前にガウリスの荷物と自分の荷物を比較して、私は片付けられないのかもって言ったことがあったわ。その時ガウリスは、
「エリーさんは女性ですから私のような男と比べて物が多くなるのはしょうがないことではありませんか?」
って言ってくれた。
でも今の話を聞いたあとだと、性別以前にガウリスは荷物が多いと持ち歩くのが面倒って理由で荷物が少ないのね。
思えばサードも隠し持っている変装道具も含めて私より荷物は格段に少ないし、サードは隠すことなく面倒くさがり。サードもガウリスと同じように荷物が多いと持ち歩くのが面倒という気持ちがあるのかもしれない。
「ガウリスってサードに似てる所あるわよね」
そう言ってからガウリスに失礼なことを言ったと慌ててとりなそうとするけれど、ガウリスは笑い声を立てる。
「私もたまにそう思う時があります。不思議ですね、性格も考え方もまるで正反対だと思えるのですが」
笑うガウリスに私はホッとする。
「…よかった、ガウリスが気に病まなくて…」
「…その言い方はサードさんに失礼ですよ」
「いいのよサードだから」
ック、とむせるように笑いながらガウリスは改めて私の手紙をみると、
「先ほども言いましたが、私はそれでいいと思いますよ。黙っていてもいずれ勇者御一行がソードリア国でモンスターや魔族と戦った話はエルボ国にも伝わると思いますし、その時手紙にそのことが書いていなければどうして書いてくれなかったのかと逆にご心悩ませるかもしれません」
「そう…かしら。でもやっぱり全部自分たちの功績みたいに書くのちょっと心苦しいのよ…」
ガウリスはそんな私に微笑んだ。
「エリーさんこそ真面目な方です。人の手柄を横取りしてしまうとそこまで罪悪感を感じているのですから」
そう言いながらガウリスは手に持っている私の手紙を広げて、指さす。
「それならヤドクオオヒキガエルも魔族も、自分たちだけではなくブルーレンジャーの協力で退治できたと伝えたらどうですか?そうすれば自分たちだけの手柄にはなりません」
あ、そっか。全部隠そうとするから私たちの手柄みたいになっちゃうんだもの、他の人の協力もあったって書けばいい話なんだわ。
「ガウリスって言葉の使い回しが上手よね。じゃあ魔族のロッテとラグナスからの協力もあったって書こう…」
「いえそれは…あまり公にしないほうが」
「…私の家系にも魔族の血が流れているんだからお父様たちだって気にしないと思うけど…」
「でしょうが、それでも魔族はほとんどの人から恐れられ遠ざけられている存在です。実際は私たちと同じ気持ちがあり、感情もあると私たちは分かっています。それでも…」
ガウリスはそこで口をつぐんで顔を私に向ける。
「私の国で黒魔術を学び、殺された学者の話をしたでしょう。その学者はそれまで国の者たちから羨望の目を向けられていました。それなのに黒魔術を学んだ瞬間から周囲の態度が変わりました。
人は恐ろしいものに対してとことん性格が豹変します。たとえそれまで尊敬していた者が相手であれ残酷な行為も厭いません、集団で責めたて同調し追い詰めます」
ガウリスはそこで区切って、
「…大昔の話です。ですが今も起こりえること。だったら避けるにこしたことはありません」
「…」
私の心配をしてくれているのね、下手をしたら手紙に書いたたった一行のことで私が…ううん、サードにアレンもその学者みたいに殺されるかもしれないって。
「…分かった。とりあえず手紙を書き直しに戻るわ。ありがとう」
私はお礼を言ってからガウリスの部屋から出た。
部屋に戻ってガウリスに言われた通りブルーレンジャーたちの協力もあってモンスターと魔族を討ち果たしたって書き直す。
でも魔族のことってそこまで隠さないといけないかしら。特にラグナスにロッテは人間に対して好意的で親切な魔族なのに。
そりゃあ人が怒ったり嘆いたりしていたら笑って楽しむ面もあって、人が病気で死のうが知ったことじゃない、むしろバタバタ死んだ方が楽しいって薄ら笑う冷たい部分もあるけど。
歴代最高の勇者インラスの仲間にも魔族はいたってミレイダは言っていたし、それくらい昔から人に好意的な魔族はいて、それを受け入れる人もいたはずよ。
それでも魔族を崇拝する黒魔術を調べるだけでも人はその人を怖がって排除していく。
それにミレイダだって本人の魔族の希望で(というより名誉を守るため?)誰が魔族かということを一切喋らなかった。
ってことは、インラスも仲間になっていた魔族も、お互いに魔族だって明かしたら世間が大騒ぎになるって判断して黙っていたに違いないわ。
「…インラスの時代から六千年も経ってるのに、ろくに魔族と人間の関係は変わらないのね」
ペンを指でもてあそびながらそんな思いを馳せていると、コンコンコン、とドアをノックされた。
「はい」
返事をすると外から、
「俺アレン。入っていい?」
って声が聞こえるから、ドアを開けてアレンを中に入れる。するとアレンはすぐさま、
「エリーが手紙書くっていうから俺も手紙書いたんだよ。半年に一回でもいいから生存確認のために手紙送れって母さんに怒られたし。あんなに怒んなくてもいいよなぁ」
…そりゃ怒られるわよ、冒険に出て七年間も手紙を一度も送らなかったら…。
するとアレンは困った顔で私に紙を渡してくる。
「けど俺、帳簿は書きなれてるけど手紙なんて一度も書いたことないからどう書けばいいんだか分かんなくてさ。こんなのでいいと思う?」
さっきまでガウリスに手紙のことで相談していたのに、そんな私が手紙の相談をされているのが何となくおかしい。
「読んでいいのね?」
「うんいいよ」
…っていうか、ホテルの備品のメモ用紙に手紙を書いてる時点で手紙としてどうなの?
まあ、とりあえず内容を…。
…アレンの字、取っ散らかってるわね…。帳簿に書かれてる文字に数字はキッチリしているのに…。
『ダーツ家の皆へ。元気?俺は二日前までソードリア国のファインゼブルク州ってところにいたよ。すげえ畑広いの。そこにでかいカエルがビョンビョンしてて大変だった。あと魔族が居たんだけど足の骨取られて帰った。年齢が八百歳と八千歳を超える人にも会ったよ。人でもねえけど。じゃ』
「…」
…なにこれ。
私はあんなにミレイダ、ロッテ、ラグナスのことを悩み悩み書いていたのに、アレンは気になる部分だけピックアップして、あとは詳しく語らずサラッと流している…。
笑いがせりあがってきた。
でも笑わないように頑張りながらプルプルと肩を震わせて手紙から顔を逸らす。
ダメ、なんかジワジワと笑いが湧き上がってくる…!でもダメよ、アレンが頑張って書いた初めての手紙を笑ったりなんかしたら…!
「どう?それでいいと思う?」
アレンが聞いてくる。
書き直し、って突っ返した方がいい。それは分かっている。分かっているけれど…。
「アレンらしくて…いいと思うわ」
手紙を折りたたんで笑ってしまいそうなのを必死に抑えて手紙を返す。
「そっか!良かった。じゃあこのまま出してきちゃお」
アレンは私からお墨付きを得たって嬉しそうにパッと笑いながら部屋から出て行った。
私はスッと目を閉じて、ダーツ家の皆に心の中で謝る。
ごめんなさい、あれはあれで楽しかったから、そのままにしておくわ。だってすごくアレンらしい手紙だったんだもの、またすぐ手紙書くように言っておくから許してね。
…きっとアレンの手紙を読んだダーツ家の皆は、
「何!?魔族が足の骨取られて帰ったって何があったの!?」
「年齢八百歳と八千歳を超える人じゃない人って何!?」
「でかいカエルがビョンビョンって何!?カエルが大量発生したの!?」
「っていうかこれ魔族と戦ったってことか!?」
「じゃ、じゃねぇよ!もっと詳細を書けよアレーン!」
って混乱に陥るんでしょうね。




