次の旅へ
…ということで、作物を腐らせる魔族の討伐の依頼は完了。
でも実際、勇者一行の私たちは全員傍観していただけ。ラスボスのマダイと戦って降参させたのは魔族と魔王の側近で、
「勇者御一行何もやってないじゃん!それただの魔族同士の内輪もめじゃん!」
って聞いた人が喚きたてそうな結果。
こんなので報酬を受け取っていいものかしらと思ったけれど、ラグナスは、
「いいんじゃないの?勇者御一行なんだし自分の手柄にしちゃえば?」
するとミレイダも、
「そうそう、倒した本人がこう言ってるんだからそういうことにして金貰っとけよ。それに本当のことなんて言えるわけねえだろうし、俺も言わねえからさ」
って頷いていたから、後日、依頼主のアサフから報酬金を受け取って、魔族もいなくなったから周囲に住む人たちからも大いに感謝された。
でも…一度悪くなった畑に作物は元通りに戻らない。ヤドクオオヒキガエルが現れて一番の被害を被った麦畑を見ると…やっぱり心が痛む。
時間が経ってあの毒カエルの死骸からも少しずつ毒気がぬけて今は畑から撤去されたけれど、生臭いにおいと穀物が腐った臭いが未だにまじりあっていて酷い状態なのは変わらない。
「…エリーさん?」
名前を呼ばれた方に顔を向けると、ここの畑の持ち主の奥さんが声をかけにきていた。何となく都合が悪くて目を逸らす。
「酷い状態ですよね」
隣まで歩きながらそう声をかけられて、責められていると肩を落とした。
奥さんは隣で無言でいたけれど、ふと私を見て、
「何か落ち込んでますか?」
と声をかけられた。
…落ち込んでますかって…こんな状況を見て落ち込むはずの奥さんに慰められるとか…。
うう、と唸りながら、奥さんに向かってガバッと頭を下げた。
「ごめんなさい!私があのヤドクオオヒキガエルに攻撃をしたから、毒の汁が流れて余計に…こんなに酷い状態になってしまって…!本当にごめんなさい!」
責められる、なじられる、怒られる、泣かれる、そのどれかがくる…。
体を強ばらせたまま頭を下げていると「え?」と間の抜けた声が上から返ってきた。
「そんな…この一枚の畑のことでそんなに気を病んでくださってたんですか?」
「畑一枚って言っても…かなり広い麦畑じゃない。この一面の麦畑がダメになってしまったんだもの。本当に…ここまで育てるのも、大変だったと思うし…来年も麦が植えられるのか分からないって聞いたし…私のせいでこんなにことにしちゃったんだって思ったら…」
胸がつかえて段々と泣きそうになると、奥さんは、あら、あらあらあらとオロオロしながら私の肩を軽く掴んで顔を覗き込んで、頭を必死に撫でてくる。
「そりゃ最初この畑を見た時はショックでしたけど、泣かないでください。それに家の畑はこの一枚じゃないんです、ここらの他の麦畑もうちのですから、この一枚だけで済んでホッとしているんですよ、本当に」
「え?」
顔を上げると奥さんは周り三百六十度にグルリと指を動かした。少し陽が傾きかけた太陽の中、黄金色に輝いている麦畑が風に揺れる。
「ここから見える範囲、全部うちの麦畑です。全体的に見れば一割しか被害が無かったんですよ。それはエリーさんのおかげです」
奥さんはそう言いながら、
「あれ以上動き回られる前にここで食い止めてもらえただけで私たちはとても助かりました。うちの家族も皆同じことを言っていますよ。だから泣かないで、ね?」
「…」
こくりと頷くと奥さんは、ホッとしたように笑った。
「けどそんなにうちの畑一枚のことで泣きそうになるなんて…もしかして今もわざわざ畑の様子を見に来てくれたんですか?」
奥さんの言葉にまたこくりと頷く。と、奥さんの優しそうな見た目からは想像できないゴツゴツした手と太い指で私の手を力強く握った。
「うちの娘より年下なのに、世界的にも有名な人なのに、うちの畑のことをそんなに気遣ってくれていたなんて…ありがとう」
泣かないでと言っていた奥さんの目にも涙がにじんでいる。そのまま何度も手を上下に振られて、少なからず私の心は軽くなった。
* * *
「っていうか、私より長生きしてたくせに私より年下のふりして私のことナタリカお婆ちゃんとか言ってたわね?ミレイダ」
ナタリカがそう言いながらミレイダを睨んでいる。
「まさかミレイダがドラゴンだったなんてなぁ。世の中旅なんてするドラゴンが居るもんなんだなぁ」
ワブラックもそう言いながらミレイダをしげしげと見ていて、ジャークは眼鏡を上げながら、
「本当にプライドも何もないドラゴンがいようとは…」
と呆れた顔をしていた。
アレンはそんなジャークを見て、
「けどジャーク、何で二代前のファミリーのボスの名前知ってたの?」
ずっと気になっていたのかアレンが聞くと、ジャークはキョトンとした顔で、
「ロレッタ町で過ごしている時、リツィーニの名前をよく聞いていたのでファミリーのボスはリツィーニだと思ったのですが…違うのですか?」
アレンは一瞬考え込んだ顔をして「あ、なるほど!」って納得の表情になる。
「リツィーニはロレッタ町に愛人がいたからロレッタ町の発展にものすごく貢献したんだった!そっか、ロレッタ町では未だにリツィーニが人気あるんだぁ」
一瞬皆が突っ込みたそうな顔をしたけれど、ナタリカは気を取り直してミレイダを見た。
「けど別にドラゴンだったの隠さなくて良かったじゃない。皆さらけ出してもどうもならないって思わなかったわけ?」
「全く持ってその通りだ。仲間なのに何も知らないまま過ごして死ぬところだった」
ナタリカの軽い責め立てる口調にアサフが同調するように頷くと、ミレイダはニヤニヤしながら、
「案外と皆気づかねえもんだなぁ~って思ってよ。ずいぶんと俺も人間に化けるの上手くなってるってことかね?」
きっと本当の理由は「人に正体を明かして仲良くなっても自分より先に死ぬから」ってものでしょうに。お茶らけるんだから。
「で、結局勇者様たちは何でミレイダに用があって来たんだ?」
ワブラックの言葉にジャークが眉をしかめて、
「先ほど聞いたでしょう、ガウリスさんもドラゴンで、それでも自身の意思とは関係なくドラゴンになってしまう時があるからミレイダに聞きに来たって」
「あ!?ガウリスもドラゴンだった!?そんな話だっけ?てっきりガウリスがドラゴンになりたいとかそんな話だと思って聞いてた…」
「アホの子ですか全く…」
ジャークがクイと眼鏡を上げる。
ガウリスがドラゴンだっていうのはブルーレンジャーの皆に伝えた。
黙ってても良かったんだけど(むしろサードは黙っているつもりだったと思う)、先にミレイダがペラペラと私たちがここに来た理由と一緒に自分はゲオルギオスドラゴンだって明かしたから、止める間が無かったのよね。
「で、ミレイダは変身の仕方分かんねえんだ?」
ワブラックが聞くとミレイダも困ったように腰に手を当てる。
「いざ聞かれたって俺だって困るのよ、今までそんなこと聞かれたこともねえし、人間からドラゴンになったって奴も初めて見るし、それで変化のやり方教えてくれって言われたってなぁ…。
俺だってそんな一から十まで教わったわけじゃねえ、もう全部感覚で出来るから説明のしようがねえんだよ」
「けどそういうのに詳しい古老のドラゴンとかいないわけ?エルフも長生きだけどドラゴンの方が長生きなんだからそういうのに詳しいドラゴンは居ると思うけど」
ナタリカの言葉にミレイダはさらに悩みこむ。
「並のドラゴンよりドラゴンの知り合いは多いって自負してるけどよ、八千年生きてる俺でもまだ若造の部類だぜ?古老クラスの知り合いなんて一体しかいねえよ」
いるにはいるのね。
へえ、と思っているとミレイダは頭をかいて、
「んー、まあそうだな、俺じゃそういうの役不足だったし、他のドラゴン紹介してやるわ。もしかしたらそういうのに詳しい奴がいるかもしれねえし、そいつの知り合いに詳しい奴がいるかもしれねえから」
「…ドラゴンの知り合いって、どんなのがいるんだ?」
アサフが興味深げに聞くと、ミレイダはニッ笑う。
「俺の知り合いなんだからノリのいい楽しい奴らばっかりだぜ。登山の途中でゲオルギオス種以外のドラゴンにも結構会ってんだ俺」
ミレイダはそう言いながらペンと紙を取り出して地図を広げると、
「ここにはあいつ…ここにはあいつ…えーと、ここら辺には…」
ってどこの地域にこのドラゴンが居るって次々と書き出していっている。
ブルーレンジャーの皆と私たちはそれを頭を一斉に寄せて見ていた。
だってドラゴンなんて滅多に会えないし、会ったら会ったで出会えた幸運を噛みしめながら死ぬのが一般的なんだから、ドラゴンが潜んでいる場所なんてろくに分からないもの。
「言っとくが、こいつら俺の知り合いだから殺さないでくれよ。それとこのメモも他の奴ら…特に冒険者に見せないでくれ。もしこれを見てこいつらを倒そうとする冒険者が増えちまったら申し訳ねえからな」
「ええもちろん。これは厳重に管理しておきます」
渡されたメモを見てサードは頷きながら返事をした。
「…それで、勇者御一行は行ってしまうのか?」
アサフの言葉にサードはミレイダから視線を動かして頷く。
「ええ、少々気になる事案が告げられましたので」
次の目的地はウチサザイ国の、ミレルの家族を苦しめる黒魔術を使う人たちがいる村。
…とはいっても、ロッテはウチサザイ国で怪しい動きをしている魔族が居る程度しか言っていなかったから本当にウチサザイ国にその黒魔術を使う人たちが集まる村があるのかは分からないけれど、
「魔族が怪しい動きしてるなら、ついでに倒しておけば俺らの名声もあがるだろ。ついでにそっちの南東で越冬する」
ってサードがあっさり言うから向かうことになったのよね。
でも流石に魔族のロッテから黒魔術を使う人たちがいる村のことを聞いたから向かうって話はブルーレンジャーの皆に聞かせられないと思ったのか、ミレイダはそのことについては全然何も言葉にしない。
「本当はもう少しここに留まって一緒に仕事をしてもらえると助かるんだがなあ」
アサフはそう言って別れを惜しんで…いるんでしょうけど、それより働き手が逃げていくって顔をしているわね。
「坊ちゃん、勇者様を引き留めては他の地域の困ってる人が困ることになるんですよ」
「知ってる」
ミレイダの言葉にアサフは頷くけれど、それでも働き手が逃げていくって惜しい顔をし続けている。
でもすぐさまミレイダを見上げて背中をバンと叩いた。
「だがこちらにはドラゴンもいるし、どうやらドラゴンはあまり寝なくてもいいのだろう?それなら今まで以上に夜も昼もなく働いてもらうことにしよう。な、ミレイダ」
「坊ちゃん、そんなことしたら労働基準法とかそんなので国王に訴えさせていただきます」
「何言ってんだミレイダのオッサン、あんた三日寝ない時があってもピンピンしてただろうが。山登りしてると体力がつくとか嘘つきやがってこの野郎」
ワブラックがふざけたようにミレイダの背中に軽い連続パンチを喰らわせている。
「ああ、ドラゴンと分かった途端にこの仕打ち…人間とはなんと血も涙もない生き物なのか…」
「なに馬鹿言ってるのよミレイダお爺ちゃん」
ナタリカも笑いながらミレイダの背中をバンバン容赦なく叩いて、ジャークは呆れたような悲しげな顔で、
「ああ僕の中のドラゴン像がどんどんと壊れていく…ドラゴンはもっと高潔で誇り高い生き物のはずなんだ…一番好きな格好いいモンスターのイメージが狂っていく…」
ミレイダはそんなジャークに指を突き付けて、
「なに言ってるんですか、その高潔で誇り高い格好いい生き物に頻繁に便所の見張りさせといて」
「ええいうるさい!御一行の前でそのことは言うな恥ずかしい!」
ブルーレンジャーの皆がドッと笑う。
その様子を見て私はホッとしながら微笑んだ。ブルーレンジャーにミレイダがドラゴンだって分かっても怖がったり一歩距離を取る人がいなかったから。
良かった、と思っているとサードはそろそろ行くぞ、とばかりに私たちに視線を送ると、
「それではそろそろ」
とブルーレンジャーの皆に会釈をして、お互い別れの挨拶をして手を振り別れた。
「…結局人間に変化してるドラゴンに会ってもろくな情報がなかったな」
サードはブルーレンジャーの姿が見えなくなるといきなり毒つく。アレンはいやいや、と首を振りながら、
「しょうがねえだろ、ミレイダはガウリスと違って元々ドラゴンだから普通にできることを教えろって言っても難しいんだと思うぜ」
すると「違う」ってサードは首を横に振った。
「サンシラ国の神は言ってただろ。神ってのは俺らのことは全部分かるって」
確かに。サードがお前らはどれだけ俺らのこと知ってるんだろうな、と言ったら「全部」ってファリアが言っていたもの。
うんうん頷いているとサードは続けて、
「ってことは、最初からミレイダはろくに人に変化する方法を知らねえってことも最初から分かってたはずじゃねえのか?なのにここに行けと言ったリンデルスはそのことを言わず黙って俺らをここに来させた」
え?と私は疑問を持ってサードを見る。
「何のために?」
サードは面白くねえって顔をしながら私を振り返り、
「ここに魔族が被害を出すことも分かってて、それをどうにかさせようと詳細は言わず俺らを泳がせておいたんじゃねえの。そうすりゃあ後は俺らが現場にたどり着いてそのまま解決する流れになるだろ」
その言葉にガウリスは頷きながら、
「リンデルス神は信託の神でもあります。そのような未来が見えたというのもあるかもしれません」
サードはブルーレンジャーの近くに居たから最近なりを潜めていたイライラとした裏の顔で、
「クッソ、あのファリアにリンデルスめ…人をいいように使いやがって…あの兄妹めが…ぶっ殺してやる…」
ってブツブツと文句を言っている。
「サード、バーリアス神も殺そうとしてたじゃん、やめろよ。神相手に殺すワードはヤバいって」
アレンが軽く注意すると、サードはケッ、と吐き捨てるように言う。
「サンシラの神はどうも性に合わねえ。嫌いだ」
…うん、そうね。サードはアテナとかゼルスとも気が合いそうじゃないわね。アテナとはすぐ喧嘩しそうだし、ゼルスは男の人でも関係ない感じだから受け付けないでしょうし…。
頷きそうになるけれど、自分の国の神様を嫌いって言われたガウリスがそこはかとなくションボリしているから頷かないで、ハッとヘルィスのことを思い出してサードに話しかける。
「ヘルィスって神はサードのこと結構気に入っていたわよ。多分サンシラ国の神様たちの中では一番サードと気が合うんじゃないかしら」
サードがスッと私を振り向いて、
「確かエリーに料理を教えた女の神だったな?思えばそいつ、顔はいいのか?」
…何でそこを真っ先に一番に聞いてくるかしら。しかもそいつって、あんた何様?
イラッとしながらも、
「そうよ。家庭を守る女神で、料理がとっても上手なの。そういえばサードみたいな子こそ甘やかしたいって言っていたわ。何だかお母さんみたいな雰囲気の人で…」
「…」
お母さんみたいな、の言葉でサードから興味が薄れたようにスゥ、と感情が消えて、前に視線を戻してそのまま歩いて行く。
…あ…もしかして失言したかしら。
サードは実のお母さんに殺されそうになったから、お母さんみたいな人、って言葉は聞きたくなかったのかも…。
失敗したと思ってかすかに落ち込んでいると、ガウリスも微妙な表情を浮かべていた。
「…今の私の言葉、まずかったわよね」
失言した私に呆れているんだわと思ってそう言うと、ガウリスは「いえ違います」って首を横に振った。
「ヘルィス神は家庭を守る神であり、共に孤児を守る神でもあるので、気に入られているというのが、その…あの…」
「…」
思えばサードはお母さんに殺されそうになって宗教施設に預けられたから、大まかな意味では孤児ともいえるのかしら…。
『そういう家庭に恵まれなくてひねくれた子こそ甘やかしたくなるのよね、私』
そんなヘルィスの考えが伝われば、サードはきっと反発するわ。
何となくベタベタと甘やかすヘルィスに対してサードが、
「うぜえんだよ、クソババア!」
って怒鳴っても、
「あらあら元気ねぇ、母さん嬉しい」
って返す、永遠の反抗期の息子と愛情が深すぎて反抗されても全く気にしない母親の図が簡単に浮かんだ。
サード
「ウゼエんだよクソババア!」
ヘルィス(ヘスティア)
「キャー!ゼルス見て反抗期よ!」
サード
「やめろつってんだろクソババア!」
ヘルィス
「キャー!ゼルス見て、あの子聖剣振り回してる!格好いいわあ!素敵!」
サード
「気持ち悪いんだよ!」
ヘルィス
「キャー!ゼルス見て、なんだかんだで聖剣で攻撃してこないわ!ほんの少し気を使ってるの!可愛い!可愛い!好き!大好き!」
ゼルス(ゼウス)
「(帰っていいかな…)」




