ラスボス戦あとのラスボスとのひと時
丸太でできた小さい小屋の中、私はラグナスを軽く睨みつけ続けている。
「酷いじゃないの。あれだけ親切にしておいて記憶を消して外に放り出すだなんて」
対するラグナスは悪びれもしない表情で口笛を吹きながら別の方向を見ている。
「だってあれくらい説明しないと理解してくれないって思ったんだもん。けど喋りすぎたと思ったんだもん。いくら何でも喋りすぎたと思ったんだもん」
ラグナスは椅子に座るよう手で促す。
…まずここに至るまでの話は、ロドディアスのいた古城から病気の蔓延している城下町に戻った時に戻る。
私達はまだ動き回っている魔界の毒を持つ生き物…適当に水のモンスターと名付けて医師団に見せ、サードはロドディアスが言っていたのをさも自分が探して見つけたとばかりの語り口調で、
「エリーにも病状が出てあれこれと原因を探ってみた所、どうやらこの水のモンスターの表面には毒があるようで、その表面に触れた手で食べ物にも触れ食すだけでも病状が出るようです。恐らくこれを丸ごと飲んでしまった場合でも。
そしてお湯をかけるとすぐに死んだので試しに具合の悪い人たちを熱めのお湯に入れてみてください」
サードからの指示に医師団の人たちはお湯に入るのが本当に効くのかどうか私も含めて半信半疑だったけど、他に手立ても見つかっていないから試しにやってみましょうとお風呂を沸かして、病状が発症した人たちを入れてみた。
すると完治とまではいかないけど、具合はかなり良くなるという結果が出た。
看護長は最初「風呂に入る程度で治るわけがないでしょう」とツン、とあごを上げサードを小馬鹿にしていたけど、その結果を見て考えを改めたみたい。
「…理解しました。これはモンスターの毒を風呂の熱さとそれによる発汗作用で毒を体外に排出するということですね。それなら熱い飲み物を飲めば腹痛を引き起こす毒も早めに排出されるはずです。火傷をしない程度の熱い飲み物も飲ませてみましょう」
そんなこんなで私も熱めの風呂に入って、熱いお湯を我慢しながらチマチマ飲み続けていたら具合も少しずつ良くなっていった。
私と共に町の人たちの具合も良くなっていくのを確認して、もう医師団が居れば大丈夫だろうとのサードの判断で私たちはスライムの塔に近い村へ戻った。
そのまま報酬を受け取りに行くと伝えたら自分も共に報酬を取りに行くとサードが言い出して、それを振り払い単身ラグナスの元に訪れて現在に至る…ということ。
ラグナスに促され椅子に座ると、ラグナスがアップルパイをそっと出してくる。
「今日は食べないから」
頬を膨らませてそっぽ向くと、ラグナスは嫌だなーと手を振った。
「今日は魔法かけないからー。そもそもあんまり効いてなかったらしいじゃん?この前ロドディアス王が謝りに来たんだけど、ほとんど忘却魔法かかってなかったから解いたよって言われたもん。魔力の抵抗力ありすぎじゃない?」
「来たの?」
思わず聞くと、ラグナスは頷く。
「うん。娘とそのお守りの黒い甲冑を着た騎士を連れて謝りに来たよ。まさかスウィーンダ州の王様が直接来るとは思わなかったし、そもそも古城のボスが州の王様で地上に遊びに来てただけとは思わなかったけど…」
ラグナスは「あー」とやる気のない奇声をあげて顔を両手で覆う。
「まさか相手が州の王様だったなんて…ヤッバかったぁ…魔王様側近が州の王様に喧嘩売るとかめっちゃヤバかったぁ…。そう言われれば百年前の大会で優勝したの王族の人とか聞いてたよ…。あの王様穏やかな魔族で助かったぁ…。私平民だから貴族以上の魔族の顔と名前の諸々が全然分かんなくてさぁ…これからもっと色々覚えてかないとダメだなぁ…」
魔界でも色々と気を使わないといけなのね、本当に魔界も人間界もほとんど同じじゃないの。
でもそれなら話が早いわ。古城の中での全てを話さないといけないかと思っていたから話す時間が省けるもの。
「それでね、毒の生き物…人間界では水のモンスターって名前で決定したんだけど、全部消せそうにないの。川が何時間か干上がれば全滅するでしょうけど、そんな事できないし…」
私の自然を操る力を使えば川を干上がらせることもできるけど、それだと結果的に生態系が崩れたり人の生活にも不都合が起きるからできない。
ひとまず医師団は国に対して水のモンスターのことを報告すると言っていたから、そのうちこの国の人全員が知ることになるでしょうけど…。
ラグナスも「うーん」と難しそうな顔をして、
「敵のいないところに来ちゃったから繁殖しやすいかもしれないもんねぇ。私も魔界ではよく見てたけど、人間界には一匹もいなかったもん」
ラグナスは困ったねぇ、という雰囲気ながらもアップルパイをもぐもぐと食べはじめる。
「…」
…噛むたびに聞こえるパイ生地のサクサク音…ああ美味しそう…。でも前のことがあるもの、我慢しなきゃ。
ロドディアスに渡された地図を取り出しテーブルに広げ、赤い丸で囲まれた部分を指さす。
「ロドディアスから魔界にも人間界にも詳しい魔族がここにいて、水のモンスターの毒をどうにかできるかもしれないって地図を貰ったんだけど、何か知ってる?」
するとラグナスのやる気のない表情の中に親しげな感情が浮かんで目を大きくする。
「ああ、ここの。確かに詳しいだろうね。変わり者だけど私は好き」
正直、人間と個人的に良好な関係を築いているラグナスも変わり者だと思うけど。ともかく聞き返した。
「知ってるのね?ここの魔族」
「うん、魔界にいたころからの知り合い。魔界では右に出る者はいないってくらい色んなこと知っててね。…あ、ちなみに魔王様の配下とかじゃなくて一般の魔族なんだけど、魔界の知識人とは大体知り合いって感じの魔族なの。すごいよ」
一般の魔族って…どういうこと?一般人って意味?
頭に「?」を浮かべながら黙っていると、ラグナスはその魔族の話を続ける。
「その魔族はね『もう魔界のことは調べつくしたから次は人間界について調べたい。だから人間界で過ごす』って勝手に魔界から人間界に移り住んじゃったわけ。本当は魔界の住民が勝手に人間界にくるのは禁止されてるし、魔王様の許可が下りないと来れないんだけどさ」
「じゃあその魔族、魔王に怒られるんじゃないの?」
ラグナスはフォークをくわえながら両手で頬杖ついた。
「それがね、なんのお咎めも無し。どうしてだと思う?」
首をかしげて黙り込むと、ラグナスはフォークを皿の上に乗せる。
「本当なら拷問の後に処刑ものの出来事なんだけどね、すごーーーく色んなこと知ってるから殺すには惜しいし、それに何度も魔界に戻るように魔王様の側近が説得に行ってたら『あんまりしつこいと魔界に行く方法を人間の冒険者たちにバラす』って脅したらしいの。前魔王のおかげでまだ魔界も混乱してるから、そうなったら大問題じゃん?だから手が出せないんだって」
確かに変わった魔族みたい。魔界の中枢の人々を敵に回しても自分のやりたいことをやるっていう、そんな性格なのね。
「あ、そういえばこれね。報酬」
ラグナスはそう言いながらテーブルの上で手を水平に動かすと以前と同じように品物がテーブルの上に出されたけど、私は首を横に振った。
「ううん、貰えないわ」
結果的に古城のラスボスのロドディアスは魔界に帰ることになったけど、ふたを開けてみればロドディアスは自分から魔界に戻ることになったし、水のモンスターもどうにもできてないし…。
するとバンッと勢いよくドアが開かれた。
振り向いてその向こうに見えた人物に私は驚いて、えっと叫んだ。
そこに立っていたのは、サード…。
「サ、サード!?どうしてここに!?」
慌てて椅子を引いて立ち上がる。
報酬が本物かどうか見極めるためについて行くと言い張っていたサードを、ラグナスを一度口説こうとしていたサードをここに連れてきてはいけない。
そう思ったからサードに憧れの目を向ける冒険者の女の子たちにサードが呼んでいると嘘をついて足止めさせようとしたのに、まさかこんなに早く数々の女の子たちが突破されてしまっただなんて…!
サードはズカズカと中に入ってきてテーブルの上の報酬の数々を見ると、テーブルの上にバンッと手を乗せラグナスに身を乗り出した。
「てめえ、魔族なんだな?」
表向きの爽やかな笑顔の丁寧な言葉遣いじゃなくて、本性の悪い顔と乱暴な言葉遣い。
ラグナスは表情も変えないで、ちょっと首を傾げながらやる気のない目でサードをチラと見た。
「魔族?何の話?私人間なんだけど」
面倒だと判断したらしいラグナスは、いけしゃあしゃあと嘘をつく。
「嘘つけ」
サードはすすめられてもいないのに私の隣の椅子を引いてどっかりと座った。私も落ち着かないままに、そろそろと椅子に座る。
「古城にいたランディってうるせえ魔族が教えてくれたぜ。どうやら魔族ってのは人の記憶を消す魔法が使えるみたいだなあ?」
「ふーん、そうなの」
ラグナスは興味無さそうに紅茶をカップに注ぎ砂糖を入れ、スプーンでクルクルと回す。
「だがうちのエリーはそりゃあ魔力が強くてな。不思議と魔法の抵抗力も強いみてえだ。お前、記憶を消す魔法をエリーにかけたはいいが、ここまで魔力の抵抗力が強いと思わなかったんじゃねえの?」
「なんの話されてるか分からないんだけど」
ラグナスは鬱陶しそうな表情をしながらも、サードにもアップルパイと今淹れた紅茶を差し出した。
とにかくラグナスに助け舟を、と私も口を挟む。
「いきなり失礼じゃないの。相手は依頼人なのよ!」
「よくもまあ、自分の記憶をいじった魔族の肩持つよなあ?」
「そ…そんなことされてないもん!ラグナスは人間だもん!魔族じゃないもん!」
必死にラグナスを守ろうとテーブルをバンバン叩き力説するけど、サードの目に「てめえの嘘は分かりやすいんだよ」という呆れの交じった感情が出ている。
「…!」
ど、どどどどうしよう、誤魔化せてないわ。
思わずチラッとラグナスを見ると、ラグナスは私から視線を逸らしてプルプル震え、口をすぼめながら笑いをこらえていた。
呆れたサードは軽くため息をつくと私に向き直って質問してくる。
「ならお前、あのロドディアスっつー魔族があの城に住みつき始めたのが三年前だってなんで知ってた?」
「…え?」
「言ったよな?あの封鎖された町の町長が何年か前に魔族が住み着いたと言ったら、三年前じゃないかって正確な数字を言ったな?なんで知ってた?俺もアレンも誰からもそんな話は聞いてねえのにだ。
あとどうして水のモンスターがその城からこっちに来てるって分かった?このラグナスって奴に聞いたんだろうが。いくら生態調査してるからってどうして魔族のいる城から来てるって限定して知ってたんだ?え?」
流れるようにサードは言葉で畳みかけてくる。
「それは…」
全部魔族であるラグナスから聞いたから…。
言葉に詰まっていると、ラグナスはまだプルプル震えながらも手をふりふりと動かす。
「もういいよ、エリー嘘下手すぎて楽しい」
ラグナスはニマニマ笑いながら指を組んでサードを見た。
「で、私が魔族だと知ってどうするつもり?倒す?それとも村の人たちにバラす?それによっては私の対応も変わってくんだけど」
サードは少し考え込むとゆっくり椅子から立ち上がった。その行動を見てバッと立ち上がってラグナスとサードの間に割り入って腕を広げる。
「待ってサード!ラグナスは人間とは敵対しない魔族なの。魔族でもどちらかというと人間と親しみたい魔族というか、人間をどうこうしようなんて考えてないの、お願いだから攻撃しないで!」
「なに魔族かばってんだよ」
「だって…」
今まで魔族といったら倒すべき敵としか思っていなかったけど、ラグナスと話してからその考えが百八十度変わった。
そしてロドディアスの紳士的な態度と子供への対応と愛情、素晴らしい景色に感動して私が約束を守ると言った時の慈しむ目を見て確信した。
魔族は私たちと何も変わらない。そう、何も変わらない。
それにこんなに人間界が好きで人に寄り添って楽しんでいるラグナスとは敵対したくもない。むしろこのまま村人たちと仲良くしていけるならそのほうがいいし、私だってそんなラグナスとは仲良くしたい。
「お願いサード、ラグナスもここを気に入ってるから去りたくないの」
必死に頼みこむけど、サードは冷めた目つきで私を見下ろしている。駄目かと思いながらも、それでもお願いという目でラグナスの前で腕を広げ続けていると、サードは視線をテーブルの上に移した。
「別に俺はわざわざ村人に魔族だとバラすって脅しに来たわけでもねえし、倒しにきたわけでもねえ」
サードは邪魔だと私の肩を押し退けるとテーブルの上にある報酬の品々…魔界に生える薬草一束、魔界の水、ドラゴンの牙ワンセット、そして金貨の入った袋を奪うように自分の手元に引き寄せる。
「これでスライムの塔の初回特典代わりにしてやらあ。それで満足だろ」
パチパチと瞬きをしてサードを見返す。
「それって…見逃すってこと?」
「まあな。むしろ並の初回特典よりこっちのほうがずっと貴重だろうが。相手が魔族ならこれ全部本物だろうしな」
珍しくサードがご機嫌だわ。
…あ、そっか、私が後払いの報酬をちゃんともらうかどうかが心配で、私が仕向けた女の子たちをも振り切ってまでやってきたってわけ。
そこで立ち去る素振りを見せたサードだけれど、チラと出されたアップルパイを見る。
「ところで何だこれ」
「私特製のアップルパイ」
「毒入りか?」
「エリーも前食べたよ」
サードがチラと私を見てきたから味について聞きたいのかと思って、
「美味しかったわよ」
と返すとサードはしげしげと眺めてから手づかみで持ち上げ、あちこち眺めまわしてから口に入れた。サクッと軽いパイ生地の音が響き渡る。
「…悪くねえな」
サードはガツガツと平らげて、ついでに紅茶も一気に飲み干してから指を舐める。
「座って食べればいいのに…でも美味しかったならよかった。勇者様に御馳走して褒められたって魔界で自慢しとくよ」
ラグナスは嫌味に近いような冗談を言いながら私を見て、
「だから何もやってないってば。食べなよ」
とすすめて来た。
本当に大丈夫かしら、でも普段から警戒心の強いサードも食べたんだから大丈夫かなと思い直して私も座って食べる。
サクッとしたパイ生地の触感が歯に伝わって、音も耳に心地よく伝わってくる。その後のりんごの柔らかさにじわっと広がる甘さ…。
「ん!この前よりも美味しい!アップルパイの生地ってこんなにサクサクになるものなの?りんごも前より優しい甘さっていうか…」
口を手で押さえながら興奮気味に言うとラグナスは、むふふ、と笑う。
「雑貨屋の娘さんに一昨日秘伝の作り方を教えてもらってね…。おっと、これは秘伝だからそうそう教えられないんだけど」
「え?なに?普通に作るんじゃなくて別の作り方があるの?」
「そうなの、手馴れた人って本に載ってるのとは違うやり方で作るのね。それもすっごく美味しくできて…」
「話終わったら宿に戻れよ」
こっちの話をぶった切るように一言いい、サードは報酬の物を全部荷物入れに入れると背を向け入口へと向かう。
ちなみに今泊まっている宿はあの話好きのご主人がいるあの宿屋。一旦戻って来たと言ったら予約が殺到してるという話だったのに無理やり部屋を空けてくれた。
「それにしても報酬を受け取ったらあっさり戻っていくのね、あなたって人は…」
呆れるように言うとサードは舌打ちして扉を開ける。
「女同士の話し合いなんて聞いてもつまんねえんだよ」
そのまま小屋から一歩出たサードは、瞬間に爽やかな表情に切り替わって私たちに向き直った。
「大変美味しいお菓子をありがとうございました。女性同士の話し合いに男がいるのもなんですから、私はこれにて失礼いたします。エリー、話し終わったら戻って来るんですよ。それでは」
バタンと扉が閉じられてから、私はラグナスをすごい勢いで見る。
どう見たってあれは忘却の魔法じゃ…。
するとラグナスはニマニマ笑っていて、
「エリーには本当にやらないから。あの勇者に私が魔族だって覚えられたら後々面倒かなって忘却の魔法をかけたの。それに…」
ラグナスは少し間をおいて、照れくさそうに言った。
「私が魔族だって分かってるのにあんなにかばってくれたんだもん。そんなエリーをもう騙したりしないから」
「…」
照れくさそうなラグナスを見て、思わず微笑んだ。
ああ、やっぱりラグナスとは仲良くなれそうだわ。
「けど…」
私はさっきのサードを思い出して笑う。
「記憶を消された後の言動って滑稽ね」
「そうそう。女同士の会話なんて聞いても面白くないって本心言った後に、女性同士の会話に男がいるのはなんだから~だって。笑っちゃうよね」
「ほんと、おかしいったら…」
私たちの楽しい会話は、日が暮れるまで続いた。




