魔族VS魔王の側近
「エリー!?」
後ろから声が聞こえるとロッテは稲妻の魔法を止めて、私は振り向く。階段のほうからアレンのオレンジ色のパンダナが見えて、続いてガウリス、サードと続いて登ってきた。
よかった、無事にここまでこれたみたい。
「ロッテさん?」
ロッテが居るのにすぐ気づいたガウリスが声をかけると、ロッテは微笑んで手を振りながら、
「エリーに用事があって来たんだ。あそこで痺れてるあいつ、ここのラスボスであたしの弟なんだけど、生意気だから懲らしめてやってる所。姉弟喧嘩中」
「魔族の姉弟喧嘩…」
深刻そうにサードが呟くけれど、一瞬面白そうな顔つきになっていたわ。
いいぞもっとやれ、って言いそうな顔だった。
マダイはまだ電流で体中が痙攣している状態で、何とか四つん這いになって指先で魔法陣を描こうとしている。でもまだ痙攣しているせいで線が上手く描けていない。
「魔法陣は、ちゃんと描かないといけないわけだよ。そんな線じゃあ魔法陣は無理だね」
ロッテはそう言いながら腕を組んで楽しそうにマダイを見下ろす。
「ギブアップかな?だとしたらあたしの勝ち、あんたは魔王どころか魔力もろくにないあたしにすら勝てないって結果だったね」
ロッテを睨みあげるマダイの目の前に、空中から紙が落ちてきた。それを手に取ったマダイは紙の面をロッテに向ける。
それは、三階建ての屋敷内の机の上に置いてあった魔法陣の絵と注釈つきの紙。
その紙に描かれていた魔法陣からドドッと頭が二つで天井に届ほどの大きさの犬のような生き物が飛び出し、空気がビリビリ震えるほどに吠えた。
「ロッテ…!」
あんなの出されてどうするの、と心配になって声をかけると、ロッテは表情をちっとも変えないまま、
「じゃあ、あたしも召喚しようっと」
と言いながら紙をペラリと地面に落とす。
するとそこから小柄な何かが飛び出して…。
「…ええ!?」
その魔法陣から飛び出した者に思わず目を見開いて間の抜けた声が出る。
「およ?」
飛び出してきた者も間の抜けた声を出しながら中途半端にかがんだ姿勢で、ここはどことばかりに首を動かしている。
「ラグナス…じゃねえの?」
「そうよね?やっぱりどう見てもラグナスよね?」
アレンの言葉に私はアレンとラグナスを交互に見た。
ラグナスは今の状況が呑み込めていないのかキョロキョロして、すぐ後ろに立っているロッテ、その奥にいる私たちを見て、何かしら自分が召喚されたことに気づいたみたい。
「どうしたの?」
「急に呼んで悪いねえ、忙しかった?」
「別に。今は暇で踊ってただけだから大丈夫」
踊ってたって…何してんのよ。
私とアレンは軽くプスッと吹き出して顔を逸らす。
「実はあれうちの弟なんだけどさ」
ロッテは二つの頭を持つ巨体の犬の向こうで、ガクガクと足を震わせながらも何とか二本足で立てるようになったマダイを指さす。
「なんか魔王の座を狙おうとかそんな命知らずなこと言い出したわけ」
「ほーう、そりゃすごい」
ロッテの言葉にラグナスはそんなことよく考えるなぁとでも言いたげな顔をしてマダイと、手前の巨大な犬を見ている。
「だから魔王の側近がどれだけの力を持ってるか、力の差を見せてあげてくれないかな。そりゃあトラウマが残るくらい一方的にボッコボコにしてやって」
「ラジャー」
ラグナスはそう言うと杖を空中から取り出した。
そういえばラグナスって魔王の側近なんだっけ。直接戦ったことがないけど魔王の側近なんだしきっと本当に強いはずよね。一体どんな戦い方をするのかしら。
興味を持って成り行きを見守っていると、ラグナスはふと何かに気づいた顔になり、
「そういえば地上での魔族同士の交戦はダメなんだった」
とロッテを振り返る。でもロッテは首をフルフル横に振って、
「今ラグナスは姉弟喧嘩に巻き込まれてるだけ。交戦ではない、これはあくまでも喧嘩、小競り合い」
ええーいいのかなぁ、という顔でラグナスは目線をマダイに戻すと、
「おおい!」
とマダイは思わず突っ込んでいる。ラグナスは「むー」って少し悩んだ後、ポンと自分の手の平にこぶしをあてて、
「そうだ、魔王様に歯向かう反乱分子ってことにしておけばギリ交戦しても問題も起きない」
と言いながらラグナスが杖を床にカンと当てる。
「殺せ!」
二つ頭の巨大な犬にマダイが命令すると、巨大な犬はラグナスに顔を向けて、大きく口を開いて大声で吠えたててラグナスに剣みたいな牙をむき出して突き進む。
でもラグナスの目の前にたどり着く前に地面にシュンと吸い込まれるように消えていった。
「!?」
マダイは犬が吸い込まれていった床を見る。でもそこは普通の床。何もない。
「今…」
「転移で魔界に戻しましたー。わんこはハウス」
ラグナスがやる気のない顔でビッスーとマダイを指さしている。
マダイはギョッと驚いた顔で、
「あんな巨大な動くものを…魔法陣も、何の前準備も無く…?」
「えー?転移ってそんな前準備とか必要なの?知らなかった、私面倒なの嫌いだからいっつもこうやってるんだけど」
やる気のない言葉のあと、ボインボインと空中から何かが転がり落ちてくる。
スライムだわ。すると滝から水が落ちるかのように空中から色々なカラーのスライムが途切れなくドドドドドと落ちてくる。
「そういえば私名前言ったっけ?私はラグナス・ウィード。ロッテの弟といえど魔王への反乱分子として、そして魔王の側近としてあなたを倒しまーす」
マダイは目を見開いた。
「ラグナス・ウィード…っていったら、この前の武道大会でスライムで一位になって魔王の目に留まったっていう…」
「うんそう」
ラグナスは杖を動かすと一部のスライムはギュンと一気に固まって何かの形になった。
何をするつもりかと思ったらスライムが固まったもののはロッキングチェアの形になって、ラグナスはよっこいせ、と座ってゆっくりと背をもたれて、ゆらゆら揺れる。
「楽ぅ」
…座るだけ!?
脱力していると座ったままのラグナスが指を動かす。周囲にいる大量のスライムが一気に塊になってさっきマダイが召喚したような頭が二匹の犬の形に変わった。
スライムで出来上がった吠えもしない犬は一気に動き出してマダイに襲いかかる。
マダイが手を動かし指をその犬に向けると、最初に見たような赤い線が指先から出て、スライム製の巨大な犬に当たる。
光の当たった所がボワンと爆発して元の形のスライムがボヨンボヨンと溢れるように飛び出してあちこちに飛散していく。
「うっ」
私の頭にも飛んできたスライムがボインと当たっていった。
その間にもラグナスは指を動かす。
飛び散ったスライムが形をギュンと変えて両手を大きく広げたような形になって、その指の部分が刃先のように鋭利に光る。
「体切断されるの好きー?」
誰だって好きなわけないでしょって心の中で突っ込んでいるうちにその鋭利な刃が真上からマダイに襲いかかった。マダイは自分の指を全て鋭利な刃になったスライムの塊に向けて、赤い爆発する光を発射させる。
光は全て刃に当たって爆発した。
でもさっきの巨大な犬と違ってすごく固いのか、弾け飛びもしないで音を立てて同じスピード迫っていく。
って、これ、このまま見ていたら人がバラバラになる瞬間を見てしまうんじゃ…!やだ、見たくない…!
思わず手で目を塞ぐ。
マダイの叫び声と床がかきえぐられて破壊されていくガリガリという音、床が崩れていくガラガラという大きい音が響いた。
「嘘だろ!それたかがスライムの集合体だろ!何で爆発しても飛散しない!?」
マダイの震える絶叫にハッと顔を上げると、両手の形をしたスライムはまるで指を組むかのようにマダイのいた床をガリガリとえぐって大きく破壊しているけれど、マダイはギリギリで避けたみたい。
でも腰が抜けたのか腕の力で這うように逃げている。
ロッキングチェアに座ったままのラグナスはゆらゆら揺れながら、
「すごーく凝縮してるからめっちゃくちゃ固いしよく切れるよ。骨までターンと切れるよ、ターンと」
薄ら恐ろしいことを言いながらラグナスはクイと指を上に向けるとその両手の形をしているスライムをは空中に浮かぶ。
「スライムっていくら凝縮しようが生きてるんだよね。拡張するのは限界があるけど」
喋りながら目線を上に向けているラグナスにマダイはチャンスと思ったのか、指を向けて赤い光をビッとラグナスに放った。
スライムがギュンとドーム状にラグナス囲む。マダイの放った光が当たった所のスライムはボンと爆発して吹き飛んで穴が開いた。
…と、ドームの中からラグナスが消えた。
マダイはラグナスが居ないのを見て、立ち上がって辺りを警戒する。
でもこっちから見ている私たちにはわかる。ラグナスは、転移の魔法で一瞬でマダイの後ろに…。
「後ろだよ後ろ」
後ろから聞こえた声にマダイは驚いて一歩後ろに引いて振り返ったけれど、ガクンッとその場に崩れ落ちて尻もちをついた。
ラグナスが何かを手に持って、プラプラとぶら下げる。
「これなーんだ」
ラグナスが手に持って揺らしているもの…。白いようなクリーム色のような太いのと細い二本の棒がある。そこから下には……。…ん?あれって、もしかして、足の骨じゃ…?
マダイはポカンとラグナスの持っている足の骨を見て、ハッと自分のローブをまくり上げた。ローブの下からのぞくマダイの右足は膝の下から脛がへなへなに潰れていて、足首が百八十度ってあり得ない方向にねじれている…!
「っぎゃああああ!」
「ヒィイイイ!」
叫んだのはマダイじゃない、アレンと私。
「足ぃいいい!」
「ギャー!痛い痛い痛い痛い痛い!」
何の被害も受けていないアレンと私の方が精神的にダメージを受けて騒いでいるとマダイは自分の潰れている足を見て、ラグナスが揺らしている足の骨を見ている。
「それ、僕の…?」
震える声のマダイに、ラグナスは「んー?」と上からマダイを見下ろす。
「他に誰のだと思ってんの?」
「どうやって…」
「転移と召喚の融合で」
ラグナスはそう言いながら足の骨を目線の高さに上げて見る。
「ここまで血も肉も神経も取らず傷つけず痛くなく綺麗に体外に取りだすのすごーく大変なんだよ。特に足の骨って細かいから。次はどこの骨が見てみたい?
それとも骨じゃなくて臓器でも取ってあげようか、心臓でもどう?取ったら魔族でも三時間以内に適切な処置しないと死ぬらしいけど。自分の新鮮な血が吹き出す心臓を見ながら死んでみる?」
「やだ怖い、やだ怖い、やだ怖い!見たくない、見たくない!痛い、痛い!」
アレンは叫んで顔を押さえて、ミレイダが見ていないからってサードはアレンをうるさいとばかりに後ろから蹴っ飛ばした。
今まで自分の体の中にあった実物の骨を見たマダイは、顔を青ざめさせるだけで逃げるでもなくただ固まってしまっている。
その様子を見たラグナスは軽く小首をかしげて、
「やめる?今なら謝ればただ大口を叩いただけってことで何もなかったことにしてあげるけど」
マダイは少し口をつぐんで、力なくうなだれた。
「…すみませんでした」
「うむ、素直でよろしい」
ラグナスはやる気のない声でそう言うと手から骨が消えて、マダイが「イ゛ッ」と叫んで右足を押さえた。
「ごめんねぇ、痛くなく取るのはできるんだけど痛くもなく戻すの無理なの。あ、ちなみにそれ骨折してる状態だけど魔族なら一週間程度で治るよね?」
そう言いながらラグナスはロッテに向き直って恭しくもふざけたように体の前に腕を回して、
「こんな感じでいかがでしょうロッテ」
とペコリと頭を下げる。
「ありがとーラグナス。けど気使わないでもっと骨の一本や二本粉砕しても良かったのに」
「まあ、そこはね。他人だったら指を一本ずつ抜き取って脅した方が手っ取り早いけどロッテの家族ならある程度無事に返さないといけないかなって思うじゃん?」
軽い会話風に怖いことを言ってからロッテはマダイのそばに寄って、しゃがんで目の高さを合わせるとポンポンと肩を叩いた。
「分かった?今のが魔王の側近、それも下っ端の部類にいる者の力だよ。それも大いに手加減してもらってたのも今聞いて分かってるよね?魔王の座を狙えるなんて言葉、これからは生半可な気持ちで言うんじゃないよ。それと魔法陣からは手を引きな」
それでもまだ不服そうな顔のマダイにロッテは優しい声で、
「そんな魔法陣ごときで可愛い弟を失いたくないんだよ、マダイとは兄弟の中で一番気の合う仲だったんだから。…あたしの気持ちも分かってくれないかな」
マダイは少し黙り込み、フンと言いながら軽く頷いた。
~RPG風初期スペック~
サード▼
職業:冒険者(剣士)
初期スペックが非常に高すぎてチート扱いされる。レベルが上がる度に更にチート化していく。ただし普通に仲間にしようとすると一章から五章くらいかかるプレイヤー泣かせ。好みの女の子がパーティに居たら早めに仲間になるが、プレイヤーのストーリー選択が気に入らなかったらさっさと抜ける。
アレン▼
職業:冒険者(武道家)
初期スペックは高めなのになぜか弱く、レベルが中々上がらないプレイヤー泣かせ。戦闘時は攻撃指示だしてないと勝手に消えて、フラッとお金とか情報とか食べ物とかのアイテム持ち帰ってホクホクしてる。たまにそうやって放っておかないとストーリー進まなくなる。
ガウリス▼
職業:冒険者(剣士)
初期スペックは高い。安定して使えるから最初から最後までパーティに入れやすい。プレイヤーがストーリー選択で悪事に身を寄せたら決別して、どんなことをしてでも止めてみせると敵になって目の前に現れる。そうなると龍になったガウリスと背後に控えているギリシャの神々に倒されるバッドエンディング一本。
マダイ▼
職業:大学院生
初期スペックは体力、力は弱くて一撃で倒されるプレイヤー泣かせ。ただし魔法陣にめぐり合わせた瞬間からメキメキと力をつけていく。本を読んでいる途中で戦闘になると本を読む邪魔をされた怒りでステータス異常が起きて攻撃力が倍になる。
ラグナス▼
職業:魔王側近
初期スペックが非常に高すぎてチート扱いされる。ただし性根の悪い奴が一人でもパーティ内にいたら絶対仲間にならない。特にサードが居たら絶対仲間にならない。チートのサードを取るか、ラグナスを取るかでプレイヤーを悩ませる。でも魔王に命令されたら普通にパーティから外れて敵に回る。




