魔族同士の喧嘩
ロッテはマダイが自分のために魔法陣を研究していると知って嬉しそうにしていたけれど、少し離れてから顔を改めて、
「けど悪いねぇ。あたし魔王様に断りもなく勝手に人間界に来たから家どころか魔界にも戻れないんだわ」
「えっ」
マダイが驚いた顔で青ざめていって、ロッテの肩を掴んだ。
「魔王様の許可なく勝手に人間界にきた魔族は殺される…」
「大丈夫、今のところ魔王様もあたしの知識に免じて泳がせてるみたいだから」
ロッテはアハハと笑っているけれどマダイは目を怒らせて、
「笑いごとじゃないだろ!」
ってロッテの肩をガクガク揺らした。
「なに考えてんだよ馬鹿かよ、なんでわざわざそんな危ない橋を渡っていくんだよふざけんなよ。大体にして家に戻れるかもしれないって思ったから僕は…」
ロッテは軽くマダイの手をそっと肩から外して見上げた。
「心配してるみたいだけど大丈夫だよ。マダイはあの時まだ子供だったから本当のこと教えられてないだろうけど、あたし家から出る前に貴族の男とお見合いさせられてね。
そうしたらあの野郎、あたしに力がほとんどないって分かった途端すごーく上から目線になって腹立ったから何も言い返せなくなるまで言葉で追い詰めたら自殺しちゃってさ。
ざまあみろって思ったけど相手は貴族だしね。父さんはあたしを家から追い出してハリス家の人間じゃないってことにして、あたしを守ったんだよ」
それを聞いたマダイは軽く目を見開く。
「…でも父さんは…自分が姉さんを追い出したって心から言ってた」
「言わないよそりゃ。あの頃のマダイにそんなの聞かせられなかっただろうし、そもそも敵を騙すならまず味方からって言うじゃない。実際に父さんに出て行けって怒鳴られて追い出されたのは事実。それにあたしにはろくに力がないから後は放っておけば死ぬだろうって誰彼構わず言ってなかった?」
マダイはその通りと頷く。
「そう言っておかないとハリス家の皆が貴族に目をつけられるって思ったんだよ。だからあたしも父さんの考えを汲んで素直に家から追い出されてあげたの。原因はあたしが作ったんだから別にどうとも思ってないよ」
と言いながらロッテはマダイに目を真っすぐに見る。
「それに今はあんたと同じ。人間界で自分の城ともいえる屋敷で本に囲まれて自由気ままに過ごしてるし、今の生活が気に入ってる。だからあたしのことは気にしないでもいいよ。あたしはあたしで家を出た後は自分の力で生活できてるんだから」
マダイは眉間にしわを寄せて「馬鹿じゃないの」と呟いた。
「何のために僕がわざわざ魔法陣研究したと思ってるわけ?これが認められれば父さんも姉さんのこと認めるようになるだろうって思って…。実際に今注目されつつあるんだ、ろくに力のない魔族でもこの魔法陣があればたくさんの力が使うことができる。
…そうだよ、これが魔王様に認められれば、姉さんだって魔界にも戻って来られるかもしれない!」
段々と熱が込められていくマダイの言葉にロッテは嬉しそうに微笑んだけど、すぐに真剣な顔で腕を組んでマダイを見上げた。
「でも言わせてもらう。その研究を魔王様が認めることはない。もちろん州の大臣も。だからあんたも魔法陣の研究からは手を引きな」
マダイは「え」と一瞬声に詰まって何か言おうと口を開きかけるけれど、ロッテはそれを遮って言葉を続けた。
「魔界では力こそ全て。力があれば権力者になり無ければ下層へ落ちていく。魔法陣ってのはね、その構造を壊しかねないの。それまで力が無くて下層を蠢いていた者たちが魔法陣を覚えたら権力者たちの地位を脅かすかもしれない。
権力者から見たら魔法陣はそんな目障りな魔法になりかねないの。だからそんなものを魔界に広めようとするあんたの命もいずれ狙われるかもしれない」
ロッテはそう言いながら真っすぐにマダイを見た。
「姉さんからの忠告。これは魔界では絶対に認められない。逆に消されるのがオチ。だから全面的に手を引きな」
「…けど、けど、それならどうして州の大臣がこうやって僕が人間界に来て研究を続けるのも承諾したんだ…」
マダイの言葉にロッテは黙り込んで、考えがまとまったのかパッと顔を上げる。
「あたしが大臣だったら、魔法陣による人間への被害結果の研究をさせるためにあんたを泳がせておいて、その結果がまとまったころに研究内容だけを奪ってあんたは殺すね。そうすりゃ自分たちの強みは増える。でも下層の魔族たちに魔法陣が広まる心配はない」
マダイは黙り込んで、それからゆるゆると自分が置かれれている状況に納得したような顔つきになって、ため息をついた。
「なるほどそういうことか…。つまり魔法陣を研究している僕を人間界にと声をかけてきた教授もグルだったわけだ」
「そうね。そうすれば自分は大臣に目をかけられるし、行く末も安泰。あんたがまめに調べた研究内容で楽に州の大臣、王族とも繋がれるだろうしね。あんた、教授に利用されてんのよ」
「だね、やられた」
アハハとマダイは初めてそこで笑った。笑うとロッテそっくりだわ。
だけど…、
「罠にはめられて殺されそうだったのによく笑えるわね…」
呆れながらそう言うとマダイは笑いを収めて私を冷めた目で見る。
「魔界の大学では騙し合いが基本だ。うっかり騙されて意気揚々と自分の聖域が持てると浮かれた僕が馬鹿だった。教授は殺すから問題ない、知識では負けるけど僕の方が強い」
あっさり教授を殺すって言うのにギョッと驚いてしまって、
「それ本気?教授ってことはあなたは学生で、お世話にもなっているんじゃないの…?」
馬鹿か?とマダイは鼻で笑う。
「魔界では力こそ全て、相手が気に入らなければ殺せばいいだけの話だ。人間界の常識と一緒にするな。確かに知識の面では世話にはなったがここまでされて黙っていられるか、教授は殺す、向こうもその覚悟があってここまでやったんだろ」
「…」
っええ…そんな…確かに殺されそうにもなってたんでしょうけど、お世話になったんじゃないの?そんな人でも殺すってそんな簡単に…っええ…魔界怖ぁ…。
困惑して黙り込んでいるとマダイは私から視線をずらして、
「けど姉さんの言うことが正しいなら、魔法陣は権力者でさえ目障りと思うほど力があるんだろう?」
「まあね、慣れれば使い勝手がいいのはあんたも知ってるでしょ」
「…それなら魔法陣を全て極めれば魔王の座も狙える可能性もあるんじゃないか?」
ロッテは気楽そうな顔を引き締めて「ん」とマダイの顔を見る。
「そりゃ冗談で言ってるの?本気で言ってるの?」
マダイはどちらともとれない顔で薄ら笑った。
ロッテは少し顔を歪ませて、
「やめときな、マダイには荷が重いよ」
ロッテの言葉にマダイは私に向けるような冷めた目でロッテを見る。
「僕の研究成果で魔王の座が奪えたとしたら、楽しいと思わないか?姉さん」
マダイはそう言うと顔を輝かせてロッテに一歩詰め寄る。
「力のない者が権力を持ち、それまで権力を持っていた魔族を牛馬の如く働かせたら楽しいと思わないか?そうなりゃ魔界は大混乱だ!」
マダイはさらに詰め寄ってロッテの手を掴んで大きく揺らす。
「そうだよ、姉さんが魔王になればいい!この魔法陣と姉さんほどの頭脳があれば今の魔王なんて怖くない!」
輝く顔のマダイとは正反対に、ロッテは滅多に見せないような渋い顔で大きく息を吸って、大きくため息をついた。
マダイの手を振り離す。
「悪いけどあたしは今の生活が楽しいの。魔王の座なんて興味ない。あんたも馬鹿な考えはやめて今からでも別の研究に切り替えな」
素っ気なく拒否するロッテにマダイはイラとした顔になる。
「昔からそうだ、姉さんは頭がいいのにそれを活用しようとしない。なんでその知識を使おうとしないんだよ、何のために色々と本を読んで知識をためてるんだ。蓄えるばっかりで使いもしないなら何の意味もない、腐るだけだ」
するとロッテもイラとした顔になってマダイを睨む。
「腐る?何が腐るだって?」
自分の頭をトントンと指先で叩きながらマダイは、
「姉さんの頭に決まってるだろ」
「は?」
カラッとした性格のロッテにしては珍しくカッと頭に血が昇ったのか、マダイを睨んでいる。
「ふざけんじゃないよ、こちとらあんたが知りもしないこともたくさん知ってんだ、そのことも分かんないくせに一丁前な口利いてんじゃないよ」
「それを活用もしないから腐るだけだって言ってんだこっちは」
「馬鹿にしてんの?」
「馬鹿にしてるのはそっちだって同じだろ、バーカ」
ロッテの眉がピクッと動き一瞬空気が張り詰めたけれど、ロッテはフッといつも通り微笑んだ。
「よっし、あんたの自由気ままな生活は今日が最後だよ。あんたはあたしが倒して魔界に戻してやる」
倒す…って言ってもロッテは戦う力なんてないじゃない。
さっきだって戦ったことなんてないって少し緊張していたし、マダイは教授より強いって言ってたから普通に魔族としての力もあるのよね?
それなのに相手は魔法陣の知識もあって、ロッテには劣るかもしれないけど頭の回転が速そうなマダイ。それってロッテの分がかなり悪い…!
「ロッテ、私も…」
力を貸すわと杖を握って一歩前に出ようとすると、ロッテが腕を伸ばして来ないでって止める。
「これは姉弟喧嘩だから」
「けど…」
「姉さんが僕に敵うと本気で思ってるわけ?」
マダイが本気?とばかりに馬鹿にする笑いを浮かべる。
「弟の分際で姉さんを馬鹿にすんじゃないよ」
ロッテはそう言いながら手を上に伸ばすと、その手の平に紙が一枚ヒラと落ちてきてキャッチする。
「前にさらわれた時、急な攻撃に弱いってあたしも反省してね。だからこんなのたくさん作っといたんだ」
それをみると、その紙には魔方陣が描かれていた。
ロッテがその紙をマダイに向ける。
と、紙からパチッと音がして、ドドンッと横に走る稲妻がマダイに襲いかかる。
「ぐあ!」
マダイが叫んで後ろに倒れ込んでいった。
ロッテの手の平には魔方陣の描かれた紙が大量にハラハラと落ちてきて、ロッテはそれを一枚一枚空中に放り投げた。するとその魔法陣から光の閃光がババババと数え切れないほど放出されて、その一つ一つがマダイに集中して飛んで行っては当たっていく。
マダイはグンッと腕を広げると目の前に半透明な赤い光のガラスのようなものが現れて、光の閃光はそのガラスのような…多分シールドで全て防がれて弾けて消えていく。
マダイの鼻から血が出ているわ。その血を手で拭いいながらマダイはロッテを睨みつけた。
マダイは空中に向かって人差し指を向け、グルグルと指を動かす。その動かしたあとには光で魔法陣が描かれて浮かんでいる。
ええ!それより空中に魔法陣描けるの。
ロッテの後ろで驚いているとマダイは、
「どうだ!僕は姉さんと違って空中にも魔法陣が描けるんだぞ!姉さんは力が無いからこんなこともできないだろ!」
空中に浮かんだ魔法陣からロッテが放ったような閃光が放たれる。
見る限りロッテは攻撃魔法の魔法陣しか持っていないんじゃない?だとしたらあの攻撃は避けられないかも…!
杖を握って石の壁を作ろうと前に飛び出そうとすると、ロッテは紙をペラリと地面に落とした。
地面に紙が触れた瞬間、目の前に薄い水の壁がザザッと下から天井まで立ち上がって、ロッテは一歩二歩と後ろに下がる。
閃光は水の壁に当たると天井や床、壁にと斜めにビッと折れ曲がって、ロッテには一つも当たらず消えた。
「光なんて水の屈折がありゃあどうにでもなるわよ」
ロッテはしゃがんで水の壁を出現させている魔法陣の描かれた紙をマダイの方にググッと傾けていく。水の壁は段々とマダイに迫っていって、とっさの判断でマダイは赤い光のシールドを広げたけれど、ロッテは笑った。
「光は水に対して効果が薄いっての今見せたばっかりでしょ、頭大丈夫?腐ってんじゃない?」
マダイはしまったとばかりの顔をして後ろに慌てて下がったけれど、もう遅い。
水の壁に当たった半透明な赤い光のシールドは霧散して消えてそのままマダイは水の壁に頭から飲み込まれて押し流していく。
「ウベ、何だこれ、しょっぱ!」
マダイが水の壁に浸った状態でブー、と口の中に入った水を吹き出すと、ロッテは笑いながら紙をペラリとマダイに向けた。
「これ何の魔法陣だー?」
マダイはそれを見て目を見開いた。
「…稲妻…」
「それじゃあ問題。塩水に電流を流すとどうなるー?」
からかうようにロッテが言うとマダイは何か察した顔をして引きつらせて、
「純水とは違って…流れが…非常によくなる…」
と言った瞬間、魔法陣から稲妻が飛び出して、水の壁もろともマダイにバチバチと電気が流れていく。
あまりに激しい閃光に目をつぶると、マダイの感電している「あばばばばばば!」という叫び声だけが耳に聞こえてくる。
「これ本当は普通の水なんだけどひと手間加えて塩水が混じるようにしたのよ。塩水と電流の組み合わせコンボって結構魔族にも効くんじゃないかなーって思ってさ。後で喰らった感想聞かせてよ。
…ねえ聞こえてるー?マダーイ、まだギブアップなんかじゃないでしょー?まだいけるー?ねえー今どうなの、苦しいー?苦しいなら苦しいって言ってごらーん、止めてあげるよー?痙攣してる中で言えたらだけどー」
ロッテはクスクス笑いながらどこまでもどこまでも稲妻をバチバチと流し続けて止める気配がない。
ロッテ…えぐいわ…。
※激しい光の点滅にご注意ください
↑その注意すべきフラッシュ映像と同時にこの文字が左下に現れたのをテレビで見た時、警告の意味がないなぁと思いました。




