ラスボスの家庭事情
「…え?」
「…え?」
マダイという魔族がロッテに向かって姉さんと言った言葉に私とミレイダから同じ言葉が飛び出して、ロッテを見た。
今この時、ロッテに全員の目が集中されている。
「なーんか声がマダイっぽいなぁって思ってたら本当にマダイじゃない。いつの間に人間界にダンジョン持てるほど出世したのよ」
「姉さん…が、何でここに…」
マダイと呼ばれた魔族のラスボスは明らかに動揺している。
けど姉さん、ってことはこのマダイって人はロッテの弟ってことよね?
マダイをマジマジ見てみる。黒い髪の毛、黒いのに光が当たると反射してキラキラと青く光る瞳、白い肌に赤い唇は確かにロッテによく似ている。
でもマダイの方が髪にはコシはないし、肌の色も白いってうより青白く不健康そうだし、そんな姿は少し陰気さを感じるわ。
「本当にロッテの弟なの?」
そう聞くとロッテは、そうそう、とマダイの肩に手をかけてホテルのロビーみたいなこっちにグイと引っ張り出した。
「あたしの末の弟のマダイ・リンギョ・ハリス。あたしの家はわりと兄弟姉妹が多くてね。あたしは家から追い出された形なんだけど、弟がこんなに立派に成長してて嬉しいわぁ」
そう言いながらロッテは親しそうにマダイの肩をポンポンと叩いているけれど、マダイはロッテを、それから私たちを睨みつけてくる。
「…姉さんは…何でこんな奴らと一緒に行動してるんだよ」
元のボソボソとした喋り方に戻ったマダイが非難がましい声でロッテに問いかけた。
「ん?ああ、エリーは知り合いでね。ほら勇者御一行の一人だよ。こっちはミレイダっていうゲオルギオスドラゴン」
勇者御一行と聞いた瞬間にマダイは目を開いて、余計に私を睨んだ。そんな憎らしい目のままマダイはロッテに視線を戻す。
「何で魔族なのに勇者御一行なんかと…」
「だって仲良くしてるんだもの。それに前、あたしがストーカーにかどわかされた時も助けに来てくれたし」
「ストーカー!?」
慌てたようなマダイの声にロッテは声をあげて笑う。
「大丈夫、ストーカーなんかじゃないから。エリーたちがそう勘違いしただけ」
マダイは何か言いたげな顔になっているけれど、それでも言いたいことを無理やり飲み込んだような顔つきで続けた。
「まさかとは思うけど、弟の僕相手に勇者御一行に手を貸して戦うわけないよな?どんなに人と親しくしようが姉さんは魔族なんだから、僕に手を貸してくれるだろ?」
マダイがロッテを引き抜きにかかっている!
駄目よ、サードたちがいなくてもドラゴンのミレイダと頭の良いロッテがいるから大丈夫って思っていたんだし、何より魔王に見逃されるぐらいのロッテを敵側に回したくない!
「えー、どうしようかなぁ。可愛い弟にそう言われると迷うなぁ」
ロッテは私をからかうような笑いを浮かべながらそんなこと言ってるし…。
するとマダイは私とミレイダを睨みながら指を差して、
「こいつらは僕の書庫を…本を大量に燃やしたんだ。それもタイトル順に、色別に、種類別に綺麗に仕分けしたものを…!」
マダイはそこまで言うと瞳を潤ませ、涙を一つ二つ頬に零した。
「僕の…本…っ」
陰気そうにみえるマダイだけれど、それでも黙っているとロッテに似た美男子。そんな目から流れる涙に思わず見入ってしまう…。
でも、と私は首を大きく横に振る。
「それはあなたがこの周辺の収穫できる作物を腐らせるから、倒すべき相手と見たからよ」
「こっちは戦う気なんてなかった!最初に出て行けと言っただろうが!しかもわざわざ次元をずらして誰も入ってこないようにしたのに!」
急激に目を吊り上げ怒鳴りつけてくるから少し身が強ばった。でも正直サードの一喝と比べると劣る。
すぐに私は身を乗り出して指を突き付けた。
「あなたが作物を腐らせるような真似をしなかったらこっちだって何もしなかったわよ!あんなことしておいてよくもまぁ私たちが一方的に悪いって言えるわよね!」
「なんだとこの女…!」
マダイは逆上したようにこちらに向き直り、
「ならお前らのしていることは何だ、不法侵入して人の家の中をうろつきまくって燃やして壊して大事な本を…!」
マダイは歯ぎしりをしてロッテを見た。
「姉さんなら分かってくれるはずだ、大事な本を燃やされた悔しさと怒りが…!」
「それは分かる。あたしだって同じことされたらブチ切れるわ」
ロッテもあっさりとマダイの言葉に頷いて、あ、これヤバい、ロッテがマダイ側に立ってると慌てた。
でもロッテは首を傾げて、
「でも分からないのよね。そんなに燃やされたりするのが嫌な本をどうしてダンジョンに入れといたの。こんな所に置かないで実家に置いときゃ良かったじゃない」
マダイは渋い顔をして少し口をつぐみ、
「…冒険者入れるつもりなかったし…」
とボソボソと言った。
ロッテは「は?」と返す。
「ここダンジョンでしょ?人間界に来たんだから人を倒す目的だってあったんでしょ?」
「…」
マダイは黙り込んだけど、ロッテに見られていると黙っていられなくなったのかボソボソと喋り出した。
それをまとめるとこう。
ロッテの家、ハリス家は貴族階級じゃないけど裕福な家。それも名門として扱われるほどの旧家なんだって。
それも今どきの魔界でも珍しいくらいの子だくさんの家としても有名で、驚くことに男女含めて二十三人の兄弟がいるんだって。
ロッテは男女含め上から数えて五番目の子供、このマダイは下から数えて八番目の子供…。
そうなるとマダイは末っ子じゃないし数が合わないって混乱したけれど、どうやらロッテが家から出た後にまた子供の数が増えたみたい。
そんな風に兄弟が多いからいくら家が旧家で広くても、上の兄や姉が独立して家から出て行っても人の多さは変わらない。
だからロッテもマダイも子供のころから自分一人の部屋が無かった。
マダイは一人部屋に憧れていたって。同じ部屋の兄弟から本が邪魔だって毎日文句を言われて雑に扱われていたから。(それにはロッテも激しく同意して頷いていた)
でもどうやらマダイはロッテよりも本に執着する性質みたいね。家族であれ本を勝手に触られたくないみたい。(ロッテは貸してって言われたらいいよってすぐ貸してたっぽい。勝手に持って行かれたら後から静かに報復してたって笑ってた)
それでもそんなマダイの本に対する愛情なんて知らなーい、とばかりに家族は本を勝手に借りて行く。お兄さん、お姉さんは持ち出したとしてもただ読む目的だから、許せなけどまだギリギリの範囲で許せるって。
何それと思って聞いていたら、どうやら弟と妹たちの本の扱いが酷かったみたい。
本を枕代わりにしてよだれを垂らす。かじりついてシャブシャブして歯形を残す。本を投げとばして喧嘩を始める。クレヨンでお絵描きされる。破いてティッシュ代わりに鼻をかまれる。鼻くそをつけてそのまま閉じて戻す…。
汚された本を見る度にマダイはショックを受けて悔し泣きをしていた。でも弟と妹はそんなマダイの反応を見てもケタケタ笑うだけ。魔族は周囲の人が嘆き悲しんでいるのは楽しむ性質だから。
殺してやろうかとマダイは何度も殺意を抱いたみたい。それでも兄として妹や弟たちの世話もしてきたし、家族相手では愛着があるから殺意を抱いても殺せない。
マダイは自分の本を必死に守りながら毎日毎晩思っていた。
「ああ自分一人だけの部屋が欲しい…!」
自分だけの部屋があればこういう大きい本棚をこのように配置して、机はこうでベッドはこう…。
グチャグチャになる本が増える中、そんな妄想にマダイは逃避し始めた。
その妄想が現実となるのは大学教授に、
「お前はやる気もあるし、どうだ、州の大臣から研究員の研究を実戦で使ってみないかと話をされたんだが、実験がてら人間界にダンジョンを持ってみないか」
と声をかけられてから。
それも戦績が良ければそのまま人間界に留まってもいいっていう破格の提案だったって。
「そのダンジョンって、自分が好きに考えていいんですか?」
そう聞くと、
「これくらいの予算を渡されるからその範囲内で収まる程度の新しいダンジョンを作ってもいいぞ」
つまり、タダで自分の城が持てるということ。
自分だけの部屋じゃなく自分の家、自分だけのプライベートな空間、それはもはや聖域!
マダイはそんな風に大喜びでこの屋敷に塔を建てた。
とりあえず周辺に住む人を苦しめたことも戦績の対象になるらしいから、周辺の人間が困ることをすれば別に冒険者をこの聖域に入らせなくてもいいだろうって、マダイはさっさと時空をずらす魔法陣を張ったみたい。
とにかく冒険者を入れるつもりなんてなかったからモンスターを配置する気もさらさらなかった。
それでも仮に何か間違いがあって迷い込んだ人間が居たら魔界の毒蛇に退治させておけばいいだろうと数匹放った。
そもそも次元をずらしておけば人間なんぞここに建物があることも知らず通り過ぎていくだろうと踏んだらしいから…。
そんなことを言っているマダイに私とミレイダは睨まれたけど、しょうがないじゃない、気づいちゃったんだもの。
とにかくマダイは州の大臣か教授にお呼びがかかるまでここでゆっくりと研究でもしながら過ごしていけばいいってそれはいい時間を過ごしてきたみたいね。
誰の邪魔も入らない空間で本をゆっくり読んで、本をグチャグチャにされる心配もなく好きなように並べて、あとは好きな時に起きて好きな時に研究、好きな時にご飯にお菓子を食べて、好きな時に休憩して好きなときに寝る。
今日はこっちの部屋で勉強を、今日はそっちの部屋に本を持って行って研究を、ちょっと休憩したいときにはこの部屋で、この勉強がしたいときにはあの部屋で、午前中はこっちの部屋で、日が暮れて来たらあっち向きの部屋、暑いときには北向きの風通りのいい部屋…とマダイはそれは自由気ままに一人だけのプライベート空間をフル活用して過ごしていたって。
何て悠々自適な生活を送っていたのかしら。聞いているとちょっと羨ましくなるわ。
で、そろそろ人間を苦しめておかないとって活動を始めたのがここ数日…。
マダイが話し終わると、ロッテはすぐさま質問した。
「…でも何であんた魔法陣なんて使ってんの?あたしと違って普通に力もあるでしょ」
するとマダイは口ごもって、ロッテから目を逸らした。そしてボソボソと何か言っているけれど、今までで一番聞き取れない。
「ん?」
ロッテもマダイに顔を寄せて聞き返すと、マダイはまぶたを軽く伏せて、
「…魔界で人間界の魔法陣を活用できないかって研究してて…」
「何でわざわざ」
意味が分からないって顔のロッテにマダイは少し口をとがらせた。
「姉さんはハリス家の魔族なのに力がないから父さんに家から追い出されただろ。けど人間界の魔法陣はほんの少しでも魔力があれば使うことができる。だから、これだって立派な魔力の一部だって魔界でも認められれば…姉さんだって家に戻って来れるだろ」
ロッテは軽く驚いた顔になって、それから一気に破顔してマダイの首に腕を巻き付けた。
「えー何?あたしのために人間界の魔法陣を研究してくれてんの?可愛い奴ぅ」
「別に姉さんのためじゃねえし、離せよ」
マダイはロッテをぶっきらぼうに引き離すけど、ミレイダはニヤニヤと笑っている。
「いやー、そりゃロッテちゃんのためとしか考えられねえよなぁ」
人の作物を腐らせる悪い魔族。…でも、そんな話を聞くと私だってついニヤニヤしちゃうじゃない。




