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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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やっちまったかも

吸い込む穴から遠ざかっていく中でも、私たちが通りかかるタイミングで壁や天井ら床から魔法陣が現れ、次々に私たちへ襲いかかってくる。


「ヒィィイ!」


悲鳴をあげながらミレイダとひたすら走り続けていくと、立て続けに起きていた魔法陣の出現が少し収まってきて、私の手を引き走っていたミレイダはスピードを緩めて振り返った。


「少し落ちついたな、大丈夫かエリーちゃん」


「ええ」


「…」


息も途切れ途切れに返すとミレイダはどこか楽しそうに笑っている。


「ん?何?」


「いやぁ前にみた演劇でさぁ、親に結婚を反対された男女が手を繋いでこうやって愛の逃避行って走るシーンがあってなぁ、今のこの状況それみてえだなって」


「そんな冗談言ってる場合じゃないでしょ」


「俺エリーちゃんとならこのまま走って逃げても構わないぜ?ついでにおじ様って呼んで?」


うふふ、とミレイダが何かしら期待するような顔で言ってくる。


「だからそんな冗談言ってる場合じゃないでしょ」


少しイライラしながら同じ言葉を繰り返すとミレイダは余計嬉しそうに頬を押さえ、


「エリーちゃんのムッとした顔、可愛い❤」


と言ってくる。


「…」


…アレンとはまた違った意味で脱力するしサードとはまた違った意味でイライラするぅ…。


頬を膨らませながら睨んでいると、ミレイダはそんな私の顔を見て笑いながら肩を軽くポンポン叩いて前を向く。


「さっきも言ったが上に向かえばそのうち勇者様たちとも会えるだろ、階段探そうぜ」


今の会話なんてなかったみたいに歩いて行くわね、この…。


…でも何となくミレイダが私が苦手とするおじさんたちと何か違う理由がちょっと分かった気がする。


ミレイダは人をからかったり口説いたりするようなことを言った後、すぐにスッと引くのよね。そのタイミングがものすごくちょうどいいんだと思う。長生きしてきた賜物(たまもの)かしら。


王家の付き人と言っても十分なスッキリ伸びたミレイダの背中を見ながら私もその後ろをついて行った。

それにしてもアレンが居れば大丈夫って思っていたけれどアレンとは分かれてしまったし、ひたすら魔法陣から逃げ回ってきたからどこをどう来たのかもさっぱり分からない。


「ミレイダ今来た道覚えてる?」


「ぜーんぜん。俺は勘で進む性質(たち)だから」


「…」


これは…私たちはひたすら迷ってサードアレンガウリスと大幅に差ができそうね。あの三人だったらサクサクと進んで行きそうだし。


……あ、そうだ。


私はパッとミレイダに声をかける。


「ミレイダはドラゴンに変化できるのよね?」


ミレイダはクルリと振り向きながら親指を立てドヤ顔で頷く。


「おうよ、いつでも変化できるぜ」


「それならドラゴンに変化したらこの塔も壊せるし、魔族のいる天辺まで一気に行けるし倒せるんじゃない?」


するとミレイダは少し黙り込み、悲しげな顔で首をゆっくり横に動かした。


「それはちょっと…。俺もなぁ、元々は洞窟の奥底にいるモンスターだったんだ。だからいきなり棲み処に侵入されて殺されそうになる怖さってのはよーく分かる。しかも俺の場合、相手は噂に聞いてた御高名の勇者インラス一行だ。

なんかうるせえと思って目ぇ覚めたら鼻面元でインラスが『覚悟!』って聖剣持って魔法詠唱し始めてんだぜ?死を覚悟したね、あん時は」


ふっ、とミレイダはため息をついて、


「人ってのは寿命も短いし簡単に死ぬから楽に物事進めてえってのも分かる。だがいきなり棲み処に侵入されて命を狙われる奴らの気持ちもよーく分かる。だから俺は人の姿の時は人として対応してえんだ。あんなでかいカエルが数匹も現れてもうどうしようもねえって非常事態を抜かしたらよ」


分かってくれるかなぁ?と言いたげにミレイダは軽く首を傾げ私を見てくる。


でもその言葉に私は旅をしてきてやってきたことがグルリと頭の中を駆け抜けていった。


私たちは依頼を出されていたから「倒しにいくぞ」ってモンスターの居る場所へ乗り込んでモンスターを倒し続けてきたけれど、それは逆の立場からみてみたら押し掛け強盗みたいな恐ろしい存在…。


「いや、そんな罪悪感なんて感じなくていいってぇ、エリーちゃん」


無言になって黙り込んでいるとミレイダは私の肩に手を回してポンポンと叩く。


「それでも冒険者って立場になってみて俺も分かった、討伐されるモンスターはよっぽど人の生活に害を出してる奴らなんだってな。特に勇者ってのに依頼されるのはかなり人に被害を出すようなモンスター中心だろ?人として当たり前のことやってるだけなんだから、そこは気にしなくていいって」


「…それならミレイダの所に勇者インラスが行ったのもそうなの?何か悪いことしたの?」


ミレイダはいやいや、と笑いながら首を横に振る。


「インラスたちはなぁ、入る洞窟の穴間違えただけだ。もう一つ向こうの山の洞窟に住んでる同じ種のドラゴン野郎がよく暴れ回っててよ。勇者のうっかりミスで死ぬ所だったんだぜえ?俺ぇ」


酷いと思わねぇ?って訴えるようにミレイダが言うから、おかしくて思わす笑ってしまう。


サードの聖剣の元持ち主は歴代最高の勇者。なのにそんなミスもしていたんだって思うと親近感を感じるわ。ミレイダには災難だったかもしれないけれど。


とても正義感があって真面目で、それでいて強くてストイック。そんな勇者インラスの印象がミレイダとナタリカの話でかなり身近な存在に思える。


「インラスってどんな人だった?」


もっとインラスの話が聞きたくて質問するとミレイダは昔を思い出すように遠くを見て、


「ま、見た目はナタリカの言ってた通り。性格もそうだな、真面目なんだがうっかり別の穴に入って人違いならぬドラゴン違いで殺そうとしてくるどっか抜けた野郎だった。攻撃されそうになって慌てて『何で!?どうして!?俺眠ってただけなのに、俺は悪いドラゴンじゃねえよ!』って叫んだら『え、何それ』って攻撃止めるような奴で…」


ミレイダはそこで言葉を止めて笑いだす。


「一言でいうなら馬鹿だった。普通目ぇ覚ましたドラゴンを前にして『え、何それ』はねえだろ『え、何それ』って…」


その時のことを思い出したのかミレイダが声を震わせて笑っている。


それでもミレイダはその時まで洞窟の中に居たんだわ。


「じゃあミレイダはインラスと会ったから洞窟から外に出たの?」


ミレイダは通り過ぎざまに部屋のドアがあれば中をチラと確認して、でも何もなかったのかドアを閉めてから、


「まあ結果的にそうなったな。とりあえず必死こいて俺は人に危害は与えたことはないって訴えてたら一行も違うドラゴンだってのに気づいて、色々と話してよ。そうしたらインラスに限らず人ってのは外を随分歩き回ってるもんだなって思ったんだ。特にすることもなくて洞窟で寝てばっかりだったんだが、それならちょっくら出かけてみるかなって人の姿になって外に出た」


また別のドアを開けて部屋の中を確認しながらもミレイダは話し続ける。


「そうしたら外の世界は目が回るぐらい移り変わりが早いもんでな。それも人の目線で歩くとその全部が近くで見れて楽しい。だからつい今の今まで外を歩き通しだ」


更に部屋のドアを開けたミレイダは立ち止まって、「お」と言いながら大きく扉を開けてから中を指でさし示した。


「部屋の中にあったぜ」


指差すから促されるままにドアから部屋の中を覗きこんでみると、部屋の隅に木製の階段が天井まで伸びているわ。


でも何で部屋の中に階段?上の階に行ける場所があって良かったけど…。


その階段を上がると下と同じような部屋にたどり着いた。そのまま三階に…って思ったけど、部屋の中に上に行く階段はない。

さすがにこのダンジョンの魔族も塔まで侵入された時のことを考えて一気に上に登れないように対策しているのかも。


ミレイダと私は部屋を後にして、三階に続く階段を探す。


「また部屋の中に階段があったりするのかしら」


「かもしれねえな、だとすりゃ部屋数も多いし探すの面倒だなぁ、全く面倒な造りにしやがって…」


ブツブツ言いながらすぐそこにあった部屋のドアを開けようとミレイダがドアノブに手を伸ばした。

でもドアノブにチカッと光るものが見えた気がして、ミレイダがドアノブを握る直前でその手を掴んで止めた。


「待って、何かおかしい」


かがんでからチカッとした場所をよくよく見ると、丸いドアノブの真横に小さく魔法陣が浮き出ているのが見えた。


ギョッとしてのけ反る。


「やだ、何これ」


ミレイダも小さい魔法陣を覗き込んで、


「うわぁこんな小せえ魔法陣なんてアリかよ。これは…小説とかだとあれだな、ドアノブを触ったら感電、毒針が手に刺さる、開けたら爆発するのどれかが多いよな」


ウッ。全部死ぬじゃないのそれ。

でもそれなら手で開けないで魔法でドアを壊してしまえばいいわ。


「それなら魔法でドアを壊すから一応離れてて。爆発したら大変だし」


声をかけるとミレイダも素直に後ろに数歩離れて、私も同じように数歩下がってから風を起こしてドアをバァン!と吹き飛ばして破壊した。それでも特に爆発も起きないまま木製のドアはあっけなくバラバラに壊れ、バラバラと大きい音を立てて床に落ちていく。


離れた場所から部屋の中を見てみると壁の全てが本棚で覆いつくされていて、…もしかしてテーブルと椅子もあったのかしら。私の攻撃で吹き飛ばされて後ろの本棚に激突して滅茶苦茶になってしまっているけど、そんな形の残骸が転がっている。


…でも何かしら、こんな配置の部屋をどこかで見たことがあるような…。


あれこれと今までのことを考えてから、ハッと気づく。


あ、そうだ、ロッテの屋敷だわ。ロッテの屋敷も部屋の中を全て本棚で覆いつくされていて、その場で本が読めるようにテーブルと椅子が置かれていたっけ。


でもま、ロッテの屋敷みたいに本が沢山ある以外はとくに変わった所もなさそう。別の部屋に行こう。


「魔法陣があったら危ないから全部ドア壊して開けていくわね」


「いいと思うよ、どんどん行こうぜ」


ミレイダにもおされ、ドアがあればバンバン壊して階段がないか中を確認していく。


それでも二階のほとんどの部屋は本を置いておく部屋みたいね。全ての部屋のドアを壊して中にあるのは本棚だけって感じ。

それよりここって本当に魔族のいるダンジョンなの?段々とロッテの屋敷にいるような感覚になってきたけど…。


すると、ゴゴッと音が聞こえた。この何かスイッチを入れたような音は…。


顔を上げるとやはり天井にはあの声が聞こえる魔法陣が浮かび上がっている。


『…ふざけんなよ、とっとと出てけよ』


ブツブツと声が聞こえてきた。


『なに僕の聖域普通に荒らしまわってんの?バカなの?死ぬの?普通ありえないだろうが見ず知らずの者が住んでる所に入り込んで?そんで窓壊して?勝手に侵入して?しかもこちとら優しさで警告したっつーのに何普通に進んじゃってるわけ?バカなの?死ぬの?しかも誰だよ僕の書庫のドア次々と壊しやがってる奴、ぶっ殺すぞ本当』


抑揚のない一本調子の喋り方だけど明らかに怒っているのは伝わってくる。


『つーか殺す、待ってろ』


ブツンと音が消えた。

私とミレイダは目を見合わせる。


「…書庫って、あっちからここまでの部屋のこと?」


「うんまあ。本だらけだったしな」


「…一旦あっちの方向に…」


逃げましょうか、って言おうとすると、そのあっちの方向に大きい魔法陣が空中にブワッと浮かび上がり、そこからズルッと何かが出てくる…!


蛇。

それも私なんて簡単に飲み込んでしまいそうな巨大な蛇の頭が…!


「…!」


危険と察して杖を巨大な蛇に向けた。


その巨大な蛇はチロチロと長い舌を出しては引っ込めている、…けど…全身を魔法陣から出さないまま私とミレイダから最大限に離れた壁側に身をぴったりと寄せてジッと身を固くしているように見える。


「…?」


何?何なの?出てきたくせに何もしてこないの?


不思議に思っていると、ミレイダが私の肩をトントン叩いて、クイクイと自分を指さしている。


あ、なるほど。出てきた先に爬虫類界最強のドラゴンが居たから何とか壁と一体化してやりすごそうとしているの。でもかなり無理があるわよ。壁の色とも違うし大きいし舌がチロチロ出てるし…。


でも何もしてこないなら怖くもないわ。


その蛇の横をすり抜けて通り抜けると、その向こうにいくつも魔法陣が光っている。


今度は何!?


身構えるとその魔法陣の中からブワーッと黒い雲がでてきた。でも何?このブーンって音。

…ん、あれ?あの黒い雲、ウネウネ動いてる…いや違う!あれは細かい虫だわ。黒い雲に見えるくらいの大量の虫…!


「いやああああ!」


私は絶叫しながらすぐさま風を起こして大量の虫に向かってボッと放った。

旅をしている間に虫に少しは慣れたけれど、こんな大量の虫はやっぱり無理ぃ!


私が放った突風は黒雲を真っ二つに割る。でもすぐ一つの塊になってどんどん近づいてくる…!


「ヒイイイ!」


めちゃくちゃに風を放ち続ける、それでも大量の虫を一気に倒せない、分断されてもすぐに一つになって迫ってきてる…!


「炎出せねえの?」


のん気そうに後ろから声をかけてくるミレイダに、私は叫ぶように返した。


「私ゼロから火とか水とかの魔法起こせないの!」


「あ、そうなの。じゃあしょうがねえなぁ、ちょっと熱くするから離れてて」


ミレイダは私の肩を掴んで後ろに追いやって、もっと後ろに行けと手を動かしてから大きく息を吸い込んだ。

その次の瞬間、ミレイダの口からボッと炎が噴き出されて、黒雲の虫の塊と長い廊下が一気に炎に飲み込まれる。


ミレイダの言う通り後ろに下がっていたけれど、炎の熱気がブワッと後ろにいる私にも襲いかかってきた。顔がジリジリと焼かれていく感覚がする。直接炎を浴びていないのに、なにこの熱さ…!


「熱い!熱い!」


すぐさまもっと離れ、背を向けて顔をローブで覆ってしゃがみこんだ。ドラゴンの牙もつけて炎耐性も上がっているローブだからこれで大丈夫なはず。

そう思ったけど、鼻や口から入ってくる空気があまりにも熱くて、喉が焼けてしまいそう。


息を止めて私の周りに風を起こし、この酷い熱気を分散させようと自分を中心にグルグルとひたすら空気を動かし続ける。

それでも熱い、炎の中に投げ出されたような熱さ…!目も開けていられない、開けていたら絶対に目が焼ける…!


その状態で必死に耐えていると、ゲヘゲヘと咳き込む音が聞こえた。


「人の姿で炎吐くとむせるぅ」


こんなにも酷い熱さの炎を吐いたというのに、当のミレイダは気が抜けることを言いながら咳き込み続けている。


…あ、そうだ。風を起こすんじゃなくて自然の無効化を使えばこの熱波も消えるわね。


無効化の魔法を使うと、私の周囲からスゥと炎に包まれているような熱さが引いて、息も普通にできるようになった。

そして改めてミレイダが炎を吐いた方向を見ると…。


「うわあ…」


一面が燃えている。ううん、もう燃えるを通り越してドロドロに溶けている。

漆喰の塗られたレンガ製の壁は火には強い作りのはずなのに…そもそもレンガって炎で溶けて原型のなくなるような素材だったっけ?あり得ない…。


それに魔族が大事にしているらしい書庫も結構な広範囲で燃え落ちちゃってるんじゃないの?ミレイダ近くの床や天井には大きく穴が開いていて、炎で消失したいくつもの壁の奥に見える書庫の本も炎の煽りを受けてジワジワと端から黒く燃えていっているのが見える。


うわぁ…と眺めていて、フッと思った。


「サードたち大丈夫かしら」


もし二階に来ていてこの炎の向こう側に居たとしたら…。


ミレイダは「あ」と言って黙り込んだ。


…何となくミレイダの顔が「やっちまったかも」って顔つきになっている。


「いやだって、あの虫さぁ、基本的に生き物の肉を食い千切る虫なわけよ。ドラゴンだってあれに入られたら内側から食われるしさぁ。俺らの種は外側は強いけど内側からの攻撃はちょっとやめて欲しいからさぁ」


ミレイダが慌てて弁解し始めたけど、まさかサードたち、今の炎で溶けてないわよね?


青ざめているとミレイダはオロオロしながら、


「だがほれ、俺らの上がってきたあの階段はツララで分断された手前側から近い場所だったし、ツララの向こう側に居た勇者様たちは見つけるの随分遅くなってるはずだぜ。だからまだ一階にいるかもしんないからさ…」


ミレイダはそう言っているけど、それが本当にそうなのかどうなのかなんて分かるわけない。


ガウリスじゃないけど、私は燃え落ちている天井を見上げて祈った。


神様!三人とも無事でありますように…!

某観光地にて蜂、アブ、蛇に注意という野外に行ったら、途中の道にグネグネした枝が落ちてましてね。


蛇だったんですがね。

その蛇が「やだ…人怖い…」とばかりにギュッと身を固めて地面と頑張って一体化してるのを見て、「人からしてみたら君の方が怖いんだよ、知らないでしょう」と思いながら遠巻きに通りすぎました。

あの何とかやり過ごす感が可愛かった。

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