ドラゴンといっしょ(二体目)
「しかしミレイダがドラゴンだったとは…未だに信じられん」
アサフは病院の外のベンチに腰掛けながら呟いて、かすかにおかそうに笑った。
「だが納得できたよ。八千年ほども生きているのなら一国の王子だろうが何だろうがしょせん命の短い生き物程度の感覚で接していたのだろう」
「しょせんって…」
そんな言い方はどうなのかと私も小さく呟くと、アサフはいつも通りの楽しそうな顔つきで私を見た。
「僕が冒険者になって仲間を集おうとして酒場に行ったらミレイダがいてな。そりゃあ楽しく酒を組みかわして、仲間になれと言ったら嫌だと即座に断られた」
アサフはもっと楽しそうに笑って、
「僕は一国の王子だ、仲間になればきっといいことがあるぞと適当なことを言ったら『うるせぇ、馬鹿』の一言だ。いやぁ、王子だと明かしたのに面と向かってうるせぇ馬鹿と言われたことなどなくてな。こいつは今まで会ったことのない奴だ、逃がしてはならないとひたすら勧誘した」
…何でそんな馬鹿って面と向かって言われて気に入ったのかしら、変なの。
「ま、僕は結局王位継承権は皆無の王子だがね。やはり王子というだけで女性からは人気で声をかけられるんだ。そうやって王子の僕がしつこくミレイダに付きまとっていたらミレイダを僕の付き人と勘違いする女性が現れて『おじ様、おじ様』とミレイダは黄色い声をかけられて」
アサフはプクク、と笑いを堪えながら、
「そうしたらあっさり仲間になったよ。そこまで言うのならしょうがねえ、仲間になってやる、本当に仕方ないとね。いやぁおかしかったおかしかった、女性からの黄色い声であっさり意見が変わったのは」
思い出すだけでおかしいのかしばらく笑いながらニヤニヤしていたアサフだったけど、ふっと笑いをおさめる。
「…最初は王子という立場で他のブルーレンジャーの皆も気を使っていた所もあった。だがミレイダがあの通り僕を馬鹿だなんだとけなして僕は笑い飛ばすから段々とメンバー全員も気兼ねなく接してくるようになった。それを見ていた国民たちも同じようにだ。
王子という立場を心の底から気にしないミレイダがいたからこそ皆と今のような関係になれた。感謝してもしきれない」
アサフはそう言いながらアッハッハッと声高らかに笑いながら私たちを見てきた。
「だからミレイダのそういうところがたまらなく好きなんだよ。だが勇者御一行も中々に僕を王子扱いしないから好ましいぞ」
と言いながらアサフはサードに目を向ける。
「ともかくミレイダが何だろうがどうだっていい。それにこういう事態だからな、ミレイダをしばらくの間そちらに貸してやろう。ミレイダは神は恐れているが魔族は蹴散らせるようだからね。これ以上作物が悪くなる前に早めに魔族の討伐をして欲しい」
「…そうですね。聞きたいこともあるのでちょうどいいです」
サードはそう頷くとアサフも頷き、よろしく頼むと歯を見せて笑った。
* * *
『ゲオルギオスドラゴン
四つ足で有翼。長い尾を使い二本足で立つことも可能。体の色は様々だが目の色は統一して黄金色。体は空に届くほど巨大で、翼を広げると空が覆われ日光が遮られるほど。
性格は非常に攻撃的で人や町を襲うドラゴンの大半はこのゲオルギオスドラゴンだとされている。まれに魔族と行動を共にしているのも確認されているが、使役されているのか、それとも人を害する面で目的が一致しているので手を組んでいるのか不明。冒険をするうえで最も会いたくないドラゴンなのは間違いない。
攻撃…炎を吐く。この炎は一息で岩も溶かすほどなので非常に危険
防御…表面の鱗は非常に硬く、魔法の耐性にも強い。空も飛べるので攻撃は非常に難しい。だが聖剣での攻撃は可能(伝承より)
弱点…なし。あえて挙げるとすれば聖剣か』
「…」
ミレイダのドラゴンの種類を宿屋から借りたモンスター辞典で調べてみたら、思った以上に凶悪なドラゴンだった。
思わず黙り込んでそのドラゴンの項目をじっと見続ける。
「驚いた?ねえねえ、エリーちゃん驚いた?おじさんが強いドラゴンで驚いた?」
ミレイダが私の両肩に手を乗せて楽しそうに笑いながら、後ろから一緒にモンスター辞典を覗き込んでいる。
毒カエルを飲み込んだミレイダは二日かけて、今日の朝に完全復活を果たした。
無事に退院したミレイダにアレンは、
「それにしてもドラゴンでも毒にやられるんだなぁ」
と言うとミレイダは嫌な顔をしながら、
「ドラゴンだろうがあんなくそマッズイ毒を出すモンスターなんて食ったらやられますよ。体の表面に当たる程度ならどうにもなりませんがね、内側からは効きますよさすがに」
と言っていた。
そうしてアサフは魔族を討伐するまで私たちと一緒に行動するようにと命じるとミレイダもはいはい、と頷いた。
そのままアサフは続けて、
「お前、魔族の討伐が終わったらな…ドラゴンだということをブルーレンジャーの皆に言うんだぞ…」
その言葉にミレイダはすごく嫌な顔をしていたわ。
「そうやってこの戦いが終わったらみたいなこと言われたら無事に戻れなさそうですからやめてくださいよ」
そのまま二人は笑いあいながら二手に分かれて、ミレイダは私たちと一緒、アサフはそのまま害獣型モンスターの討伐に向かって行って。
それでも今日も魔族がいる場所が見つからなかったから宿に入っている。
ちょうど近くに宿があったのよね、この町に入ってから初めて宿に泊まったかもしれない。
ミレイダなんてアサフと別行動になった時点で王家の付き人としての顔も口調も全部消えて、今は私の肩に片手を乗せながら私の部屋に集まっている皆を見渡して、
「しっかし、中々見つからねえもんだなぁ。魔族は」
とざっくばらんな口調で話している。サードも、まあ、と言いながら、
「今までは魔族の情報がある程度揃ったうえでの討伐でしたが、今回は情報が全くない中での討伐ですからね。少々勝手が違います」
そこで一旦言葉を区切ったサードは続けた。
「イビルモデルに引き続きヤドクオオヒキガエル…。あちこちを腐らせる生き物が増えていますね、魔族がいる影響でしょうか…」
そういえばあの小山くらいの大きさの毒カエルの正式名称は「ヤドクオオヒキガエル」というモンスターだった。
弱点は炎。直接攻撃や魔法も可能だけれど、傷つけると体から出る体液で周りに余計被害が広がるから、炎で体液を蒸発させる勢いで燃やし尽くすのが一番被害が広がらないってモンスター辞典に書いていた。
実際、私が倒したあのヤドクオオヒキガエル周辺には酷い臭いの体液が広がったままで、処理しようにも体は巨体だし、何よりまだ毒の効力が消えてなくて体液の中を歩くと靴の裏が少しずつ溶けて誰も近づけない。
だから全くモンスターの死体の処理が進んでいない現状。
「…」
はぁ、とため息が漏れる。
だってあのヤドクオオヒキガエルを傷つけたらどうなるか知らなかったからって、良かれと思って倒したらあんなにも被害が広がってしまったんだもの。
麦どころかその地面まであの体液で腐れてしまったようだし、現場を見た近所の人たちは、
「こりゃあ数年は何も植えられねえだろ」
「うーん、数年で済めばいいけどなぁ…」
って同情に近い言葉を囁いていた。
麦畑の所有者の夫妻が畑の現状を聞いて駆けつけ、畑の中で麦を腐らせながら絶命しているヤドクオオヒキガエルに呆然と立ち尽くしている所も私は見た。
私が下手に傷つけて倒してしまったせいで…。
「けどあそこで倒さなかったらもっと酷いことになってたんだし、これでも被害は最小限に抑え込んだ方だと思うぜ」
アレンはそう言って私を慰めて、周囲の住人たちからも倒してくれてありがとうって感謝だけで非難の言葉なんて浴びせられなかったけれど、あの夫妻の呆然と立ち尽くしている姿を思いだすと心の底から良かっただなんて思えないし、ずっと鈍い痛みが心の奥底から沸き上がってくる。
私は農作業なんてしたことはない。でも屋敷の敷地の前は麦畑で、その周囲もほとんど畑の地区で育ったから友達と遊びながらでも間近で農作業をしている人々の姿をずっと見ていた。
暑い日でも風の強い日でも、朝から晩まで畑に居る人を見ていた。畑に生えている物を指さして「これは何を作っているの?」と聞くとこれはこういう野菜で…って丁寧に説明してくれた。
たまに採れたての新鮮なものを食べさせてくれて、美味しいと言うととても嬉しそうに笑って、これを持って帰れってたくさんの野菜を渡された。
収穫された野菜を見て、いっぱい採れたのねと驚いて言うと、毎日頑張った甲斐があったよって自慢げに、誇らしげに笑っていた。
そんな喜びの収穫を邪魔する魔族に関しては怒りしか湧かないわ。それも作物を腐らせるようなヤドクオオヒキガエルを使うだなんてふざけてる。
…あれ?でもあのヤドクオオヒキガエルって魔族が呼び寄せたのかしら。
「ねえ、あのヤドクオオヒキガエルって魔族が呼んだんだと思う?それとも自然に現れたんだと思う?」
そう言ったはいいけど、自分で自分の発言に疑問を持った。サードも私が感じた疑問を瞬時に感じたみたいでソファーにもたれながら、
「いくらなんでも急にあの場所に四匹同時にあんな巨体なモンスターが自然に現れるだなんておかしい。イビルモデルのことも考えたら魔族が呼び寄せたと思うのが自然でしょうが…」
しかしどうやって?とかすかにサードが黙り込んで、私はそういえば、とミレイダに視線をずらした。
「そういえばミレイダ。あなた麦畑が腐って魔法陣みたいな模様が浮かんでいるっていってなかった?もしかしてそこからヤドクオオヒキガエルが現れたとかないかしら」
その言葉にミレイダも合点が言った顔でハッと上げて、
「そう言われれば、あのカエルがいたのはあの魔法陣があった所だったな」
「それって…またあのヤドクオオヒキガエルが出てくるってこと…?」
アレンはやべぇんじゃね?と顔をしかめながら私たちを見渡したけど、逆に魔法陣があったと聞いたサードは「なーんだ」とばかりに肩の力を抜いた。
「それなら対処のしようがあります。魔法陣とは数字と文字、図形を間違えずに組み合わせれば発動するもの。なのでそのうちのどこかが間違っていたり一つの文字が潰れると魔法陣は未完成になり発動しません」
サードの言葉にピンときたらしいガウリスが続ける。
「イビルモデルが通り腐らせた跡の周辺の麦を収穫してしまえば、魔法陣の一部が欠ける。そういうことですね」
「ええ」
頷くサードに顔をしかめていたアレンも気楽な顔になって、
「それなら道すがらに会う人たち全員に伝えていけばいいな」
と言うけれど、それでもサードはさっきまでのアレンみたいにかすかに顔をしかめている。
「どうしたの」
あっさりモンスターが出てこないような解決策を言ったくせに、何を悩むことがあるのよ。
私の問いかけにサードは顔を上げて、
「…魔族が魔法陣を使っている?それが解せなくて…」
何を言っているの、ロッテだって魔法の力は弱くて魔法陣をよく使っていたじゃない。
そんな私の考えが表情に出ていてサードに通じたのか、
「ロッテは力が弱いから魔法陣を使っていました。しかし人間界にダンジョンを持つ魔族は力の強い者たちなのでしょう?ですからほんの少しでも魔力があれば効力が発動する魔法陣を使うのがおかしいと思えるのです」
そう言われると確かに…。力が強い魔族なら数字に文字に図形を間違えないように描くなんて面倒なことしないでさっさと魔法を発動してヤドクオオヒキガエルを召喚でも何でもすればいい話よね。
「言っとくが魔界にゃ魔法陣なんてもんはねえぞ。魔法陣を作り出したのは人間だ。魔界じゃ力が弱いなら他の物で代用するんじゃなく力づくで消されるだけらしいからな」
ミレイダの言葉に私は、
「リンカみたいに力はないけど魔界のどこかの州の地位のある人って可能性はない?それで人間界にある魔法陣を知って勉強して覚えたとか」
と言うとサードは、
「あり得ないとは言えませんが…」
言葉では否定しないけど「それはあまり考えられない」とサードの顔は否定している。
「だってリンカはロドディアスがもうセロ家はリンカで終わりだって気を使ったから地上にきてたんだろ?」
アレンの言葉にガウリスも頷いて、
「ナバさんもロドディアスさんは魔族にしては穏やかでお優しいと言っておられましたからね。他の州ではリンカさんのような例はあまり無いと思いますよ」
するとミレイダがグフッと笑いだしたから皆が口をつぐむ。そして皆で視線を動かすとミレイダは、
「そんなに魔族の知り合いがいるって俺の前で喋っちゃっていいの?」
とおかしそうにニヤニヤ笑いながら私たちを見ていた。
皆ハタと動きが止まる。そう言われればガウリスがドラゴンだっていうのはバレているけれど、魔族の知り合いがいるだなんて…バレたら大変なんじゃ…!?
い、今私たち、何人の魔族の名前を言った?ロッテ、リンカ、ロドディアス、ナバ…しかも一般の人が知らないような魔界には州があるだなんて話も普通にしちゃったし、セロ家がどうのこうのなんて話も普通にしちゃったし…!
あわわわ、と慌てる私を見てミレイダはアッハ、と笑い声をひとつ立てると手をヒラヒラ横に振った。
「大丈夫大丈夫、俺はそういうの黙っとくよ。魔族に近づく勇者ってのは自然と魔族の知り合いが多くできるもんだしな。そういや勇者様の持ってる聖剣の元の持ち主のインラス一行にも魔族が一人交じってたぜ」
「えっ、誰!?」
驚くアレンにミレイダは俺だけが事実を知っているとばかりにニヤニヤして、
「教えなーい、奴の尊厳のために言わないことになってるもーん」
「何?何その口ぶり?もしかして知り合いなの、仲良かったの、インラスと会ったことあるの、話したことあるの、なぁミレイダ」
興味あり気に手を動かしながらじりじり近づいていくアレンにミレイダはおかしそうに笑っている。
「一回だけな。危うく殺されそうになったが話し合いで俺は人を一度も傷つけたことのないドラゴンだって理解してもらえて見逃してもらった」
「思えば…ミレイダさん性格変わってませんか?」
ガウリスがふと気づいたのかそう言うとミレイダは、へへ、と笑う。
「王家の付き人のおじ様としてお上品に振る舞ってりゃ可愛い女の子からの人気が高いもんでね。元々俺はこんな性格だよ。それとも…」
と言うとカッと光がほとばしり、チカチカする目を開けると…、
「見た目もあんたらの年齢に合わせりゃいいかい?」
と、随分と見た目が若々しくなっているミレイダが腰に手を当てて、どうよと自慢げに背筋を伸ばしている。
こんなにも簡単に見た目の年齢が変えられるのと思っていると、ミレイダはでもなぁ、あごをさする。
「おじ様って呼ばれ方も慣れると中々良いもんだし、やっぱ元々の見た目のままがいいかなぁ。俺って見た目がこう若いと遊び目的の女の子ばっかり近寄ってきて隣に寄り添ってくれるような可愛い女の子は逆に警戒して近寄ってくんねえのよ。
もう『おじ様…❤』ってソッと恥ずかし気に見上げて慕ってくる女の子たちが可愛いのなんの。頭から食べちゃいたいぐらい」
うふっ、と嬉しそうな顔でミレイダは頬を両手で押さえているけれど…。…それ、冗談で言ってるのよね?本当に頭から食べたいって意味じゃないわよね?大丈夫なのよね…?
ヤドクオオヒキガエルというのはいませんが、ヤドクガエルという強烈な毒を持ったカエルは実在します。
活動報告に色々書いたので良ければどうぞ。




